瞬間最大風速 作:ROUTE
左中間を鋭く抜け、スタートした小湊亮介、結城哲也がホームへ。
御幸はバックホームの間に二塁に進み、ストップ。
これで、3点目。九回どころか、一回も粘れなかった。
真面目に話をすると、攻略法は一年待つことなのだ。一年待てばファーストとサードが聖域になるし、青道の強さの根幹である『勝ちへの執念』が不純化するから。
勝利への執念が誰よりも強く、純粋な二人が下の人間の突き上げに遭って流されるその時を待った方がいい。
それでも勝てないなら二年待つといい。怪物は鷹の紋章の邪悪帝国の生え抜きとして暴れていて、甲子園には居ない。
かなりやばい変則サウスポーと結構やばい豪速球投手と戦うことになるが、それでもマシな方である。
それでも無理なら打撃戦を挑むこと。この打線を抑えきれるピッチャーは殆ど居ない(例外は斉藤智巳、本郷正宗、敬遠をする成宮鳴など)。
だから、耐え切るのではなく斉藤智巳を打ち崩して打撃戦を!と決心した方が建設的だったりする。
打って打って打って打って勝つ。そんなチームが青道に勝てる。
一番斉藤、二番轟、三番轟、四番結城、五番御幸、六番轟、七番轟、八番轟、九番轟で、投手陣が2失点以内に抑えることができるなら勝てるだろう。
さすがにこれだけ迫撃砲を並べられると、事故ムランの可能性もあるわけだし。
とにかく。この夏の智巳はそれ程に強い。しかも片岡鉄心によって完全に操作され、体力を温存されている為、ちょっと洒落にならないレベルで強い。
気温が上がれば上がるほど、調子を上げる夏男。
平然と抑えて帰る。打って塁に出る。誰かがホームに帰す。この繰り返し。
5回までに斉藤登板時特有の一方的な馬鹿試合で二桁安打、二桁得点。3人ほど投手をノックアウトし、四人目もボロボロにしている。
「相手、投手何人だっけ?」
「五人」
「あと二人か……」
「もう後一人みたいなもんだろ」
「言うね、御幸さん」
「いえいえ、智さんもおっしゃることで」
死体を蹴って油を撒き、更にジェットエンジンを巻いてから火をつけてソリに乗せて引き摺り回している。
一年生の兄弟バッテリーがなんだ。投手の山守がなんだ。こちとら打撃の青道だとばかりに、打ちに打ったり25安打、12盗塁。
三塁コーチャーが手を回すのをやめる程度には熾烈な爆撃の援護を受けて、智巳は12者連続三振を含む1エラー24奪三振でノーヒットノーランを達成した。
統率された脳筋野球の真髄であろう。選手の能力に任せ、それを前提に攻め捲る。
戦力が揃っているからこんなことができる。
能力値と結束力の暴力である。
ちなみにエラーしたのは小湊亮介。
気を抜いた(そして口では言うがノーノーにあまり興味のない)智巳の投げた球がヒットになりそうになり、打球を追って追い付くもグラブを伸ばすが捕球がうまくいかずに、今大会チーム初のエラー判定。
まあ実質ヒットのようなもので、ノーヒットノーランの影の立役者はこの小湊亮介だと言っていい。
来年には起こり得ない光景である。来年は打線の核がゴッソリ消えて、穴が開いたまま戦うことになるから。
そして、その傷は癒えることはない。無いものはないのだ。
「ごめんね、エース。あと少しだったんだけど」
「え……あれは完全にヒットだったんで別に謝られる筋がないんですけども」
普通に抜けて、ヒット。そう判断されてもおかしくない打球に追いついてしまうから、エラーが起こる。
当然監督もこのエラーには怒らない。彼が怒るのは守備の最中に他のことを考えてエラーをした場合である。
小湊亮介の場合、守備のことを考え過ぎ、そして身体が動きすぎたからのエラーだから、もうこれは仕方ない。
「いやぁ、あれは捕れてた。悔しいな」
「そりゃあ亮さんの感覚からすればそうかもしれませんけど、一般的なセカンドはたぶん前進してくるライトに任せる感じな打球ですよ」
「そう?」
「はい」
現にライト白洲はダイビングすることなく前進してきて確実に前で処理しようとしていた。
セカンド小湊亮介を避けて下がったが、それでもあれはライトが捕っているべき球だろうと智巳は思う。
それに、エラーで出たランナーは自分の牽制で刺せた。
そして前の試合には、明らかに抜けた当たり、所謂センター返しを好捕し、グラブトスでショート倉持へ。倉持がセカンドを踏んでゲッツー、というファインプレーも生み出している。
お陰でまだ、斉藤智巳は甲子園での被安打は0。失点も0。14回投げて、この成績。
そして地味にこの夏、薬師で7回、稲実で9回の予選も含めて30イニング無失点。
ノーノー未遂3回(自主降板三回)、ノーノー1回。
「でも、捕れてもおかしくない感じではあったでしょ?」
「まあ、セカンド守備の素人目から見ても捕れそうでしたけどね」
「じゃあ捕れたってことなんだよ。悔しいね。重ね重ねになるけど」
華のある守備で人気が出てきた小湊亮介と、西日本の、具体的に言えば九州あたりで強烈な人気があるエース。
それにしても、どこかで聞いたことがある精神論である。
身体が動く限りはこの道を走り続ける。動かなくなったら動かす。
そんなことを言っていたエースが青道には居る。
勝利への根性は伝染するらしい。
「でも実際、かなり助けられました。ありがとうございます」
「ハハハ。面白いこと言うね。君が居なければこんなところには来れなかっただろうから、どれだけ助けても助けすぎじゃあないさ」
珍しく本心から笑って、小湊亮介はバットを持ってエースの元から去った。
守備でも、打撃でも、まだまだ改善の余地がある。
熱心だな、と思いながらこの二時間に98球投げたエースは肩を休めていた。
練習できないのはキツいが、肩を休めるのもエースの仕事。決勝に向けて、体力を回復させておきたい。
貧打線相手だから高速フォークも高速スライダーも殆ど投げていない。
肩肘の疲労は、それ程でもなかった。
ならランニングでもするか、と立ち上がる。
ホテルを出たところで、ビクッと立ち止まった。
右に曲がろうとしていたところで、人影が2つほど見えた。このままではぶつかりかねないと言う勘が、智巳の脚を止めさせた。
「…………奇遇だな」
無言で両手をポケットに突っ込んでいるふてぶてしい男と、通訳代わりの白い御幸。
眼鏡、キャッチャー。でもどことなくアクが無さそうではある。髪の色は人格に影響するのか。
なら小湊家のピンクはなんなんだろう、と思いながら、哲さんは髪は黒だから関係ないか、などと適当なことを、奇遇だなと言われた智巳は思っていた。
「……ノーヒットノーラン」
本郷正宗。
巨摩大藤巻の一年生エースが奇遇だな、の後に物凄く黙って、言った言葉がそれだった。
「……流石だ」
「ああ、ノーノー。まあ相手は貧打だったから―――」
「俺もします」
喰い気味にそれだけ言って、本郷正宗はプイッとどこかへ歩き出す。
あ、敬語使ったんだとわかる前の即行退散であった。
後に残されたのは、円城蓮司。
シニア時代からの本郷正宗の相棒で、無愛想な彼の通訳係りである。
「何か、正宗がいつもいつもすみません」
「いや、別に気にしないからいいよ。ああ言う奴も居るし、先輩ってのは無理に敬語を使われるべきじゃないからな」
敬語を使われるべきは、敬語を使いたいと思う人間にだけでいい。
本当に敬われる人間は偉ぶらない。敬語を強制しない。
哲さんのように、自然と周りが敬うようになるのだ。
本物の先輩は背中で語ることを、彼は知っている。
「あいつはまあ、素直じゃないと言うか……ここにも本当は結構前に来てたり、ウロウロしてたりしてたんですけど」
明日の試合、本気出すらしいので観てくれると嬉しいっていうことを言いたかったんだと思います、と言う情報をスーパー通訳から得て、智巳はうーんと唸った。
何故白御幸こと円城はコミュ力が高いのにホンモノの御幸は低いのか。
今やコミュ力をリードと守備力に、ということなのだろうか。
「智、お前立ち尽くして何やってんの?」
「お前の2Pカラーに会ってな」
「は?」
白御幸と御幸。御幸が御幸と言う意味なので御幸に白とか黒とか冠詞代わりの称号は必要ない。
「白御幸だった」
「清純派露出狂。これくらい意味が矛盾してるな、智」
「あ、自覚あるんだ」
「時々唐突に鎌首を擡げるタイプのお前と違って、俺は首尾一貫してるからな。捕手として、そりゃあ立派なもんさ」
炎天下の中で立ち話もあれなので、取り敢えず二人は自室に帰る。
もう今更言うことでもないが、同じ部屋である。
「飲み物くれ。柑橘系がいい」
「フルーツミックス作っておいてよかったよ」
妙に手際がいいのはいつものことなので気にしない。
そして料理の腕―――と言っていいのかは疑問だが―――がいいのもいつものことなので、気にしない。
「で、本郷に会ったんだろ?」
「会った会った。相変わらず目つきが凄かったよ」
「まあ、あんなピッチングと鬼みたいな牽制を見せられちゃあな」
9回、24奪三振、12者連続奪三振、1牽制死。
あまりランナーを出さないから目立たないが、智巳は牽制が鬼のように鋭い。
打者を睥睨し、投げると思わせておいて、更に言えばやっと出せたランナーを無駄にしまいという心理を巧みについてランナーを刺す。
クイックは下手な癖にそんなに走られないのは、御幸の肩とこの牽制が大きかった。
以心伝心と言うか、結城もほぼノーサインの牽制球を難なく処理してランナーを殺せる。
本人曰く、気迫が仄かに一塁側に鋭く延びるからわかりやすい、らしい。
目の前で見ているこっちもわからないんですが、と思う御幸であった。
「同じピッチャーとして、燃えるだろ」
「そうかな」
準々決勝をノーノーで勝利し、ベスト4へいち早く駒を進めた青道高校。
11時30分からの午後の試合では徳島代表好永高校が打ち合いを制してベスト4へ進んだ。
明日、8月21日の11時30分から。
準々決勝最後の試合、白龍対巨摩大藤巻が行われる。
「下見がてら現地行って、入る前に声かけてくる。たぶん決勝に来るのはあいつらだ。直で見て、雰囲気って言うのを知っておきたい」
「ああ、いいんじゃないか」