カカシ真伝II 白き閃雷の系譜   作:碧唯

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過去編 巻の一 鉄の国へ

戦乱の世を憂い、平穏を願った先代火影柱間様の下に木ノ葉隠れの里は創られた。それを真似て他の国も一国一里を創り、一見、忍の世界にも平穏が訪れたように思われた。

しかし、それは国内の忍同士の争いが無くなっただけで、以後、忍は国同士の争いの道具となっていった。

 

オレは当時、忍者学校を開校以来最短となる6歳で卒業し、周囲からは天才天才と持て囃されていた。だが、オレ自身はそれを冷めた気持ちで見ていた。

だいたい、オレが卒業した時点でまだ里の歴史は十数年、勿論、忍者学校もだ。

たかが十数年の歴史で、史上初と言われても…なぁ、と思っていたのだ。

 

案の定、四年後には三人がオレと同じ6歳で忍者学校を卒業した。

その三人は、オレの師匠でもあるヒルゼン先生を担当上忍とする三人一組になった。

 

ヒルゼン先生の教え子第一期生である三人一組、オレと、オレの5つ年上のツカサ、4つ年上のくノ一緋芽(ヒメ)は担当上忍の下を巣立ち、三人で任務に就くようになった。

そして、オレが15の時、ツカサとオレは揃って上忍になった。

15で上忍とは、これもまた里創設以来最年少で、周囲はざわついていたが、オレはいたって冷めていた…。

人より早く6歳から忍になったんだ、別に人より若くして上忍になったとしても何らおかしくないだろう。

ま、オレがこうやって騒がれるのも長くて数年だ…。またすぐに新たな記録が生まれるはず…

 

と、オレは冷めきっていたが、別に何もかもに冷めていた訳ではない。

忍者学校卒業当時、多少なりとも自信があったオレは、ヒルゼン先生を間近に見て、己の未熟さと本当の「天才」とは、という事を思い知らされ、今までの自分の世界がいかに矮小であったかを悟っていたのだ。

そして、ヒルゼン先生の見てこられた、初代火影柱間様と当代火影扉間様の逸話は、かつて読んだどの物語よりもオレに感銘を与え、その後のオレの生き方の礎となった。

オレは木ノ葉の忍である事に誇りを持っていた。

 

しかし世界は、柱間様が木ノ葉創設に込めた願いとは裏腹に、また戦争の足音を聞いていた。

 

 

オレが16になる年の事だった…

 

扉間様は鉄の国との友好・親善を願い、名代としてヒルゼン先生を鉄の国へ遣わす事を決められた。

その同行警備として、教え子第一期生であるオレ達の三人一組、そして第二期生である、自来也、大蛇丸、綱手の三人一組が就く事になり、七人で鉄の国へ赴く事となったのだ。

 

教え子達が選ばれた理由は、勿論、師匠であるヒルゼン先生との連携が取りやすいこともあるのだろうが、他国に要らぬ警戒を持たせない為でもあるのでは…とオレは考えていた。

というのも、鉄の国は忍び五大国とは一線を画す侍の国で、どこの国とも同盟は結ばないと公言している中立国である。

そこにヒルゼン先生という、他国にも勇名を馳せる忍が赴くとなれば、近隣諸国はピリピリと警戒し、張り詰めた糸は切れ、それ自体が開戦の火蓋を切る事にもなりかねない。

そこで、木ノ葉でも歴戦の猛者達を同行させるより、オレ達のようなまだ年若い忍や、自来也達のような子供の忍を同行させる事で、さほど重要ではない使節という体をとりたかったのではないかと思ったのだ。

 

そのお陰もあってなのか、オレ達は難なく鉄の国に入る事ができた。

といっても、まだ国境を越えただけで、人里には程遠い…

鉄の国は三狼と呼ばれる三つの万年雪に覆われた山からなる国で、人里はその山の上にある。

 

山の中腹を過ぎた頃、自来也のぼやきが殿(しんがり)のオレにまで聞こえた。

「歩いても歩いても雪だらけ…、雪は見飽きた!里はまだかー?」

先頭に立つヒルゼン先生がたしなめる。

「黙って歩け!早うせんと直に日が暮れる」

「日が暮れたら寝るんだろ?」

「アホゥ!お前は汗をかいて濡れた装束のまま、この雪の上で夜を越すつもりか。凍死だぞ」

 

自来也とヒルゼン先生のやりとりを聞いて、オレ達はさぞ先生も教えやすかっただろうと思った…。

オレ達の三人一組は年齢差があっただけに、ツカサとヒメは大人になるしかなくて、オレは「オレだってガキじゃない」と虚勢を張るしかなかったのだ…。

 

そんな十年程前の事を思い出しながら歩き、尾根に出たところで、ふと気になり声をかける。

「ヒメ!」

すると、ヒメと綱手が二人揃って振り返った…。

…そうだ、綱手は綱手姫とも呼ばれているんだった。

自分の事では無かったと気付いた綱手が気まずそうに笑った。

 

「あ、悪い…、いや、二人共でいいや…、あまり横に広がるな。左の谷側は歩かない方がいい、踏み跡から外れないように歩け」

 

綱手は「了解」と素直に返事したが、ヒメは「なんで?」と聞いてきた…。

 

「その左手は恐らく雪庇(せっぴ)だ。雪の下に地面なんか無いよ。踏み抜けばそのまま谷底まで落ちるだろうな」

ヒメでも綱手でもなく、自来也が答えた。

「兄ィ!そういう事は早う教えてくれよ」

「落ちる前に教えたんだから十分だろ」

オレがぶっきらぼうにそう言うと、自来也はわなわなと拳を震わせた。

 

「お前、よう知っとるな」ヒルゼン先生が感心したように言った。

五大国の中でも特に温暖な気候である火の国では、雪が積もる事は殆どない。例え任務で雷や水の国に赴いても、この様な雪山に入る事はめったに無いからだ。

 

「以前読んだ本に書いてありました。自分が想像するしかなかった景色を、こうやって目の当たりにすると感動しますね」

オレがそう言うと、綱手が自来也に舌を出して言った。

「サクモさんはインテリエロ助とは知識の量も使い方も違うんだよ!」

それを聞いて自来也はオレに言い放った…。

「兄ィには負けんからの!」

「……」

 

その時、獣の唸り声が聞こえた。

 

グルァァァッ

 

皆が息を潜めるが、オレ達の周囲で聞こえる訳ではない。

この道の先だ…。

 

クナイを手にして先を進む。

 

ゴォオオオオッ

グウゥゥッ

 

先に目に入ったのは優に3メートル、いや、4メートルを超す巨大な熊だった。

 

それを見た自来也がオレに聞いてきた。

「オイ兄ィ!寒いとこでは熊は寝とるんじゃないのか!?なんで熊がおるんだ?」

「そんなことオレが知るか!」

先刻までオレの視界からは死角になって見えなかったが、熊が動いた向こうにもう一つ、いや二つ影が見えた。

「人がいる…。あと…なんだあれは…、犬か?」

 

熊の向こうには、一人の女性が居て、その横で背中の毛を逆立たせ熊を威嚇しているのが…灰色の犬?

犬は既に傷を負っているようで、周囲の雪には赤い跡があった。熊はその血の匂いに興奮して、余計獰猛になっているのだろう。

 

「どうすんだ、猿飛先生よ」自来也がヒルゼン先生に聞いた。

この部隊の指揮官はヒルゼン先生だ。

そのヒルゼン先生の答えを待たずに大蛇丸が口を挟んだ。

「放っておきましょう。私達の任務には関係ありません」

 

「大きな術を使えば雪崩が起きる可能性があります。でも…、友好親善の使節として訪れておいて、地元の民を見殺しにしちゃダメでしょ…」

オレは女性を注視しながら、そう言った。

犬の助太刀をしているのか、勇猛果敢に熊に小刀を振るっているが、じりじりと後退っている。

…早く決断しないと。その先は雪庇かも…

 

その時、女性の足元の雪が動いた…。

「ダメだ!」

オレは叫び、跳び出す。後ろで大蛇丸の「あーぁあ、行っちゃった」という声が聞こえた。

 

熊の頭に降りると雷撃をくらわせておいて、向こう側のまさに今、雪の庇が崩れ、谷へ落ちようとしている女性と犬のところへ飛び降りる。

犬を拾い上げ尾根に放り投げようとしたが、熊との戦闘で気が立って興奮状態にあったのだろう、拾い上げる前に向こうからオレに飛びかかってきた…。危うく首を咬まれるのは避けられたが、右肩に食らいついている…。

しかし、今はそれに構ってる暇はない…。

そのまま左手で女性をつかまえて、右手で鎖を繋げたクナイを出す。

 

オレは谷へ落ちながら、切り立った崖に生える一本の木を見付け、それにクナイを投げつけた。

 

クナイは幹にしっかりと巻き付いて刺さり、落下を止める事には成功した。

オレ達が木にぶら下がった衝撃で、崖の上の尾根にできていた雪庇がすべて崩れ落ちた。

 

「ふぅ…」なんとか助かった…。しかし、このままでは…

 

オレは左手で女性を抱き、右手でクナイに繋がる鎖を握っていた。

それだけならなんとか出来たかも知れない…。

しかし、犬が食らいつく右肩から血が背中へと伝い、ポタポタと滴り、谷へ落ちていた…。

 

…これじゃ、長くは…もたん…

 

「サクモ!」「兄ィ!」

ヒルゼン先生達の声が崖の上から聞こえる。

「木にぶら下がってます。ですが…」

その続きを言うのはためらわれた…。

一般人である女性に「死」を突き付けるのをためらったのだ。

 

「私を離してください!そうしたら」

女性がそう言った…。

「いや…、ここで放すくらいなら最初から助けてないでしょ」

 

オレはそう言ったが、なす術が無いのも事実だった…。

 

考えている間も、右手は急速に感覚を失くしていく…。

 

その時、谷底から遠吠えが聞こえた。

 

アオォン アオォォォーン

 

それを聞いたオレの右肩に食らいついたままの犬の耳が、ピクリと動く。

犬はオレの肩から牙を離し、その遠吠えに応えるように鳴いた。

 

アォンッ!アォン!

 

犬が牙を離したことで、オレという支えを失って谷に落ちて行く。

犬一匹分、恐らく20㎏近くはこれで軽くなった事になるのだが…、牙が抜けた痕からは血が止めどなく流れ、ついにオレも鎖を離してしまい、落ちていく…。

 

チィッ…

この人はなんとか助けねば…。落ちる時にオレが下になるように体制を入れ替える…。

 

ボフン

 

ん?

 

谷底に落ちるよりも崖にぶち当たるよりも先に、何か柔らかい物の上に落下した。

 

毛皮?

「おぉっと…」落ちそうになって、オレはその毛皮に掴まる。

オレの髪とよく似た、白から白銀へとグラデーションのある毛皮だった。

 

驚いた事に毛皮は崖を駆け上っていた…。

これは…、助かったのか?

 

毛皮は尾根まで上ると、オレと女性を雪の上にふるい落とした。

 

「い…って」

 

「魔狼…」ヒルゼン先生が呟いた。

雪に埋まりながら毛皮を振り返ると…、確かに白銀の狼だった。だが、体高が先刻の熊とさほど変わりない…。という事は体長はもっと長いということで、熊よりも大きいということだ…。

 

「いいえ、違います…。マカミ…様」

女性がそう呟いた。

 

『ヒトの子よ、我が息子は、命を助けた其方を喰らおうとしてしまったようじゃな』

…喋った。 しかも、息子…?アレ犬じゃなかったのか…

毛皮の中から犬…じゃなくて、仔狼が出てきて、クーンと鼻で鳴いた。

仔狼といっても、大きめの中型犬程度の大きさはある。しかし、この巨大狼の仔だというなら…まだ仔狼なのだろう…。

 

「いや、アンタの息子を熊から庇ってたのはこの女の人だよ…」

『ならば娘にも礼を申そう。しかし我が息子は、崖から落ちるのを助けたのはお主だと言っておる。お主にも礼を申す』

 

オレは返事をする気力も無くなりかけていた…

血が流れ過ぎていたのだ…

 

ヒルゼン先生が、オレの周りの雪が赤く染まっているのに気付き指示をする。

「綱手、サクモの治療を!」

「はいっ」

 

綱手が印を結び、両手をオレの右肩に向けるとブゥンという独特の音とともに手のひらからチャクラが放出された。

「…っ、さすが綱手姫…、もう医療忍術が使えるのか…」

「まだ応急治療くらいしかできません…。 猿飛先生!出血が多すぎます、早くきちんとした治療をしないと!」

「では、ひとまず私の家へ!」女性が言うと

『ヒトが運ぶのは難儀であろう。(わらわ)が運ぼう。背に乗せよ』

巨大な白銀の狼がそう言った。

 

…おいおい、またアレに乗るのか…、頼むから落っことさないでくれよ。

 

 

 


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