カカシ真伝II 白き閃雷の系譜   作:碧唯

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春雷

当初は補佐役というオレの立場をはばかって、面と向かっては非難しなかった里の者達も、次第にあからさまに態度を変えるようになった…。

そんな状況で、スオウとカズサはオレを気遣って、任務の合間にちょくちょく飯に誘ってくれるようになった。

 

今日も三人、居酒屋で飲んでいた。

 

 

「…クモさん、サクモさん」スオウが呼んでいる事に気付いた…。

「あ、あぁ、悪い。…なんだ?」

「大丈夫ですか?飯、全然食ってないし、具合悪そうですけど…」

「あぁ、最近どうも調子が悪くてな…」

そう言いながら、オレは頭をおさえる。

 

「風邪っすか?」カズサが心配して聞いてくれるが、スオウの見解は違った…

「サクモさん、それストレスじゃないですか?」

 

「お前…、オレが能天気で悩みが無さそうだからって、若干バカにしてるだろ!」

スオウにヘッドロックをお見舞いする。

「アハハッ、そんな事思ってませんよー」

「いや、さっきの目は、昔よく大蛇丸に同じ目をされたからなー。わかるんだよ!」

「そう言えば、アイツ今何やってるんですか?」

「わからん…。まったく、火影様の弟子は揃いも揃って…」

…それはオレも同じか。心配ばかりさせてるな…

 

ここのところ、オレは頭痛や吐き気に悩まされていて、執務中も火影様に案じられることが多かった。

 

「本当に大丈夫ですか?」オレが突然黙ったので、スオウが心配そうに尋ねた。

「あぁ、前に腕の怪我でもらった痛み止めの薬がまだあるしな。ひどい時はそれを飲むから大丈夫だよ」

「あー、それうちの嫁さんに言ったら怒りますよ…。薬を余らせる事もありえないけど、別の時に飲むなんて絶対にダメ!っていつも言ってますから…」

「ハハッ、内緒にしといてくれよ?病院はどうも苦手なんだ。 まぁ、今日はもう帰るよ。誘ってくれたのに悪かったな。ありがとな」

オレは手を振り、三人分の会計を済ませて帰途についた。

 

 

家に帰ると居間でカカシが座っていた。

「おかえり…」 …何か言いたげだな、オレを待っていたのか…

「ただいま。お前、明日から任務だろ?早く寝なさい」

 

額当てを外し、ベストを脱いでいると、カカシが口を開いた。

「父さん…、あのさ…」

いつも矢継ぎ早に喋る達者な口は、言いにくそうに途切れ途切れ言葉を発した。

 

「なんだ?」

着替えの手を止めて、座卓の向かいに腰を下ろす。

 

「みんなが言ってる話ってさ…、あの…父さんが怪我した時の任務の事でしょ?」

「ん? まぁ…、そうだな」

オレが最近就いた任務と言えばあれしかないのだから、誤魔化す事はできない。

 

「掟を破って仲間を守る事って、そんなにダメな事なの? だって、父さんいつも言ってるでしょ。チームの仲間は命を預け合う仲間なんだから大切にしろって…」

「そうだね…」

 

オレはカカシに可能な範囲ででもきちんと話をしないといけないと思いつつ、頭痛の所為で思考がまとまらなく、言葉に詰まってしまった。

 

「カカシ…、仲間も掟も両方大切だ…。どちらかしか守れない、もしも…、そういう状況になったら」

「そういう状況って何よ!何があったのよ?」

「……お前ももう忍者だ。任務の事は口外無用…その掟は知ってるだろ?」

 

「じゃあ、なんで里の奴らが!しかも、忍者でもない奴らまで、父さんの任務の事、知ってるのよ! 口外無用が掟だって言うなら、なんで知ってんのよ!なんで!?」

口は達者でも感情的になる事は少ないカカシにしては珍しく、語気を荒げていた…。

 

「すまん…、それは…オレにもわからん…」

 

本来は依頼主と里の上層部しか知らない筈の依頼内容、一切口外無用の任務遂行中の詳細、それがこんな周知の事となる事自体が不自然で、それを不審に思うのが当然だ。

しかし、誰も否定しないばかりか、当の本人であるオレがそれを肯定すらしている…

 

父親としては、全てを息子に話し、気の済むまで語り合いたい…

しかし、忍として、全てを話すことができずにいる…

 

あぁ、結局オレはあの時と同じ…、私人にも公人にもなりきれない…中途半端なままだ…

 

「ごめんな…、カカシ…、ゆっくり話してやりたいんだけど…、父さん、ちょっと頭が痛くてな…」

オレがそう言うと、カカシはまだ何か言いたげだったが、ぽつりと言った。

「…………病院には行ったの?」

「いや…、病院嫌いなんだよ…」

「何それ…、パックンみたいなこと言っちゃってさ…」

 

「ハハ…、パックンも病院が嫌いか…。 でもな、カカシ、これだけは言っておくよ。仲間も掟も両方大切だ…。両方守らなきゃいけない。 掟は守らなきゃいけない」

 

オレの言葉を最後まで聞かず、カカシが遮って言う。

 

「もう、わかったから!もういいよ! 頭が痛いんでしょ?早く寝なよ。オレも明日早いからもう寝るね!」

そう言って、自分の部屋に下がっていった。

 

「…うん。おやすみ…」

 

…最後まで聞いてもらえなかったな。

 

掟は守らなきゃいけない、でも、父さんは掟を破った…。それは、そうする事が正しいと思ったからだ…。カカシも、掟より、自分が正しいと思う判断をしなさい…。

 

 

初代様が創った「里」システムは忍者を守る為のもの

掟は「里」を守る為のもの

その掟が、忍者、仲間を見殺しにするようなものであってはいけないんだ。

 

掟なんてものは「里」のシステムが上手く機能していく為の線引きでしかないんだよ…

そんなものより、己が何を守りたいか…、何を正しいと思うのか…

それを自分で考え判断し、実行できるような…、そんな忍になって欲しいよ

 

まぁ、カカシが任務から帰ってきたら話してやろう…

里の上役であるオレが、「掟」なんて「線引き」でしかないなんて言うのは間違ってるのかも知れないけど、オレは上役である前に、忍である前に、カカシの父親だ。

 

これだけはきちんと言っておかないといけない…

 

 

 

翌朝、オレが起きる前にカカシは既に家を出ていた。

 

例の噂が広まっても、今までオレには何も言ってこなかったのに、昨日突然あんな事を言い出したのは何かあったからだろう…

まぁ、だいたい予想はつくが…

 

ごめんな…、カカシ…

お前には苦労ばかりさせちまうな…

 

そんな事を考えながら、いつもの様に火影室で執務を始めていると、火影様がいらっしゃった。

 

「おはようございます」

書類から顔を上げ言うが、火影様はじーっとこちらを見たまま黙っていた。

「…何か?」

「…カカシは変わりないか?」

 

今までも、たまにカカシの様子を尋ねられる事はあったが、このタイミングとこの言い方は…

 

「…昨日何かあったようで、今まで何も言わなかったのに突然、例の噂の事を聞いてきましたが…」

「そうか…、やはりな…」

「何かご存知で?」

「いや、昨日、自来也が来てのォ」

「え?アイツ帰ってきてるんですか?」

「うむ…、まぁまたすぐ出ると言っておったがな…。 それで、奴がカカシと中忍達が言い争っている現場に出くわしたらしくてのォ…。つまらん里になったと言い捨てて行きおったわ」

 

「フッ…、アイツらしいですね…」

「しかし、困った奴らだ。子供にまで…」

 

「子供と言っても、忍者になれば里では大人と変わりありません。人より早く忍者になって、人より早く昇級する事が、周囲にどう思われるかは…私自身がよく知っています。今までは私という背景があったからこそ、表立ってカカシに悪意を向ける者はいなかったでしょうが、今はその背景が格好の的となっていますからね…」

 

「…ふぅーむ」

 

「ま、大丈夫ですよ。あいつもいっぱしの忍者です。昨日も少し話ししましたし…」

…最後まで聞いてもらえなかったけど、あと数日して帰ってきたらあの続きもきちんと話せる。

 

「お前がそう言うなら…、しかし、これ以上ひどくなるようなら考えねばならんな…」

 

これ以上ひどくならない事を祈るしかない…

オレは黙って書類に目を戻した。

 

 

 

それから数日経ち、この日は午後から、火影様と他の上役達も交えて会議をしていた。

 

この頃、各国に潜ませている者からの情報は、きな臭いものばかりだった…。

戦争回避の為なら、如何な処分も覚悟した先日の任務だったが、オレのその想いすら嘲笑うかの様に、性懲りもなく、世界はまた戦争への道を歩んでいる…。

 

 

「…モ、おい!サクモ!」火影様の声が遠くで聞こえる。

 

「あ…、はい…、申し訳ありません…」

今日はいつもより頭痛が酷かった。

 

「大丈夫か?病院には行ったのか?」

「はぁ…、カカシにも言われたので行きましたが、風邪だろうと…」

 

「この重要な会議に、そんな上の空では困るんだがな」ダンゾウ様が仰った。

「申し訳ありません…」

「いや、お前今日はもう帰れ。それではここに座っておるだけでも辛いだろう」

火影様が案じて言ってくださった。

 

確かに、これ以上ここに居ても邪魔にこそなれ、役には立たない…。

 

「はい…、では、申し訳ありませんが…、今日は失礼させていただきます…」

そう言って机に手を付き、席を立とうとするが、何故か右手と右足に力が入らなくよろけてしまった…。

 

「おいっ!大丈夫かっ!?」

隣にいたホムラ様が支えてくださった…。

「誰か送らせる、病院に行くか?」

火影様はそう仰るが、オレは断る。

「いえ、大丈夫です…。風邪だと言われましたし…、このまま家で寝ていれば治るでしょう」

右手と右足も今は普通に動かせるし、先刻のはめまいがしただけだろう…

 

 

青い顔で、時折よろめきながら家路につくと、里の者達のささやく声が聞こえる。

「ほら、最近、様子がおかしいのよ…」

「そりゃそうでしょ…、自分の所為であんなに損害出したんだもん、おかしくもなるわよ」

 

…………、まぁ、どうでもいい…

早く家に帰って横になりたい…

 

 

ふと空を見上げる。

雲行きが怪しい…、突然風が冷たくなった

こりゃ、一雨くるな…

その前に帰りたいなぁ…、これじゃ走って帰ることもできん…

 

 

なんとか、雨が降り出す前に家に辿り着き

便所に行って嘔吐すると、這うようにして居間まで行き、そのまま横になった。

 

はぁー…、これホントに風邪なのかなぁ…

 

庭に面した大きな窓から空が見える。

まだ日は落ちていない筈なのに、あたりは薄暗く、雨が降り始めたようだ。

 

あぁ、もうすぐ桜が咲きそうだっていうのに…

でも、咲いてから降るよりはいいか…

 

 

途切れかける意識の中、遠くで光った稲妻が見えた気がした…。

 

 

息が…できない…

 

もしかして…オレ…このまま…

ダメだ…、カカシに話さなきゃ…

きちんと話さないと…

 

話さなきゃ…まだ、死ねない…

 

 

すまん…カカシ…、あの時、きちんと話しておくべきだった…

 

オレは…、オレの意志で掟を破って…

オレの意志で捕虜も返した…

オレが責められるのは仕方ない…

 

お前まで…なんて…

ごめんな…

 

こんな四面楚歌の状態で…

お前を一人残していくのは…

 

火影様…、どうか…、どうか…、カカシを守って…ください

カカシを……どうか……お願いします……

 

 


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