カカシ真伝II 白き閃雷の系譜   作:碧唯

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大名の依頼

オレの心配をよそに、カカシは忍者学校卒業の一年後、無事に中忍試験にも合格した。

 

あの達者な口で、担当上忍の先生や、同じ班の仲間たちを困らせている様だが、オレの息子だけに邪険に扱われる事もなく…、なんとかうまくやっているようだった。

 

休みの日に修業に付き合ってやると、相変わらず「いつになったら雷遁教えてくれるのよ!」ばかりだったが、オレはいつも「もう少し大きくなったらね」と曖昧に答えていた。

上忍になったらね…なんて言おうものなら、すぐにでも上忍願書を持って行きそうだから、下手に期限は切らない方がいい…

 

その作戦が功を奏したのか、願書を提出される事もなく…、中忍として任務に励んで一年が過ぎた。

 

 

カカシは7歳になっていて、忍者としてのキャリアは三年目に入った事になる。

しかし、父親のオレから見れば、まだ7歳、まだまだ子供だ…。

カカシが任務から無事帰って来るたびに安堵し、この子が忍者になる前に戦争が終わった事に心から感謝していた。

 

まるで、セイランと二人で暮らしていた頃の様な…

毎日が春の陽射しのように暖かで穏やかな日々を、父子二人で過ごしていた。

 

カカシが生まれてから三人で過ごした日々は短かったけど

毎日が慌ただしく、でも、真夏の猛烈な日差しの様に眩しい日々だった。

 

セイランが逝って、カカシと二人、またこんな穏やかな日々が送れるようになるなんてな…

 

しかし、「忍者」と「穏やかな日々」は、あまり相性のいいものではない…。

どちらかと言えば、縁遠いものだろう…

 

 

 

ある日、火の国の大名から木ノ葉の里へ、緊急の任務依頼があった。

 

使者の持ってきた書簡を読んだ火影様は眉間にしわを寄せて、無言でオレにその書簡を差し出した。

「読め」という事だ…

それを読み進めるうちに、オレは己の眉間にもしわが寄っている事に気付く。

 

火影様によりダンゾウ様、ホムラ様、コハル様が呼び出され、三人も大名の書簡を読むと、一様に厳しい顔になった。

 

 

火、風、土、かつて血で血を洗った三国は、終戦の後、三角貿易を始めた。

火の国は土の国から鉱石を輸入し、風の国へ食料や織物を輸出していた。

 

輸送においては、輸出国が責任を持つことになっている。木ノ葉も火の国から任務を依頼され、風の国への輸送時には毎回二個小隊を出していた。

しかし、今回の依頼は、その火の国から風の国へのルートではなかった。

 

土の国から火の国へ向かった隊商が、二度にわたって行方不明になっているというのだ。

一度目は草隠れに入ったまでは消息がつかめているが、その後行方不明になった。

二度目はルートを変え、滝隠れを通ったが、これも滝隠れに入って以後、消息がつかめていない。

これだけならば、土の国の責任において岩隠れが調査すべき案件だ。

 

しかし、今回、火の国の大名は木ノ葉に極秘に調査、及び警護を依頼してきた。

 

というのも、理由は二つあって

まず一つは、土の国から暗に、火の国内で行方不明になっているのではないか?(すなわち、火の国の仕業じゃないか?)と問い合わせがあったらしいのだ。

 

そしてもう一つが、ここ数日前より、火の国内で奇妙な噂が流布していたこと。

それは、次の土の国の貿易品と一緒に、先代大名が所持していた宝物(これは第二次忍界大戦中に岩隠れにより奪われたと()()()()()物)が返却されるとの噂だった。

大名にとっては亡き御父上の形見、事実であればなんとしても守りたい…という事らしい。

 

正式に返却の知らせがあれば、それこそ木ノ葉に依頼し、岩隠れと合同で警備をする程の重大事項だ。しかし、正式には何の話も無い…、ただの民の噂話だ。

故に、岩隠れに悟られぬ様に、貿易品の中にその宝物があるのかどうかを調査し、あれば密かに警護する事。これが木ノ葉への依頼だった…。

 

 

考えれば考える程、難しい任務だった…。

 

 

「サクモはどう思う?」重い沈黙を破り、火影様が尋ねられた。

 

「民の噂が気になりますね。根拠のない噂がどこから出たのか…。 噂で民の感情をあおり、世論を誘導していくのは間諜(スパイ)の常套手段ですし…、そう考えると、十中八九、貿易品の中に宝物は無いと。 だいたい、例の宝物盗難については当時から不可解な点が多すぎますし、もし、真実、岩隠れにより奪われていたのだとしても、オオノキ殿が、そのような政治的に利用価値の高い物を密かに返却するなんてあり得ません」

 

「ではお前は、大名自らの依頼を受けるべきではないと言うのか?」

ダンゾウ様が尋ねた。

 

「いえ、大名が宝物がある可能性を僅かでも信じられている以上、受けざるを得ないとは思いますが…」

オレがそこまで言うと

「それがお前の答えだな」ダンゾウ様は口元に薄く笑みを浮かべて言った。

 

「しかし、この任務は一歩間違えれば、戦争になります。 いえ…、そもそも、この一連の出来事は、戦争を起こさせるための謀略の可能性が高いです。 三度(みたび)、隊商が行方不明になり、そこに木ノ葉の忍の痕跡でも残っていようものならば、全ては火の国と木ノ葉が仕組んだ事と見なされ、土との開戦は必至…」

 

…それだけは避けなければならない。オレはそれを胸に刻み、言葉を続けた。

 

「受けざるを得ないが、受けるべきではない…というのが、私の率直な見解です。引き受けるか否か…、私のような若輩で判断できる事ではありません。ここは火影様他、皆様のご意見を」

 

決断を委ねたオレを、ダンゾウ様は切り捨てた。

「初代様が里を築き火影となられたのは、今のお前よりも若い頃だ。若輩と言う(とし)でもないだろう。お前も次期火影と里の者より称される忍ならば、己で決断してみせろ」

 

何故、わざわざ、この場でその話を出すのか…

 

「初代様はじめ歴代の火影様と、私のような凡人では器の大きさが違います」

 

「ダンゾウ、今は次期火影などという話をしている暇は無い」

火影様が割って入ってくださった…。

 

「恐らくここに居る全員の見解が、先刻サクモの言った事と寸分の違いもなかろう。 違うと言えば、ワシが決断するよりないという事だろうな…。 非常に難しい任務だが、ワシは引き受けようと思っておる」

 

「受けるなら、それ相応の者を行かせるしかないだろうな」

ダンゾウ様はまた口元に薄い笑みを浮かべながら、オレを見てそう言った…。

 

オレに行けと言いたいのだろう…。言われるまでもなく、そのつもりだ。

 

「私が行きます」

オレはそう言うが、火影様は承知しなかった。

「いや、何もサクモが出る事は無いだろう」

 

「ならば、ヒルゼンは、この任務を任せられる隊長が他にいるとでも?」

ダメ押しするように、ダンゾウ様が問う。

 

「火影様…、私に行かせてください」

罠と分かっている場所に赴き、一歩間違えれば戦争の引き金を引く事にもなる…

遂行は困難で、危険極まりない…この超Sランクとも言える任務

この隊長を誰かに命じる位なら自分で行った方がいい。

 

それは火影様も同じ様に考えているだろう、しかし、里長が直接赴く訳にはいかない。

 

しばらくの逡巡の後、火影様は仰った。

「…分かった。スオウとカズサ、あと、誰か医療忍者を付けよう」

 

あの二人をこの危険な任務に連れていくのは躊躇いもあったが、オレと一番連携が取れるのは奴等だ…

…すまん、スオウ、カズサ

 

すると、ダンゾウ様が書類をめくりながら言った。

「いや、スオウには別の任務に隊長として就かせる予定がある。これは火遁のスペシャリストが必要だからスオウが適任だろう。あと、カズサには」

 

「!? それは…。 お言葉ですが…、私との連携が取れ、かつ、この任務を遂行でき得るのは二人以外では…」

 

オレはダンゾウ様の真意をはかりかねていた…。

一方で大名からの依頼だから何より優先させるべきとしておきながら、最善と思われる小隊の編成を妨げる…

 

一体…、この方は…

 

ダンゾウ様は、ひどく不愉快そうに言った。

「フン、ヒルゼンが同じ奴とばかり組ませるからこういう事になるんだ…」

 

それは…、確かにそうだが、成功率を上げるには連携の取りやすいメンバーで組ませた方が良いのは定石では…

 

「まぁ、ダンゾウ、そう言うな。スオウは仕方ないにしても、せめてカズサをこの任務に就けてやることはできんのか?」

火影様がそう言うと、ダンゾウ様は再び書類をめくって言った。

「仕方ない…、都合付けよう。スオウの代わりと、医療忍者についても優秀な忍を就かせる」

「すまんな」「…ありがとうございます」

礼を言ったが、オレは言い知れぬ違和感を抱いていた…

 

 

 

一度家に帰り、支度をしていると、カカシが帰って来た。

 

「カカシ、お帰り」

「ただいま、今日は早かったんだね」

「うん、父さんこれから任務に出るから、しばらく帰って来られないけど、お前ももう一人前の忍だし、大丈夫だよな」

「珍しいね…、父さんが任務なんて」

「そうだな、鈍ってないといいけどな」

笑ってそう言ったが、流石のオレも今回の任務は今までと同じ様にはいかないだろう…

 

「カカシ、父さんがいない間、何か困った事があったら火影様にいいなさい。火影室に行き難かったら、ビワコ様でもいい。父さんお二人には言っておくから」

 

普段言わない事を言ってしまったから、カカシも感じるものがあったのだろう、少し考えてから返事した。

 

「………わかった。どれくらいの期間なの?」

「わからんなー。 詳しくは言えないけど、ちょっと厄介な任務だからね…」

「まぁ…、父さんが行かなきゃいけないくらいだから、相当厄介なんだろうけどね…」

 

そういう事まで分かるようになったか…

お前もいっぱしの忍者になったな…

 

「ま、そういう事だ!」

オレは息子の成長に感じ入りながら、そう言った。

 

 

 

火影室に戻り、指令書を貰って目を通し、オレは愕然とした…。

 

ダンゾウ様は「スオウの代わりと、医療忍者についても優秀な忍を就かせる」と仰った。

しかし、オレとカズサ以外の二人の隊員は、オレと組んだ事が無いばかりか、名前しか知らない、確か上忍になったばかりの忍だったのだ…。

 

「火影様…、これは…」

「すまん…。急ぎの出動になるゆえ、今、里で出動可能な忍ではそれが精一杯だったそうだ…」

 

火影様もオレもこのメンバーでの遂行は困難、いや…、不可能に近い事は分かっている…、しかし、これ以上任務開始を遅らせる事はできない…

 

「承知しました…」

そう言うしかなかった…。

「火影様…、カカシには私の留守中、何か困ったことがあれば火影様かビワコ様に言うように言ってきました…」

「わかった…」

 

「よろしくお願いします。それでは、行ってまいります」

礼をして退室しようとしたとき、オレの背中に向かって火影様が呟くように言った。

「…サクモ、無事で帰れよ」

 

この方とはもう30年近い付き合いになるが、任務に出る前にこういう言葉をかけられたのは初めてだった…。

何と答えたらいいか暫く考えたあげく、振り返る事も無く、背中越しに言ったのは

 

「戦争は何としても回避します」

 

オレが今言えるのはそれだけだった…。

 

 

 

火影室を出て集合場所に着くまで、オレは考えを巡らせていた。

 

火影様とダンゾウ様はしばしば衝突する事はある。

それは、穏健派の火影様と、強硬派のダンゾウ様で意見の食い違いがあるだけで、お二人共、里を何より大切に思われている事に違いは無かった。

 

しかし、今日のダンゾウ様は違和感しかなかった…

 

 

かつて、先刻のダンゾウ様と同じ様に口元に薄い笑みを浮かべながら、オレを貶めたり、陥れようとした奴等を沢山見てきた…。

 

まさか…、ダンゾウ様が…オレを…?

 

いや、任務失敗はどう考えても里にとって不利益にしかならない…

そんな事をダンゾウ様がさせる訳がないじゃないか…

オレが人の悪意について過敏になっているだけだ

これはオレの杞憂に過ぎない…

 

二人の新人上忍だって、オレが知らないだけで優秀な忍なのだろう…

 

 

 

「サクモさん!」

集合場所でもないのに、カズサが脇から姿を現した。恐らく、オレを待ち伏せしていたのだろう…。

言いたいことは予想できた…

 

「カズサ、久しぶりに組むな。よろしく頼むよ」

移動しながら声をかける。

 

「これどういう事ですか?任務の内容とメンバーが釣り合ってませんよ」

グシャグシャに握りつぶした跡のある指令書を手に持って聞いてきた。

 

指令書上の任務内容は、他のSランク任務と比較しても飛びぬけて困難という訳ではない。

しかし、戦争が終わって、今まで前線や支援部隊に割いていた人員の余裕ができた為、火影様の補佐役であるオレが任務に就く事は無くなっていた。

そのオレ自身が隊長に就くという時点で、隠された重大な何かがあると悟ったのだろう…。

その任務に新人上忍を就かせるとなれば、懐疑的になるのも仕方ない…

 

「すまん、オレの力不足だ…」

大丈夫だと誤魔化すこともできたが、長い付き合いのカズサ相手にそれは通じないし、誤魔化したくもない。

 

「火影様は承知の上なんですか?」

「勿論だ。苦渋の判断だろう…。このメンバーで成功できる確率は10%もない。しかし、メンバーを組み直して時を逃せば0%になる…」

「なら、なぜ最初っからスオウを入れないんですか?サクモさんとやるならオレとスオウ、あと医療忍者を入れるっていうなら、綱手姫クラスじゃないと」

「そうだな、恐らくそのメンバーで行っても五分五分だろう…。しかし、スオウは別の任務が入っていて、綱手は休養中だ。 叶わんメンバーを思い描いても仕方ない…、このメンバーでやるしかないんだ。…すまん」

「いや、サクモさんが謝ることじゃないっすよ。こんなのおかしいです。もしかして」

「カズサ!」

 

オレは足を止めてカズサに向かって言った。

「このまま放っておけばまた戦争に逆戻りだ。それはなんとしても避けなきゃならん。誰かがこの任務をやらなきゃダメなんだ。 他の奴にはやらせられん、オレが行くしかない…。 まぁ、そのせいでお前を巻き込んじまって申し訳ないが…」

 

「巻き込むとか…そんなの関係ないっすよ。オレは…、またサクモさんと組めるなら、どんな任務でも喜んで行きます。ただ、サクモさんが何かに…」

 

「今は任務の事だけ考えよう。その後の事は里に帰って来てからだ!」

カズサの肩を叩いて、そう言いながら、オレは走り出した。

 

カズサが手に持つシワシワの指令書に目をやる。

 

「そうだ、お前、その指令書燃やせよ?なんで持ってきちまったんだよ」

オレが笑いながらそう言うと、カズサもいつもの調子に戻って言った。

「あぁ!そうっすね。思わず持ってきちゃいましたよ!」

 

カズサ…、すまん…

お前が危惧する様に、この任務はその指令書に書かれているより、はるかに困難な任務なんだ…。

恐らく、お前が危惧するよりも困難で危険だろう…

 

 

AランクやSランクの様な機密性が高い任務は特に、指令書に全てが記載されている訳ではない。

今回もカズサや他の二人には、この任務が大名の依頼である事、先代大名の宝物の事や、火の国で流れた噂など、肝心な所は全て隠されている。

 

忍は、任務の背景など知る必要は無いのだ…。

 

指令書に書かれている通り遂行するだけ。それが忍だ。

 

 

一切の痕跡を残さず、悟られず、隊商を調査し火の国到着まで警護すべし…。

それが今回の任務。

もちろんオレの任務もそうだ。

 

しかし、オレ自身が己に課す使命は違う。

「戦争は何としても回避します」

出掛けに火影様に言った言葉そのものだ。

 

火影様…、申し訳ありません。

オレはオレのやり方でやります。

ダンゾウ様、それがオレの決断です…。

 

 

「タキギ、シマ、お待たせ。時間が無いから作戦は移動しながら伝えるね」

 


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