サブタイという挑戦
病院を無事退院出来た紅樹は千冬に連れられ一軒の家の前まで連れてこられた。
ちなみに本来あと一週間は退院出来ないと言われたのだが、目の前で腕立て伏せを50回やってみせたところ認められた。
千冬は呆れていただけだが、束が大喜びで応援していたのも効果があったのかもしれない。
「ここが私の家だ。家族構成は弟と私の2人。お金に関しては篠ノ之家から援助を受けている。だからあまりそういう面は気にしなくていいぞ」
「そうか、わかった」
「後はまぁ・・・・住んでいるうちに色々慣れていくだろう。基本的に私はお前の面倒を見る気はない。その方がお前としても都合がいいだろ?」
「あぁ・・・そうだな。ところでお前も弟に対する態度はちゃんとしろと言うのか?」
「いいや、いつも通りに接してもらって構わん。だが、一緒に住んでいる以上最低限の会話だけはしろ」
「わかった」
ちなみに束からは自分の妹を泣かせたら解剖しちゃうかもよ?という恐ろしい一言を頂いている。
千冬はさっさと家の中に入って行き、紅樹もそれに続いて行く。
千冬の弟と束の妹は自分と同い年だと聞いていた。だから、紅樹はそこまで彼等には期待していなかった。
「お帰り、千冬姉!そろそろご飯出来るよ・・・・後ろの人は誰?」
「ただいま、一夏。こいつは如月紅樹。これからこの家に住むことになった」
「へぇ~、そうなんだ。えっと・・・俺は織斑一夏っていうんだ!よろしくな、如月!」
「・・・・・・」
「あれ・・・・・?」
「後、こいつは束と同類だから人のことを認識しないぞ。まぁ、束よりはマシだからお前なら大丈夫だろう」
千冬の一言を聞いた瞬間一夏の顔が引きつった。今まで身近で見てきた束のような人間がこれから自分の家に住むことになるのだ。まぁ、当たり前だろう。
紅樹はどうでもよさそうな顔で一夏を観察すると目線を他へと移動させた。
千冬はそんな2人の様子を見て苦笑を浮かべながら家の中へと入って行った。
◇
「それで、あいつが一緒にいたのか・・・」
「あぁ、何も喋らないしこっちが話しかけても反応が微妙で・・・・だけど偶に家事を頼むとちゃんとやってくれるんだよ」
「それは・・・・姉さんより若干マシ・・・・なのか?」
「「う~~~~~~ん?」」
篠ノ之家にある剣道場の片隅で一夏と束の妹である箒は頭を寄せ合って紅樹について喋っていた。
ちなみに紅樹が一夏の家に住み始めてから早くも1ヶ月が経とうとしている。
いまだに紅樹は千冬と束以外の人間と関わりを持とうとはせず今も束と一緒に研究室へ籠っている。
箒と初めて会った時も何も言わず束に睨まれてから軽く一礼しただけだった。
箒もむかついて紅樹に竹刀を投げ渡し、剣道で勝負をつけようとしたのだが・・・・これがいけなかった。
竹刀を持った紅樹は箒には一切攻撃をせずただひたすら箒の攻撃を捌き続けた。
その試合は箒が力尽きて竹刀を取り落すまで続き、見ていた一夏や篠ノ之道場の生徒達を唖然とさせた。
何せ剣道初心者が剣道をたしなんでいる相手の攻撃をさばき続けるのだ。普通ならあり得ない。
その後、一夏が箒に頼まれて試合を行ったのだが、今度は一瞬で面を打たれた。だが、声を出していないせいでカウントをされない。
そのまま一夏は特に何をすることも出来ずに審判をしていた箒の父である柳韻が止めるまで攻撃を受け続けた。
そんなことがあったせいか、紅樹は道場では恐れられていて姿を見せるだけで驚かれるようになっている。
だが、箒と一夏の2人だけは紅樹のことを褒め、その動きをどうにかものに出来ないものかと頭を捻っていた。
そんな2人を見ていた紅樹の目に少しだけ好奇心の色が伺えたのには2人は気が付くことはなかった。
「そう言えば束さんと紅樹って一体何をやってるんだ?」
「この前姉さんに聞いてみたところ“ひ・み・つ♪”と唇に指をあてて可愛らしく言われて・・・ついイラッと来て思いっきり竹刀で殴ってしまった」
「お、おう・・・・ほんと何やってるんだろうなぁ?」
「フッフッフ、知りたいのかい?いっくん。ねぇ、知りたいのかなぁ~?」
「「うわっ!?」」
2人の後ろにはいつの間にかニヤニヤしながら腕を組む束が立っていた。
その姿に驚いた2人は慌てて後退ろうとするが、下がる前にがっしりとホールドされて逃げ出すことが出来なかった。
一夏がすぐそばに抱きしめられている事実に箒の顔に若干の赤みがはしるがそのことには誰も気が付けなかった。
束は思う存分2人をすりすりしてから解き放ちエッヘンというポーズをとって2人を見下ろした。
「聞いて驚け!見て驚け!なんとなんと、束さんはこーくんと一緒に宇宙へ行ける機械を発明しているのです!」
「またとんでもないものを・・・・」
「は、話がでかすぎて凄いとしかいえねぇ・・・・」
「ありっ?なんだか思ったよりも反応が薄いですなぁ~?ねぇねぇ、こーくん!これどうなってるのさ?」
「俺に変な内容で話を振るな、束。そもそもそんな変なテンションで話しかけられたら困惑するのは当たり前だろう」
「うわっ!?紅樹もいたのか!?」
「なんで姉さんといい如月といい普通に現れないんだ・・・・・」
今度は2人の後ろから急に紅樹が束の問いに答えた。
それに一夏は驚き、箒は驚きを通り越して呆れている。そんな2人がまるで目に映らないかのように紅樹は束のそばまで近づくと隣に立った。
束はそれを確認した後、フフンと鼻息を荒くして2人に向き直った。
「ねぇねぇ、いっくんとほーきちゃんは宇宙に行ってみたくないかい?」
「おぉ・・・・!行けるなら行ってみたい!」
「一夏が行くなら私も行く!」
「うんうん、いいねぇ~。そんな2人の願いをいつか私がこーくんと一緒に叶えてみせましょう!この束さんが考え出したISでね!!!」
「IS?それって何なんだ?」
「う~ん、簡単に言っちゃうと宇宙服みたいなものかな?宇宙をそれをつけて泳ぎ回れるのさ!」
「おぉー!!!すげえ!何それカッコイイ!!!」
「・・・・そんな難しそうなものを如月は姉さんと一緒に作っているのか?」
「そうさ~!こーくんは凄いんだぜ?束さんでも思いつかなかった機能をISに追加してくれたんだからさ!」
「俺としては通信機能を付けずに宇宙空間でどうやって話し合うつもりだったのか教えて欲しいぞ?」
「いやぁ~、束さんにもミスはあるんだぜ!」
頭に拳を当ててテヘペロをしてみせた束を紅樹は迷いなく壁へ向かって蹴りつけた。
壁へぶつかった束はカエルが潰れるような声を出したが、箒も一夏もそのことを特に気にかけることはなかった。
束がどこかへ行くたびに紅樹が制裁を喰らわせて連れ戻す。これは最近よく見られる光景となってきた。
その光景を見ていた千冬が紅樹に格闘の訓練を教授し始めたのを束は知らない。
「さっさと行くぞ、束。これから政府にISの研究結果を伝えるための論文を書くんだろうが」
「おっとそうだったね、こーくん。さぁ、これで束さんの夢も達成へ1歩前進だぜ!」
「フッ、良かったな」
「ちょっと待てよ!紅樹」
踵を返して立ち去ろうとする紅樹に一夏が声をかけた。
最初は立ち止まらずにそのまま行こうとした紅樹だったが、横に存在する束のことを思い出して立ち止まって振り向いた。
一夏の目を見た紅樹は少しだけ一夏の評価を上昇させた。一夏の目には年不相応な確かな決意が映っているように見えたのだ。
「俺は今は束さんが何を言ってるのかもわからない!・・・だけど、いつかお前と一緒に宇宙を飛べるようになってみせるぜ!」
「ほう・・・・?」
「・・・私もだ。私も一夏や姉さん、そして如月・・・いや、紅樹。お前と一緒に宇宙に行ってみたい」
「・・・・・・・束の夢が移ったか。だが、これもいいものだな。・・・・お前等もISに乗って宇宙に行くといいさ、織斑弟、篠ノ之妹」
紅樹が自分達の言葉に反応したことに驚いて2人は固まった。
束もなかなか仲良くならなかった紅樹が一夏達に反応しているのを見て一瞬固まった。
だが、流石は天才。すぐにその硬直状態を逃れ自分の頬を抓り痛みがあることを確認してから驚愕の声を漏らした。
「・・・・・・・こ、こーくんがいっくんとほーきちゃんを少し認めた、だと!?」
「よし、ちょっとそこに直れ、束。この前千冬が教えてくれた束専用アイアンクローを試してやる」
「それは嫌だぁ~!!!なので束さんはクールに去るぜ!」
「知らなかったのか?大魔王からは逃げられない」
「みぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
説明しよう!束専用アイアンクローとは、アイアンクロー→壁への叩き付け→一回投げる→アイアンクロー→床への叩き付けをエンドレスで繰り返すのだ!
一応忘れられていそうなので追記しておくが、これを行っている紅樹は小学3年生だ。
普通ならこんな芸当は出来ないだろう。
後にこの光景を見ていた一夏と箒は『鬼がいた。間違いないあれは鬼だ』『あれで生きている姉さんは一体・・・』と語ったという。
◇
「畜生!束さんとこーくんの力作を机上の夢だって?ありえない!なんなのさあいつら!束さんの年齢が少し低いからって束さんの作ったものも駄作みたいに言いやがって!ふざけんなよ?どうせあいつらにはISのことなんて1つも理解出来やしないんだ。だからこの子にあんなひどいことが言えるんだ!あんな奴等なんて!あんな奴等なんてぇぇぇ!!!」
「・・・・・落ち着け、束」
「なんでこーくんはそんなに落ち着いているのさ!こーくんは悔しくないの!?2人で一緒に作ったISがあんな馬鹿みたいにふんぞり返ってるだけの存在に馬鹿にされたんだよ!?あんな生きてるだけで害悪になりそうな豚野郎に自分の作ったこの子が馬鹿にされてこーくんは平気な「俺は落ち着けと言ったんだ、束」・・・・っ!?」
一瞬だが紅樹の放ったプレッシャーが、普段千冬が放つプレッシャーを凌駕した。
それを直に受けた束は瞬間的に冷静になり、そして現状を全て理解した。
紅樹が平気なわけがなかった。
紅樹にとって束の夢は疑似的に自分の夢として支えにしているものなのだ。それを全否定されて怒らないわけがない。
実際、紅樹は手をきつく握りしめていて、拳からは血がしたたり落ちていた。
「・・・ごめんね、こーくん。ちょっと束さん、冷静さを失ってたみたいだよ」
「気にするな。俺もお前が暴れていたから理性を保てていたようなものだ。だが・・・・あの高官だけは許せん」
「本当だね。どうしてくれようかあの塵芥?本当に国会議事堂ごとミサイルで吹き飛ばしてやりたいくらいだ・・・・よ?」
「ん?どうした?束」
「ミサイル・・・・国会議事堂・・・・IS・・・・・宣伝・・・・・・・・・よし、やろう」
「おい、まさかお前・・・・?」
「こーくんはちーちゃんを呼んできて。私はコアナンバー001を“白騎士”に入れる作業に入るから」
「・・・・・・・・・わかった」
紅樹は束が呟いた言葉の羅列を聞いただけで束が起こそうとしていることを全て把握した。
全て把握したうえで束の愚かな行為を止めようとはしなかった。
紅樹にも我慢の限界が来ていたのかもしれない。
だからこそ紅樹は何も言わずに束の作戦に乗るために千冬を呼びに向かうことにした。
そしてこの数時間後、日本の東京、国会議事堂めがけて世界各国から2341発ものミサイルが発射されそれを一機のISが1人の犠牲者を出すことも無く破壊した。
これが後の世に伝わる『白騎士事件』である。
この事件の裏で1人の政府高官が役職を追われ、路頭に迷うことになるのだが・・・・それはまた別のお話。
◇
白騎士事件から3ヶ月が経過した。
篠ノ之家は束を残して全員、要人保護プログラムによって離散させられている。
箒はそれが姉である束が作ったISのせいだということを知った際、束に対して激怒し束を思い切り殴り飛ばしてから去っていった。
唯一篠ノ之家に取り残された束はついさっき467個目のISコアを作り終わりそれを手紙と共にテーブルの上に置いた。
そしてそれを側でじっと見ていた紅樹にふと思いついたかのように声をかけた。
「こーくんってさ、時々優しくないよね」
「何が言いたい?」
「こーくん、多分あの事件を起こしたらこうなっちゃうの解ってたでしょ?」
「否定はしない・・・・・が、あの時のお前にそれを伝えて果たして聞いたか?」
「聞かなかっただろうねぇ~」
結局ISは束の思ったようには使ってもらえなかった。
ISは宇宙開発の為ではなく軍事開発のために使われることが決定し、最近はISコアを追加で作るようにとの催促が束へと押し寄せている。
更に、ISにはもう1つ欠陥があった。
ISを使えるのは女性だけで男性はISを使えないということだ。
この事実により世界は混乱している。政治界では段々と女性の態度が大きくなってきていて今まであった男尊女卑が女尊男卑へと変わりそうな勢いだ。
「それで?お前は失踪するつもりなのか?束」
「うん、束さんの作ったISをこんな感じで使う世界は気に入らないからねぇ~。はぁ・・・・ほんと、人生ってままならないねぇ~。まっ、まだまだ束さんは若いんだしこれから頑張るけどね!」
「そうだな・・・・お前には頑張ってあの夢を叶えてもらわないとな」
「うん!こーくんの応援があったら束さん百倍力ですよ!・・・・ところでそのコア本当にずっと持っておくつもりなの?」
「あぁ、記念ということでな」
「まぁ、確かにそのコアナンバー002はこーくんが最も開発に関わったコアだけどさ~?・・・・・うん、考えてみたら別に問題ないや!」
男性はISを使えない。これはISの開発に協力した紅樹も例外ではなかった。
だが、紅樹は自分が一番関わったコアナンバー002のコアをペンダント型にして首に下げている。
それは自分が束と共に夢へと1歩進んだという証として一生大事にされるであろう。
例え使えなくてもそれはそれでいいものだ。
「それの存在が政府にばれると色々と狙われることになるかもしれないから気を付けてね?」
「フッ・・・お前が他人の心配をするのは中々新鮮だな」
「ぶぅ~、こーくん酷いや!束さんはこーくんのことを他人だなんて思ってないもん!」
「そうかよ。じゃあ、サッサと行け」
「うん。・・・・・ねぇこーくん、君はこの世界が楽しいかい?」
紅樹が束の問いに答える前に束はどこへともなく消えた。
紅樹は机の上に置かれた最後のコアと束から政府への手紙を暫くの間見た後、束と同様姿を消した。
この日、篠ノ之束は表の世界から姿を消し、各国が限られたコアを取り合うIS冷戦が始まるのだが、これもまた別のお話。
次回は1週間後の予定。