瞬間最大風速 作:ROUTE
(こいつも大概怪物だからなぁ)
打席とマウンドに怪物が居る。
ホームベースにも、壁を超えてその怪物を完全に補佐できるようになった守備の怪物が居るわけだが。
(智、アウトロー)
(決め球は?)
(インロー。少し球威頼みになるけど、少し無理して三球で切ろう)
(わかった)
こいつらエスパーかなんかかと言うレベルで正確な意思疎通を終えて、智巳はアウトローにストレートを投げ込んだ。
轟雷市は、フルスイング。
ストレートの下を振って、ワンストライク。
『ストライク。思ったよりは速くありません。今のが135キロです』
『どうにも球速が安定しませんね。見たところは、145くらいあってもおかしくないくらいの見た目なんですが』
轟雷市は、振ってくるタイプの打者。悪球もヒットにする技術と腕力がある。
(真ん中。外側に少し外せ)
(三球で決めるってのは?)
(こいつ、どうせ振ってくるよ。若干コース自体は甘めだけど、お前の球威なら持ってかれないだろ)
(あっそ)
振ろうが振るまいが、打ち取れば全く問題なし。
二球目は、144キロストレート。
これを、轟雷市は空振った。
下を振ったと言うより、振り遅れた。約10キロ上がったのだから当然と言うべきだろう。
しかし、下は振っていない。
「すげぇ、すげぇ……!もっとゴーッと、もっと速くしなきゃ追いつかない!」
(二球目で確実に、しかも平然と誤差を減らすのやめてくれよな……普通の打者なら二巡目からなのに)
無邪気に勝負を楽しむ轟とは違い、そのままの球速であったならばアジャストされそうになった御幸は少し溜め息をつきそうになった。
返球し、インローに構える。
投球モーションが若干遅め(沢村・降谷が速いのもあるが)だから、テンポよく投げさせるにはさっさと構えてやるしかない。
(インロー、全力で)
(さっきのよりも?)
(球速も含めて、全力だ)
秋葉を三振にした時の145キロの球と、轟に向けて投げた二球目の144キロは、最早全く違う球と言っていいほどノビが異なる。
元々手元で生き物のようにホップしていたのが、消えるように加速するようになった。
少なくとも、体感的には。
怪物と呼ばれた江川卓の球は、160キロは出ていたと言われる。
無論、そんな球速は出ていなかったろう。しかし、体感でそう感じたのもまた事実。
ストレートは球速ではなく、ノビとキレ。
その点で、この新たな怪物のストレートは見劣りしない。
カーブはかなり見劣りするが、ストレートは互角だろう。
コンマ一秒を削り出して、なおかつしっかりと本気で腕を振り抜く。
135から、144。
144から、153。
合わせられない球速の変化ではない。数字にすれば同じ9キロで、しかも打者は打の怪物。
しかし、この男にもコンマ数秒を切り出した153キロの球は消えたように見えた。
『153キロ、見逃し三振!』
『あれが153ですか……』
御幸の構えたミットが、大きく鳴る。
どれだけキレていたか、どれだけ重かったか。
その音だけで、それとわかる。
「カ、カハハハハ……」
手も足も出ない、見逃し三振。
打者としての敗北を喫したのにもかかわらず、轟雷市は心底楽しそうに笑う。
あんな球は想像したことがない。
あんな球は、見たことがない。
―――打ってみたい。
「もっと、もっと、もっと、打ちたい!」
「……元気だなぁ、おい」
快速球。
名前をつけるならそんなところだろう。
そう思いながら、轟監督は息子の楽しげな様子を見て少し笑った。
(にしてもあの球を地味ーにストライクゾーン誤魔化しながら受けるキャッチャーもやべぇな)
相手エースの斉藤のコントロールはいい方だが、ここぞという時にだけコマンドに叩き込む能力に優れているだけで、本来はそれ程でもない。
外角高め、中央、低め。
内角高め、中央、低め。
真ん中高め、中央、低め。
この区分の中で、見たところ際どいところから甘いところに散らばる。
決めに来る球はコマンドに決まる。つまり、外角高めの若干内角より、高さは少し抑えめ、と言うような要求に答えられるのだ。
戦車の『ここらへんの座標』と言うようなガバガバ砲撃が、突然『ここ居る人間の頭』と言うようなピンポイント狙撃になる。
戦車のガバガバ砲撃がボール気味になれば少しストライクゾーンに戻し、狙撃は不動で受け止めるイケ捕も大概凄い。
キレが凄まじいストレート、空振りの取れる決め球・高速フォーク、緩急の取れるスローカーブとチェンジアップ。
スライダーは投げられなくなったらしいが、スライダーがあればそれなりに組み立てが複雑化していたしていただろうことを考えれば、なくて良かったと、轟監督は思う。
『空振り三振ッ!三島くん、全く当たりません!』
三島は最後にはあの快速球が来るとヤマを張って振ったものの、あまり投げられない快速球をここで投げるはずも無く、普通にアウトローのストレートで空振り三振。
一番から三番に繰り上げしたクリーンナップがストレート11球で三者連続三振に切って取られ、攻守交代。
『宣言通りの全球ストレート勝負で三者連続三振に切って取りました。先ずはエースの斉藤智くん、立ち上がりをゼロに抑えています』
「相変わらず完璧な立ち上がりだことで」
「やばいっすね」
苦々しい顔をした監督に、同じ学年の投手の凄まじさに闘争心が刺激される真田。
青道高校は『絶対的エースと止まらない打線』のチーム。
止まらない打線を止めるのが、真田俊平の役目だった。
「頼むぜ、エース」
「なんとかやってきますよ、監督」
真田は、綺麗に整えられたマウンドに上がった。
ロジンバックはプレートの横に添えられており、スパイクで削られたマウンドはならされている。
(一番は倉持洋一、塁に出せば厄介だけど―――)
真田俊平のピッチングは攻めの姿勢。インコースでゴロを連発させる、グラウンドボールピッチャー。
倉持もそれを知っているだけに、そう軽々とバットを振らない。
カウントツーツー、四球目にまで追い込まれて、やっとシュートでゴロを打たせた。
二番小湊は、『すぐ点を取ろう』とは思っていない。
監督も、思っていない。
片岡鉄心は、言った。
青道のエースは、敵の打線を完全に抑えられる。
ならばこちらは、相手エースに常にプレッシャーを掛け続ける。まだなれない先発のマウンド、完投への意識。スタミナへの不安。付き纏うこの不安を、粘りによって加速させるのだと。
いつものように、無理する必要がない。
―――勝負は、二巡目からだ
(でもそれは、凡退していいってわけじゃない)
8球目の甘く来たシュートを捌き、出塁。
しかし伊佐敷がシュートを引っ掛けてゲッツーで、チェンジ。
三人の打者相手に計18球。
一回の攻撃を、真田は凌いだ。
「ナイスピー真田!」
「俺達も絶対援護するからな!」
この回は、四番真田からの好打順。
五番六番も、よく鍛えられた中々の打者。
しかし。
『この回10球でまたも三者連続三振!これまで全て直球勝負です!』
『今まで片岡監督はこのエースを投げさせなかったわけですが、それがここに来ての圧倒に繋がっていますね。ここまで全球ストレートなのに、ボールに掠らせても居ませんから、余程キレているんでしょう』
三者凡退の一瞬で、攻撃が終わる。
相手にならないとばかりに、手を抜いたストレートで。
本気を出すのは、秋葉・轟。他は手抜き。
清々しい程に、あと七人を眼中に入れていない。
真田は結城にツーベースを喰らうも、御幸を結城に進塁打にとどめてファーストゴロに、増子をキャッチャーフライに抑えた。
そして七番は、斉藤智巳。
内角攻めに全く怯まず、むしろ向かっていって木製バットを振り抜いた。
ミートされた白球は、セカンドの頭を越えてライトの前へ。
『シュート打ったぁ!セカンド後方、ライトの前!三塁ランナーホームイン!』
『貴重な、そして重い1点が入りましたね』
その後白洲を詰まらせてセカンドゴロでスリーアウト。
打順は、下位から。
「あいつは、力を配分するタイプのピッチャーだ。下位だからこそ、チャンスがある。自分のスイングを忘れんなよ!」
「「「はいっ!」」」
キャッチャー渡辺、ショート小林、センター大田。
一番秋葉を含め、この四人が本来の上位打線の役目を担っている。
が。
『掠りもしません!立ち上がりから圧巻の九者連続三振ッ!』
かかった球数、12球。
球種、ストレート、チェンジアップのみ。
33球で、一巡目が終わった。
元祖怪物の江川。
彼の残した10者連続奪三振まで、あと一人。