カカシ真伝II 白き閃雷の系譜   作:碧唯

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案山子

翌年、オレは年明けから長い任務に就いていた。

二月も終わりに近付いた頃、ようやく完遂。

 

流石のオレも疲れ果て家に帰り着いたが、そこにセイランが居なくて非常にガッカリしてしまった…。

ガッカリしたオレは急に疲労感が増して、そのまま玄関で横になる。

 

ま、今日帰るとは知らない訳だし…、仕方ないか…。

 

結婚して今年で二年、一緒に暮らし始めてからは三年

オレはセイランが待っているこの部屋に帰る事に慣れてしまった。

セイランが居ないだけでこんなにガッカリするなんてな…。

 

 

「…さんっ!サクモさんっ!!」

 

セイランの声で起きた…。あのまま寝ちゃったのか…。

 

「あぁ、おかえり、セイラン」

 

セイランは涙目で怒鳴った…。

「もぉーっ! 玄関で倒れてるから、ビックリするじゃないですか!」

 

「すまん、すまん。帰ってきたら突然疲れが出ちゃってな…。ちょっと横になるつもりが」

 

…せっかく帰って来たのに、お前が居なくて寂しくてな…、というのは内緒だ。

 

「お帰りなさい、長い事お疲れさまでした」

ようやく微笑んでくれた…。

「ただいま…」

そう言いながら、オレは右の親指でセイランの口元のほくろを撫でる。

これはオレの癖だ…。

 

 

ふと気付いて尋ねた。

「あれ?そういえば任務じゃなかったのか…。買い物?」

セイランは任務服ではなく普段着だった。

「あ、いえ…、ちょっと病院に」

「え?具合悪いのか?」

本気で心配するオレを尻目に、セイランは笑いながら言った。

「今日サクモさんが帰って来なかったら、サクモさんより先に火影様に言っちゃうところでしたよ」

「は?…え?どういう事だ?」

「しばらく任務お休みしなきゃいけないんです」

「え?そんな…悪いのか?」

オレは真剣に尋ねたが…

「プッ…」セイランは吹き出した…。

 

「玄関で寝てて驚かされちゃったお返しです」

セイランはクスクス笑いながら、唖然としているオレの手を取って、自分の腹にあてる。

「は?…腹痛いのか?」

「赤ちゃんが」微笑みながらセイランが言った。

「……………。 えぇっ?えぇぇぇっ!?ホントか!?」

コクリと頷くセイラン。

 

オレはセイランの両肩を掴んで言った。「セイラン!」

「やったー!!赤ちゃんだって!!すごいよ、セイラン!!」抱きしめてオレは叫んでいた。

 

「まだ初期なので安心はできないですけどね。なので、任務はお休みしないと」

「当たり前だ! 今、任務入ってるのか?入ってたら、オレ明日からしばらく休暇だから、代わりに行くよ!」

「プッ」…また吹き出してる。

「何だよ」

「私の代わりにサクモさん行ったら皆ビックリしちゃいますよ」

 

確かに、上忍のオレと中忍のセイランでは任務ランクの範囲が違う。

親父さんの看病でセイランが休暇を貰った時も、オレが言った事なので仕方ないのだが…、セイランの分も任務が割り振られ、Cランク任務にオレが顔を出した時は、メンバーの中忍と下忍が微妙な空気だったのを覚えている…。

 

「んー…、まぁ代わりが見つかればいいけど、見つからなければ…ね、行くよ」

「はい、お父さん宜しくお願いします」

「ハハッ」オレは破顔した。

 

帰宅時の疲労感が嘘のように、今ならどんなハードな任務でもこなせそうだった。

 

 

翌日、二人で火影様に報告すると、自らの事の様に喜んでくださった。

ご自身も去年10月に二人目のお子さんが生まれたところなので、同世代の忍になるのが楽しみだなと仰った。

 

休暇願いの件は、まぁ予想通り…、既にセイランに割り振ってあった任務三つ分はオレが代わりに就くことになった…。

火影様には色々と我が儘を聞いていただいているので、これくらいはお安い御用ですと言わないと罰が当たるというものだ。

 

しかし、この三つの任務は、代わりが見つからなかった訳ではなく、少々浮かれすぎなオレへの火影様の無言の忠告だったのかも知れない…。

前回とは違って、今回はセイランとオレの名前をただ入れ替えただけのようなものだった…。というのも、三つのB・Cランクの任務を、オレは隊員として就いていた…。

言い出したのはオレだからこちらは何も異議は無いが、隊長になった中忍が冷や汗をかきながらオレに指示している様は、非常に心苦しかった…。

 

まぁ、そんな話も家に帰ってセイランに話すと笑い話になって、それはそれで楽しかったが…。

 

 

 

暑くなる前にと、春のうちにオレ達は一軒家に引っ越しした。

 

二人にはまだ広すぎると感じる家だが、子供が生まれて走り回る様になれば、一気に狭く感じるのかも知れない。

 

そんな事を考えるだけで、オレは胸がいっぱいになっていた。

 

 

庭に植えた桜の若木が花をつけ、縁側でセイランと二人それを眺めながら話していた。

 

「来年は三人でお花見できますね」

「そうだな…」

オレは来年を通り越して、大きくなった桜の木の下で子供たちに囲まれて花見をする未来を想像して、また胸をいっぱいにしていた…。

 

「男の子と女の子、どっちなんだろうなー」

「サクモさんはどっちがいいんですか?男親はやっぱり女の子がいいんですかね」

「んー…、どっちでも元気に生まれてくれれば…、なんだけど、やっぱり男の子がいいなぁー。男の子だったら、もう名前も考えてあるんだ…」

「えぇっ!? そういうのは普通、一緒に考えるんじゃないんですか?」

セイランは驚いている…。そういえば、言ってなかったな…。

 

「ごめんごめん…、でも、ずーっと前から考えてたんだ。いつか男の子が生まれたらって…。じゃぁさ、女の子だったらセイランが考えてよ」

 

「もぉー…、で、なんていう名前ですか?」

怒っているというより、呆れてる…かな。

 

「フフッ…」オレはもったいぶって、間をあけて言った。「カカシ…」

 

「…案山子?」セイランは腑に落ちないという顔で繰り返した。

「そう!忍っぽいだろ!?」

きっとオレの顔は子供みたいに喜びで輝いているだろう。

 

「んー…、案山子と忍者がどうしても結びつきません…。案山子は畑や田んぼで突っ立ってるだけ…っていうイメージしか…」

「それだよ!それ!!」

「それでいいんですか…?」

「うんうん。周りから見たらさ、案山子って何もしてないように見えるだろ?」

「そうですね…」セイランは当たり前の事だと言うように頷いた。

 

「忍もそれでいいんだよ。そうじゃなきゃいけないんだ」

「そうじゃなきゃいけない?」

「うん、オレ達木ノ葉の忍がどんな事やってるかなんて、火の国の民は知らなくていいんだよ。知らなくていい位に平和な事が望ましいんだ。守られていることも気付かせない位に当たり前に守る。それが忍じゃないか?」

「でも…、それって寂しくないですか?守られている事も気付かなかったら、要らないってなっちゃいますよ?」

 

不安気に眉を寄せるセイランに、オレは微笑みながら言う。

 

「でもな、それでも分かってくれてる人はきちんといるんだよ。 昔な、ガキの頃、学校に行く道端にある畑で、オレ達の下校時間がちょうど畑仕事の休憩と重なるじいさんがいてな。毎日そのじいさん、案山子に話しかけてたんだよ。 なんで喋りもしない案山子に話しかけてんのかって聞いたらさ、コイツは答えはしないけどきちんと聞いてるって。何にも喋らないけど、黙って話を聞いて、黙って畑を見守ってくれてるんだって言ったんだ…。 それ聞いてさ、オレ、案山子って忍の理想じゃないかなって思ったんだ。オレは、案山子の様な忍になろうってその時思ったんだ」

 

 

嬉しそうに話すオレを見て、セイランはただ微笑んで聞いていた。

 

「絶えず見守っていて、必要な時はすぐ助ける。自分のやってることを誇示する訳でもなく、ただひたすらに黙々と…、そんな忍になって欲しいよ」

 

オレがそう言って腹を撫でると、セイランは小首を傾げて言った。

「でも、サクモさんの息子ですからねー…」

「オレの息子だと何だ?」

「本人は誇示するつもり無くても、通り名とか付けられちゃうんじゃないですかね」

セイランは冗談ぽく言ったのだが、オレは苦笑いで答えた。

「ハハ…、それは嬉しいような…、ちょっと複雑な…」

 

オレの苦笑いに気付いたセイランが尋ねる。

「そういえば、以前も言ってましたよね…。天才とか白い牙って言われるのはうんざりしてるって…」

「ハハ…、よく覚えてるな」

「だって、あの日は…。それに、すごく意外だったので、よく覚えてるんです」

 

「当然だよ、天才っていうのは歴代の火影様達のような人を言うんだ。あの方達に比べたらオレなんて平凡すぎる。特にオレはヒルゼン先生が師匠だったからな、あの方を間近に見て来たから、オレが天才とか言われてるのがバカバカしくて可笑しかったよ」

 

「プロフェッサー…」

 

「うん、五大性質変化全ての術に精通しているあの方がオレの師匠だからこそ、今のオレがあるんだ。オレにチャクラ刀を勧めてくれたのもヒルゼン先生だし、あのチャクラ刀があってこそオレの雷遁の術が活かせる」

 

「だからいつも短刀を…」

 

「そうそう、不思議だったろ?印を結ぶのにも面倒なのに、なんで短刀持ったまま術を使うのかって」

 

セイランはオレが術を使う所を思い浮かべているのか、視線を空に向けて考えたのち、苦笑いしながら言った。

「あまりにも印を結ぶスピードが速くて、不便そうなんて考えた事なかったですけどね。でも、考えてみればそうですね…。 そういえば、スオウさんも言われてましたね、サクモさんの刀は風の性質のチャクラ刀よりも鋭いって」

 

「確かに、風の性質変化はあらゆるものを斬り裂き断ち切ると言われているから、チャクラ刀を使うには、風の性質を持つチャクラを流し込むのがより切れ味を良くすると言われてる。でも金属と雷のチャクラは元々相性がいいんだ。オレの短刀は特に雷のチャクラに反応しやすい金属でできてる。今のオレの術は、チャクラ刀を使うというヒントをくれたヒルゼン先生と、特殊な材質で刀を鍛え上げてくれた鍛冶師のおかげで完成できたんだ。」

 

 

オレは風に舞う桜の花びらを目で追いながら話を続けた。

 

「それに、白い牙って言うのは、元々はオレの、ある一つの術を指しての呼び名だったんだ…」

 

「白光したチャクラ刀のことじゃなかったんですか?」

セイランが驚いて聞いた。…ま、驚くのは無理もない。

 

「うん、最初はね。 それがいつの間にか、オレ自身を指してるかの様になっちまって…、文字通り、通り名が一人歩きしちゃったんだよな。 勿論、他国の奴らがオレを指して言う分にはいいよ。それが威嚇になって木ノ葉への恐れにもなるからな。でも、里の奴らがオレを指して言うのは違うと思うんだ。だいたい、里の奴らがオレを指してそう呼ぶときは、オレ自身を見てなくて、奴らが幻想を抱く『白い牙』を見てるんだよ。一時はそういうのにホント嫌気が差してさ、神経尖らせてた時期があったんだよ…」

 

オレは自嘲気味に笑って話しを続けた。

「まぁ、それも結局は、身の丈に合わない通り名で呼ばれる事に対する劣等感だって気付いてな、それなら里の皆が期待する『白い牙』に近付けるようにやるしかないか…って、思うようになったんだけどね」

 

セイランの腹をそっと撫でてから続ける。

 

「だから、この子が男の子で通り名で呼ばれるような事になったら…と思うとね、他国に勇名を馳せるような忍になるのは嬉しいけど、里の中からのそういうプレッシャーにオレみたいに卑屈にならないで欲しいなと、ちょっと複雑な気持ちだったんだよ。まっ、まだ生まれてもない子にそんな心配しちゃってるオレは相当な親バカだよな」

 

そう言って笑うオレを見て、セイランもクスクス笑っていた。

 

「ま、男の子かどうかもわからんしな」

「そうですね、女の子だったら私が名前決めますからね!」

「アハハ、うん、よろしく。 でも、お前に似た女の子だったら…、オレ任務に付いて行っちゃうかもしれんなー…」

「プッ…、サクモさん、親バカ過ぎ」

「ハハハッ、だなー」

 

「でも、やっぱり意外です」

「ん?」

「私達多くの忍者からしたらサクモさんは名実ともに天才忍者で、そんなサクモさんでも劣等感感じることなんてあったんですね」

「そりゃあるよ。だから天才なんかじゃないんだよ」

 

「でも、私もそうですけど、スオウさんやカズサさん、他にも、サクモさんが白い牙とか天才忍者とか関係なく、サクモさんの人柄に惹かれて慕ってるんだと思いますよ。 だから、この子も男の子で通り名とかつけられちゃっても、きっと通り名じゃなく、この子自身を見てくれる仲間ができる筈です。 だって、案山子は何もしてない様に見えても、ちゃんと分かってくれてる人がいるんですよね?」

 

「ハハッ!そうだな! カカシー早く出てこいー」

オレが腹を撫でながらそう言うと、セイランは頬を膨らませながら言った。

「もう!まだ男の子かどうかわからないし、それに、まだ出てきちゃダメですって!」

 

「ハハハ、まだ、ダメだな。 でも、どっちでもいいから、早く会いたいよー」

 

 


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