本屋でカカシの選んだ本を片っ端から買い、やっぱりオレは親バカだと自覚する…。
カカシの読める忍者の本というのは絵本しかなかった。しかし、カカシはそんなものは要らないと言う…。
このこだわりは誰に似たんだ…。 オレだな…
結局、本人の言う通りに全部買ったのだが、驚いたことに、その中にはオレの持っている本は一冊も無かった。
偶然だとは思うが、少し身震いするものがあった…。
本屋の紙袋を三つも下げて店を出ると、カカシは隣の衣料品店の窓を見つめていた。
「何か欲しい物あるのか?」
「………」黙ったまま見つめている。
何をそんなに見ているのか分からないが、相当気になっているのだろうと思って
「店、入って見ようか」と言う。
コクリと頷いて、店に入ると真っ直ぐに忍者用の衣料品が置いてある方に行く。
そこに貼ってあったポスターを見つめていた。
マスクで顔を隠した男の忍者と、くノ一のポスターだった。
窓の外からこれを見ていたのか…。
だが、これのどこに興味をそそられたのか、オレには理解できなかった…。
「この人の顔の、なに?」
「ん? マスクだな…」
「ふーん…。なんでそれするの?」
…これが、噂に聞く「なぜなぜ期」か!?
「イヤイヤ期」は無いと思っていたが、ついに我が愛息にもやってきたのか!!
オレは感慨深くも説明する。
「忍者は隠れて任務…、お仕事するだろ?顔を隠す為だろうな…。中には寒い所の忍者とか、砂漠の忍者とかは別の目的で付けてたりもするけどな」
「それはなんで?」…出た!やっぱり、なぜなぜ期だ!
「寒い所だと、空気が冷たいだろ? すごく冷たい空気をそのまま吸い込むと、胸を悪くするんだよ。 砂漠だと、砂を吸い込むのを防ぐ為だな。 父さんも、そういう所に行く時は使うよ。 後は、顔を隠すだけじゃなくて、煙を吸い込みにくくするって事もあるけど、逆に匂いが判りにくくなるし、水に潜るときは使えないし、口を使う忍術だといちいち外さないといけなくなるのが不便だな…」
「ふーん…」
納得してくれたのだろうか…、まだ「なんで」と来るのだろうか…
オレが内心冷や汗をかいていると、カカシは消えそうな小さな声で言った。
「ボクが付けたら…」
最後の方は聞き取れなかった。
「ん?欲しいのか?」そう尋ねると、小さくコクリと頷いた。
店の人に一番小さいサイズのマスクを出してもらうと、それでもカカシにはまだ大きかった。
しかし、カカシは鏡を見て満足げに微笑んでいるので
「それでいいか?」と聞くと今度は大きく頷いた。
会計をすると、店の人が「袋に入れましょうか」と聞いてくれたが、カカシはこのまま帰ると言う。
忍者に憧れる子供など里には沢山いる。
店の人も微笑ましく見送ってくれた。
オレも微笑ましく思い、店を出て、カカシの頭を撫でながら
「良かったな」と言った。するとカカシはにっこり笑って
「これで父さんもかなしくないでしょ?」と言った…。
オレはバカか…。
なぜなぜ期なんかじゃない…。
オレがカカシのほくろを見てセイランを想っていたのを、カカシは子供ながらに気付いていた。
自分の顔を見て悲しそうな顔をする父親の為に、カカシは顔を隠すマスクが欲しいと言ったのだ…。
オレは胸が潰れそうだった…。
しゃがんでカカシの目を見つめて話す。
「カカシ、ごめんな…。カカシが父さんを悲しませてる訳じゃないんだ。だから、そんなマスクしなくていいんだよ?」
カカシは満面の笑顔で答えた。
「ボク、父さんみたいな忍者になるからこれでいいの!ねー、早く帰って手裏剣見てよ!」
「わかった」オレはもうそう言うしかなかった…。
「お前はホントに優しい子だな、お前が父さんと母さんの子供で良かったよ。ありがとな」
オレと同じ白銀の髪をわしゃわしゃと撫でまわしてそう言うと、カカシはにっこり笑った。
人を思いやる心が、こんな小さいうちから芽生えている事が嬉しくもあったが、少し心配でもあった…。
頭が良いだけに他人の気持ちを推し量る事ができ、心が優しいだけに、推し量った事情の為に自らが耐えてしまう…
唯一、我慢することなく甘えていい存在であるべき、父親のオレに対してまで…
オレはまた、カカシとセイランを重ねて見ていた…
…ごめんな、カカシ。父さん、もっとしっかりするから…。
お前がオレにだけは何も考えず甘えられるように…
これから、いっぱい甘やかしてやるからな!
オレがそう心に決め、カカシと歩いていると、はるか後ろの方から声が聞こえた。
「おーい、そこに見えるは白い牙の兄ィじゃないかのォ」
「…………」オレは聞こえていないふりをしてそのまま歩き続ける。
「白い牙の兄ィ!おーい、白い牙の兄ィ!」
あまりのしつこさにオレは足を止めるしかなかった…。
振り返って、白髪の大男に言う。
「これはこれは、妙木山の蝦蟇仙人自来也様ではないですか…」
嫌味で言ったのに奴には全く通じない…。
「ワッハハッハ! 白い牙の兄ィ、年を取って耳が遠くなったかと思ったわ」
半目で睨みながら言い返す。
「…お前、オレがその呼び方嫌いだって知ってて、わざと言ってるだろ?」
すると自来也はオレの肩を叩きながら言う。
…しかしコイツ、オレよりでかくなりやがって。
「まぁまぁ、ワシは本当の『白い牙』を知っとる数少ない一人だからのォ」
オレは表情を緩め答える。
「まぁそうだな…。今日は弟子はどうした?」
「あの子らはもう巣立った」
「そうか…、しかし、お前が上忍師とはね…」
オレはヒルゼン先生の下にいた頃の自来也を思い出して笑った。
「そういえば兄ィは弟子はおらんかったのォ」
「オレはずっと戦場だったからな…。オレの弟子はコイツだけだ」
頭を撫でてそう言うと、カカシは嬉しそうに笑ってオレを見上げた。
「おぉ、兄ィの坊主か!いっちょうまえにマスク付けて、かわいいのォ」
「カカシだ。 カカシ、このおじちゃまは自来也って言ってな、妙木山にただ一人辿り着いた伝説の蝦蟇仙人様だよ」
「???」流石に難しい言葉が多くて理解できなかったらしい…
「おじちゃまは余計だのォ。お前の親父より四つも若いからの。兄ィはもう三十路だろう」
「そうだな…、お前らと一緒に任務に行ったのも随分昔だな…。そうか、そういや、お前ら今日からか…」
「おぉ、今から三人で雨隠れだのォ。兄ィも本当は自分が行きたかったんだろ?」
「そうだな…半蔵相手となれば出たかった…と言うより、オレも出るべきだと思ったんだが…」
オレがそう言うと、自来也は呆れたように腕を組んで言った。
「三十路のじじいはじじいらしく、三代目の補佐っちゅー重要な仕事があるだろォ。兄ィはもう十分名を揚げてきたんだ、そろそろ若いもんにも手柄を立てさせてやろうって心意気があってもいいだろのォ」
「ハハハ、まったく…、お前には敵わんよ。まぁ、お前らなら大丈夫だろう…。とにかく、無事で帰れよ」
「じゃあの!土産に山椒魚の干物でも持って帰って来るからのォ!」
そう言って、自来也は手を振って行った。
自来也達が今から赴くような、厳しい戦闘が予想される最前線には、これまでのオレは必ず出張ってきた。
だが、今年から火影様の補佐役という立場に就いていたオレは、里に残る事になっていたのだ…。
勿論、木ノ葉は相変わらずの戦力不足で、今までと変わらず任務に就く事もあったが、その頻度は大幅に減っていて、カカシとの時間を多く持てる事は素直に嬉しいと思ったが、セイランの一件からオレの中に湧いた迷いを、火影様に気付かれて危惧されているのでは…という思いもあった。
「父さん!早く早くー!」
物思いにふけるオレを急かす様にカカシが言った。
「そうだ、早く帰ってカカシの手裏剣見なきゃな!」
駆け出すカカシを追いかけながら、オレは自来也達と行った任務を思い出していた。
あれはオレが上忍になった少し後、そう、確か…第二次忍界大戦開戦の前年だったから16の頃か。
ということは…、奴等は12か…。
あれから15年も経ったんだ、年も取るはずだよ…