オレは白銀の毛皮に埋もれて、街の様子を窺っていた。
巨大な狼と忍者の一行が現れ、鉄の国の街は騒然としていたが、巨大狼の背に座り道案内をしている女性に気付くと、皆一様に口を閉ざしていた。
巨大熊相手に小刀を振るっていた様子から見ても、並の女ではないと思ったが…、一体何者なんだ?
一軒の屋敷の前で女性が言った。
「ここです…」
ならば、何故中に入らないのか…は、見てわかった。
入口の門より巨大狼の方がはるかに大きいからだ…。
オレは山の上で毛皮からふるい落とされた事を思い出して、慌てて言った。
「自分で降りるからな!」
雪の上ならともかく、ここで落とされてはたまったもんじゃない…。
オレは背から降りて、ツカサに肩を貸してもらい巨大狼に礼を言った。
「ありがとう…助かったよ」
『礼には及ばぬ』
そう言い残して、仔狼と共に去って行った。
表の騒ぎを聞きつけたのだろう、家の中から一人の男、オレよりいくつか上、ツカサと同じ年頃に見える侍が刀を抜いて飛び出してきた。
「ツバキ!何ごとでござるか!?」
「兄上!お待ちください!」
ツバキと呼ばれた女性が慌てて彼を制した。
「私が山で巨大熊に襲われ谷に落ちたところを、この方達に助けて頂いたのです」
「何!?そうとは知らず、ご無礼仕った。かたじけない」
「それで、この方はその時にお怪我をされたの、お医者様を」
「承知した。客間にお通ししろ。拙者は医者を呼んで来る」
男はそう言うと、旋風のように駆け出して行った。
オレ達は客間に通され、敷かれた布団に寝ろと言われたが、血だらけの装束で寝る訳にもいかず、オレは胴当てを取って、上衣を脱いだ。
すると、ツバキと綱手は二人揃って顔を赤らめて目を逸らす…。
それを見て、自来也が言った。
「オイ、綱手!お前医療忍者になるんだろ!兄ィの裸見ただけで赤くなっとるようじゃあ、まだまだだな!」
「っせー!お前の裸なら素っ裸でも赤くもならんわ!」
「おぉ!そうか!それなら、ここで脱いでやろうか!」
「お前ら静かにせんか!」ヒルゼン先生が一喝する。
「お身体拭くもの用意してきます」ツバキはそう言って、慌てて部屋を出て行った。
彼女が出て行ったのを確認して、ヒルゼン先生に言う。
「先生、すいません…。オレのせいで予定が…」
「いや、ここまでの予定は狂っておらん。まぁ明日、この国の大将殿にお会いするのにはお前は連れては行かれんだろうがな。何より、お前もあの娘さんも無事で良かった」
ヒルゼン先生は微笑んでそう言ってくれたが、大蛇丸は厳しかった…。
「そうですよ。死んでたら、ただの犬死です」
「いや、例え死んでてもオレは犬死だとは思わないよ。木ノ葉の忍が見殺しにしたと言われるより、木ノ葉の忍が助けようとしたけど共に死んだ…と言われる方が良くないか?」
「でもさっきは私達以外、誰も見てませんでしたよ?見殺しにしたなんて誰にもわからないのに…」
「誰も見てなくてもオレが許せないよ。見殺しにしたと笑われるより、助ける事ができなかった未熟な忍と笑われる方がずっとマシだ…」
障子が開きツバキが戻ったので、オレと大蛇丸の会話はこれで終わった。
続いて、ツバキの兄が医者を伴って部屋に入って来た。
医者は綱手の応急治療を大いに褒め、「忍もなかなかにやるものよ」と感嘆していた。
オレには精の付くものを食べ、一週間ほど寝ていろと言って帰った…。
医者が帰ると、ツバキの兄が姿勢を正し言った。
「挨拶が遅れ申した、それがしツバキの兄で名をミフネと申す」
「私は火の国木ノ葉隠れの里が忍、猿飛ヒルゼンと申します。これがサクモ、こちらが…」
ヒルゼン先生が一人ずつオレ達を紹介した。
「この度は火影様の名代にて、鉄の国大将殿にお目通りさせていただける事になり参りました」
「そうでござったか、父はこちらには帰らぬがそういう事ならば、このまま拙宅にお泊りくだされ」
「…?」オレ達は一様に唖然とした。
それを見て、ツバキが言う。
「父のサンジュウロウが鉄の国大将でございます」
「え!?」一同が一斉に驚きの声を上げる。
オレも驚きすぎて、身体を起こすが
「…っ」急激に動かしたので傷が痛んだ…。
「まだ安静にしていないと…」
ツバキがそう言ってオレを寝かせ、布団をかける。
それを見て自来也がニヤニヤ笑っている…。
翌日、ヒルゼン先生達はミフネさんと一緒に大将殿のところへ行った。勿論オレは留守番だ…。
会談後、一度帰ってきた綱手は、ツバキと共に医者の所へオレの薬を貰いに行った。「女だけでは行かせられん」と言って自来也も付いていったが、自分が行きたかっただけだろう…。
綱手は医者の治療を見せてもらってくるのだと張り切って出て行った。
ヒルゼン先生に会談の結果を聞くと、やはり同盟は叶わなかったらしい。
「娘の命を助けてくれた事は感謝するが、それは個人的に別途お礼いたすと仰った。それとこれとは別という事だ」
まぁ、そりゃそうだろう。当然だ…
しかし、大蛇丸がまた口を挟む…。
「ほら、やっぱりあの時助けても助けなくても、今回の任務には関係なかったじゃないですか」
「任務の為に助けた訳じゃないからなぁ…」
「でも、犬は放っておいても良かったでしょう?そうしたら、咬まれて死にかける事も無かったのに…。犬を助けて死んでたら、いい物笑いの種ですよ」
どうやら大蛇丸は、オレがやった事が相当気に入らないらしい…
「仔狼な。でも、アイツを見捨ててたらアイツの母さんに助けられることも無かった訳だしなぁ…。人事を尽くして天命を待つってあるだろ?やるだけやったら、あとは運任せ。今回は良い方に転がったけど、例え悪い方だったとしても、オレはオレのやりたいようにやったんだから、悔いはないよ。ま、今回は結果全員助かったんだから良かったじゃないか」
オレのその能天気な物言いに、大蛇丸は呆れたというように両肩を上げて、ヒルゼン先生に聞いた。
「猿飛先生、これで任務は終わりですよね?」
「いや、二代目様の意向もあるし、もう少し滞在させていただこう」
「火影様の意向…ですか?」オレは気になって尋ねた。
「うむ、サクモには悪いが、うまいこと怪我をしてくれて、治るまで数日滞在する理由もできたしの」
ヒルゼン先生はそう言ってオレにニヤリと笑いかけ、話しを続けた。
「元々二代目様も同盟が叶うとは思っておらん」
「では何故、猿飛先生や私達にこんな無駄な任務を?」
大蛇丸が尋ねる。
「無駄な事ではない。 同盟など紙の約束に過ぎん。しかし、実際に人と人が繋がれば、その繋がりは簡単に切れるものではなくなる。二代目様はこの国との同盟よりも、お前達若い世代の忍をこの国に連れてくる事によって、お前らがこの国の民と繋がる事や、この国を訪れた事によって何かを学んでくる事を願われたのだ」
オレは驚いていた。オレ達を同行させたのは近隣諸国の目を欺く為だろうと考えていたが、そもそも主役がオレ達で、同行していたのはヒルゼン先生の方だったのだ…。
火影様は数ヶ月先、一年先を見ているのではなく、十年先、二十年先、もっとその先の木ノ葉を考えておられるのだ…
「この国は五大国とは大きく異なる文化風習を持っておるからな、お前らにとっては良い勉強になるだろう。現に、綱手は鉄の国の医療技術の片鱗を見てくるだろう。これは木ノ葉にとって大きな財産となる」
「それは…、えらく堂々とした諜報活動ですね…」
オレは思わずそう言った…。
「そういう事なら私も行けば良かった…」
残念そうに大蛇丸が言う。
それを聞いて、皆が一斉に笑った。