IS~夢を失くした少年~   作:百鬼夜行

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また遅れた・・・申し訳もない
忙しいんじゃぁ・・・



第8話  鍛錬の夢

 

如月紅樹の朝は早い。

5時より前に起床し、軽く身支度を済ませると朝のトレーニングへと向かう。

そして1時間半から2時間ほどトレーニングをしてから朝食を食べ、本格的に活動しだすのだ。

ちなみにこれは体が半ISになる前からの日課であり、体が半ISになってからも変わらず続けている。

体が半ISになってからは起きる際に目覚まし時計が要らなくなったのが嬉しい、とは前に紅樹が束にこぼした戯言である。

この日も紅樹は5時15分前に目を覚まし、横のベッドで気持ちよさそうに寝ている本音を一瞥してからシャワー室でジャージに着替えて寮の外に出た。

とりあえず初日なので寮の周りの地形を理解するために本日のトレーニングをランニングに決めた紅樹は寮の周りを走り始めた。

早すぎず、かといって遅すぎない一定の速度で走る紅樹に2周目から混ざる影があった。

その影は紅樹へと一瞬で近づくとそのまま紅樹の後姿に正拳突きを決めようとしたが、紅樹はそれを後ろも見ずに避けた。

そのまま後ろ蹴りで迎撃しようとした紅樹だが、その蹴りは影によって逸らされた。

その影、ジャージ姿の千冬は満足そうな顔で紅樹のことを見ていた。

 

「いきなり殴り掛かってくるとは物騒だな、千冬」

 

「そう言うお前も随分と足癖が悪くなったじゃないか、紅樹。・・・相変わらずこの時間にトレーニングをしているみたいだな」

 

「最早日課だからな」

 

「いいことだ。・・・・そうだな、久し振りに組手でもするか?」

 

「願ってもない」

 

「それなら移動するぞ。・・・・ついてこれるか?」

 

「問題ない」

 

紅樹が返事をした瞬間、2人の姿がぶれた。

先程まで2人が立っていた所をよく見ると2人分の足跡のようなものが残っている。

これは2人が踏み込みをした際に出来たものだ。

次に2人の姿が現れたのは少し離れたところにあるグラウンドだった。

まず、千冬がブレーキ痕を残しながら現れ、数瞬遅れて紅樹が同じように現れた。

千冬と紅樹は何も言わずに向き合うと互いに構えをとって固まった。

いつの間にか先程まで鳴いていた鳥の声が聞こえなくなっており、時たままだ少し肌寒い風が2人の間を吹き抜けていく。

その硬直状態は合図も音もなく不意に解けた。

千冬と紅樹が同時に一歩前に飛び出し、全く同じ動作で拳を突き出し、それを顔をそらすことで回避した。

そこからの2人の攻防は最早芸術品のように美しいものだった。

音を置き去りにして繰り出される突きや蹴り、そしてそれを最小限で避ける動き、それらすべてが何か神聖なものを見ているかのような錯覚を覚えさせるほどに洗練されていた。

そんな攻防は30分程続けられたが、千冬の繰り出した拳が紅樹の頬に軽い傷を与えたことで終了した。

30分という長時間の攻防によって流石に2人とも息が上がっており、しばらくは息を切らしてお互いに睨み合っていた。

暫くしてようやく息が整ったのか、千冬が紅樹の方へと近づき頬の傷を確認した。

どうやらそこまで深いものではなく血も出ているが唾でもつけておけば治るほどのものだった。

それを確認して安心した千冬は紅樹から離れるとどこか誇らしげな顔で紅樹を見つめた。

 

「昨日の殺気でだいぶ強くなっているのはわかっていたが・・・・ここまで強くなっているとはな」

 

「まだ千冬に傷一つ負わせられないがな」

 

「ふんっ、そんなに簡単に弟子に負けるような私ではない。だが、最後の蹴りは少し危なかったな。後、1センチ顔が近ければ私もお前と同じことになっていただろうな」

 

「教師をしている影響で弱くなっていると予想したんだがな・・・・。どうやら見当違いだったようだ」

 

「当り前だ。腕を錆びつかせるようなことはせんさ。・・・まぁ、どうしても鍛錬時間は減ったがな」

 

「そうか。・・・そろそろ戻る。また機会があったら相手をしてくれ」

 

「ふっ・・・こっちから頼みたいくらいだ。私相手にあそこまでもつのはお前くらいだからな」

 

千冬の言葉に対し、ニヤリと笑った紅樹は寮の自室へと戻っていった。

その後姿を見送っていた千冬は紅樹の姿が見えなくなるのと同時に2人が組み手をしていた近くにある1本の木を睨みつけた。

するとその木の後ろからするっと音も立てずに水色の短髪を揺らす女性が現れた。

女性は口元をこれまた水色の扇子で隠しており、目はまるで獲物を見つけた猫のようになっている。

女性の姿を見た千冬は呆れたようにため息をつくと女性に近付きながら話しかけた。

 

「・・・で、何か用でもあるのか?生徒会長」

 

「いえいえ、私は偶々通りかかった時に見えた凄い戦闘を観察していただけですよ?織斑先生」

 

「ほぅ・・・?それにしては随分早いタイミングで私達のことに気が付いたものだな。それこそ組手を始める少し前から紅樹が見える位置にいたんだろう?」

 

「あらら・・・・やっぱり織斑先生は騙せませんね」

 

そう言いながら千冬に生徒会長と呼ばれた女性は口元を抑えていた扇子を開いた。

そこには随分と達筆に『お見事!』と書かれていた。

その字を見た千冬は鼻で笑うと視線を寮へと向けた。

千冬の行動に少しむっと来た女性だったが、流石に相手が悪すぎるため特に何もいうことはなかった。

だが、何も言わずにやられたままで終わるのも癪なのか違うことで千冬に仕返しをする気になった。

扇子で覆われていて見えないが女性の口元は弧を描いている。

まぁ、一度閉めてから開いた扇子に『愉悦』とでかでかと書かれているせいで台無しだが。

 

「それにしても織斑先生のお弟子さんもたいしたことはありませんね?織斑先生のスピードについて行ったのには驚きましたけど、最期まで私の存在には気が付かなかったみたいですし?」

 

「・・・はぁ、言っておくがあいつはお前の存在なぞ最初から気が付いていたと思うぞ?ただ、お前に興味がなかったがゆえに特に何の行動にも出さなかっただけだ。もしお前があいつに向かって少しでも敵意を向けていたら今頃お前はこうやって私と話すことは出来なかっただろうな」

 

「・・・・・えっ?」

 

「なんだ、お前こそ気が付いていなかったのか?あいつがお前に気が付いたうえで私に近付いてきたことも?私の加速にわざと合わせてお前の追跡を一時的にまこうとしたことも?・・・・ふっ、対暗部組織も落ちぶれたものだな。なぁ、更識家17代目当主の更識楯無?」

 

「・・・・失礼します」

 

仕返しをするつもりが言い返された上に追い込まれてしまった楯無は千冬に一礼すると凄まじい速度で逃げ出した。

去り際に見せた扇子には『ウエーン!』と書かれていた。

無駄に達筆なのに書かれている言葉が残念過ぎる。

その様子を見て実に楽しそうに笑っていた千冬も時間を見て寮の方へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

一方、先に部屋に戻った紅樹はシャワーを浴びた後もうすでに直ってしまった頬の傷に千冬を誤魔化すための絆創膏を張っていた。

本来なら切れた瞬間元に戻ってしまうのだが、その機能を一時的に弱くしたお蔭で千冬に不審がられることはなかった。

その後、制服へと着替えた紅樹はようやく自分の同室の本音がまだ気持ちよさそうに眠っているのに気が付いた。

本音を起こすかどうかでしばらく迷った紅樹は仕方なく本音を起こすことにした。

本音が寝ているベッドに近付き本音の肩のあたりに立ち、声をかける。

 

「おい、朝だぞ」

 

「・・・むにゃ・・・・すぴー」

 

「そろそろ起きないと朝食を食い逃すぞ?」

 

「むにゃ?・・・・くぴー」

 

「・・・・・・・・・・・・さて、飯を食いに行くか」

 

諦めたというよりは起こすのに飽きた紅樹は本音をほったらかしにして1人朝食を食べに向かった。

食堂にはそれほど多くはないがそこそこ人がいて紅樹が入ってくるのを見てざわめいた。

紅樹はそれを気にかけることも無く食券器に向かい、朝定食Aのボタンを押すとさっさと料理を受け取って開いている席へと向かった。

そこで意外とうまかった朝飯に舌鼓をうっていると、後ろから底抜けに明るい一夏と不機嫌極まりないという顔をした箒が近づいて来た。

 

「よう、紅樹!ここ座ってもいいか?」

 

「・・・好きにしろ」

 

「ありがとよ!・・・箒もここでいいだろ?」

 

「私の名を呼ぶな、変態が」

 

「はい、すみません。ここでよろしいでしょうか、篠ノ之さん」

 

「・・・・・・」

 

紅樹の右隣に座りながら箒に声をかける一夏だったが、帰ってきたのはあまりにも冷たすぎる一言だった。

しかも名前を呼ぶなと言われたから苗字を呼んだ瞬間、不機嫌指数が跳ね上がったのだ。

どうすればいいのかわからない一夏は紅樹へと助けを求めようとしたが視線の先の紅樹は黙々と朝飯を食べている。

そんな慌てている一夏を見ながら箒は一夏の隣へと腰掛け紅樹と同じく黙々とご飯に箸をつけ始めた。

それを見た一夏は頭をひねりながら自分も同じように食べ始めた。

そんな3人へと近づいてくる1つの影があった。

 

「こうこう~!私を起こさないで1人でご飯を食べに行くなんて酷いよぉ~!」

 

「・・・一応起こす努力はした。お前が起きなかっただけだ」

 

「もうちょっと頑張ってよぉ~!」

 

「知らん。自分で起きろ」

 

「ぶぅ~!い~じ~わ~る~!」

 

紅樹の首筋に後ろから抱き着きながら本音は頬を膨らまして怒っているアピールをしている。

どうやら紅樹が見捨ててから暫くして起きることが出来たらしい。

髪をとかす時間があまりなかったのか左の方に寝癖が残っている。

そんな本音をしがみ付かせたまま紅樹は箸を休めずに朝飯を食べている。

一夏と箒は本音の行動とそれに対する紅樹の態度に驚いた。

一夏達のイメージでは紅樹は他人に興味を持たないというまるで孤高の狼のような存在だ。

それが今、たいした反応を示していないとしても、首筋にしがみ付いている本音を受け入れてさらには返事までしている。

自分達は姉からの一言が無い限り紅樹とは一言も喋れていなかったのにも関わらず、本音は既に紅樹と喋ることが出来ている。

だが急に後ろから現れた新たな2つの影によって紅樹にじゃれ付いていた本音はひっぺりはがされた

 

「ほ~ん~ね~?何で如月君とそんなに仲良くなってるのかなぁ~?それに私達に朝食を買わせに行かせておいて自分はいちゃつこうなんて・・・・神が許しても私は許さん!!!」

 

「癒子ちゃん、落ち着いて!?いくら本音ちゃんが抜け駆けして自分よりいい雰囲気を醸し出しているからって本音ちゃんの首を絞めるのは良くないよ!」

 

「ちょっと、ナギっ!?あなた私の味方なのか本音の味方なのかはっきりしてよ!地味に私にも言葉が刺さってるからっ!?」

 

「く・・・くるしぃよぉ~。こうこう~、助けてぇ~」

 

「はぁ・・・・」

 

谷本癒子によって襟口を掴まれ、ぶら下げられて首が締まり始めた本音が紅樹に助けを求めた。

紅樹は溜め息をつきながらも席から立ち上がり本音の後ろ襟を掴んで子猫を持ち上げるようにして癒子から奪い自分が座っていた席に座らせた。

そしてそのまま食べ終わった食器のトレーをもって立ち去っていった。

それを呆気にとられた様子で見ていた一夏と箒は紅樹の後姿が見えなくなったところで正気に戻り、同時に本音へと振り向いた。

2人の動きに外野で悔しがっていた癒子と鏡ナギが驚き、本音は何が起こっているのかわからないような顔で首を傾げてからトーストを齧った。

そんなマイペースな本音に一夏は飯を食べるのも忘れて詰め寄った。

 

「布ほ・・・・?えっと・・・・のほほんさん!どうやって紅樹と話せるようになったのか教えてくれ!!!」

 

「おりむー、私の名前は布仏本音だよぉ~」

 

「それじゃあ、布仏さん!教えてください!」

 

「ん~?同じ部屋だからじゃないのかなぁ~?」

 

「へぇ~、布仏さんが紅樹との同室だったんだな・・・・って、そうじゃないっ!!!そんな理由で話すようになるんなら一時期一緒の家に住んでた俺もすぐに話せるようになってた筈だ!」

 

「ほぇ~?おりむーとこうこうって一緒の家に住んでたんだぁ~?」

 

「あぁ、まぁな。俺と紅樹と箒は幼馴染なんだ。なっ、箒?」

 

「私に話を振るな。それに私はあんな奴のことなぞ知らん!・・・・先に行くぞ」

 

「あっ・・・ちょっ、箒!・・・全く、何だってんだよ?」

 

不機嫌さを隠しもしないでトレーをもって去っていった箒の後姿を見ながら一夏は困惑を隠せなかった。

確かに昔から箒は紅樹のことを少し苦手としていた。

だが、今のように嫌ってなどはいなかった筈だ。

そんな2人の関係に頭をひねりながらも一夏は飯を食べて教室へと向かうのであった。

結果、少し間に合わず出席簿アタックの餌食となるのは最早日常的な風景となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「専用機?」

 

「そうだ、お前の専用機は到着が遅れると、先程連絡があった」

 

3時限目の始まりの鐘と共に入って来た千冬が一夏に対して企業からの伝言について話した。

ISの知識について疎い一夏はそもそも専用機が何のことかわからずに首を傾げている。

千冬はそんな一夏の様子を見て呆れたようにため息をつくと、一夏の横で目を瞑っていた紅樹に出席簿を振り下ろした。

紅樹はそれを、首を傾げるという動作だけで躱し、千冬の米神には青筋が現れた。

 

「で、如月?まさかお前まで専用機について知らんとは言わせんぞ?織斑にもわかるように説明しろ」

 

「・・・了解。簡単に言うと・・・・

・世界にあるISのコア総数は467個

・織斑弟は世界で初の男性操縦者

・限られたコアを使ってでもそのデータは欲しい

・専用機を与えてデータをとってくれるモルモットにしよう

だな」

 

「4行っ!?しかも後半ひでぇ!?」

 

「ふむ・・・・大体あってるな。分かったな、織斑。詳しくは教科書の6ページに書いてあるからそこを読み直しておけ」

 

「はい。・・・・あれ?俺は専用機を貰えるとして・・・・紅樹はどうなるんですか?」

 

「如月は既に専用機を所持している。それと、それにふさわしいだけの技術も持っている」

 

千冬の一言で紅樹に視線が集まった。

だが、その視線は一夏へ向けるような熱い視線ではなく、敵を見るような冷たい視線が殆どだった。

昨日の紅樹の態度でクラスの中の相当数が紅樹のことを敵視しているらしい。

一方紅樹はそんなことは歯牙にもかけず再び目を瞑ってじっとしている。

いつもならそんな周りの視線を気にする一夏だったが、今はそんな些細なことを気にしている暇がなかった。

何故なら一夏も周りと同じように紅樹を睨みつけるのに忙しかったからである。

とは言っても一夏が紅樹を睨んでいる理由は周りとは根本的に違う。

そう、一言で言うなら・・・・・嫉妬である。

一夏は嫉妬したのだ。

千冬に認めて貰えている紅樹という存在に、その圧倒的なまでの強さに。

だが、そこは負の感情が長続きしない一夏だ。

紅樹のことを睨んでいたのも一瞬で、悔しいなら前に進もうという前向きな思考にすぐに切り替えた。

この単純さが一夏のいいところでもあり、悪いところでもある。

 

「さて、授業を始めるぞ。・・・・貴様ら、いつまで席につかないつもりだ?」

 

「「「「「「すぐに着席させていただきます、サー!!!」」」」」」

 

「誰が、サー()だ!!!」

 

結局立っていた全員が出席簿で殴られたが・・・・・自業自得である。

 

 





次回は1週間後かなぁ?

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