カカシ真伝II 白き閃雷の系譜   作:碧唯

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迅雷

サクモが息を引き取ったちょうど同じころ

ヒルゼンは火影室の窓から遠くの稲妻を見ていた。

 

その稲妻を見て、サクモの雷遁を思い出していた。

教授(プロフェッサー)と呼ばれ、五大性質変化全てを使いこなすヒルゼンであったが、本来の性質である火は言うまでも無く、土・水・風も、その性質を持つ術者と比べても劣る事は無かった。しかし、雷遁だけは弟子に敵わなかったのだ。

 

「サクモが火影の器に無いなどと思っておるのは当の本人と、あやつだけなんだがのォ…」

ヒルゼンは独り言を呟いた。

 

(サクモは大丈夫だと言っておったが、子供にまで影響を及ぼすような状況はワシも黙って見ておられん。明日にでも、大名のところへ行ってくるか…)

 

 

 

それより数時間後、任務を終えたカカシは、どしゃ降りの雨の中、家路を急いでいた。

 

(父さん帰ってるかな…、任務に出る前にイライラしてあたっちゃったから…、謝らないと…。口外無用の任務内容があんな噂になるなんて…、絶対何かある筈なんだ…。そんな事、分かってたのに…、あんな奴らに絡まれたからって父さんにあたっちゃうなんて…)

 

家に着いて、灯が点いていない事に気付きガッカリする。

しかし、カカシが玄関の扉を開けると、そこに父の草履が脱いであった。

いつも几帳面に揃えられていたのに、今日は脱ぎ捨てた様に散らばっていた。

 

「父さん?帰ってるの?」

カカシは家の中に声をかける。 だが、誰も返事をしない…。

(頭痛いって言ってたし…、まだ具合悪いのかな? もう寝てるのかな…)

 

ゴロゴロッ バリッ バリバリッ  …雷鳴が轟いた。

 

雷雲がちょうど木ノ葉の里を覆っているのか、何度も雷鳴が轟き、稲妻が光る。

 

 

カカシは居間の襖を開けると、そこで横になっている人影に気付き驚いた。

 

庭に面した大きな窓を何度も稲妻が照らし、その度に横たわる人影を映し出す…。

 

「………父さん?」

任務服にベストも着たままの父だった…。

 

「……父さん? ……こんなとこで寝てちゃダメだよ? ねぇ、父さんっ!」

 

カカシはまだ中忍だったが、人の死体は何度も見たことがあった。

それが、寝ているのか、事切れているのかは、触れずともカカシには分かった。

しかし、目でそう見えても、頭では理解できない。

頭で理解できても、心で理解できなかった…。

 

「ねぇ、父さんっ! 寝てるんでしょ!?」

 

しばらく茫然と立ち尽くしていたが、玄関の扉が開く音がしてカカシはビクッと震える。

 

 

玄関と廊下の灯はカカシが点けていたので、来客は家の中に向かって声をかけた。

「こんばんは!サクモさーん! スオウです!」

 

スオウはしばらく返事を待ったが、サクモが寝ているのかと考え、帰ろうとした。

その時、廊下の奥から小さな人影が歩いてくる事に気付いた。

 

「あ、カカシくん。帰ってたんだ。お父さんもう寝ちゃったのかな?」

 

「…………」カカシはうつむいて何も答えなかった。

 

「火影様の所に任務の報告に行ったら、サクモさんが途中で帰ったって聞いて、火影様も心配されてたからね」

 

「………父さんが」うつむいたままでぽつりと言う。

 

スオウはカカシの様子がおかしい事に気付き、草履を慌てて脱ぎながら言う。

「ちょっとごめんね。上がらせてもらうよ?」

 

 

訪れ慣れた居間に向かうと、カカシが襖を開けたままだったそこに、稲妻に映し出されたサクモの姿が見えた。

 

「サクモさんっ!?」

サクモの身体を揺すると、びしょ濡れの自分の手でも分かるほど冷たく、こわばっていた。

 

「そんな…、なんでっ! サクモさんっ!!サクモさんっ!! 嘘だっ!こんなの!」

 

 

居間の入り口から小さな声が聞こえた。

「ねぇ…、それ…、父さん……死んでるの?」

 

スオウは両手で涙を拭ってから、コクリと頷いた。

 

「カカシくん、オレ火影様に知らせてくるから、しばらく一人で大丈夫かな?」

カカシは何も言わず小さく頷いた。

 

それを見て、スオウは急いで草履を履くと跳び出して行った。

 

 

カカシはその後、ヒルゼンがやってくるまで立ちすくみ、父を見下ろしていた。

 

「サクモッ!」

ヒルゼンはカカシには目もくれず、愛弟子に駆け寄った。

「…サクモッ、…すまん……すまん、…っ」

 

その姿を見てスオウは茫然と考えていた。

(火影様のあんな様子…初めて見たなぁ。いつも傍にいたサクモさんでも見た事ないだろうな…)

 

 

その後、大人たちが入れ代わり立ち代わりやってきて、医療部隊が父の亡骸を運び出していくのをカカシは部屋の隅で何も言わず見ていた。

 

 

 

五日後、サクモの葬儀が執り行われた。

 

五日という期間を要したのは、大名の都合だった。

慣例では、大名が木ノ葉の忍の葬儀に出席するのは火影の時のみだった。

例え上役であっても、かつて大名が火影以外の葬儀に出席した事は無い。

しかし、大名たっての願いで出席する事になり、その日程の都合だったのだ。

 

その大名出席と、かつて先代火影の葬儀の時に勝るとも劣らない、大名や火の国の重臣達からの花輪を見て、木ノ葉隠れの里の者達はささやきあっていた。

 

「大分様子がおかしかったからなぁ」

「任務失敗を気に病んでいたんだろう」

「あれだけ責められりゃあなー」

「それで自殺を?」

「でも、なんで大名がわざわざ来るんだ?」

「自分の依頼を放棄されたのになんでだ?」

「それにこの花輪見ろよ。火影クラスだぞ」

 

 

 

葬儀の後、火影室でヒルゼンは窓の外を見ていた。

あの日とは打って変わって澄み切った青空の下、あちらこちらで咲き始めた桜が薄紅色に里を彩っていた。

その春うららかな様子すら、ヒルゼンの胸に重い悲しみをもたらすばかりであった。

 

その時、扉をノックする音が聞こえる。

「入れ」

返事をすると、部屋に入って来たのはスオウとカズサだった。

 

今は誰とも語りたくないと思っていたヒルゼンだったが、この二人は別だった…。

目を細めて微笑みながら、二人に言う。

「お前らか…」

 

「少し、お時間よろしいでしょうか?」スオウが尋ねた。

「この後、大名と会談があるが、少しくらいは大丈夫だ。どうした?」

「サクモさんの事で…」

そこまで言って、スオウは言葉を止めた。

 

スオウが黙ったままなので、ヒルゼンが代わりに話し始めた。

「サクモはお前ら二人を一番に信頼しておったからのォ…。ワシは奴が火影になれる器だと思っておったから、その時はお前らが補佐に付き支えてやって欲しいと思い、サクモの隊にお前らを入れておったのだ…」

 

「…っ」カズサが嗚咽を漏らす。

葬儀の間、堪えていた涙が溢れた。

 

スオウも唇を震わせたが、顔を上げヒルゼンに話し出した。

「この前、サクモさんと飯に行った時に、具合が悪そうで、最近体調が悪いと言われてました」

「うむ、そうだな…。頭痛と吐き気がすると言っておった。病院には行ったが風邪だろうと言われたと」

「里の奴らはサクモさんの様子がおかしいのを、任務失敗を苦にしてだの、責任を感じてだの言ってて、………亡くなったのも、…それで自分でって」

「うむ、ワシもその噂は耳にした。里の者たちもバカな話をするものよ」

「私もあの日…、サクモさんに『ストレスじゃないですか』って言ってしまったんです…」

「最近のサクモの状況を考えれば、そう思うのも当然だ。ワシも心身疲労からくるものだろうと思ったからの…」

 

「でも、サクモさん自分で自分をなんて…」

「そうだな…、それは里の者らの心ない噂話でしかない。心身疲労から、何か病をひきおこしたのだろう…」

「違うんです!」スオウが叫ぶように言った。

「何?」ヒルゼンは眉をひそめて尋ねた。

 

「火影様は硬膜下血腫というのをご存知ですか?」

「コウマクカケッシュ? 知らんな…」

「私の妻は医療忍者でして」

「そうであったな、火の国の総合病院でも修業を積んだ優秀な医療忍者だったな」

「はい…、妻は今は木ノ葉の病院に勤めているのですが、サクモさんが亡くなった後、サクモさんのカルテを整理していて思ったと言って、オレに聞いてきました」

「ふむ…」

「少し前、数週間とか二、三か月前に頭を打ったことは無いかと…」

「あるのか?」

「はい…、例の霧隠れの間諜(スパイ)による水晶玉盗難の時に。崖が崩れて、あの間諜がサクモさんの雷撃で動けなかったのを、サクモさんが助けて…、その時転んでて、確か頭をおさえてたんです。それを妻に言ったら…それが原因じゃないかと…。頭痛や吐き気は典型的な症状らしいんです。慢性の場合は徐々に進行していくことが多いそうですが、稀に途中で急速に悪化する場合もあるそうで…」

「そうか…」

 

「オレが…あの時…、病院に行くように言ってたら…」

カズサが泣きながら言った。

 

「いや…、亡くなった日に尋ねたら、カカシに言われて病院に行ったと言っておった…。それでも、風邪だろうと言われておったんだ…」

 

「じゃあ…、オレが…嫁にサクモさんの事…もっと話してたら…」

スオウが目を真っ赤にして言った。

 

「サクモを助けられなかったのは師匠でもあり、里長であるワシだ。 奴の様子がおかしいのを気付いていながら、執務に就かせておったんだからな…。あの日も、無理にでも病院に連れて行っておれば……と、悔やんでも悔やみきれん…。 しかし、一番可愛がったお前らがサクモの事で苦しむのは、奴自身も本望ではないだろう。後はお前らがサクモの意志を継いでやる事で、奴に報いてやれ…」

 

「でも、このままでは、サクモさんは掟を破って、皆に責められ、それを苦に自らって事に!そんなのあんまりですっ!!」

カズサが声を震わせながら訴える。

 

「ふーむ…、お前らは、里の者らがカカシまで揶揄していたというのを知っておるか?」

 

「え!? そんなこと… あいつら…、オレ達の前では言わないくせに…、自分より弱い相手になると…」

カズサが拳を握り締めて言った。

 

「うむ…、まぁ、如何にして死ぬか…、死に様を重要と見る忍も多いからの、自死という噂は不名誉な事やも知れんが、その噂が元で、里の者らが、サクモを責めていた自分達を悔い改めるきっかけにもなっておるんではないかのォ」

 

「今更…、遅いんだよ…」カズサが呟いた。

 

「そうだのォ、今更気付いても…だが、それでカカシへの誹謗中傷がなくなるのなら…と思ったのだ。これ以上、カカシに影響が出る事は絶対にあってはならん。 それに、硬膜下血腫の可能性が分かっても、墓を掘り起こして検死するというのはどうにも気が進まん…。サクモはなぁ、もう…静かに…、ゆっくりと…させてやりたいんだ…」

 

「そうですね…」スオウがぽつりと呟いて、カズサは目を擦りながら頷いた。

 

「サクモの名誉はワシが責任をもって取り戻す。任せてくれんか?」

 

「「お願いします」」二人が揃って頭を下げて部屋を出て行こうとした、しかし、カズサが振り返って尋ねる。

 

「火影様…、ひとつお伺いしたいのですが…」

 

「何だ?」

 

「サクモさんが言われていた事で、どうしても分からない事があって…。師匠であった火影様なら、その意味が分かるのではと…」

 

「あれがまだ6歳の頃からだ…、長い付き合いだからのォ…」

ヒルゼンは目を細めて懐かしむように微笑んだ

 

「白い牙ならもっと上手く切り抜けられたはずだ…そう言って責められた時…、サクモさんは…、確かにあの場を切り抜ける方法があった。あったけど、できなかった。 だから全部自分の責任だと言ったんです…」

 

「ふむ…」眉を寄せて相槌を打つ。

 

「あの時、三つの選択肢があったって…。一つは隊員を救出奪還して任務に戻り、最終的にはこっちの捕虜を連れて里に帰る事。でもこれは無理だと判断したと。オレもあの場にいましたから、それは分かります。それで、捕虜の交換という二つめの選択肢を取ったんだと…。でも、サクモさんは、もう一つ…、三つめの選択肢もあったと言ったんです。 それをやり遂げられた自信はあるけど、できなかった。今でも、本当はそれが最善だったのかなと考える事があると…」

 

「ふぅー…、そうか…」ヒルゼンは溜息のような息を吐いて言った。

 

 

「火影様なら分かるんじゃないですか? サクモさんは『教えない』なんて言って…結局教えてくれなくて…」

カズサは、その時の事を思い出したのか、また涙を溢れさせた。

「皆が考える理非曲直、善悪が必ずしも同じとは限らない…、だから自分も間違った事はしていないと思ってるけど、オレを責める人たちもまた間違ってないんだ…って…。でも、オレ…、サクモさんを責めてた奴らが正しいなんて…、絶対思えません!」

 

「うむ、ワシもサクモの判断は正しいと思っておる。ワシは」

 

その時、扉をノックして護衛小隊の忍が入って来た為、ヒルゼンの話は途中で終わってしまった。

 

「すまんな、会談の時間だ…。その話は改めてしよう」

 

ヒルゼンは会談場に向かいながら、サクモが亡くなる数日前の事を思い出していた。

 


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