瞬間最大風速   作:ROUTE

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まだ原作四巻くらいです。原作とはかなり変わっていますが、それはまあエースがいる時点でもはや別の高校と言っていいくらいの差なので、勘弁してください。
理由として原作では関東大会一回戦敗けだったけど、この世界線では優勝して地獄の練習試合地獄をしたぶん時間がないのです。

はい、言い訳終わり。


選抜

一夜明けて、御幸以外の野球部員にとっての朝。

 

「智さんが握ってるのって、ハンドグリップですよね。それで握力をまた鍛えてるんですか?」

 

「ああ……いや、これは筋持久力と関節を一指ずつ鍛えられるんだよ。俺はもう握力はいいから、持久力重視だ。疲れると靭帯が痛むらしいし、疲れにくい筋肉を作ってるんだよ」

 

「へー……持久力ですか」

 

朝飯食いながらすることではないし、する会話ではない。

 

「最大筋力を鍛えるより、持久力を鍛えた方がいいんですかね?」

 

「いや、俺の場合も何だかんだで並行して鍛えている。どちらかと言えば最大筋力を鍛えた方がいいんじゃないか?」

 

「なるほど」

 

その後もフォークについて色々と話し、筋トレについても話し、東条は結局どんぶり飯二杯を平らげた。

 

そして最後、『敗けません』と言い残して食堂を去る。

 

智巳は左手でどんぶり飯五杯をさらりと食べて、取り敢えず御幸を起こしに行った。

 

もはや恒例の寝坊を放っておくのも飽きた。朝練に遅刻すると監督が怒るし、怒らせるのはよろしくない。

 

今日は土曜日。授業はない。

 

「眠い」

 

ボーッとしながらも結局四杯食った相棒を連れて、智巳は眼の覚めるようなことを呟いた。

 

「今日は紅白戦だから、スライダー解禁だぞ」

 

「よし、覚醒した。全く問題ないぜ」

 

もはや6月も中旬に差し掛かろうとしている。夏の甲子園予選の抽選会が迫り、そろそろ一軍を決めなければならない。

 

この紅白戦を終える。メンバーを決める。選ばれたメンツだけで夏合宿を行い、練習試合をこなして後は夏の甲子園予選を待つだけ。

 

「にしても、紅白戦って言うと監督もそうとうメンバーの選抜に悩んでるっぽいな。今年の一年は豊作だから仕方ないけど」

 

「先輩たちと、特に俺たちの代の層が薄いんだろ」

 

「お前、あっさり言うね」

 

実にサラッと事実を言う。

まあ、事実である。不作の年と言われた三年生は成長して打線の層が厚くなったが、かつて豊作と呼ばれた現二年生はまるでそういう劇的な伸びがない。

 

と言うか、豊作と呼ばれたのはこのエースと正捕手のずば抜けた二人が居たからであって他は結構強くない。

白洲、倉持が成長株だったからよかったものの、他は全滅に近いのである。

 

江戸川シニアの三番斉藤出塁、盗塁、四番御幸が返すというルーチンが復活するかも知れないという嫌な予感もある。

そうなれば確実にワンマンチーム感が漂うだろう。

 

一番倉持、二番白洲、三番斉藤智、四番御幸。後は居ない。

 

そんなチームにならないことを祈る。まあ、その祈りは虚しく潰えてそうなるんだけども。

 

閑話休題。

 

紅白戦。スターティングメンバーはご覧のとおり。

 

一軍。

 

一番、チーターこと脚お化け、倉持洋一。

二番、微笑みの裏に何かが見える粘り打ちの名手、小湊亮介。

三番、豪快なバッティングに見せかけた繋ぎの名手、伊佐敷純。

四番、不動の主軸で怪物クラッチヒッター、結城哲也。

五番、阪神の今岡・近鉄の礒部の如きチャンスお化け、御幸一也。

六番、ゲッツーと三振が多いパワーヒッターにして守備の名手、増子透。

七番、四球とゲッツーが多い木製長距離砲、斉藤智巳。

八番、オールマイティな守備職人、白洲健二郎。

九番、打撃と投球に関してはセンスの塊だが、青道高校伝統の守備クソレフト、降谷暁。

 

 

一方、二軍。勿論彼等は全員は出ず、ある程度実力の認められた者のみがこの試合に参加する。

所謂、1,5軍のみ。

一番セカンド、兄譲りのミート力を駆使しする木製バットの使い手、小湊春市。

二番ショート、倉持並みの打撃力と智巳並みの走塁技術、それなりの守備、楠木文哉。

三番キャッチャー、特に秀でたところはない能力と色物食いの御幸より結構下な捕球技術、宮内啓介。

四番ライト、守備は下手だがそこそこの打撃力、田中晋。

五番レフト、坂井より安定した守備と坂井より若干下の打撃、門田将明。

六番ファースト、哲さんの完全下位互換、遠藤直樹。

七番センター、繋げなくて守備範囲が狭くて肩が普通な伊佐敷、山崎邦夫。

八番サード、多いエラーとそこそこの長打力、樋笠昭二。

九番ピッチャー、実はバントが下手、丹波光一郎。

 

控え投手。

一年生リリーフ陣の二人・東条、沢村。あと川上。

控え野手。

木島澪、麻生尊、金丸信二、中田中、小野弘、前園健太、関直道、坂井一郎。そして、滝川・クリス・優。

 

「斉藤」

 

「はい」

 

片岡鉄心に呼ばれて、智巳は配球について御幸と喋っていた口を止めて振り向いた。

 

白組(一軍)対紅組(一軍候補)。もう何か、虐殺レベルの試合になる気しかないが、それでも片岡鉄心はこう言わざるを得ない。

 

「お前には無意識に下位打線には力をセーブして投げる癖があるな」

 

パワプロで言うところの力配分だよな、と御幸に言われたことがある。

ワインドアップと言い、本当に昭和の投手みたいだなと。

 

その癖に自覚はないが、捕手と監督に言われた以上そうなのだろうと思う。

 

「下位打線って言うよりは、弱い打者ですかね。自覚はないんですけど、前の試合で完全試合できたのは打線全員に一発があったかららしいです」

 

片岡鉄心は、無言で頷く。

あの時、智巳は欠片も油断していなかった。

 

次々と関東の名投手を燃やしてきた打線を見下ろして、完全に喰っていた。

巨大な獣のような打線の革を剥いで肉を捨て、その上に君臨する。終盤はそんなピッチングだったのだ。

 

「今から対戦する打者、全てに力を出し切って投げてみろ」

 

「全員にですか」

 

それは難しい。単純に、この男は割りと手を抜いて延長に備える癖がある。

それを潰すことは、退路を断つこと。熱いがどこかが必ず冷めており、結果としてクレバーなところがある智巳からすれば、あまりやりたいことではない。

 

「これはベンチ入りメンバーを決め、誰が二番手投手か、誰がリリーフとして出るかを決める紅白戦だ。しかし、お前も課題を持って望んでみろ」

 

蛇か来るか、鬼が来るか。

点を取られるなとか、その辺りだろうと思っていた智巳は、次の言葉で度肝を抜かれた。

 

「―――ノーヒットノーラン。エースのお前なら、出来るはずだ」

 

エースのお前なら、出来るはずだ。

こう言われると、期待に応えて上に行きたいと思うのが智巳である。

 

当然その気性は、片岡鉄心は承知している。

 

「出来るだろう?」

 

「完全試合を喰らわせてやりますよ」

 

負けん気と、プライド。

 

出来るだろうと問いかければ、更に上のことをやってやると返すこの感じ。

 

(榊監督も、こんな思いで見ていたのか)

 

―――目つきは悪い、敬語は使えないのお前に比べて幾分か従順で礼儀は心得ているが、マウンド上での闘志は似てるじゃねぇか。

 

去年の夏の敗戦の後に、恩師にそう言われたことがある。もの凄く反抗的だったことを自覚しているから何も言えなかったが、確かにそう見える。

 

その嘗ての自分を思い出してしまうような燃えるような闘志は、そのずば抜けた実力と共に、一年生ながらエースに据えた一因でもあった。

 

「あ、監督」

 

「なんだ?」

 

「去年は力が及ばず日本一の座にお連れすることができませんでしたが、今年はお連れしますよ」

 

思わず、珍しく呆気に取られる。

 

その言葉は、嘗てエースだった自分が恩師に向けて最後の夏に言った言葉によく似ていた。

 

「……唐突だな」

 

ほのかに口元を綻ばせながら、片岡鉄心は目の前のエースに言う。

エースは悠然と笑って、何でもないようにこう返した。

 

「日本一になった時のインタビューの内容は推敲するに越したことはないでしょう?」

 

では、と言って後輩たちを本気で捻るべく歩き出すエースの背を見て、片岡鉄心は歩きだした。

 

今度は、紅組の方へ。

 

「お前ら。斉藤は本気で叩き潰しに来るぞ」

 

一度も座っていなかったとはいえ、目されていた次期エースの座を奪われた丹波光一郎、木製バットの使い手として対抗心がある小湊春市、打撃力の差でレフトのポジションを奪われた坂井一郎と門田将明。

 

そして、エースの座を奪おうとしている東条秀明と沢村栄純。

 

彼らの闘志がみなぎった。

 

「こちらも、負ける気はないです」

 

丹波光一郎は、静かに言う。

彼は自分のチームの打線の強さと、あのエースを敵に回した時の重圧を知る唯一の選手である。

 

東条秀明も敵に回した時の重圧は知っているが、それは二年前のこと。

丹波は、一年前を知っていた。

 

それでもなお、自分を奮い立たせるように丹波は言うのだ。

負ける気はない、と。

 

「タイプは違いますけど、僕は僕なりに先頭打者としての役割を果たします」

 

パワーヒッターと、アベレージヒッター。

木製バットの使い方も違うが、使っているものが同じな以上対抗心はある。

 

その気持ちを隠さず、目標の兄へ到達する為の超えるべき壁とは認識していない。

だが、勝ちたい。ラスボスと隠しボスの違いと言ったらわりやすいだろうか。

 

「レフトのポジションを奪い返す程のバッティングをしてみせます」

 

「俺は守備で打撃を補ってみせます」

 

坂井一郎と門田将明は、それぞれの得意な部分で雪辱とポジション奪回を誓う。

 

そして、東条秀明。

 

「今日は、自分の足りないところを教えていただくつもりです」

 

「ほう?」

 

片岡鉄心は、毛並みの違う答えに疑問を投げた。

続けろ、と言う意味を込めて。

 

「俺にはまだ唯一の武器が無いので、この試合では打たれるでしょう。手の内を知り尽くされた一軍に通用するとは思いません」

 

降谷の剛球、沢村のムービングボール。彼等は一つの武器が一軍に通用する。他は全く通用しないが、一つあれば充分だとも言える。

 

「だからこそ、目の前のことを一歩ずつ進みたいです。試してみたいこともありますから」

 

「そうか」

 

片岡鉄心は頷いた。

東条は聡い。やるべきことが認識できている。

 

前の紅白戦は、目の前の難敵に戦意を失わずに立ち向かえるか。一回敗けたら終わりの高校野球で、一回に全てを出せるか。

 

そしてこの紅白戦は、如何に自分の力を活かして一軍に立ち向かうか。更に言えば、この経験をどう活かすのか。その辺りが求められる。

 

「ボス、俺は……」

 

監督をボス、主将をリーダー、投手陣のまとめ役をチーフ。

沢村の呼び方には、かなり独特な部分が多い。

 

それを少し気にしていた片岡鉄心ではあったが、持ち前の寛容さによってスルーしてあげていた。

優しい男なのである。顔に似合わず。

 

「俺は、あの人に勝ちたい。他の誰でもない、あの人に」

 

「斉藤に、か」

 

「はい」

 

本気で目指している、真っ直ぐな目。

 

沢村は、いい投手になる。

 

「遥かに遠い道程だが、目指さなければ着くのは愚か追い越すことなど出来はしない」

 

その予感とともに、片岡鉄心は一言言い残して身を翻した。

 

「勝ってみろ。本気のあいつに」

 

「はいっ!」

 

先攻、紅組。

後攻、白組。

球審は、片岡鉄心。

 

最後の夏になる者も多い大会のメンバーを決めるコールドなしの紅白戦、プレイボール。




これからクリス先輩の出番増えるけど……でも、それを含めて“俺”やから…!

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