春香「脱出ゲーム?」   作:人肉タルトレット

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第13の扉/Ⅱ.正解

これ以上誰も死んでほしくない。

その思いが、春香を動かした。

「やめてっ! もうやめてぇ!!」

春香が銃を持った腕を伸ばし、小鳥に向ける。

がちがちと、歯が鳴っているのが聞こえる。

当然、手も震えている。

「は、はるるんっ!!」

「な、なんでそんなの持ってるのぉっ!?」

「春香っ・・・駄目よ、それはっ・・・」

小鳥が動きを止めて銃を見つめる。

「あら、そんなものどこから・・・?」

細い指先が、ゆっくりと引き金にかかる。

小鳥は一切避けようともしていなかった。

しかし、撃てない。

これ以上、指が動かない。

もう小鳥さんは響を殺したのに。救うべき仲間ではなくなってしまったかも知れないのに。

まさかこんなにも、大好きな人を殺すことが怖いとは。

ここまで体が震えるとは。

呆然と立ち尽くす春香に向かって、にやりと、小鳥が笑った。

「ふう~、駄目ですよ、そんな風じゃ。こういうふうに狙わないと・・・」

「ちょ、ちょっとやめっ・・・」

伊織の懇願に耳を貸さず、今度は小鳥が指を動かした。

ぱん、と乾いた音。

伊織の額にぽっかりと穴が空き、すぐ後ろにいた亜美真美へどさりと倒れ込む。

銃弾は固い後頭部の頭蓋骨に食い込んで止まり、亜美真美には当たらなかった。

しかし間違いなく、伊織は死んでしまった。

「あら、本当に出ちゃいましたね。でも、貫通しないなんて。よっぽどおデコが固いのか、文字通り体を張って後ろの二人を助けたってとこでしょうか。 えーっと・・・次は春香ちゃんよね」

「うあ、あっ・・・」

一度だけ。

一度だけ引き金を引くのだ。

早くしなければ。

早く・・・。

「躊躇ったら負けなんです。こういうのは」

「ひっ・・・」

カシンッ。

不発。

「っはぁ・・・はぁ・・・」

「何安心してるの、春香ちゃん。まだ終わらないわよ、さあ亜美ちゃん」

弾は出ない。

「真美ちゃんも」

出ない。

「そして私」

・・・出ない。

「もう順番、回ってきちゃいましたよ? 撃たなくていいんですか?」

「う・・・撃つ・・・」

「そのために持ってきたんでしょ? その銃を」

「私は・・・ここに閉じ込めた犯人への復讐の為に、銃を取った。でも小鳥さんは・・・」

「・・・そういうことなら。それはやっぱり、私に使うべきですよ」

「っ・・・!!」

どくん、どくん。

心臓の音が、うるさい位に聞こえている。

「・・・だって、犯人なんて、いないんだもの」

「そ、そんな・・・」

「あるのは、私が今伊織ちゃんと響ちゃんを射殺したという事実。それだけです」

「・・・嘘だよ・・・小鳥さんだってきっと事情があるんだよね・・・?」

「やっぱり優しいですね。素敵だわ。春香ちゃん」

小鳥が引き金を引いた。

・・・不発だ。

「さて・・・あら? さっきから静かだと思ったら、二人そろって失神しちゃったのね」

双海姉妹は、気を失っていた。

倒れる亜美の口に銃口を捻じ込む。

「でも順番はちゃんと守ってもらわないと。ばんっ」

「ぶえ゛っ」

短いうめき声と共に、亜美の中身がゆるゆると流れ出して血だまりを作った。

真美もまだ目を覚まさない。

「寝ぼすけさんね。起きなさい、朝ですよー」

カシン。今度は弾が出なかった。

「うーん、そろそろ私も危ないかな? えいっ」

不発。

「・・・えーと今、何回目? ひぃふぅみぃ・・・あと多くて5回ね、たぶん」

「っ・・・もうやめてよ・・・小鳥さん・・・」

「無理ですよ。そういうふうにプログラムされているから」

「プロ・・・グラム・・・?」

「私がここであなたたちに強いることは、初めから決まってたってこと。やめたいと思ってもやっちゃうんです。こんなふうに引き金を引いてね」

カシンッ。

「亜美ちゃんと真美ちゃんも、幼い心と体でよくここまで耐えてきたわ」

バンッ。

真美の眉間から真っ赤な血がどくどくと止め処なく湧き出てくる。

ビクンと一瞬身体が跳ねたが、その虚ろな目は、もう何も見てはいなかった。

「ねえ・・・教えてよ。ここはいったい・・・何なの・・・?」

「・・・脱出ゲームという、ゲームの中ですよ」

「・・・は?」

「セーブやコンティニューはないですけどね」

「訳わかんないよ・・・全然説明になってないよ・・・」

「もうすぐ知ることになりますよ。エンディングはもう目の前。もう春香ちゃんしかいなくなっちゃったけど、クリアする方法はあります」

そっと、小鳥が自分に銃を向ける。

春香は、ここで銃弾が出ること、出ないこと、そのどちらも願う気にはなれなかった。

「・・・あらら、出ませんでした」

銃を持ち換えて、銃の射線は再び春香へと伸びる。

「もう、あと2回。私が死ぬか春香ちゃんが死ぬか、次で決まる」

「・・・小鳥さん」

「あと10秒あげます。私を撃つなり神に祈るなり好きにしてください。10秒経ったら、残り2回の引き金を引きます」

その言葉に、再び春香の腕が前へと上がる。

その手には拳銃。

━━━━私には、小鳥さんの言っている意味なんてわからない。

言葉通りに受け取るには、納得できないことが多すぎる。

でも、もう、疑うのは、やめた。

そんなことはもう、たくさんだ。

 

「・・・撃つよ」

真っすぐ、構える。

「10、9、8、7」

「・・・撃つ」

「6、5、4、3」

カウントダウンに合わせるように小鳥も構える。

「2、1・・・0」

二人は同時に引き金を引いた。

ぱんっ。

一発の銃声。

それに、窓ガラスが割れる音。

沈黙。

静まり返る事務所。

春香の銃から、硝煙が立ち上る。

小鳥の銃は・・・発射されなかった。

「・・・なんで、わざと外したの? 春香ちゃん」

春香は、小鳥の顔のすぐ横を狙い、後方の窓ガラスを撃ったのだった。

「今、私は、撃ち殺した。窓ガラスに映った私を」

「・・・ふぅん?」

「小鳥さんを信じたから。犯人なんていないって言葉を。それなら、犯人っていう幻想は私のなかにいるんじゃないかって思って・・・それを消さなきゃって、私を撃った・・・」

「そんな理由で窓ガラスを? ふふっ、なるほど。春香ちゃん、本当純粋で良い子ですね」

血の火薬の匂いが立ち込める部屋の中、けらけらと笑う。

春香はただ、仲間達の死体を見渡していた。

私の判断がもっと早ければ。

私が真っ先に、小鳥さんを撃っていれば。

でも・・・私には、できなかった。

小鳥さんも仲間だから。

17年間生きてきて、間違いなく一番悩んだ10秒間。

私たちは・・・誰を仲間と呼ぶんだろう。

一体誰が守るべき仲間で、誰が憎むべき敵なんだろう。

仲間と敵というボーダーラインは、一体どこなんだろう。

最初に襲ってきた876プロは、そのどちらなんだろう。

今目の前にいるこの女性は、そのどちらなんだろう。

律子さんを殺した千早ちゃんはきっと、彼女だと気づけなかっただけだ。

律子さんが鬼だったのも、きっと得も言われぬ事情があったからだ。

根拠などないが、確信があった。

千早ちゃんは私たちを守ってくれた仲間だ。

敵だなんて絶対に思えない。

じゃあ、小鳥さんは・・・。

・・・答えは、とっくに出ていたのかもしれない。

「小鳥さんも、律子さんも、876プロも、みんな・・・仲間だもん。敵なんかいない」

ずっと笑っていた小鳥が、ふっと真顔になる。

「・・・正解」

「え?」

「よく10秒耐えきったわ。完璧な回答よ」

そう言って自分の口に銃を銜える。

「・・・小鳥さん!!」

とっさに駆け出す。

しかし、すでに引き金に指が掛かっていた。

「さあ、私が死んだらエンドロールですよ」

ばんっ。

小鳥さんが、派手に血を噴き出し、膝から崩れ落ちた。

床が真っ赤に染まっていく。

途端、猛烈な脱力感が春香を襲った。

そして喪失感。孤独感。

あらゆる負の感情が一斉に噴き出して、彼女の脳内は無で満たされる。

「・・・終わった。一人ぼっちになっちゃった」

よろよろと、割れた窓に近づき、外を眺める。

何もない、虚空だ。

ここから飛び降りたら・・・終わり、なんだろうか。

みんないなくなってしまった。

だから、私もいなくなれば・・・。

顔を出してみる。

風もない。

温かくも、寒くもない。

ただ、虚しい。

でも、ひとつだけ、確信できることがある。

ここは、元の世界じゃ、ない。

元の世界に、帰れないのか。

私は、ここで死ぬのか。

ふと、何か大事なことを、思い出さなくちゃいけないような気がした。

少し、考える。

どうして。

なんで小鳥さんが自分に向けて引き金を引く必要なんか、あるんだ。

彼女が言っていたゲームって何なんだ。

ゲーム・・・。

「ゲーム・・・?」

突然、脳裏に浮かんできた。

ここで目を覚ます前の事。

いや、正確には、ここに「来た理由」。

私は、私たちは、ここに来る前、ライブのリハが終わった後、誘拐されて・・・。

違う。

ライブのリハなんて、やってない。

それは、嘘だ。

嘘の記憶だ。

本当の私たちは・・・。

ここでゲームをするために、ここに来たような、そんな気がする・・・。

動向を監視している人がいるという、アナウンス・・・小鳥さんの言葉も。

私はその真意を、知っているはず。

むしろ『見られる為』に、やっていたような・・・。

もう少しで、何か思い出せそうなのだ。

もう少しで、このもやもやから、脱出できそうなのに・・・。

 

「・・・か」

「えっ?」

誰かの声がして、はっと前を向く。

「・・・るか。春香」

声が聞こえる。

おかしい。

幻聴だろうか。

もうみんな、死んだはずなのに。

「春香。聞こえるか。俺だ」

「ぷ、プロ・・・デューサー・・・さん?」

大粒の涙が、雨の様に流れて、虚空に吸い込まれていく。

そっと、振り向く。

私たちが潜り抜けてきたドアの向こうから。

愛しい、温かい、声がした。

「プロデューサーさん!!」

私は走った。

窓からドアまで、ほんの短い距離を、私は全力で走った。

ドアにぶつかる。

ドアノブを回す。

力を籠める。

開かない。

「プロデューサーさん! こっちからじゃ開きません! そっちから押してください!」

「・・・春香? 聞こえているのか、俺の声が!」

大声でその名を呼ぶ。

「聞こえてます! プロデューサーさん、開けて! 開けてください!!」

「開けて、と言われても・・・俺にもどうすればいいか・・・」

「そんな・・・プロデューサーさんでも、ダメなんですか・・・?」

「・・・すまない。春香」

「謝らないでください、脱出する方法はまだ何か、必ず・・・」

「お前たちをこのゲームに参加させたのは俺だ。全て俺の責任だ」

「・・・えっ?」

「俺が、このゲームに参加することを承諾し、そしてゲームをさせた」

「あ・・・」

「こんな事になるとは思わなかった。許してくれ。春香」

突然の最愛の人の告白。

プロデューサーが、このゲームに参加させた。

その、彼自身の言葉が、春香の、どこか奥深くの部分に、響いて。

春香はすべてを、思い出した。

「・・・すまない・・・」

「・・・ふふっ」

「・・・春香?」

「ははっ、あははっ、あははははは!!!」

ドアノブに手を掛けたまま、笑った。

それはそれは、高らかに、笑った。

「なーんだ。そうだったんですね。いえ・・・そうでしたね」

「・・・は、春香!」

「じゃあ何も、心配いらないじゃないですか。プロデューサーさんがさせたことなら」

「先生! 春香が! 春香の指が動きました! 先生!!」

「何も、怖れることないじゃないですか。私、ホントに・・・」

もう一度、ドアノブを回す。

今度は、ちゃんと回った。

ドアが、開かれた。

「プロデューサーさんの事、信じてますから」

最後に、もう一言。

「・・・大好きですから」

 

━━━━視界が、白に染まった。

 


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