瞬間最大風速 作:ROUTE
甲子園大会の抽選が終わった。
西東京代表の初戦の相手は、大阪桐生。
その次は恐らく、西邦。怪物スラッガー佐野修造を擁し、大阪桐生よりも強力な打線を誇る。
いきなり大阪代表とあたると言うのは、どうなのか。全力でぶち当たれるから得なのか、全力でぶち当たられるから損なのか。
相手は強打の大阪桐生。青道としては打撃戦にしなければならない。先発は丹波。斉藤はレフトに入り、三番。一番小湊、二番伊佐敷、三番斉藤、四番結城、五番御幸、六番増子、七番丹波、八番倉持、九番白洲。
暫定処置とはいえ、西東京大会での打撃成績を含めて考えられたはじめてのクリーンナップの大役。
「緊張するか」
試合の少し前。
そう四番打者に声をかけられ、智巳は少し笑って頭を掻いた。
「はい。でもまあ、正直打撃の時は何も考えないので気は楽です」
「そうか。まあ、監督も繋ぐバッティングなんか期待してはいない。好きなように振れ」
一番だから当然ではあるが、結構ソロアーチが多い智巳。
彼の適性打順というものがいまいちわからないから、シニア時代三番を打っていたということと、三番を打つ打撃力はあるということでクリーンナップに。
一番にしなかった理由は単純で、疲労軽減のためである。
『さあ、夏のドラマがはじまります。甲子園大会の開幕です。先攻は青道高校。六年ぶりの出場になります。後攻は大阪桐生。四年連続の出場になります。
大阪桐生の先発は、舘。青道高校の先発は、丹波』
―――一番セカンド、小湊亮介くん。
そう呼ばれて、この夏の甲子園大会ではじめての打席に立つのは小湊亮介。
西東京大会の決勝でのファインプレーでその名を知られた守備の名手。
今回はリードオフマンとしての出場である。
(相手は、ファーストストライクを取りに来るかな)
そう思ってヤマを張って振ったが、投げられたのはボールゾーンに落ちるカーブ。
空振り。
うーん、と小湊亮介は思った。
どうにも、自分を含めて大舞台に慣れていないからか、身体が固い。こういう時にこそ、割りとエラーと貧打が許されるあのエースに先発して欲しかったが、片岡監督はそれをしなかった。
(それってつまり信じてくれるってことなんだろうけど)
あっさりと、2球目のストレートを弾いてセカンドゴロ。
「球走ってたか?」
「重かったよ」
その通り、伊佐敷も3球目を詰まらされてセンターフライ。
「俺も含めて皆、身体が固い」
「そうですねぇ。そんなに緊張する必要もないんと思うんですけど。皆さん、普通にやれば勝てますよ」
「……お前は、余裕だな」
「まあ、大舞台でクリーンナップを打つのはよく考えると初めてでもないし、さほど珍しいことでもないんですよね」
尊敬するキャプテンとネクストバッターで寸前まで話して、智巳は木製バットを担いで打席に立った。
(ホンマ、嫌な自然体しとるわ)
前二人が緊張していたと言うか、身体が強張っていたというのにこの男は違う。
場慣れしている。甲子園の独特の雰囲気を呑んでかかっている。
『さあ、二年生ながらエースで3番、斉藤智。高校球児には珍しい木製バット使いで、西東京大会では既に7本の本塁打を放っています』
『いい打者ですが、まだ全国の強豪と戦ったわけではありませんからね。現に決勝戦、成宮との試合では4タコ。使いこなせているとは言えないんじゃないでしょうか』
『ミート力が足りない、ということでしょうか?』
『そうですね。パワーもなくはないのですが、甲子園で打てるほどではないでしょう。いいバッターなだけに、高校時代は金属で量産して欲しいものですが』
そうこうしている内に、ヘルメットがズレる魂のフルスイングで、ツーストライク。
『舘もいい角度のついた重い球を投げますから。この打席はタイミングもあっていませんし、舘の勝ちでしょう』
『そうですか』
打席の智巳は、その時タイムを取ってヘルメットを直していた。
あのフルスイングはもう才能のレベル、と言う鷹陣営と、いや、コンパクトにいかせるべきだという巨陣営の熱いレスバトル。
その風を巻き起こすような一振りごとに甲子園がどよめいている。
傍から見ても、何も考えないで全力でフルスイングしているとわかるのだ。
(舘、タイミング合ってねぇけど、慎重にいくぞ。ボール球になる、お前のスライダーを振らせる)
ツーストライク、ノーボール。
追い込んではいるが、これだけ振り回されると怖い。
要求したところドンピシャに、キレのあるスライダーが投げ込まれた。
(よし、完璧や!)
甲子園に鳴り響く、Mintjamの歌。
この道なら誰にも敗けない。そして、誰も代わりになどなりはしない。
さもありなん。こいつは野球の天才である。
横顔さえ輝いて見える。さもありなん。こいつは顔立ちがいいから。
しかし、これは打てない。
そのスライダーを捕球しようとした、その時。
黒塗りの木製バットが白球を捉えた。
(あ、曲がった)
打ってからそう思って、智巳はバットを投げて一塁方向に歩き出す。
(まあ、反応できたからいいか……)
ぼんやりとそんなことを考えながらダイヤモンドを一周する。
白球は、思いっ切り引っ張られてバックスクリーンの一番奥深くに突き刺さっていた。
実況も、解説も。観客すらも黙っている。
一周し終えたあたりで、甲子園球場が沸いた。
『……外に逃げるスライダーを木製で引っ張ってホームランって、どれだけパワーがあるんですかね』
『ちょっとこれは…………ヤマを張ってたんでしょう。恐らくは。無茶苦茶な打ち方ですが、入れば得点に変わりはありません。これで青道が先制しました。1対0です』
帰ってきた智巳は、これから打席に入る結城とタッチし、ネクストバッターズサークルに居る御幸と少し話して戻ってきた。
「あれ、狙ってた?」
「え?」
「外角のスライダーを引っ張って、ってやつ」
「ああ、スライダーだったんですね。曲がったこと以外わかりませんでしたよ」
自分の専スレがひっそりと落ちていることも知らず、智巳は沢村にドリンクを頼んで飲んだ。
相変わらずの核弾頭ぶりである。
「と言うか、亮さんも純さんもわかったでしょう?」
「何を?」
小湊亮介が訊き返すと、智巳は沢村に紙コップを返してバットを少し撫でた。
投げている割りには扱いが丁寧なあたり、雑なのかそうでないのかわからない。
「いや、甲子園って言っても、ホームランを打てば点は入るし、ヒットを打てばヒットになるんですよ。皆さん、固くなりすぎですよ」
「……お前、これを言う為にホームラン狙ってたんじゃないだろうな」
「哲さんは狙って打てるらしいですけど、俺はそこまでではないので打てませんよ。塁には出ようとしましたけど」
伊佐敷純の言葉に平然と答えると、バックスクリーンに白球がかっ飛んでいっている。
「哲さん、いつもみたいに打てたでしょう?」
「なるほど、打てるものだ。なんてことはなく、ここでもやっていることは野球だな」
お前らの会話はおかしい。
皆がその思いを深めていると、金属バットの快音が鳴った。
観客の怒濤の如き声援にも動じずにダイヤモンドを一周してきた相棒とタッチして、智巳は『いつも』を貫き通す。
「おっ、凡退か」
「ソロだよ」
「平然と嘘をつくなよ、お前」
「いや、マジだって。俺は劇的な場面で美味しい部分掻っ攫うのが好きだからさ」
智巳が打ったのは、レフトよりのバックスクリーン。
結城が打ったのは、ライトよりのバックスクリーン。
御幸が打ったのは、バックスクリーンど真ん中へのソロ。
ここまで来たら打とうと思って振った球がドンピシャに読みが当たっており、御幸は打てた。
バックスクリーン三連発。阪神ファンは大喜び、喜んだ阪神ファンが応援に来る、そのぶん士気が上がって楽になる。
「これで地元のファンを盗れる。応援が大きくなる。そしてそのぶん楽になるぜ」
「お前、そこまで考えて打てるってのは、ある意味才能だよ」
来た球を打ったらホームランでした、打てるなと思って打ったらホームランでした、と供述する3番と4番と違い、いくらか理性的ではある。
六番の増子がヒットを打つも打てない投手の丹波がアウトになり、チェンジ。
「さあ丹波さん、相手は動揺してますよ。ここをピシャッと抑えて完全に殺しときましょう」
「お、おう」
凄まじいストレートな表現に、甲子園で初めて投げる栄誉を授かった丹波は頷く。
実は昨夜、彼は智巳に『いいのか』と訊いていた。
才能の差とか、価値観の差とか、劣等感とか。
そんなものを抱えながらも、何だかんだ言って丹波はこの年下のエースを尊重している。
おそらくこのエースが居なければ、甲子園には行けていない。
ならば甲子園初先発という栄誉はこのエースにこそ与えるべきではないかと思ったのだ。
自分もその栄誉は欲しかったが、尊重すべきはエースだろう。
しかし、エースは言った。
そんなくだらないことはどうでもいいので、勝ってくださいと。
やはり価値観が合わないが、勝たなければならない。
奮起した丹波は、普通に強い。一発病こそあるものの、強豪校のエース格である。
彼は、完全に打ち砕かれた舘広美を攻略してかかった打線の12点の援護を守りきり、甲子園初先発を9回3失点で飾った。
片岡鉄心は、エースで四番の舘広美こそが投打の要だと知っている。だから早めに攻略することこそ急務だと考えていた。
クリーンナップに対大阪桐生戦での打撃結果が良かった三人を配置したのは、その為である。
この三人は見事に期待に応えた。
斉藤智巳、『本塁打、二塁打、四球、四球、四球、併殺』。
結城哲也、『本塁打、二塁打、二塁打、四球、三振、四球』。
御幸一也、『本塁打、単打、四球、三振、三振、二塁打』。
クリーンナップで7打点。驚異的な打線の強さを、この時青道は証明した。