「これはこれは、そちらからやって来てくれるとは。探す手間が省けたねー」
そこは湿った様な岩肌に囲まれた「いわや」のような場所だった。
宿営地よりも、渓谷を流れる川の音が大きく聞こえる。
岩隠れの忍装束を着た男が5人いた。
その中のリーダー格と思われる男が言ったのだ。
5人か…、やってやれない事はないが…
周囲の気配を探ると、この「いわや」を出たところに一人、少し離れたところにもう一人…
チッ…、抜かりが無いな…
タキギとシマは縛られて意識も無さそうなうえ、監視の様にそれぞれ一人ずつ、クナイをいつでも刺せる状態で構えた忍が付いていた。
この状況で、あの二人を無事救出して離脱…は、どう考えても無理だ。
選択肢は一つ消えた。残り二つ…
オレはリーダー格の男に向かって言う。
「お前ら、岩隠れじゃないだろう」
男は口をピクリと動かすが、冷静に答えた。
「流石は″木ノ葉の白い牙″。岩隠れの奴等でも気付かなかったんだけどなー」
「岩隠れはオレのお得意様だったからな。もう一生その装束は見たくないと思うくらいには
男は鼻で嗤いながら、縛り上げたタキギとシマを指して言った。
「フン、ところで、そこの奴等に聞いたんだがな、お前らうちの仲間を捕らえたらしいな」
二人は怪我を負ってはいるが、痛めつけられた様子は無い。幻術か…
なかなか優秀な幻術使いがいるようだな…。
「で、そこのお前が何処かに連れて行ったと」
男はカズサを指して言った。
「こっちも時間が無いんでね、手っ取り早く、捕虜の交換で済ませてやるよ。2対1だ、お前らにとっちゃ悪い話じゃないだろう」
捕虜の交換は、残された選択肢のうちの一つ。
…確かに2対1は悪くない、だが、あの男は重要な証人だ。
情報部で尋問すれば、黒幕についても何か手がかりがつかめる筈…
ならば…、オレはもう一つの…、最後の選択肢を選ぶべきなのか…?
オレが返事をしないでいると、男はタキギとシマの監視をしている二人の忍に目で合図した。
二人はそれぞれ、タキギとシマの喉元にクナイをあてる。
切っ先が触れた喉には、赤い血が筋を描いた
「案内してもらおうか」男がカズサに向かって言った。
オレは首を横に振る。
それに気付いたカズサが、一瞬目を見開くが、唇を噛んでうつむいた。
それを見てオレは頷く。…お前は、それでいい。
「じゃあ仕方ない」
男が監視の二人に合図しようとするが、オレは止める。
「待て」
振り返った男に言う。
「部下が何処に捕虜を隠すか位、想像が付く。わざわざ聞く必要もない。オレが案内する」
男はニヤリと笑い、カズサは目を見開いて口を動かした。
「な…、サク…モ…さん」
…すまん、カズサ
「三人は解放しろ」
「良い上官を持ったな」オレの真意を察した男が、カズサに言った。
「フッ…、良い上官なら、こんな四人揃って敵に捕まる様な事態にはなってないだろ」
オレが自嘲気味に笑ってそう言うと、男も笑って答えた。
「ハハ!確かにそうだな! まぁ、その心意気に免じて命を取るのは勘弁してやるよ。 だが、″白い牙″だからなー、こっちも安全策を取らせてもらう」
「何?」
「案内してもらって離脱するまでの間、お前に余計な事されたくないんでね。念には念を入れて、術を封じさせてもらうだけだ。嫌ならいいんだぜー?」
そう言いながら、男はタキギとシマの方を見た。
オレは手に持っていたクナイをしまい、両方の手のひらを上に向けて言う。
「…分かった。好きにしろ」
男が合図をすると、二人の忍がオレをうつ伏せに寝かせ、右腕を岩の上に置いた。
その右腕に男が勢いよく足を下ろすと
ゴキッ! という鈍い音が響いた…。
「グァッ」
「サクモさんっ!」カズサの声が岩に反響して聞こえる。
「…大丈夫だ、大声を…出すんじゃ…ない…」
抑えつけていた忍がオレを立たせる。
右前腕があり得ない曲がり方をして、明らかに骨折しているのが分かった。
指が曲げられないのは、神経までやられているからか、激痛のせいなのかは確認しようもない…
「時間が無いんだろう…、早く…行くぞ」
タキギとシマの監視が二人を担ごうとするのを見て、続けて言う。
「三人は…、ここに… 置いていけ」
「そうはいかない。捕虜は同時交換だ。鉄則だろう」
リーダー格の男が笑いながら言った。
「捕虜なら、オレだけで… 十分だろう」
「お前を拘束するのは、お前自身より仲間が有効みたいだからな」
「文字通り…、手も足もでないよ…」
こうなっては今更文句を言っても無駄だ
どう足掻いても奴等はオレの言い分を聞かないだろう…
オレは動く度にいちいち響く激痛を堪えながら、カズサが捕虜を隠したと思われる場所へ向かった。
宿営地からの脱出ルートとして想定したうちの一つ、その脇に小さな洞穴があった。往復の時間を考えても、恐らくそこだろう。
その洞穴のある筈の場所に着いたが、入口がわからない。
流石、カズサ…。こんな状況にも関わらず、オレは思わず笑ってしまった。
記憶を頼りに、その周囲の木を除けると入口が現れた。
小型ライトを出して先を照らしながら進むと、行き止まりになったところで、捕虜にした岩忍装束の男が寝転がっていた。
一人の男が駆け寄って言う。
「ラウ!だから″白い牙″に気を付けろって」
「オイ!!」駆け寄った男の言葉を、リーダー格の男が遮った。
「!?」なんだって!?
奴は二つの過ちを犯した。
一つは名前を呼んだ事。まぁコードネームの可能性もあるが…
もし、名前だとしたら、これで足がつく可能性もある。極秘任務中では絶対にあってはならない事だ。
それでなくとも、名前を敵に知られた事で負の連鎖に巻き込まれる事はある…、セイランの様に…。
そして、重大なもう一つの過ち…「だから″白い牙″に気を付けろって」
オレが来ることが分かっていたっていう事だ。
木ノ葉をおびき寄せる罠なんだから、誰か木ノ葉の忍が来るのは想定内。
だが、それがオレだとは確信できなかった筈だ。
数年前ならば十分に考えられた。
しかし、オレはここ数年任務に出ていない。
それは周辺国でも既に周知の事実の筈だ。
オレがこの任務に就く事を知っているのは、オレを含め里の上層部、上役と火影様、あの場にいた5人、そして指令書を見た隊員のみ。合計8人…
Aランク、Sランクなんて任務は、家族ですら一切の内容を話すことは禁じられている。
木ノ葉をおびき寄せる…、というより、オレをおびき寄せる罠だったのか…
貴重な情報を与えてくれたお礼に、こちらも教えてあげよう。
ま、たいした事じゃないがね…
「そいつは… 麻痺毒にやられてるだけだ…。解毒薬はすまんが、オレも持って来ていない」
「フン、まぁいい。コイツ一人いない位はどうってことない。確かに捕虜は交換した。 約束通り命は取らない。まぁ、ここから無事に出られるかどうかは別の話だがな!」
リーダー格の男がそう言うと、タキギとシマの監視は二人の額当てをむしり取り、二人をオレ達の方に突き飛ばした。
直後、火遁の炎がオレ達を襲い、カズサは腕の使えないオレに代わって、タキギとシマを二人連れて奥に避難した。
「カズサ、幻術を」オレの言葉が終わらないうちに
「解!」カズサが二人の幻術を解き、縄をほどいた。
その時、炎の向こう側で洞穴が崩れる音が響く。
こんな轟音、宿営地まで聞こえ…
そうか、奴らは時間が無いと言っていた…。
今夜決行する予定なんだ。そこにタキギとシマの額当てを持って行った…。
マズイ…
オレは自分の右腕にライトを当て
幻術が解かれてもまだ状況が把握できず、茫然としているシマに言う。
「シマ、オレの腕…、応急処置できるか?」
「…え!? 骨折!? 習いましたが実践ではやった事ありません!」
「習ったのなら、やってくれ!!」
「下手したら腕が二度と動かなくなります!」
「いいからっ!!」
「無理です!できません!!」
シマは泣きながら拒絶した。
「アホゥ!オレの腕と全員の命とどっちが大事なんだ!!可能性があるなら懸けてみろ!!お前も木ノ葉の上忍、医療忍者だろ!!」
オレの剣幕に押されて、シマは涙をぬぐいながら言った。
「わかりました! 誰か添え木になるものを探してください!」
「骨を元の位置に戻します。これは激痛を伴うので、通常は麻酔を」
「いいから…早くっ!」
と言ったものの…、それは想像を絶する痛みで、叫びそうになるのを必死に堪えた。
「く…うっ!!」
カズサが拾ってきた木を添え木にして包帯を巻いてもらうと、動かす度に激痛はするが、わずかに指が動かせる…。
これで印が結べるかはやってみないと分からない…
この後腕が使えなくなっても構わん…、今だけ、今だけでも…
「カズサ、オレが雷撃を撃つから、それで岩を砕いたらお前の風遁で飛ばしてくれ。 そのあと、ここは崩れる可能性がある。全員カズサの風遁と同時にここから退避だ」
オレとカズサがチャクラを練り、オレは左手で無理やり右手を動かして印を結ぶ。
「…っ」
最後の印を結んだ左手が目に見える程チャクラを帯び、白光してバチバチッという音を立てる。
通常は短刀を使うから、自分の手にこんなに帯電させる事は無い…。
皮膚が焼けていく感覚がわかる…
「雷遁・
崩れた岩に向かって放つ。
真っ暗な洞穴がまばゆい閃光に照らされる。
ドゴォーン!
派手な音がして、砕かれた岩が飛び散った。
「風遁・
カズサの風遁が猛烈な突風を生み、雷遁で砕けた岩ごと外に押し出す。
「行くぞ!!」
外に出て、全員の無事を確認し安堵する暇もなく、宿営地から煙が上がっているのに気付いた。
「タキギとシマの額当てを探せ。あの煙じゃ近くにいる岩や滝隠れもすぐに気付く。その前に回収して離脱だ!」
「「「ハッ!!」」」
今までの二回の隊商はあくまでも行方不明だった。襲撃の痕跡など残さず、隊商と護衛の岩隠れが荷物ごと、忽然と姿を消していた。
しかし…今回は…、この惨状…
岩隠れの忍も、隊商の一般人も皆、殺されていた。
テントには火を付けてあったが、積荷は消えている。
牛は火に怯えて逃げて行った。どうやって運んだんだ…
いや、今はそんな事を考えている暇は無い。
岩忍がまるで死に際にそうした様に、指で地面に木ノ葉のマークを描いていた…。
オレはそれを消しながら皆にも言う。
「額当てだけじゃない、木ノ葉をにおわす手がかりを残してる。隈なく探せ!!」
また別の岩忍が木ノ葉の額当てを握り締めたまま、事切れていた。
「一つあったな、どっちのか分かるか?」
「これは…、私のです」シマが言った。
「こっちにもあった!タキギ来てくれ」
カズサがもう一つ見付け、タキギが自分のだと言った。
「他に痕跡は無いな?二人一組で最後にもう一度確認してから撤収だ。自分達の足跡も残すなよ」
オレはシマと、カズサがタキギと組んで、端から端まで確認する。
あと、一箇所。
時空間忍術の札が張ってあった場所に行くが、ご丁寧にはがされていた…。
クソッ…
「よし、撤収!!」
里への帰り道、皆が押し黙ったままだった…。
それも当然だ、今回の任務は失敗なのだから…。
目の前で、土の国の隊商は襲撃され、積荷も奪われた。
捕虜を捕らえたままであれば、里に帰って真相究明に近付けたかも知れないが、それもできなかった…。
しかし、「任務失敗」それ以上に、オレの胸に黒く渦巻いていたのは別の事だった。
これは…、果たして火影様に報告するべきなのか…
移動の速度が上げられなかったのは、腕の怪我のせいでもあるが、ずっとそれを考えていたからでもある…
里の出入り口である「あうんの門」までたどり着き、オレは三人に言う。
「今回はオレの力不足で申し訳ない。では、ゆっくり休んでくれ。解散」
そのまま火影室に向かおうとしたオレをカズサが呼び止めた。
「サクモさん! 報告書どうするんですか?オレ書きましょうか?」
「いや、大丈夫だ。恐らく先に会議で口頭の報告になるから…」
「そうっすか…、早く終わらせて病院行ってくださいね。で、スオウも帰って来てたらメシ食いに行きましょう!」
「そうだな、ありがとう。じゃあ、またな」