瞬間最大風速   作:ROUTE

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恐ろしい十六歳

「圧倒的ではないか、チーフは!」

 

沢村の言う通り、16人目でセーフティバントを試みるもフォークで空振りさせ、19人目の秋葉がバットに当て、ピッチャーへのフライ。

 

しかもこの男、落下点に入るのではなく横から掻っ攫うようにしてボールを掴んだ。

 

相変わらず、ええかっこしぃな奴である。

 

(お前、ほんとにええかっこしぃだよな)

 

(まあな)

 

はじめてバットに当てた秋葉に、場内から盛大な拍手が送られる。

あと、無駄しかないけど見た目だけはかっこいい捕り方をした智巳にも声援が送られる。

 

(智さん、轟っすよ)

 

(三下)

 

(まあまあ、キッチリ抑えようぜ)

 

(最初からそう言いたまえ)

 

返球を受け取る必要はない。

サインを確認して、ワインドアップモーションへ。

 

最初は、ストレート。

 

もう完全に認識したのか、ほぼ振りが速かっただけのジャストミート。

 

大きく左に切れて、ファール。

 

「楽しい……楽しい……カハハハハハハ!もっと打ちてぇ!」

 

格下を打ってきた轟にとって、はじめて迎える格上。

 

マウンドでの姿が巨大に見える。

マウンドからバッターボックスの距離が目と鼻の先に見える。

 

それほどの圧力、威圧感。

 

(すげぇ、すげぇよこいつ……こんなピッチャーがまだ全国にはいっぱい居るんだ……!)

 

もっと、もっと、打ちたい。

勝ち進んで、勝ち進んで、その先にある強敵を。

 

自分のバットで勝負を挑んで、楽しい勝負がしたい。

 

格下ではない。

ライバルでもない。

 

超えたい壁が、目の前にある。

 

「ビュッて来て、グーン!こうか!こう!」

 

素振りをして、再び構える。

智巳と同じ、勘で振ってるタイプ。

いや、この場合は感覚の感か。

 

(こういう奴、来た球を打つから面倒くさいんだよなぁ)

 

智巳と川上との一打席勝負、降谷との一打席勝負。その度にリードを担当したが、智巳は勘で来た球を打つからたいてい当たれば長打になった。

 

敬遠してぇな、と言うのが本音である。

 

結局少し迷って、御幸は高速フォークを要求した。

 

「―――ッ!」

 

ガン、と。

異様な音が鳴って、打球が大きく右に切れた。

 

151キロ。これ以上ない球。

 

「速ぇェ!ギュッて来て、トーン、か!ギュッて来て、スカッじゃなくて、トーン!」

 

謎言語である。

少なくとも感覚で野球をやっていない御幸にはわからない言葉。

 

「タイムお願いします」

 

珍しく智巳がタイムを求めるように要求した為、御幸にはタイムを求めてマウンドに駆け寄った。

 

「どうした?」

 

「多分、次打たれるよ」

 

平然と、智巳は言った。このプライドの高い男が。

 

このエースは、自分と味方を投球と闘志で鼓舞して理性的に熱くなる。

が、急に窮地で投手の本能が理性を冷ますことがかなり多いのだ。

有り体に言えば、ヤバイと思った時に冷静になれる。

 

熱い自分を客観視して、冷やす術を知っているのだ。

 

「もうあの快速球は投げられないし、フォークはタイミング合わせられたし、カーブなんか投げようもんならポーンよ」

 

「スライダーは?」

 

「見せるわけ無いだろ。稲実を倒す為の秘蔵の剣なんだから」

 

正論である。

練習試合では使ったが、あそこはOBとスカウトしか来ていなかったからノーカン。外部流出はされていない。

 

「でも、打たれるわけにもいかんだろ」

 

「どうすんだ?」

 

「使えよ。スライダー。チームの核に打たれるくらいなら、次の奴に打たれたほうがお前らしい」

 

「ふーん……まあ、お前が言うならいいけど」

 

高速スライダーは、実際見せても構わない。

何故なら、打たれないから。そして何よりも、フォーク・ストレート・スライダーの150キロ超えの決め球の三択を強いることができるから。

 

読まれても打たれる可能性は極めて低いし、読まれない配球はつくれている。

 

「三球ストレートで外して、出力5な」

 

「捕れるのか?」

 

「捕るさ」

 

ホームベースに戻り、構える。

轟雷市は左打者。背中を通すのではなく、バットに当てるつもりで投げろ。

 

その意図を読み取って頷き、御幸はおおきく外に外して構えた。

 

『完全試合中なのに、敬遠ですかね』

 

『決め球のフォークに当てられたのだから、万が一を避けたんでしょうか。ああ見えて割りとクレバーなところがあるピッチャーですから、おかしくはありませんが』

 

『ですが、残念ですね。どうせなら完全試合もして欲しかった、というのが正直な観客の気持ちでしょう』

 

実況の言ったとおり、観客は勝負を望んでいた。

怪物スラッガーは、ここまで怪物に完全に抑え込まれている。しかも被安打0、四死球0のパーフェクトピッチング。

 

勝負を見たい。確実に、この二人は怪物なのだから。

 

『ツースリー。フルカウントです』

 

『御幸くんはまた外へ構えました』

 

だが、ワインドアップモーションに入ると同時にミットが横にスライドする。

少し内側。ストライクゾーンギリギリいっぱい。

 

暴投か、サインミスか。

 

投げられた球が嘗て御幸のミットが構えられた場所へ向かう。

150キロ近い。御幸と言えども咄嗟に手を伸ばして捕るのは難しいが、やらないよりはマシ。

 

そう思う観客や解説の期待を裏切って、御幸は動かない。

ストライクゾーンギリギリから、動かない。

 

ホームベースに差し掛かり、突然そのストレートは動いた。

ピンポン玉の様に、減速すらせずに真横に加速しながら一瞬で滑る。

 

152。

 

バックネット裏、少し談笑していたスカウト八人の持ったスピードガンがそれぞれその速度を告げ、観客が静まり返り、実況も解説も何も言わない無音の時間。

 

エースの咆哮が、その時間を破った。

 

「ス、ストライク、バッターアウト!」

 

球審が告げ、途端に観客が沸く。

グラウンドが沸く。

全てが、未知のボールへの賞賛を送っていた。

 

『今のは……何なんでしょうか?』

 

『高速スライダーでしょうか。市大三校の真中くん、天久くんなどが使っている、球速のあるスライダーですが……曲がり方が違いますね』

 

それはない。一緒にしないでいただきたい。

 

そう言うかのように智巳はこの後しっかり三島を三振に切って取る。

 

「ナイスボール」

 

「あれを使えば鎧袖一触。当たり前のことだ」

 

ベンチへ帰っても、まだ完全試合中。

片岡監督が少し言い難そうにしているのを見て、智巳は自分から声をかけた。

 

「8回からレフトに行っていいですか?」

 

「ああ。完全試合中の上に一試合最多奪三振の記録にも挑戦中だが―――」

 

「これくらい、何なら次の登板でもやれますよ。個人の競技じゃないんですから、記録は別にどうでもいいです」

 

「……そうか。すまない」

 

「いえ、そもそも俺が連投できないのが原因ですし、気にしないでください」

 

一年生二人と前に投げた丹波、川上しか居なくなるのは怖い。

邪魔になる打撃力ではないから、一応レフトに回して雲行きが怪しくなったらリリーフで再登板させる。

 

その為の守備交代だった。

 

「8回からは降谷、お前が投げろ」

 

「……はい」

 

メラメラと闘志を燃やし、降谷暁はオーラを放つ。

エースを目指しているのは、沢村と変わらない。

 

沢村に先を行かれて、智巳の背は見えないが、追うことに迷いはない。

 

「相手はバテてきている。次を勝つ為に、ここで取れるだけ点を取ってこい!」

 

ナイン全員が、応、と返事を返す。

 

真田俊平の弱点は単純なスタミナ不足と怪我によるスタミナ不足。

 

真田俊平、7回まで128球。

斉藤智巳、7回まで82球。

 

7回まで球数を投げさせることに徹した青道高校が、ここで一転攻勢に出た。

 

先頭打者の斉藤が内外野を棒立ちにするほどの飛距離と弾道でホームランをバックスクリーンに叩き込み、八番白洲が三振で、九番降谷がヒットで一塁。

一番倉持が守備の粗さを狙ってバントを決め、小湊亮介が右打ちで進塁、結城哲也が伊佐敷の四球を挟んでタイムリー。

 

そして、御幸のフライでチェンジ。

 

2点追加し、6対0。

コールドには届かなかったが、敵のイケイケムードを冷やすに相応しい猛攻と言っていい。

 

『青道高校、選手の交代をお知らせいたします。レフトの降谷くんに代わり、斉藤智くん。ピッチャー、降谷くん』

 

次の打席は、増子から。次は斉藤だから、打てる奴をベンチに下げる意味もない。

 

大江戸シニア時代、味方からムエンゴやエラーに苦しんだこの男は、ホームランや一打サヨナラの場面に異様に強い。

 

と言うか、ホームランでサヨナラの場面はともかく、一打サヨナラの場面は逃したのを御幸は見たことがない。

次はサヨナラの場面である。たぶん沢村に場数を踏ませるために打たないだろうが、どうなのだろうか。

 

「降谷、低めに集めていくぞ。今回は縦スラ封印、稲実でのもしもの時の逃げ切りの為に手札を隠しておく」

 

「……わかりました」

 

打者に大きく見える程の圧力を持つストレートは、降谷暁のみが持つ独自の球。

 

沢村は徐々に加速していくようなストレート、智巳は手元で目から上に消えるようにホップしながら加速するストレート。

 

力で圧す降谷には降谷らしい、癖球を活かす沢村には沢村らしい、とにかく三振を積み上げる智巳には智巳らしいストレートを。

 

口で言うならば同じだが、投手によって投げる球は違う。

この回の先頭打者は、真田。既に疲労困憊の薬師のエース。

 

本来ならば強打者だが、下半身への疲労が原因でスイングが崩れていた。

 

外野前進でポテン封じ、三振狙いではなく打たせて取る。

 

ゴォォォッと唸りを上げて、重い球がミットに収まった。

 

(三者三様……)

 

巌のような降谷の球。

風を切る羽のような沢村の球。

気づけばミットにある、無音の智巳の球。

 

(この違いを楽しめるのが、捕手のいいところだよなぁ……)

 

ナイスボールと言って、投げ返す。

 

低めに決まって、球威もある。全力の球威には劣るが、低めに集められるということは高めでいくら球威があっても変え難い魅力がある。

 

(次も、低め。細かいことは言わないから、ちゃんと高低守って決めてこい)

 

沈む様に突き刺さる剛球に、真田のバットが空を切る。

 

(最後のコースは高めでいい。思いっきり腕降って投げ込んでこいよ?)

 

ポーカーフェイスだが、燃えるようなオーラあってわかりやすい。

 

本気で来る。

 

それがわかり、真田も疲れた身体を奮い立たせた。

どのみちここで誰かが打たなければ、轟雷市には回らない。

 

ならば、その誰かには自分がなる。

そもそも、ここまで点差を広げられたのは自分が打たれたからなのだから。

 

だから、真田は懸命にバットを振った。

しかし、相手も怪物の卵。如何にストレートに強い真田と言えども、疲労があっては打てはしない。

 

『152キロ、空振り三振!』

 

『青道高校はやっと、今年になっていい投手が出てきましたね。彼の存在と、何より守護神の沢村くんの存在は大きいですよ』

 

守護神、公式戦・練習試合含めて18登板、18イニングス無失点。四死球2、被安打3、自責点0、失点も0。無論、防御率は0.00。

 

念願の点を取られない、終盤の得点調節のスコアラーではない抑えのスペシャリスト、守護神である。

 

その後、真田さえ抑えられれば降谷に対しての対策が情報量の関係上不充分な薬師打線が捉えられるわけもなく、あっさり二個の四球を挟んで五者凡退。

 

青道打線も増子・智巳がヒットを打ったところで二番手投手にスイッチした薬師を攻めきれず、サヨナラはならず。

 

九回表、青道は守護神をマウンドに送る。




今回のシナリオ……恐ろしい十六歳

ダークホースとして快進撃を続ける薬師高校に、『恐ろしい十六歳』が立ちはだかった。
先発全員、毎回に圧巻の連続18奪三振を奪われ、打者はバットにすら掠りもしない。
この回やっと一番秋葉がバットに当て、フライを打ち上げて連続奪三振記録を止めるもワンアウト。
打席には、二番轟。
これまで幾度となくチームを救ってきた打率7割、5本塁打のスラッガーの一撃を号砲は、はたして未だ高校通算被本塁打0の斉藤を打ち崩すことができるのか?

青道ナイン→全員絶好調
薬師ナイン→全員絶不調(初回からならば好調)

史実:轟三振、三島三振で抑えられ、無四球無安打20奪三振で降板。降谷→沢村で逃げ切る
クリア条件:轟でホームランを打ち、その後逆転する

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