あの風の国の任務から暫くして、オレの推測が正しかった事がわかった。
しかし期待に反し、大戦が終わる事はなかった…。
あの時の任務は「軍備の調査」だ。
それをオレは、目先の事ではなく、他の五大国が考える「戦争の未来」を窺い知る為の調査だと考えた。
オレは五大国のどこかと同盟を結ぶ可能性を考えたのだ。
そう考えた理由は幾つかあるが、広い国土を調査するにも関わらず、一国につき一個小隊であった事と、短期間での調査であった事が大きいだろう。
差し迫って迅速、かつ、内密に分析する必要に迫られたという事だ。
故に前線ではなく、兵站を主に調査したのだが、風の国は資源が乏しい事もあって、簡単には引けない状況に追い込まれていた。
あの国が同盟を考えるとなれば、圧倒的に戦力で勝る事によって有利な立場に立てる事を念頭に置くだろう。という事は、現状、火の国との同盟は考えにくい。
水の国は若輩のオレから見ても、他国と同盟を考えるような国ではない、独立独歩で行く事は明白で、扉間様は、例え一個小隊だとしても、実のない調査に割く事は出来ないと考えられたのだろう。
という事は、土か雷から同盟の働きかけがあったのでは…とオレは推測していたのだ。
後になって分かった事だが、それは当たっていて、雷影殿より打診があって、扉間様はそれを如何にするべきかと、オレ達に雷を含む風・土、三国の調査にあたらせていたのだった。
結果として、火の国は雷の国と同盟を結ぶ事になり、扉間様は調印の為、少数の護衛小隊のみ連れて雷の国を訪れる事になった。
それは、雷の国・雲隠れでも、火の国・木ノ葉隠れでも最高機密として扱われ、ごく一部の者しか知らなかった筈だ…。
火影様がそこにいるのを分かっていたのか、偶然なのかは今も謎だが、両者の会談場が襲撃にあった。
雷の国では知らぬ者のいない金角、銀角兄弟によるクーデターだった。
会談場を離脱する事は出来たが、途中クーデターの主力部隊である金角の部隊に取り囲まれた扉間様は、護衛小隊を逃がすために自ら囮となり命を落とされた…。
扉間様は自らが守り育てて来られた次の世代である部下達に、そのまた次の世代を守り育てる事を託し、ヒルゼン先生に「火影」を託し亡くなられた。
二代目は里にとってかけがえのない方だ。
里を創ったのは初代だが、里を作ったのは二代目だと、オレは思っている。
戦乱を治め、誰も考えもしなかった…、いや、考えたとしても荒唐無稽な夢物語だとしていたことをやり遂げたのが初代。圧倒的な唯一無二の忍者としての才能と、誰もが惹きつけられるカリスマ性を持つ柱間様だからこそ成しえたのだと思う。
そして、その初代の治世から参謀として、里の数々のシステムを作り上げて来られたのが二代目。
あまり感情を表に出すことは無く、厳しい方だったが、常に里を思い、自らの内面を見つめ己をも律していた方だった。
扉間様は里に多くのものを遺し、忍達に火の意志を遺していかれた…。
オレも扉間様の戦死に、一つの思いを抱いていた。
力のあるものがない者を守り助ける事、忍が一般の人を守るだけじゃない、上官は部下を守り助ける事を絶対に忘れてはいけない。
何の為に立場が上の者が命令する権限があるのか、任務を成功させる責任を負い、隊員を守る義務があるからに他ならない。
隊長として任務に就く事が多いオレは、改めて心にそう刻み付けた。
木ノ葉隠れの里は、三代目火影様の下、相変わらず第二次忍界大戦の中にあった。
火影となったヒルゼン先生への当時の報告が影響したのかは分からないが、あの風の国潜入時のメンバーとは以降、度々組むことになった。
特にセイランとはSランク以外の殆どの任務で同じ隊になっていた。
オレはセイランと組む度、彼女の忍としての成長だけでなく、女性としての彼女にも眩しさを感じ始めていた。
流石に任務中にはそんな事を考えている余裕は無いが、任務の編成に彼女の名前を見付けると喜び、任務が終了すると無事帰してやれることに安堵している自分に驚いていた。
あの風の国の任務から、季節が一周し、ちょうど一年が過ぎようとしていた。
その日の任務は、最近のオレにとっては珍しいBランク任務
オレ以外は全員中忍というもので、その中の一人はセイランだった。
中忍といえばBランクやCランク任務では小隊長を任せられる事もある立場だ。
オレは三人で話し合わせて、自分達の考えだけでやらせた。
勿論、責任は隊長であるオレにあり、非常時にはオレが対応するという安心感もあってなのか、三人は積極的に意見を出し合い、順調に遂行し何事もなくやり遂げた。
「流石だな。三人共小隊長クラスの優秀な忍が集まると、オレは付いて行くだけで完遂だ。今日は楽させてもらったよ。ありがとう、お疲れ様」
「いやー、自分達も隊長の時は毎回緊張してますからね、今回はサクモさんがいてくれると思うだけで安心感がありましたから」
「そうだな、任務の成功とメンバーの命、隊長は両方背負ってる訳だから緊張して当たり前だよ。重要なのは、緊張はしても決して焦らない事だ」
「「「はい!ありがとうございました!」」」
…ハハ、なんか教育みたいになっちまったな。
まぁ、たまにはこうやって自分の指揮能力を見直すのは、彼らにとっても、オレ自身にも良い事だろう。
「お疲れさん」
オレは別れ際にセイランの肩をポンとたたいておいて言った。すると…
「…っ」
肩をおさえて顔を歪める…。
「お前…、怪我したのか? すまん、気付かなかった…」
「いえ、今回の任務ではありませんから…」セイランは苦笑いしながら答えた。
しかし、彼女の最近の任務はオレと組んだものだけの筈だ…。
その中で怪我をした記憶がオレにはなかった。見落としていたのか…?
「そうか…、そんなに痛むなら病院に行った方がいいぞ?」
ペコッと会釈して去っていくセイランを見送っていると、今日のメンバーの一人が話しかけてきた。
「私はセイランと
噂など…と思う気持ちもあるが、セイランの様子が気になっていたオレは尋ねずにはいられなかった。
「どういった噂だ?」
「彼女の親父さんは随分前に任務中の怪我が元で引退を余儀なくされたのですが、それから…、酒乱というか…、時折、暴れて手の付けられない時があると…」
「今の怪我も任務中のものではなく、それで…という事か?」
オレはたまらない程の焦燥感に襲われていた…。
「彼女は何も言わないのでわかりませんが…、
「そうか、ありがとう…オレも気にしておくよ。じゃぁ、オレは火影様に任務の報告に行くから、ここで解散にする」
任務の報告を終えたオレは、火影様に尋ねてみることにした。
「セイランが怪我をしていまして、ここ最近は私の小隊にいた筈なので、任務中のものとは思えず…。個人的な事とは承知していますが、火影様は彼女の家の事情を…?」
「うむ…、あれの父親は昔任務中に怪我をしてな、引退したのだが、その後、奥方がご病気で亡くなられてからだのォ、あまり良くない噂を耳にするようになったのは」
「…ご存知でしたら、なぜ、放っておかれるのですか?」
「その噂が真実かどうか、誰にもわからんのだ」
「しかし、事実、怪我を!」
「隣近所の者も、
「それを…、真に受けているのですか!?」
オレは腹の中から、どす黒いものがこみ上げてくるのを感じた…。
「難しい事なんだ…」
「わかりました…、彼女に忘れ物を届けないといけないので、自宅の住所を教えていただけないでしょうか?」
「……」
火影様は何も言わずオレの顔を睨んでいたが、引き出しから書類を取り出し、住所をメモしてオレに差し出した。
オレはそれをひったくる様に受け取ると、会釈だけして部屋を出ていこうとした。
「サクモ」
呼び止められて振り返ると、火影様は「頼む」とだけ仰った。
オレは今まで何故気付かなかった!
里の全ての者を家族だと公言するヒルゼン先生が、その噂を聞いて心を痛めない筈はない。
あの、セイランと初めて組んだ任務の後、オレがヒルゼン先生に言ったのではないか…。
「人とは紙に書かれている事や肩書だけで判断してはいけない」と…
ヒルゼン先生は噂を知っていて、セイランとオレを組ませる事によって、オレが気付き助けてやれるかもと期待しておられたのではないか?
火影という立場にあるからこそ、噂だけで動く事はできない。
だから、そんな回りくどい事をしたのでは…
何故気付けなかった…。
後悔と焦燥感に苛まれながら、オレはメモの住所まで必死に走っていた。