忙しい・・・・すっごく忙しい・・・・
自分の目の前で刀と拮抗している紅樹の足を見ながら千冬は驚愕していた。
自身の構えている刃の峰の部分から刃に向かって罅が入っているのである。
普通、罅が入る場合は衝撃を受けた方から入るはずだが、逆からはいっている。
千冬はその原因である武術に覚えがあった。
鎧通し、またの名を寸勁。
打撃の衝撃を外部ではなく内部に通すことによる内部破壊を目的とした武術。
基本的にこれは殴打法であり、震脚による体の固定と重心を下げるなどを行わなければならないはずだった。
しかし、これを紅樹は空中で、なおかつ足技で繰り出して見せたのだ。
そのことを考えながらも千冬は折れそうな刀を振りぬくことで紅樹を無理矢理弾き飛ばして距離を取った。
その結果、元々限界だった刀が折れたが、千冬はそれを投げ捨てて新しいものを取り出した。
そのままセシリアを後ろに庇って紅樹を睨みつけて観察する。
『・・・・何故邪魔をする?』
『生徒を守るのが教師の役目だからな』
『お前が守るべきは織斑弟だろう?』
『あいつは今大した危険にさらされているわけではないからな。それならば目の前で殺されそうになっている生徒にも手を差し伸べるさ』
『・・・・そうか』
意外にも先に口を開いたのは紅樹であった。
いつでも攻撃に移れるように構えながらされる問答は全てプライベートチャンネルによって内密に行われている。
これは千冬がこの話を周り(特に一夏)に聞かれたくないだろうという考慮からの行為だ。
紅樹の考えを敏感に読み取った千冬は苦笑するとともに、戦慄した。
こうして千冬に気を使える程度には考えが回っている紅樹が、今は自分の後ろにいる生徒を殺そうとしているのだ。
決して何かに怒り狂っているわけでもなく、決して何かに憤っているわけでもなく、ただただ殺そうとする。
何が紅樹をここまでかりたたせているのか、それがわからなかった。
一瞬だけ思考の海へと沈んだ千冬は、ほぼ無意識に左斜めへと移動し、そこを通過しようとしていた紅樹の足を刀で止めた。
防がれた事実に舌打ちしながら元の位置へと戻った紅樹は、そのまま隙を見せないように構えた。
「紅樹、いい加減にしろ。この勝負の勝敗はすでについた。これ以上攻撃を続けるようならこちらにも考えがあるぞ?」
「・・・・ISはいまだに展開されていて、シールドエネルギーも残っている。シールドエネルギーを削りきるのが試合のルールのはずだ」
「搭乗者が戦闘不能になっているのだから試合終了に決まっているだろうが。・・・それに手加減しろと言った筈だ」
「手加減はした。一瞬で終わらせなかっただろ?」
「お前のそれは手加減ではなく遊びだ。あえて手を抜いて相手をいたぶって遊ぶ。私が言った手加減とはだいぶ違うと思うが?」
「シールドエネルギーに関しては手を抜いた。それ以上その搭乗者にかける慈悲はない」
「ほぅ・・・・、お前が慈悲をかける等という言葉を知っていることに驚いた。だが、使い方を辞書で47回くらい引いて理解してから使え」
「考慮する。・・・・・・で、これからどうするんだ?」
「そうだな。私は後ろの生徒をピットまで運びたい。だが、お前はこいつを殺したい。ならば、わかるんじゃないか?」
「・・・・・俺とやりあうと?」
「図に乗るなよ、愚弟子?」
ズンッと周りの空気が重く感じるほどのプレッシャーが千冬から放たれた。
その重圧は観客席でざわついていた生徒、観戦室から画面を見ていた山田先生と一夏達の動きを止めるには十分すぎた。
紅樹はその重圧を一身に受けながら、目を細めて身をかがめていつでも飛び出せる状態へと移行した。
千冬はそんな紅樹を見てニヤリと笑いながら一歩前に出た。
「お前とやりあう?・・・私がか?ふッ、だいぶ生意気になったんじゃないか、紅樹?」
「・・・・・・・・」
「これから行うのは戦闘ではない。私にとっては弟子とのちょっとした戯れだ。そのことを頭に刻んで・・・沈め」
「ッ!?ゼ、ヤァッ!!!」
千冬は最後の言葉を置き去りにして一気に間合いに入っていき刀を振るった。
何とか反応した紅樹は紙一重でそれを回避し、蹴りを繰り出したが、それは容易に躱された。
更に千冬は足を振り切った紅樹を刀の柄で殴り飛ばし、そこに瞬時加速で近づいた。
振り降ろされる刀を飛ばされながらも体を捻って無理矢理蹴りを出すことで止めた。
着地と同時に踏み込もうとして上半身と下半身を分けられそうなほど強い衝撃を受けて片膝をついてしまった。
紅樹の後ろにはいつの間にかまるで納刀したかのように、腰だめで刀を持っている千冬がたっていて、この衝撃を与えたのが千冬であることを示していた。
「・・・・居合切りか」
「鞘がない分締りも初速もないが・・・・まぁ、上出来だろう?」
「・・・化け物めッ」
「お前もその化け物の一人だろうが、馬鹿弟子。それで?まだ続けるつもりか?」
「まだエネルギーはある。まだ立てる。まだ動かせる。・・・諦める必要を感じない」
「・・・・そうか。なら・・・・再教育だッ!」
少しふらつきながらも立ち上がった紅樹は千冬の方を見て不敵に笑って見せた。
それを見た千冬は再び瞬時加速で紅樹へと迫りそのままの勢いで刀を横に振り払おうとした。
しかし、刀を振りながらも千冬は自身の失策に気が付いてしまった。
実は先ほどの居合切りで紅樹と千冬の位置は逆転していた。
要するに今は紅樹の後ろにセシリアが存在するのだ。
このまま紅樹を斬り飛ばせば必然的にセシリアの側へと紅樹を移動させてしまう。
だが、いくら超人的な力を持った千冬でも振り切ろうとしている刀を瞬時に止めることは無理がありすぎた。
せめてもと、速度を落とした刀の刃に紅樹は足をのせてそのまま勢いをつけて跳んだ。
すぐさま瞬時加速で後を追う千冬だがその時にはすでに紅樹はセシリアの元へとたどり着いていた。
「やめろッ!紅樹ぃぃぃぃぃッ!!!」
「ッ!?!?」
千冬が叫んだ瞬間、紅樹の体が不自然に強張りセシリアへの顔へと落とされていた踵落としがそれてアリーナの床を砕いた。
それを幸いに動きの止まった紅樹を千冬はほぼ同時に当たる連続切りでアリーナの壁際まで吹き飛ばした。
地面を何度かバウンドして止まった紅樹は、フラフラと立ち上がろうとしたがそのまま倒れてしまった。
更に紅樹の纏っていたISが活動限界を迎えたのか、量子化して待機状態へと戻り紅樹は生身でアリーナの床に倒れることになった。
それを見てようやく安心した千冬は刀を量子化させて、いまだに気絶しているセシリアを肩に担いでピットへと運んだ。
千冬が飛び上がったのと同時に紅樹も立ち上がり、少しおぼつかない足取りで反対の一夏達が観戦しているピットへと向かった。
何とかピットにたどり着いた紅樹に見るからに怒り心頭といった表情の一夏がつかみかかってきた。
一夏につかみかかられた紅樹はそのまま勢いを流す形で一夏を床へと投げ捨てた。
ろくに受け身も取れずに転がり回っている一夏を気にせず、目を吊り上げた箒と山田先生がやってきた。
「如月君!なぜ私の停止指示に従わずに攻撃を続けようとしたんですかッ!あれ以上の攻撃を受けていたらオルコットさんが無事では済まなかったかもしれないんですよッ!!!」
「勝敗の決まった戦いでさらに追い打ちをかけようとするとはどういうことだッ!!!」
「・・・・・チッ」
「いでえぇぇぇぇぇ!!??」
側にあったベンチへとゆっくり腰かけながら紅樹は2人からの文句と1人の苦痛のうめき声を聞き流した。
紅樹のその態度にますます2人はヒートアップしたが、ピットの扉が開いて千冬と本音が入ってきたことによって黙った。
千冬は転がり続けている一夏を一瞥してから踏みつけて無理矢理止めさせ紅樹を睨みつけた。
本音は千冬の斜め後ろあたりに立って紅樹のことを心配そうに眺めている。
そのまましばらく硬直状態が続いたが、千冬が重々しく口を開いた。
「如月、今回のことに対しての弁明はあるか?」
「・・・・ない」
「・・・・そうか。お前には10日間の謹慎処分が下される。・・・何か質問はあるか?」
「謹慎の場所は?」
「懲罰房があるからそこに入ってもらう。食事はこちらで決めた係が時間通りに持っていくが、1日に2回だ。懲罰房内には何もないが・・・・これはお前にとってはどうでもいいだろうな」
「了解した。そこにつれていk「ちょ、ちょっと待ってくれよ、千冬姉!」・・・・ハァ」
「なんだ、織斑?私はこれからこの罪人を懲罰房へ連れて行かねばならんのだが?」
潔く懲罰房行きを受け入れて案内を頼もうとした紅樹の声を一夏がさえぎった。
そんな一夏を冷ややかな視線を向けながら千冬は振り向いた。
一瞬、その威圧に怖気づきそうになった一夏だったが、一歩踏み出すと千冬の方をしっかりと見据えた。
その視線を受けて喜ぶどころかため息をついた千冬は一夏へと次の言葉を促した。
「あの・・・・、確かに今回紅樹はやり過ぎたけど・・・何も10日も懲罰房に入れる必要なんてないんじゃ・・・」
「ほぅ・・・?私の下した罰に不満があるとでも?」
「いっ、いや・・・・あの・・・・・。確かに紅樹は今回やり過ぎたけどそこまでやることはって思ったんですけど」
「・・・そこまでやる、だと?」
千冬の一言共にピット内の温度が急低下した。
一夏は千冬の雰囲気に怯えながらも、なぜそこまで千冬が怒っているのかがわからず、内心頭を抱えていた。
一夏のその状態に気が付いた千冬の怒りは更にまし、今やピット内がギシギシ言っている錯覚を覚えるほどである。
巻き込まれた箒は顔を真っ青にして震えていて、紅樹の殺気には耐えきった本音と山田先生も少しつらそうにしている。
「織斑、今回如月がオルコットに対して何をしでかしかけたのか忘れたのか?」
「い、いや、過剰攻撃をしただけじゃないんですか?」
「間違ってはいないが、今回如月がやろうとしたのは過剰攻撃ではなくオルコットの殺害だ」
「えっ・・・?あ、ISに乗っていたら死なないんじゃないんですか?」
「馬鹿が。確かにISには絶対防御という壁がある。だが、絶対防御は完全な防御とはならない。関節技や内部破壊など超えるすべはいくらでも存在する」
「で、でも、紅樹がやってたのはただシールドエネルギーを削ろうとしてただけなんじゃ・・・・」
「お前はまだISでの戦闘をしたことがないからわからないだろうが、あれだけの蹴りを受けてシールドエネルギーが全く減らないのは異常だ。それにシールドエネルギーの減りに対してオルコットへのダメージ量が異常だった。如月、あの蹴りはどうやっていたかは分からんが・・・・鎧通しだろう?」
「・・・・肯定はするが仕組みを教える気はない」
「あぁ、それは絶対に口にするな。その技術が広まったらそれこそISは軍用としてしか使われなくなるぞ?」
「ISの武装は全て、元々は
「ふっ、正しい使われ方をしないのはダイナマイトと同じだ。それはあの馬鹿ウサギも理解はしているだろ?」
「結局どういうことなんですか、織斑先生。鎧通しって言われても何が何だか・・・・」
「無知は罪なり、だぞ、織斑。鎧通しとは簡単に言えば内部破壊だ。それをこいつは何度もオルコットに叩き込んだ。簡易的な検査を行った結果、ブルー・ティアーズは機体ダメージA-であるのに対し、オルコットへのダメージはかなりのものだった。今は保健室で寝かせているから、そのうち気が付くだろう。これだけ言ってもお前は私に如月への罰の軽減を望むのか、織斑?」
千冬の問いに対して特に声をあげることが出来る人はこのピット内にはいなかった。
一夏はようやく紅樹がしようとしていたことを全て理解してこうべを垂れていた。
箒はまるで親の仇を見るような目で紅樹のことを睨みつけていたが、それを気にもかけない紅樹の姿を見て更に眉間の皺を増やしていた。
2人には自分達の幼馴染であったはずの紅樹のことがよくわからなくなっていた。
その場の沈黙に反対意見はないと判断した千冬は紅樹を引き連れてピットを出て行った。
それに続くように本音と山田先生も出て行ったが、一夏と箒が動き出すのはしばらく後になった。
結局、この日のうちにセシリアが目覚めることはなく、一夏との試合は後日に回された。
後日に回された試合で一夏は原作通りに負けるのだが、この話はまた別のお話・・・・。
◇
懲罰房に入れられて3日目にして、紅樹はかなり暇をしていた。
始めはのんびりと部屋に据え付けられていた粗末なベッドで日がな1日ゴロゴロしていたりした。
ゴロゴロするのに飽きてからは、頭の中で自分の専用機の改良点などを考えていた。
だが、束とともに考えて作り上げた機体にそれほど改良点があるはずもなく結局暇になるだけだった。
紅樹のいる懲罰房にはベッドとトイレがある以外に物は置いてなく、食事も時間になると足音が聞こえて扉にある差し入れ口から入れられるだけだ。
紅樹がもう一度寝るかと考えながら欠伸をした時、外から足音が聞こえてきた。
食事の時間は先ほど終わったばかりで、食器を下げるのは次の食事のときの筈。
更に普段はこの懲罰房の周りを人が通ることはなく全く音はしないはずだった。
ある程度警戒度を上げながら、扉にある覗きこみ口を睨みつけていた紅樹はそこから機械チックなうさ耳が生えたことによって警戒度を下げて寝ころんだ。
しばらく鍵穴からカチャカチャという音が聞こえてカチリと何かがはまった音がしてからのしばらくの沈黙。
いきなり扉が開け放たれて寝ころんでいる紅樹へ、一匹の悪戯ウサギが飛びついてきた。
「こーーーーくぅーーーーーん、げべぇッ!?」
「何しに来たんだ、束」
「ぐへへ~、そんなのこーくんとこの密室でいちゃこらするため、っていうのは冗談でちょっと聞きたいことがあったからなんです。だから私の頭に添えられているその手をお放し下さいませ」
「・・・次はないと思え」
そう警告して紅樹は束の頭に添えられていた自分の手を放した。
頭を握りつぶされるという恐怖から抜け出せた束はすぐ本題に入ることなくしばらく紅樹に抱き着いた状態でじっとしていた。
やがてすりつくのにも満足したのか、紅樹の胸から顔を上げた束は少し真面目な顔で紅樹の顔を見た。
その様子に一瞬だけ驚いた紅樹だったが、それを表には出さず束が転げ落ちないようにゆっくりと上体を起こした。
紅樹の横に座りなおしながらも、束は少し重くなってしまった口を開いた。
「今回の用事は2件。まずは今回の戦闘のデータを“封鬼”から吸い出して封印の状態をチェックすること。もう一つは、何でこーくんがあの金髪を殺さなかったのかが気になったんだぁ~。・・・・何で?」
「・・・・・止められたからだ」
「ちーちゃんに?でも、あれくらいの
「・・・・そのはずだがな。まぁ・・・、懇願されたのかもしれん」
「ん・・・・?その説明じゃよくわかんないな~。これはこーくんをラボに連れてっていろいろ聞くしかありませんな!」
「ばれないようにだけはしろよ?」
「おいおい、こーくん。私を誰だと思っているんだい?物事を十全にこなす束さんだぜ?そのぐらいは3時のおやつ前さ!」
「済まないな、クロエ。迷惑をかける」
『いえ、私は気にしません、紅樹様。・・・・ワールド・パージ開始』
何処からかクロエの声が響いた瞬間、懲罰房の内部がブレて束と紅樹の姿が消えうせた。
後ほど、食事を届けに来た担当の教師は全員口を合わせてこう言った。
「「「如月紅樹はベッドに横になっており、食事はきちんと空になって定位置に置かれていた」」」
・・・・・と。
『ワールド・パージ完了。・・・・紅樹様、今度は私に会いに来てくださいね?』
次回も一週間後を予定