瞬間最大風速 作:ROUTE
「いやぁ、三回で二失点もしてしまいました。強いですね、彼等」
伊佐敷のファインプレーでやっと抑えた。
その感じが強い。
だから、敢えて笑った。
しんどいと言う感情は、エースには相応しくない。
「これからもガンガン取られると思うんで、よろしくお願いしますね」
「何人でも刺し殺してやらァ」
「二遊間に転がせばカウント一つ取ってあげるよ。ねぇ?」
「ぜってぇ捕ってやるよ。俺はショートだからな」
伊佐敷純、小湊亮介、倉持洋介。
これから打席に立つのは、小湊亮介。
「あの笑顔をいじめてあげないと、少し辛いかな?」
「そうですね。あの人、尻上がりに良くなっていくタイプだと思うんで、今のうちにお願いします」
「いいよ。可愛い後輩の頼み事くらい、叶えてあげなきゃ先輩じゃないしね」
飄々と。
「それに、甲子園で当たる時に死ぬほど思い出してもらわなきゃ」
そして黒く。小柄ながら頼もしい先輩が、打席に立った。
一球目、見逃してボール。
二球目、三塁線鋭く切れてファール。
三球目、一塁線切れて、ファール。
四球目、ストライクゾーンからボールになるスライダーを平然と見逃す。ボール。
五球目、三塁線にフライを打ち、フェンスにあたってファール。
六球目、またも平然と見逃す。ボール。
七球目、セーフティの構えで乱してボール。
「歩かせてくれてありがとね」
次のバッターは、伊佐敷純。
打って変わった初球叩きで右方向にポテンヒット。
ランナー、一三塁。
「俺は守備では悪送球を処理することくらいしかしていないが、ウチのチームは困ったことに悪送球がない。だから、四番の仕事でエースの勝利に貢献しよう」
内側に鋭く切れ込んだスライダーは、右方向のフェンスを超えた。
スリーランホームラン。
舘広美、鬼門の三回までで7失点。
「2失点、3得点。プラス1点の得だ。気にするな」
「本当に頼りになりますね、哲さん」
「エースに頼られない四番にはなりたくはない。好きなだけ頼れ」
五番御幸が舘の動揺を付いてヒット、増子も続き、打席には今日併殺打を打っている智巳。
(ここで切るんや、舘。内野ゴロゲッツーからの八番切りでチェンジ、そしたらウチの攻撃やで!)
深呼吸をして、智巳は打席に立った。
援護、好守、好捕。
そして、御幸が珍しくチャンスを作った。
ここで打つ。攻めの流れを止めたくはない。
「よろしくどうぞ」
ヘルメットをとって挨拶し、構える。
シニアの時の神主気味のフォームと、今までの自然体のフォーム。
それが綺麗に融合している。
体力がないから、見栄が消えている。かっこよさではなく、打てるフォームに集束していた。
(ガルベスとかムーアとか桑田とか、打撃力のある投手って言うより、こいつの構えまんま野手やんか)
一切の見栄えと力感の抜けた強打者のそれである。
手首と股関節の柔らかさを活かした、柔軟な神主気味のフォーム。
木製バットを松明でも掲げるように両手で持ち、投手から目を離してバットのみを見つめる。
一秒か二秒で、それは終わった。
集中力を高める為の、自然な動作。
打ち込んだ打撃は投手に転向してから無駄になったと思ったが、案外そうではないらしい。
スラッとしなやかに、打席に根を張ったように立っている。
投じた一球目を、見た。
ノビのあるストレート。見るからに重たそうだが、動揺からか僅かに甘い。
「あ」
誰かが呟くのと、バットが宙を舞って縦回転するのは同時だった。
守っているポジションに喧嘩を売るようなアーチから、芸術的なバット投げ。
ニヤリと笑いながら、悠々と左打席へ歩き出す。
手首が天然物の柔らかさだから、打球が伸びるのは逆方向が多い。
スカウト陣がそう論評するのを裏付けるようなバッティング。
「力が抜けた、完璧なスイングだ」
「ありがとうございます、哲さん」
「俺も敗けてはいられんな」
なお、この後舘は八番九番にヒットを許すも続く上位打線を三人切ってチェンジ。
現在10対2。青道高校、8点まで差を広げる。
「ウチの打線は最強じゃないか、御幸」
「相手も疲れてるんだから本番はこうもうまくはいかないだろ。お前が抑えてるのも運みたいなもんだし」
「完全体なら運に頼らずに抑えられるぞ、俺は」
「それは知ってる。けどまあ、慎重に行こうぜ」
そろそろ化けの皮が剥がれてくる頃なのだ。
二巡目には入っているし、前の回を見ればわかる通り、いつもあのストレートが投げられるわけではない。
「まずワンストライクな」
と言ったが、智巳は制球が定まらない。
二者連続でフォアボールを出し、何やかんやでこの回3失点。自分が作った貯金をゲロってしまった形になる。
「完全体なら……完全体ならば……完全体になれていたら……」
「見せたらバレるだろ」
そんな会話もあり、四回の裏。鬼門の三回までを超えた大阪桐生・舘もエンジンがかかり始める。
先頭バッターの四番結城、七番智巳がストレート散歩したものの、それ以外を抑えて無失点。
四球、本塁打、四球。三振のないアダム・ダンと化しつつある結城哲也の成績が異次元に到達しつつあり、智巳は併殺、本塁打、四球と極めてらしい成績。
御幸は得点圏にランナーが居ないのに打つという緊急事態が発生したものの、それなりにらしい成績。
尻上がりに良くなっていく舘は、五回・六回・七回と、ランナーを出すも失点を許さない好投。
智巳は無失点、1失点、1失点と、コンスタントに失う。
足腰の疲労がピークに達したのか、八回には4失点して負け越すも、裏の攻撃で熱い援護を受けてあっさり逆転。
九回表はようやく慣れた智巳が無失点……と思いきや、2失点でまた逆転される。
裏の攻撃で御幸のスリーランが発射され、壮絶な打撃戦は終わった。
両軍合わせて27安打、7四球、6本塁打の熱闘であった。
15対13。九回、129球、7奪三振、13失点完投勝利。謎の記録と、『疲労した智巳は弱い』と言う事実が浮き彫りになった試合だった。
殆どストレートを投げていたから肩肘は楽だったが、疲れた。
そして連投させろとうるさかったOBも校長も、やっとわかった。
これは無理だ、と。
片岡鉄心は今年甲子園に行けなければ辞任する腹なだけに、後にこのエースが連投させられないか心配だった。
だから、割りと端的にやったらどうなるかを、選手生命にかからないところを程々に酷使してわからせる必要があったのである。
このエースのヤバイところは肩と肘なので、変化球(特にフォークとスライダー)をこの試合で投げさせなければあまり問題はない。
あまり休めない時の力配分を学ばせ、連投を牽制する。一石二鳥と言うべきだろう。
「斉藤、本当によく投げた」
「いやまあ、それほど疲れてはいませんよ」
「明日は観戦だけでいい。休め」
「え、レフト―――」
「休め。これもエースの仕事だ」
と言うことで、次の日。
智巳はベンチに幽閉され、レフトには門田が入った。
その結果、残塁が飛躍的に増える。
二日目も大阪桐生とやったのだが、相手先発の前川は舘以下の投手なのにも関わらず、点が入らなかった。
理由としては、レフトにアレ(併殺ロボ)が居ないと青道の打線らしい打線は六番でぶった切れるから、だろう。
結城との勝負が避けられると五番御幸が打つ。でもこの男は得点圏にランナーが居ないと打たないので、かなり自動アウトになる。
増子も三振とフライが多いタイプの典型的なパワーヒッター。繋ぎのバッティングと言うよりは、一発攻勢。
で、この面々の更に後ろに併殺ロボが控えていると、一番から五番までは繋がりが、四番から七番までは一発が怖いと言う凶悪な打線が完成する。
しかし、レフトが守備の人になるとちょっとくらい怖くても繋がらなくなるのだ。
そして何より、智巳の目に見えない謎の力(勝ち運)が打線の繋がりを良くしているから、割りと点が取れなくなる。
結果、丹波は七回まで五失点と昨日のアレ(十三失点)よりはるかにマシな好投を見せるも、打線が沈黙して四点しかとれず、敗北。
サイドスロー川上は午後から中堅の修北高校と対戦。七回一失点でマウンドを降りて、あとは降谷沢村がパーフェクトリリーフ。
まともに試合を作ったのが川上だけ、まともに勝ったのも川上だけ。
先発川上いけるやん!と言う期待をOBが持って、合宿は終わった。
大阪桐生と修北のレベル差には、触れないのが優しさである。