子供と言うのは大人のやっている事を真似たがるものだ。
言葉遣いしかり…、行動しかり…
オレは任務以外の時間を全部カカシとの時間にしていたので、必然的にオレのやっている事をなんでも真似しようとした。
カカシは2歳を過ぎる頃にはオレの真似をして、手裏剣代わりに石を投げていた。
カカシが昼寝中に、オレがセイランの復帰用にと庭に作った的に向けて、暇つぶしに手裏剣を投げていたら、いつの間にか起きていて自分にも投げさせろと言うので、しかたなく代わりに石を与えたのだ。
最初はそれで満足していたようだが、的に届くようになると、届いても刺さらないことが気に入らないらしく、手裏剣を出せとごねるようになった…。
…まったく、誰に似たんだ…、セイランか? いや、オレか…
ある日の午後、オレはついに根負けしてしまった…。
「じゃあ、一個だけあげるけど、父さんが見てる所でしか投げちゃいけない。あと、これでケガしても絶対泣くなよ。それが守れるなら一個だけあげる。どうだ?約束守れるか?」
「まもれる!」
キラキラした目でオレを見上げる…。
…オレはやっぱり相当な親バカかも知れんな。
「約束だぞ。じゃあコレな」
オレの手裏剣の中で一番刃の鈍くなっているのを選んで渡した。
あぁーあ…、セイランがいたら絶対怒られてるな…。
と、思ってるそばから、さっそく刃を握って指を切ってる…。
「…………」
カカシは約束通り、目を真っ赤にして涙を堪えている。代わりに鼻水をたらしてるが…。
「クッ…、お前そうしてると、母さんそっくりだな」
ぷいっと横を向くカカシの頭を撫でておいて、オレはティッシュと絆創膏を取りに行く。
ティッシュで鼻水を拭ってやり、同じ様に涙を堪えていたセイランを思い出して、カカシの口元のほくろを撫でた…。
指の傷に絆創膏を巻いてやって、もう一度頭を撫でる。
「泣かなかったな…、えらいえらい。忍心得第25項 忍はどのような状況においても感情を表に出すべからず。任務を第一とし、何ごとにも涙を見せぬ心を持つべし…だ」
キョトンとオレを見上げるカカシ…。
「ハハハ、まだわからんな…。いいか、まず持ち方はこう…、ここは尖ってて危ないからな」
さっきまで泣きそうになっていたくせに、もう目をキラキラさせて言われた通りに手裏剣を持つ。
「まず本打ちからな。それがうまく投げられるようになったら次の教えてやるから…。最初は的に届くことより、真っ直ぐ投げる事を考えてな。お前は右利きだから左足前に出して、ちょっと膝曲げてみて。うん、そうするとグラグラしないだろ?」
自分が初めて手裏剣を投げた時の事はもう覚えていないが、カカシの顔を見ていると当時の気持ちだけは蘇ってきた。
そうそう、きっとオレもこんな顔してたんだろうな…。
「じゃあ、こうやって腕を振り上げて…、そのまま真っ直ぐ投げてごらん」
初めて投げた手裏剣は、思いっきり右下に逸れて地面に転がった…。
カカシはムッとした顔をして拗ねている。
その様子が可愛くて、笑いそうになるのを必死に堪えて手裏剣を拾ってやる。
「じゃぁ次は、スナップ… うーん、なんていうか、手首を使う事だな」
いつの間にか、オレが夢中になってしまっている…。
手裏剣はオレ達忍者にとってはさほど重くも感じず、慣れ親しんだものだが、カカシにとってはずっしりと重く感じることだろう。
それでも音を上げずに、何度も何度も投げている。
オレは縁側に腰かけて、頬を緩ませカカシを見ていた。
コン
刺さりはしなかったが、確かに的の下、端の方に当たった…。
カカシが振り返って、満面の笑顔で走って来る。
「父さんっ!みた!?」
「見た見た!すごいじゃないか!!」
オレは縁側を降りてしゃがむと、胸に飛び込んで来たカカシを抱き上げて、グルグル回りながら言った。
「ハハハ、お前、父さんより良い忍者になるよ!」
それを聞いて、カカシも嬉しそうに声を上げて笑っていた。
カカシを下ろして、頭を撫でながら言う。
「じゃあ、さっきの感じを覚えてるうちに、もう少しだけ投げよう。そしたら、父さん夕飯作るから、お前も休憩ね」
…少し熱血指導になりかけているのかも知れない。
「うん!」と言って、カカシは的の下に落ちている手裏剣を取りに行った。
しかし、今度は、刺さらなかった事を気にしてか、変に力が入りすぎて左に逸れてしまう…。
…やれやれ。変な癖が付いちまう前に直しておくか…。
カカシの隣にしゃがんで話す。
「そんなに力まなくても、上手く投げられるようになったら刺さるから…。ちょっと貸してみて」
オレは軽く、手首だけで手裏剣を投げた。
トスン
もちろん…、的の真ん中に刺さる。
カカシが羨望の眼差しでオレを見つめた…。
「ね?力いっぱい投げれば刺さるってものでもないんだよ?」
カカシはこのアドバイスだけで、先刻の自分で投げた感覚を思い出し、同じ様に投げられる様になった。
…なかなかやるなぁ。
しばらく見ていたが、感覚を身体で覚えたのが感じられたので声をかけた。
「じゃあカカシ、父さん夕飯の支度するから」
さすがにもう腕も痛くなりかけてる筈だ…、しかしカカシは物足りなさそうにした。
「約束通り、手裏剣は今日はおしまいね」
そう言うと、素直に頷いて
「じゃあ、父さんの部屋のご本読んでいい?」
「いいけど、まだ読めないでしょ?」
オレは本を読むのが好きで、以前住んでいた一部屋しかないアパートの一角を占領していたほど、結構な量の本を持っていた。
それはこの家に引っ越してからもどんどん増えていたのだ…。
忍術・体術・手裏剣術の研究書から、戦略・戦術・戦法の専門書、歴史書、紐の結び方なんて本もある。
スオウやカズサが時々借りに来ることはあるが、3歳にもなっていないカカシには読めないだろう。
しかし、我が子が自分と同じものに興味を示したら、嬉しくなるのは父親として当然だ…。
「よっし!じゃあ明日、カカシの読める本と、あと辞書も買いに行こうか!」
「うん!」
「手洗ったら、父さんの部屋で本読んでなさい」
「はーい」
カカシはパタパタと手を洗いに行く。その姿をオレは微笑ましく見送った。
翌朝、出かける為にカカシの着替えを手伝っていた。
上着を着せて準備ができ、カカシの顔を見て、オレはまた右の親指で口元のほくろを撫でた。
セイランが死んでから、もう一年以上経つ。今年の冬で二年だ。
カカシは驚くほど大きくなって、時が随分経った様に感じさせるが、最愛の人が亡くなってからの一年、二年なんてまだまだ短い…。
オレはカカシのほくろを撫でるたびに、セイランを想っていた…。
「父さんはどうして、いつもそうするの?」突然カカシが聞いてきた。
「ん? あー、ごめんごめん。嫌だったか?」
「いいけど…、なんかいつも…かなしそう」
…驚いた。こんな子供に気取られる程、オレは表情に出してしまっていたのかと…
これじゃ…、忍者失格だな…。
「ごめんごめん、もうしないよ。」
微笑んでそう言うと、カカシも微笑み返した。