瞬間最大風速   作:ROUTE

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師弟の絆

「さあ投球だ」

 

「打撃の楽しさとやらはどこへ?」

 

「知らぬ」

 

丹波は結局、あのあと崩れることなく八番白洲を打ち取った。

初回の5失点。いい投球ではないが、リードミスで2点、事故ムランで3点。

 

内容だけ見れば制球が定まり、ピンチに強く、粘り強くなっていた。

 

(丹波さんの成長が最大の補強だからな……マジで嬉しい)

 

目の前の怪物は魔人に進化したわけだが、正直別にそれはいい。

進化する前の怪物のままでも、充分勝てたわけだし。

 

四番五番六番、無慈悲な三者連続三振。かかった球数は12球。

 

(今、五番から露骨に手を抜いてたなこいつ……)

 

もう癖はどうしようもないのかしら、と思いながら御幸は智巳の胸を軽く小突く。

 

手を抜くな、と言う戒めである。流石に先輩相手に手を抜いて投げ、三振させたことを直接言うわけにもいかない。

 

「誤解です」

 

「敬語使ってる時点でなぁ……」

 

「いやでも、ほら、三振させたじゃないですか御幸さん」

 

力配分。

立ち上がりが遅い(丹波・降谷)、一発病(丹波)や四球癖(降谷)、乱調癖(降谷)、球質の軽さ(沢村)よりはマシだが、もはや代名詞レベルな手抜きっぷり。

 

ものすごい手を抜いてもあっさり抑えるのが凄いのかと、ここまで来るとそう思う。

 

本人曰く、別に手を抜いてるわけではなく、平均で投げていないだけなのだ。

 

ピンチに本気を超えた本気を出す。

 

だが、平均値で投げていればその切り替えのためのエネルギーが足りない。

 

でも、エネルギーの温存の為に打たれるのは馬鹿らしいし、本末転倒。

 

なら、安牌で力をセーブしてピンチで本気を出そう。

 

このような思考回路である。

相手を見下ろし切っているからできることだと、御幸は思う。

 

「見下ろすのはいいけど、見下すな。いくら全力出さずに勝てるってわかってても、な」

 

「わかってはいる」

 

釘を刺して、御幸は更に一言付け加えた。

 

「完全試合、やるんじゃないのか。ならランナー背負うことなんかねぇだろ。

―――ま、やる自信ないなら手加減すればいいよ」

 

悪そうに笑って肩をすくめる相棒に、まんまと煽られたエースは鼻で笑いながら胸を張る。

 

「一人も走者は出さん。俺はできることしか約束しないんだ」

 

「約束に追いまくられてるくせによく言うね、お前」

 

ぐっ、と詰まったエースを見て、御幸はちょっと目を逸らしながら悟った。

 

(と言うかそんなこと言うってことはまた何か言ってきたんだろうな)

 

図星である。

 

でもそれはいつものことなのでさして問題はない。

 

全国制覇しますと言って日本一になり、好きな投手のように国際大会で一度も負ける気はないですと言って世界一になった男であるし。

 

リトル・シニアでは無敗、全国制覇しかしたことはない。

 

三回国際大会に出て、六戦して無敗。自責点は3。味方の期待を一身に受け、アメリカ相手にノーノーしてアウェーでの大ブーイングの中、不敵に笑って帽子を取り一礼して、黙らせた男。

 

(その所為で向こうのスカウトが時々来てるけど……)

 

斉藤智巳、そんなことには気づかない。あー、クリス先輩の父さんの知り合いかなーと思っているくらい。

まあ、あながち間違いではないけれども。

 

とにかく、言ったことをやれるだけの実力と意志はある。

 

とか言っている間に、下位打線プラス倉持がやられていた。

 

「七八九、次の回から代打攻勢来るけど本気でいけよ」

 

「お前も遠慮なくサインを出せ」

 

煽られた結果とは言え、ギアを入れ替えた智巳を打てる程、青道の一軍半は強くない。

 

一球も掠らせずに、三回の守りを終えた。圧巻である。

 

三回裏の攻撃。二番小湊兄から。

 

(覚醒したのか、いつもの確変か)

 

度々、いけると思えた瞬間があった。だが、それが長続きしないから一年半前にエースの座をぽっと出に奪われ、現在不動のものにされている。

 

(不動を動かせるのかな、光一郎?)

 

表情を崩さずに、打席に立つ。

 

立ち上がりはどうか。先頭から切れるか。ピンチを乗り越えられるか。被本塁打を減らせるか。打たれた後立ち直れるか。四球はどうか。

 

(進歩してるけど、まだまだ課題は多いよ)

 

セカンドの頭を越えて、ライト前。

 

この回の先頭バッター小湊亮介、2の2。

 

大きくリードをとって、一塁線に居る。

 

(牽制は、盗塁の警戒は?エンドランもあるよ、光一郎)

 

牽制球が投げられ、戻る。

打席には伊佐敷が入っている。

 

(盗塁はなし。エンドラン)

 

(わーってる)

 

サインを交換して、仕掛けた。

 

ボテボテの当たりだが、進塁には充分。これでワンアウト二塁。

 

チャンスで、結城哲也。

 

「来い、丹波」

 

「行くぞ、哲」

 

三球目の甘く入ったカーブを捉え、フェンス直撃のツーベース。

 

一発ではなく、走塁と単打と長打を絡めた集中砲火。

打ち出したら止まらない打線と形容されるのもわかる強さ。

 

五番は、御幸。

小湊が生還し、ランナーは二塁。ここが切り時ではあるが、どう止めるか。

 

御幸は、三振。

 

増子は、レフト前ヒット。

 

そしてここで、今日事故ムランを喰らっている斉藤。

 

ツーアウト一三塁。ワンアウトの前回とは微妙に違うが、怖い事は怖い。

 

(最大の関門・春市をどう打ち取ろうか)

 

初球は、ストレート。見送り。

 

(あいつミート力があるから打たせて取るのは怖い)

 

二球目、カーブ。ボール。

 

(やっぱりフォークかスライダーで空振り三振。これがベスト)

 

三球目、ストレート。

 

(アウトローのフォーク、いけるかもしれない)

 

四球目に投げられた遅いカーブは、ほぼ初見。

体勢を崩されかけながら、下半身の粘りとリストの強さだけでセンター前へ。

無心で走って、単打。

 

(提案してみよう。御幸が何を考えているかはともかくとして)

 

塁上のこの男はまるで関係のないことを考えているが、状況は掴んでいる。

 

ツーアウト一二塁。

白洲が抑えられてここは丹波に軍配が上がった。

 

7対0。スタメンの打撃力の高さが、浮き彫りになってきている。

 

「抑えられるところできっちり抑えられてる感じだな。堅実だ」

 

「あ、投球の国から現世に帰ってきたか」

 

「まあな。あと、春市の時の決め球はアウトローに落ちるフォークにしよう」

 

「おっ、同感。紅組の中でヒットを打ちやすいのは、間違いなくあいつだからな。こっちとしても最大級の警戒をする」

 

意思疎通を終えて、迎えるは一番小湊春市。間違いなく、一番厄介な打者。

 

初球ストレートをギリギリのファールゾーンに運ばれたあたりからも、その厄介さがわかる。

 

(末恐ろしいな)

 

(同意するよ)

 

僅かなジェスチャーでの意思疎通を終えて、共通認識が生まれる。

 

それは、その末は今じゃないと言うこと。

 

高速フォーク、空振り三振。二球目のスローカーブで緩急を付けていた為、全くついて行けていなかった。

 

ここを抑えれば、全く問題はない。

完全に蹴落とされている二、三番を仕留めて、この回も被安打0の四死球0。

 

この回は二回と同じく丹波に抑えられて、チェンジ。

そして、五回の表も智巳は四五六を三振に切って取り、ここまで小湊春市以外全員三振。

 

被本塁打が極めて少なく、奪三振が異様に多いピッチャーの本領発揮であろう。

 

しかし丹波、ここで調子を上げ始める。

三番伊佐敷にヒットを許すも結城を打ち取り、五番御幸で4ー6ー3のゲッツー。

 

代打攻勢を木っ端微塵に打ち砕いた智巳に応ずるように、次の六回の守りでは増子に打たれるも、打撃に対して何も考えないことをやめた七番の男が4ー6ー3のダブルプレーに倒れる。

白洲がツーアウトからのヒットで繋ぐも、降谷四球、倉持三振でピンチを脱出。

 

「大物食いしない代わりに手を抜かないし下位打線からほぼ事故はない。いい投球だよ。リードしがいがありそうだ」

 

「丹波さん凄いな。多分、本来ならもっとできるけど」

 

二人仲良く二回で合わせて二度4ー6ー3を喰らったバッテリーは、この回も四五六番をセカンドゴロ、見逃し三振、空振り三振に仕留めてご満悦で引き返す。

 

まだ完全試合継続中である。

 

「投手交代。東条秀明、マウンドに上がれ」

 

尻上がりに良くなってきた丹波が、六回七失点でマウンドを降りた。

決して良いスコアとは言えないが、成長が見られた投球。

 

次の投手の東条は、逃げなかった。

どこに投げたら打たれるのか、どこに投げたら怯むのか。

 

それを確かめるようにめげずに投げぬき、一回で六失点という『決め球がないこと』の欠点を示すピッチング内容で3つのアウトをとってマウンドを降りる。

 

この回も、智巳は三者連続三振。スライダーこそまだ使えないが、ちょっと相手にならないレベルの実力差がある。

 

次の投手の川上も、東条を燃やし尽くした打線の勢いは止まらない。

 

智巳の威圧感と場の空気、打撃陣の怒涛の攻撃を見ていた川上は蹴落とされており、アウトを一つも取れずに打者一巡の攻撃で八失点でノックアウト。

 

決め球がなく、躱すピッチングしかできない二人が仲良く燃やされたと言うことは、ある程度勝ち進んで対策を立てられればこの二人は戦力として見込めないということに他ならない。

 

そして、ここでマウンドに上がるのは最後の投手。

 

「沢―――」

 

「はいっ!」

 

「マウ―――」

 

「待ってました、ボス!」

 

途中で言葉をぶった切って、軽やかにマウンドに。

この男の心臓には毛が生えているのか。

 

智巳の咆哮と威圧感にあてられて緊張でカチコチだった川上とは偉い違いである。

 

「チーフ!投げ合いですよ!」

 

「そうだな」

 

「負けませんから!」

 

ものすごいポジティブな男・沢村に、御幸はたまらず声を掛けた。

 

「お前さ、お前より確実に技術的には上な二人がノックアウトされたわけだけど、緊張とかないの?」

 

「つまりそれは、ここで上位打線を三者凡退にしたらこの沢村栄純が投手ランキング3位……いや2位になるということでは!?」

 

スーパーポジティブシンキング。

因みに現在の二位は丹波である。

 

こんなポジティブな男に自分より上だと一瞬でも認めさせた丹波はすごい男なのかもしれない。

 

「あー、うん。そうね……」

 

御幸が目を泳がせたが、沢村はお構いなしに前のみを見る。

 

「守備交代。センター山崎に変わり、滝川・クリス・優。宮内に代わり、坂井一郎。クリスが宮内啓介に代わり捕手の守備に、坂井は山崎に代わりセンターへ」

 

その名がコールされた時、御幸の口元が嬉しさと緊張で少し上がった。

 

クリス先輩なら、あのスライダーを止められるのでは。

陰でそう思って、公式戦のベンチ入りメンバーに推薦したのは彼だった。


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