「無断で入って悪かったよ。でも、オレ達は戦いにきた訳じゃないんだ。無駄な戦いはお互いにとって得策ではないんじゃないか?」
忍相手に通じる話じゃないとは思っても、オレは言わずにいられなかった。
それは、オレ達を追ってきたのがオレより少し年下、スオウ達と大して変わらないであろう若き忍だったからだ…。
甘いと言われても、できれば戦いたくない…。
しかし、当然の事だが…通じなかった。
彼は無言で巻物を出し、口寄せした。
口寄せされたものが現れた横から、離脱を指示したはずのセイランが姿を現す。
「…っ!?」なぜ戻った…。
しかもその位置か、マズイな…。
セイランは目の前に口寄せされた物が動かないのを見て、構えていたクナイをおろした。
それを見て、砂の忍は口寄せしたものを操る。
「気を抜くなっ!」
叫びながらオレは背中の短刀を抜き、持ったまま印を結ぶ。
「雷遁・
短刀に流し込んだチャクラを稲妻に変え、それを
傀儡の細長い手がセイランの喉をとらえる直前、短刀から放った稲妻が傀儡を捕らえ、絡みつき破壊した。
…間に合った。
短刀を構えたまま、砂の忍と向かい合う。
不意に後方から手裏剣が飛び、オレは跳び退った。
チッ…、オレとしたことが、こっちに気を取られてもう一人に気付くのが遅れた…。
しかも今の手裏剣…、風の性質…か
これは、やっかいな事になったな…
この風の国の風土じゃ水遁も期待できない…
劣勢覚悟で雷遁でやるしかないか…。
オレは振り向きざま、手裏剣が飛んで来た方に雷鞭刀を放ち、樹を次々なぎ倒していった。
潜んでいた忍は跳び退ったが、それでオレには居場所が特定できた。
そこに「
胸を貫く寸前で、オレはその忍がくノ一で、セイランと齢がそれほど変わらないように見える事に気付いた…。
気付いたが、止めるには遅すぎた…。
オレはやるせない気持ちで、若きくノ一の胸から短刀を抜き、傀儡使いの方へ向いた。
傀儡使いは先刻までとは比べ物にならない殺気をオレに発しながら、口寄せした二体目の傀儡をオレに向かわせた。
この殺気…、まさか…、さっきのくノ一とコイツ…夫婦?恋人…か?
しかし…、例え恋人であったとしても、ここで復讐を果たさせてやる訳にはいかない…。
オレやセイランだけじゃない、オレ達が合流しなかったら、スオウ達まで二人で敵地に取り残される事になるのだ…。
やるしか…ない。
オレは短刀を構えなおす。
傀儡が大きく口を開けると、千本の様な長い針が幾つもそこから飛び出た。
変わり身の術でそれを躱す。
変わり身にした丸太を確認すると、刺さった針の周りが変色し始めている。
…毒針か。一本でもくらったらヤバそうだな…。
その時、近付いてくる二人の忍の気配を感知した。砂の忍だ…。
時間は無さそうだ…、一発で決めるしかない。
なら、これしかないか…。
「雷遁・
これも雷鞭刀と同じく雷の性質変化と形態変化を組み合わせた術だが、オレの使う術の中では雷霆の術が最大の攻撃力を持つ。
白光していた短刀が輝きを増して、バチバチッという音を出し始める。
「セイラン下がれ!」叫びながら、オレは傀儡を回り込み、彼女が雷撃の範囲に入らないように位置を調整する。
短刀にチャクラを最大限帯電させたところで、傀儡に向け放った。
バッシャーン!
耳をつんざくような轟音がして、雷は傀儡を真っ二つに破壊し、その操者を吹き飛ばした。
雷撃による強烈な風が吹き付ける。
…今のでだいぶチャクラ使っちまった。
これであと二人は、相手によっちゃ厳しいかも知れんな。
一刻も早く此処を離脱するべき、そう思ってはいるのだが…
オレはくノ一の亡骸を抱きかかえて、傀儡の操者の横に寝かせた。
この二人が夫婦か恋人同士だとしたら、オレにはそれしかできなかった…。
その時、まず一人、年かさのくノ一が現れ、オレを見て叫んだ。
「その髪、そのチャクラ刀…、お前、木ノ葉の白い牙だな!」
この人は確か…、マズイな、この人とやったら到底無事には帰れない。
「退くぞ!」茫然としているセイランに言う。
オレ達は急いでその場を離れた。
砂の忍達はそれ以上追ってこなかった。
恐らく、彼らを里に連れ帰ったのだろう…。
スオウ達との合流地点を目指して岩陰を移動しながら、オレはふとセイランに目をやった。
目を真っ赤にしているが、涙は流していない…。
恐らく、死の恐怖と、何もできなかった自分の不甲斐なさを感じ悔しいのとどちらか…、いや両方かな…
でも、必死に涙を堪えてるってとこか… で、そうなったわけか…
「クッ…」
思わず笑ったオレを、セイランが不思議そうに見返した。
「悪い悪い…。でもお前…、鼻水でてるぞ…」
セイランは目を見開いて赤くなり、袖で鼻をぬぐいながら言った。
「先程は…、申し訳ありません…」
「状況判断して、最善の方法を考え指示するのが隊長の役割。だからお前自身の為にも、他の隊員の安全の為にも、命令には従わなきゃいけない」
「はいっ」
「そういえば、傀儡使いは初めてか?」
「…はい」
「そうか、任務のランクが上がればそれだけ危険もある。いろんな状況を想定し備えて置くことが大事…、ま、砂は傀儡使いも多いから先に言っとくべきだったな、すまん」
「いえ、隊長のせいではありません…。私の油断が招いた事です…」
「まっ、あれで懲りただろ…。今回はなんとか逃げ切れそうだし…な。あれも経験だと思って、次に活かせばいいよ。死んじまったら意味が無い、生きてるからこそ次に活かせるんだ」
その後、スオウ達と合流し、オレは尋ねた。
「大丈夫だったか?」
「はい、まぁ、ここは風遁使いが多いですからね、オレの出番ですよ」とスオウが言った。
「そうだな、お前の火遁なら砂の上忍でもなかなか敵わんだろう」
オレは微笑んで、そう答えた。
スオウがオレの胸当ての返り血に気付いて、セイランに聞いた。
「どうだ?白い牙は見られたか?」
「はい、上忍の方の戦闘を見たのは初めてではないのですが…、あまりにもレベルが違いすぎて…何もできませんでした」
先刻の戦闘を思い出しているのだろう、気落ちした様子でセイランが答えた。
「まぁ、Bランクまでの対忍者戦とAランク以上はまた違うからな…。それにさっきは増援が来そうだったから急いじまったし、逆にお前が手を出さないでいてくれて、巻き込む事考えずにやれたから良かったよ」
オレがそう言うと、セイランは苦笑いしながら言った。
「白い牙は短刀が所以なんですね」
オレの代わりにスオウが答える。
「そうそう、雷のチャクラを纏った短刀は白光し、それは切断に関しては秀でるといわれる風の性質を持つどのチャクラ刀よりも鋭い…。マジで敵だったらおっかねーよ」
スオウはそう言いながら、わざとらしく身震いして見せた…。
そのスオウの肩をポンと叩いておいて言う。
「ここはまだ敵地だ。さぁ、早く帰ろう」
帰路は特段戦闘も無く、無事に木ノ葉に帰り着いた。
「…そういった状況で、軍事力増強を続けている様子です。三代目風影殿は先代の軍拡路線を引き継いだようです」
オレは風の国で得た情報を地図に書き込み、火影様とヒルゼン先生に報告していた。
「風影殿の代替わりで柔軟になるかとも思ったが…」ヒルゼン先生が言った。
「三代目は歴代最強とも謳われる方のようですし、国内の資源が乏しい分、他の国とのパワーバランスを考えるとやむを得ないのかも知れません」
地図を覗き込んでいた火影様が顔を上げ、オレを見て言った。
「今回の任務は軍備の調査だったが、貴様らの隊の他にあと二班、他の国にも行かせておる」
「二班…というと、土と雷ですか」
「察しがいいな。そういえば、他の小隊長は任務指令を見て異議を申して来たが、貴様は何も言わなかったな」
「確かに指令書だけを見れば、期限内の完遂は不可能と思われます。ですが、火影様が出来もしない任務を命ずる筈がありませんので、必要と思われるところだけを調査致しました」
「必要と思われるところ…か、不確かであれば何故あの折に確認しておかなかった?」
「恐れながら、扉間様があえて隠されるというのは、それだけの意味がある事だと推察致しました。そのような機密性の高い事柄を、敵国に赴こうとしている私が伺ってよい事とは思えませんでしたので…。私が勝手に推測し、前線ではなく兵站を主に調査しましたが、ご所望の情報では無かったでしょうか?」
「さすがサルの弟子だの。いや、これで十分だ。ご苦労」
そう言うと、火影様はもう一度地図を覗き込んでいた。
短い言葉だが、ご満足いただけていると読み取れたので、安心してヒルゼン先生と笑みを交わした。
すると、ヒルゼン先生が尋ねた。
「ところでサクモ、今回の小隊はどうだった?中忍を一人入れたのだが」
オレは表情を緩め答える。
「彼女には驚かされました。最初は、中忍をこのような任務に…と、少し懐疑的だったのですが、人とは紙に書かれている事や肩書だけで判断してはいけないと勉強になりました。勿論まだ若い中忍ですから経験不足は否めませんが、隊長の的確な指示の下ならAランクでも十分通用する実力はあります。良い忍者ですね」
ヒルゼン先生も表情を崩し微笑みながら言った。
「そうか、まだ早すぎるかとも思ったのだが、お前なら任せられると思っての」
師匠からのこの言葉は、オレにとって最上の誉め言葉だった。
「ありがとうございます。スオウとカズサもよくやってくれましたし、あの二人のコンビネーションはとても良いので、今後も二人は組ませた方が良いと思います。今回は三人が優秀だったお陰で、予定よりずっと早く無事に戻ることができました」
「うむ」ヒルゼン先生は短くそういって、微笑まれた。
火影様は少し厳しい顔をしてまだ地図を眺めていたが、大戦の事を考えておられるのだと思い、特に気に留める事もなく退出した。
火影様は詳しい事は何も仰らなかったが、オレの推測が正しければ、この第二次忍界大戦終結に向けて動き出すのかも知れない…という、期待を抱かせた。
この時のオレは、大戦が終わる可能性しか考えていなかった…。