カカシ真伝II 白き閃雷の系譜   作:碧唯

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父の不安

カカシがパックンを連れて来た日から一か月あまりが過ぎ、暦は9月も終わりを迎えていた。その月の始めにオレは33歳になっていて、カカシは5歳になったばかりだった。

 

いつもの様に火影室で、火影様と机に向かい合って座り、打ち合わせをしていた。

 

そこに、オレ宛の緊急書簡が届いたとの知らせが入る。

「サクモさん、アカデミーからです」

「え!?」 オレはカカシに何かあったのかと驚いて、直ぐにそれを開く。

 

『卒業試験に合格されました。つきましては、お迎えに来ていただけますようお願いいたします』

 

文面はそれだけだった…。

 

「は!?」…いったい、どういうことだ?

「どうした、サクモ」火影様がオレの様子を案じて尋ねられた。

 

「いえ…、きっと何かの間違いだと…」

そう言って、書簡を火影様にも見せた。

「おぉ、今日は卒業試験の日だな。そうか、カカシは合格したか。お前の息子だからな!当然だ。おめでとう」

火影様は微笑んでそう言うが、オレは否定する。

「いや…、卒業って…、この4月に入学したばかりですよ?」

それで、ようやく火影様も気付かれた。

「そうだったか? いや、しかし今日は確かに卒業試験の日だぞ? お前も知っているだろう?」

 

…それは勿論知っている。木ノ葉の忍者学校(アカデミー)の卒業試験は年二回、9月と3月に行われる。そして、先日、今日のこの日に向けて額当ての在庫を確認し、発注したのは他でもない、オレなのだから…

 

「とりあえずアカデミーに行ってみたらいい。こんな大事な事を間違えたりはせんだろう。こっちは急ぐ案件でも無いし、行ってこい」

火影様がそう提案してくださった。

「ありがとうございます…。それでは、打ち合わせの途中で申し訳ありませんが…、アカデミーへ行ってみます」

 

 

「いやー、とうとうサクモさんの記録も破られましたね!」

人の気も知らず、誇らしげにそう言ったのはカカシの担任だ…。

 

学校からの書簡は間違いなかった。

カカシは今日、卒業試験を受けてそれに合格していた…。

 

それを知ってオレが茫然としているところに、教師がそう言ったのだった。

 

流石にオレもやり過ぎたか…と後悔したり

そういえばパックンを連れて来た時に、すぐ忍者になるって言ってたなー…と思い返して、あの時に気付いてきちんと話し合っておくべきだったと、またまた後悔したり

いや、まだ担当上忍が判断する最終試験がある…。それを不合格にしてもらうという手も…なんて姑息な手段まで考えていた…

 

しかし、まぁ、父親としても、火影様の補佐役としても、そんな手段を取る事はできない…。

親の心子知らずとはよく言ったもんだよ…

 

「と言っても、サクモさんの頃は年一回しか卒業試験が無かったですからね!最速は最速ですよ!!」

オレが息子に記録を破られて落ち込んでいると思ったのか、教師が慰めてくれた…。

 

苦笑いしながら、言葉少なにカカシを連れて帰るオレを教師は哀れに思ったのかも知れない…。

 

カカシが例え一年で卒業していたとしても、それはオレの入学した(とし)だ…。

オレや、今となっては″木ノ葉の三忍″と呼ばれるようになった自来也達は満5歳で入学し、一年後満6歳で卒業した。それが昨日までの木ノ葉の最短記録だったのだ。

 

オレは当時、自分に向けられた数々の悪意を思い出していた。

 

唯一の救いはカカシにはオレがいる事だ。

オレには庇護する大人がいなかった。

実力主義の忍者社会であっても、悲しいことだが、その背景が物を言う事は多い。

有力一族の子供でも無く、庇護する両親もいなかったオレには、何の遠慮もいらなかったのだ。

それを考えれば、カカシは例え苦々しく思われても、表立って悪意を向けられる様な事はないだろう…。

しかし、心の底では同じだ。それがどんなものか、身をもって知っているオレがカカシの行く末を案じるのは当然だろう。

 

でも、まぁ、これもオレのせいだ…

半年で卒業できる実力を身に付けさせてしまったのはオレだ…

 

はぁー…

傷一つないピカピカの木ノ葉の額当てを付け、誇らしげに隣を歩くカカシを見て内心溜息をついた。

 

 

そのオレの気持ちを更に憂鬱にする声が聞こえる。

「白い牙の兄ィ!」

もちろん自来也だ。

 

「おい自来也、お前、里抜けしたんじゃなかったのか?そんな堂々として、暗部に通報してやろうか?」

振り返って白髪の大男に言ってやる。

自来也は、三年ほど前、同じ様にカカシと歩いていた時に声をかけてきて、その後、雨隠れとの戦争に赴いたのだが、その戦闘が終わってもコイツは帰ってこなかった。

一緒にいた綱手が言うには、戦争孤児を育てているのだとか…。

恐らく一緒にいたであろう大蛇丸が、鉄の国でオレにそうしたように、呆れて両肩をあげている様子が容易に想像できた…。

 

「ワハハハ!兄ィはくだらん冗談を言うのォ!子育ても終わったから帰ってきたんだ」

「まったく…、火影様もご自分の弟子には甘い…」

「それを兄ィが言うか?」

自来也は腕を組んでオレを見下ろしながら言った。

 

「オレが言うんだから間違いないだろ?」

「ワハハハ!そりゃ間違いないのォ! お?カカシか!でかくなったのォ! ん?額当て?お前忍者になったのか?」

…はぁー、まったく。

触れて欲しくないところに目を付けるのが相変わらず得意な奴だよ…

 

「うん!今日アカデミー卒業した!」カカシは自慢げに額当てを触って言った。

「そうか!いくつになった?」

「5歳になったばっかりだよ」

カカシがそう言うと、自来也は目を丸くしてオレを見た。

「ハハ…、オレ達の記録は破られたな」

「いや流石兄ィの息子、次期火影の息子だのォ…」

自来也のこの言葉に今度はカカシが目を丸くして、オレを見上げた。

「お前相変わらずバカだな…、そんな訳あるか! ありもしない事言ってんじゃないよ…まったく」

オレは溜息まじりにそう言ってから、カカシに言う。

「カカシ、父さん自来也とお話してから帰るから、お前は先に帰ってなさい」

「はーい」

カカシはそう言って走っていった。その姿が見えなくなったのを確認して自来也に言う。

「お前なぁー、子供の前でバカな事言わないでくれ…」

 

「バカな事はないだろォ、里の者みんなそれが当然だと思ってるだろォ。三代目もそう思うからこそ兄ィを傍に置いてるんだろのォ」

「ご意見番のお二人もいらっしゃるし、ダンゾウ様もいらっしゃる」

「三代目と同じ年代じゃ、世代交代にはならんからのォ」

「世代交代なんてまだ早いよ。それに世代交代って言うなら、オレより若いお前達こそ適任だろ。なんせあの山椒魚の半蔵も認めた″木ノ葉の三忍″だからな」

口を歪めて、皮肉を言ってやった。

 

しかし、自来也はその皮肉に皮肉で返して来た…。

「その木ノ葉の三忍の名も、白い牙の前では霞むって言われとるんだ、知らんのか?」

「それは、オレがお前達より4年早く忍になったってだけの事だよ」

「いやーそれでも、ワシも兄ィが適任だと思うがのォ」

自来也は珍しく真面目に言ったようだが、オレは自嘲しながら答える。

「…惚れた女一人守れなかった男が、里に住まうもの全て家族なんて言ったっておかしいだけだろ…」

 

「でも…、奥方の時は兄ィはその場にいなかったんだろう?兄ィが守れなかった訳ではないだろォ」

「いや、同じだよ。オレは里に対しても、セイランに対しても中途半端だったんだ…。本音を言えば、オレはセイランが復帰するときに止めたかった。里の奴らにどう思われようが止めていたら、あんな事にはならなかった…。それもできず、かと言って、里の為に全ての私情を捨てる事もできなかった…。そんな男が、滅私奉公(めっしほうこう)、己の全てを懸けて里の為に尽くす火影になんて…なれる訳がないだろ」

 

「しかしのォ…、子供を育てる事も立派に木ノ葉の未来を作る事だろォ?それを父親が願ったからって、里を裏切った事にはならんだろう」

「今ならそれも許されたかも知れない…。でも、あの頃は…」

戦争中と平時は何もかもが違う…。

 

「兄ィは昔っからテメェに厳しいからのォ。奥方の事ももう何年経った?そろそろカカシに母親」

自来也の言葉が終わる前にオレは言う。

「まだ4年だ。 そう言うなら、お前は綱手のとこに行ってやれよ」

「アイツはまだダンを想っとるからのォ…」

「それと同じだよ。想いってのは、そんな簡単に薄れるものじゃない…。それに、カカシの母親はセイランだけだ。 まぁ、アイツももう忍者だからな、子供じゃいられないよ」

「そうだの、しかし5歳で忍とは…。血は争えんな…、あえて茨の道を行くとはのォ」

「茨の道だと理解できてるならいいけどな…。お前らみたいにせめて仲間がいてくれたらなぁ」

 

「兄ィは一人で苦労したからのォ…」

四つ年下の自来也はまるでオレの苦労を見てきたかのように、腕を組み目を閉じながらそう言った。

思わず呆れて笑ってしまった。

「クッ…、お前、どの口がそれ言ってんだよ。散々人の事、嫌な奴だって言ってたくせに」

「そりゃしょうがないだろォ。自分よりモテる男は全部敵だからのォ」

悪びれもせず、自来也は言ってのけた。

 

「はぁー…、お前は変わらんな…。 ま、とにかくだ、オレは火影なんて器じゃないし、いい加減な事を喋るんじゃないよ。 あと、火影様をあまり困らせるな」

「あぁー、しかしだのォ…、またしばらく旅に出るんだ…。 取材の旅にのォ。これも蝦蟇仙人の予言だから、仕方ないのォ」

「…まったく」

オレが呆れて、説教の一つもしてやろうかと思ったら、それを察してか、自来也が言葉を挟んだ。

「そうだ!兄ィは本が好きだっただろう。今度、ワシが書いた本を贈ってやるよ。これから取材して次に書く本はもっと艶っぽい本にするからの、一人身の兄ィにはちょうど良いだろう!じゃあの!」

自来也は好き勝手な事を言って、嵐の様に去って行った…。

 

 

 

家に帰って、カカシと座卓を挟んで座り話をする。

 

「カカシ、まずは卒業おめでとう」

「ありがとう!」

相当嬉しいんだろう…、家に帰っても額当てを付けたまま、カカシは満面の笑顔で答えた。

 

「まぁ、父さんカカシが卒業試験受けるなんて知らなかったから、ちょっと驚いたけどね…」

「うん、驚かせたかったからね!」

満足げにそう言った…。

 

「カカシももう忍者だ。これから担当上忍の先生について任務に出る事になる。執務中の父さんと会う事もあるだろう。その時は『父さん』って呼んじゃいけないよ?」

「何て呼ぶのよ?」

「…。サクモさん…、かなぁ」…自分で言っておきながら、少しだけ違和感を感じた…。

「わかった。…でも、なんで?」

「忍者になってもカカシは父さんの息子だ。それはずっと変わらない。 でもな、父さんの立場は普通の忍者と少し違うんだよ。カカシと他の下忍の子達を分けて考えちゃいけないんだ。息子だからって特別扱いはしない。カカシも他の子と同じ一人の下忍だ。 それと同じで、忍者のカカシにとっての父さんは上役の一人。カカシの上官の上官になるんだ。分かるね?」

「うん…」カカシは視線を落として返事をした。

 

ちょっと厳しいかも知れんが、これがお前が選んだ道だよ…。

 

「勿論、これからも休みの日には修業に付き合ってやるし、カカシが分からない事があれば何でも聞いてくれていいよ。 カカシは知ってるかわからないけど、家族は同じ小隊には入れない。父さんは忍者のカカシを守ってやれない。だからその分、父さんの持ってる技術、知識を教えていくから、カカシは自分で自分を守れるように、カカシの力で仲間を守れるようになりなさい」

「はい! あ、じゃーさ、雷遁教えてよ」

「…………。水遁や土遁じゃダメか?」

「だって、父さん一番得意なの雷遁でしょ? 先生がいつも言ってたよ。父さんの雷遁は木ノ葉一で、忍界でもトップクラスだろうって!」

カカシに色々吹聴していたのは、あの教師か…

オレの雷遁を見た事もないだろうに…

 

「父さんの性質が雷だからね…。まぁカカシも雷の可能性は高いけど…。雷遁はまだダメだ」

「えぇー…。属性が合ってる方がいいんでしょ?」

「確かにそうだけど、雷遁は危険なんだ…。加減できずに使えば相手を死ぬよりつらい目に合わせる事もある。だから、カカシがもう少し大きくなってから教えるよ」

「…………」 どうやら納得していないようだ…。

 

「母さんは水の性質だったし、水遁のスペシャリストだったんだよ。父さんも水遁と土遁ならある程度できるから、それなら教えてあげるよ」

「…わかった」

不満そうに渋々返事した。…やれやれ

 

「カカシ、明日からは担当上忍の先生の言う事を良く聞いて、三人一組(スリーマンセル)の仲間とは仲良くしなさい。これから命を預け合う仲間になるんだからね」

「はい!」

 

部屋に下がるカカシの小さな背中を見ながら、オレは自身が卒業した日の事を思い出していた。

 

学校からの帰り、オレは一人両親の墓に行って報告し、命を懸けて、里を、仲間を守る忍者になることを誓った。

あの日のオレは希望に満ち溢れていた。

不安なんてこれっぽっちも無くて、希望しかなかった。

 

だから今のカカシの気持ちは分かる。そのカカシに水を差す様な事を言わなければいけないのは心苦しいが、あの後の事を考えると言わずにいられなかった…。

 

あの頃、自分に向けられる悪意を、オレは仕方ないと割り切って考えていた。

割り切って放っておくことが「大人の対処法」なんだと勘違いしていた。

 

もし、少しでも自分から歩み寄れていたなら…

あれ程、軋轢が生じることは無かったかも知れない。

あの山祇ヶ原(やまつみがはら)で、ツカサはオレの意見を聞き入れてくれたかも知れない。

そうすれば、何十人もの若い忍が命を落とすことは無かったのだ…

 

たらればなんて意味が無い事は分かっている。

でも、だからこそ、息子にオレの轍を踏んで欲しくないのだ…

 

カカシ…、父さんは失敗ばかりしてきたんだ…

父さんの様な忍者になりたい…それはすごく嬉しいけど

お前が目指す忍者は、これから自分で見つけていきなさい。

 


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