「そうか…。カカシがそんなことを言っておったか…」
三代目火影・猿飛ヒルゼンは目を閉じパイプを燻らせながらそう言った。
火影室の机の前には森乃イビキが立ち、情報部収容所でのカカシと間者の少女との会話をヒルゼンに報告していた。
「はい、忍とは元来、死が身近にあるものですが、特に暗部に配属された者は他のどの忍よりも己の死とは常に隣り合わせで、敵も味方も死んでいく様を幾度も目に焼き付け、いつしか死に慣れてしまう所があります」
「そうじゃのォ…、カカシも忍界大戦を経験し、暗部にも長らく配属され、多くの死を間近で見てきたであろう…。しかし、奴は慣れる事ではなく、堪える事にした…か」
「イビキお前、齢はカカシよりも一つ上じゃったな」
「学校卒業も昇級も奴の方がずっと早かったですがね」
イビキは笑って答えた。
「ならば、サクモの事を詳しくは知らんじゃろう」
「″木ノ葉の白い牙″、カカシの親父さんの事ですね。誰よりも仲間思いの木ノ葉の英雄だったと…。カカシは親父さんに似たんでしょうね」
「ふむ…。まあ、お前らがその程度しか知らんのは無理もない」
「…その程度とは?」
「誰よりも命の重さを知り、仲間を思ったからこそ、仲間と任務、仲間と掟を秤にかける事に苦しんでいた忍じゃった…」
ヒルゼンは座っていた椅子を回し、窓に向かうとゆっくり煙を吐いて言った。
「カカシを暗部に戻そうなどとはワシは考えておらん。お前が暗部の若手にカカシの信念を伝えて欲しいと思ったように、ワシは木ノ葉のこれからを担う子供達に、担当上忍としてカカシの想いを繋げて行ってもらいたいんじゃ…。誰よりも幼い頃から忍の辛酸を舐めてきた奴だからこそ、伝えられるものがあるじゃろうと思っておる。 暗部の若手に伝えていくのはお前や、カカシと共に組んだ事のある者で十分できるだろう。それが繋がりというものじゃ…。わかってくれるか?」
「はい、仰る通りです」
既に太陽は沈み、僅かに地平近くだけ夕焼けが残る空は、濃い青に染まっていた。
暮れていく空を見てヒルゼンが呟いた。
「青は藍より出でて藍より青し…」
「弟子が師匠を越える事の例えですね」イビキが答えた。
「まぁそうではあるが、学は
ヒルゼンはそう言いながら、机の上の紙に筆を走らせた。
「カカシを見ておるとその言葉をよく思い出すのじゃ。カカシは天才、天才と言われておるが、持って生まれた才だけで今の奴がある訳では無い…。その後の弛まぬ努力こそ、父親の死と、仲間の死から、奴自身が見つけた答えなのじゃろう…。ワシにはそう思えてならん…」
父と母、二人の才に恵まれた忍者の血をひくカカシ…、彼もまた、生まれながらの才能に満ち溢れた忍者だ。
しかし、両親と同じ様に、忍者の悲しい宿命の渦に巻き込まれてしまっている…
ヒルゼンはそれが気がかりでならなかった。
「イビキよ、今の言葉をお前が言うたように弟子が師匠を越えるという例えに使う場合はな、努力した弟子を誉める意味で使うのだが、そのような弟子を持った師の喜びでもあると、ワシは思う。自らを越えるような弟子を導く事ができたのだとな、師にとっても誇りであろう」
ヒルゼンはカカシの父サクモにも思いを馳せた。
後に木ノ葉の三忍と言われるようになった自来也・綱手・大蛇丸、あの三人の前に担当したスリーマンセルにサクモがいたのだった。
サクモもまた、ヒルゼンの弟子であった。
その弟子を、火影という地位にありながら守れなかった自らを戒めるように、ヒルゼンは固く目を瞑った。
(…サクモ、お前が生きておったら、カカシはもっと楽に生きられたのかも知れんのォ。しかし、楽には生きられなかった事が、奴自身を更に大きくしておる…そう思わんか? 今のカカシをお前に見せてやりたかったのォ…
そろそろ、奴には真実を教えても良いような気もするが…、今更という思いもある…。
今はナルト、サスケ二人を見させておるからの。あの二人が中忍にでもなってカカシが落ち着いた頃にでも話してやるかのォ)
ヒルゼンはサクモの死の真実を、カカシに話すべきか迷っていた。
既に父の死を乗り越えているカカシに、今更真実を話したところで何になる…と言う思いと、父の生き様を知っておくべきではないか…という思い、相反する二つの思いの間で揺れていた。
しかし、どちらにしろ、今はまだカカシも手のかかる下忍を受け持つ身。今はまだ新たな物思いの種を与えるべきではない…と、ヒルゼンは判断した。
ナルト、サスケ、どちらか一人であっても気苦労が絶え無さそうな下忍を、二人一緒に任せてしまった事もまた、サクモに思いを馳せる事になった。
(お前ら親子には揃って苦労をさせるのォ…、これも、お前らを信頼しての事じゃ…、許してくれ…)