瞬間最大風速 作:ROUTE
招待試合と練習試合が続いている。
無論一軍が相手をすることもあるが、そうではない相手―――つまり格下は控えが相手をすることもある。
関東大会は終わった。ベンチ入りメンバーたちは優勝できたことに嬉しさをあらわにしつつも『次は自分があの時グラウンドに立っていよう』と更に努力を重ね、スタメンは更なる技術の向上と打撃の調子の維持に励む。
ここ一ヶ月の主役は、経験の少ない者と一軍半たち。つまり沢村や東条、降谷、小湊春市など一年と、二軍の選手たちだった。
一軍スタメン軍団は時々各地の名門校と戦っている。
名門校の目当ては関東大会のパーフェクター智巳だが、連投が利かないので丹波や川上にも経験を積ませたい。
なので、この男は野手出場が主だった。
「沢村、フォーム変えた?」
練習試合から帰ってきた智巳を沢村が呼んで開口一番、エースはぺろっと今伝えたかったことを口に出した。
ワインドアップモーションから脚を上げる旧式と、ワインドアップモーションから右手のグラブを潰して投げるようなフォームの融合。
ちろっと見ただけで、変化がわかる。
「そうですよ、チーフ!どうですか!」
「いいんじゃないかな。打者として立ったこと無いからあんまり大したこと言えないけど」
基礎を鍛え続けているからか、足腰周りがガッチリと上体を支えている。
変化球をそろそろ覚えてもいいが、どうせならまだ基礎をやらせたいので保留とする智巳だった。
まだ一年生なのだから、基礎を固めた方がいい。極論になるが、変化球は3日で何とかなる。
高速スライダーも高速フォークも、一晩で思いついて投げられた球だけに、更に言えば覚えようとして投げられなかった球がないだけに、彼は変化球に関しては目算が甘かった。
「それにしても、ワインドアップやめなかったんだな。最近制球重視のセットが主流なのに」
最近は、ちゃんとプロ野球を見ているし、東条と降谷と一緒に御幸投手ゼミに参加しているから主に最近のだが、様々な名投手を見ている。
だからこそ、フォームを変えるならノーワインドアップかセットにするかと思ったが、沢村栄純は変わらなかった。
「エース目指してますんで、格好にもこだわりますよ!」
「ほーお」
勝ちにこだわれよ、と言いたいが、自分も大概結構ええかっこしいなところがある。
ホームラン打った時の音がいいから木製、サイドスローの次にエースらしいからワインドアップとか。だから、大きなことは言えない。
因みにフォーム構築には御幸は一切関わってない為、智巳のフォームには無駄な動き多いがその無駄の多さが却って無駄のなさに繋がるという、天才特有のアレになっている。
だから、沢村には何も言えない。そもそも言う資格がない。
「お前の言うところのエースって、どんなもんよ」
「大振りのワインドアップ!」
時代遅れ的発想である。実際ワインドアップは動作の無駄だと結構言われたりしている現在の野球。悲しいことにセットやノーワインドアップが主流だと言える。
自分のことを棚に上げて、智巳は分析した。
「相手を圧し、吼える闘志!」
これも少ない。ガッツポーズはあるが、吼えるとなると稀少である。
「狙ってとる三振!」
結構それができる人は多いのではなかろうか。と言うか、三振は狙って取らないものなのだろうか。
そうならば、そんな丁半博打のようなピッチングはしたくない。
「あとはまあ、身長が高いことですかね」
「わかる。丹波さんとか真木とか貫禄あるもんな」
「お前だろ、それ」
え?という顔をした沢村に、横からやってきた突き指男が援護射撃をした。
スライダーが捕れなくて、ついに軽く突き指してしまった正捕手の登場である。
もう治りかけだが、キャッチングは自粛中だった。
「あれ、そうなの?」
「そうッス。俺、テレビとか見ないから、エースってあの時に初めて見たんですよ」
「ははぁ、なるほどな」
この男、フォームが異様にカッコイイ。そりゃあもう無駄な動きをするのかもしれないが、とにかくカッコイイ。
本人曰くその無駄な動きで打者のタイミングを外したり、何をどう投げるかを調節しているらしいから、無駄と言ってはダメなのだろうが、傍から見たら結構無駄。
だが、カッコイイ。そして何よりも、身長と相まって挙措がエースらしいのだ。沢村が憧れるのも已む無いほどに。
丹波さん189センチ、智巳はあれから少し伸びて194センチ。
部の中で一番、このエースは背が高い。
「沢村。お前、何センチだっけ?」
スッーと自分の額のあたりに敬礼のように左手を当てて前にスライドさせ、沢村との身長差を確認しながら、御幸が問う。
「173ッス」
「俺は今179くらいだけど一年の時は172だから、そんなもんだろうな。智、お前高1の今頃何センチ?」
「190くらいが精々だった」
「精々って……そう言えば部内一位だった東さんを見下ろしてたもんな、お前」
因みにその後横浜にドラフト三位で入団した東清国は身長アップに取り組み、現在193センチにまで伸びた。
しかし、近頃は食べ過ぎで二軍に落とされたらしい。監督が少しお怒りだったことを覚えている。
「チーフあの人より大きかったんですね……」
額を突き合わせるような感じに突っかかっていただけに、あのズッシリした肉っぽいデカさは体感している。
それよりこのシャープで硬質な感じがあるエースがデカイというのは、ちょっと信じ難い。
「意外か。まあ、あの人の場合打者としての迫力が凄いもんな」
「いや、横幅が無い分小さく見えると言うか。あと、チーフもマウンドだと背中に何か見えるみたいになってますよ。頼もしいッスけど」
忌憚のない正直な意見に御幸は笑い出し、智巳はへの字型に口を曲げる。
横幅がデカイ。背中に何か見える。その通りだろう。
あまりにも的確すぎる指摘に、御幸は少し笑ってしまった。
「でも、俺の方が体重重いんだぞ。お前と会った時のあの人が確か95で、俺は今朝方計ったら98だったから」
「えぇ!?」
どう見ても、東清国の方が重そうである。具体的に言えば10キロくらい。
「こいつ、関節が緩くて怪我しやすいからって言って筋肉の鎧付けてるからな。最近は特に筋トレしてるし、そりゃまあ重い重い」
元はと言えばお前のせいだろ。そう言いかけて智巳はやめた。
確かに発端と継続を促したのはこの男だが、怪我をさせたくはないからと、全体練習でも身体づくりを中心にしたメニューを組んでくれたのはクリス先輩と監督。
御幸も含め、良かれと思ってやってくれている。実際最近は怪我していないわけだし。
「そんなようには見えませんけど」
「内側に付けてることもあるし、着痩せするタイプなんだよ。そして何よりこいつ、背が高いから」
その背丈、実に御幸と14センチ差。
デコボコバッテリーってほどではないが、結構な差がある。
「俺も伸びますかね?」
「180センチが精々なんではないかな。線が細いし」
「殺生な!」
「俺も同じ様な感じだろうし、いいじゃん」
めちゃくちゃ適当なフォローに苦笑して、智巳は肩甲骨と肩甲骨をくっつけて背骨をバキバキ鳴らしながら手首を引っ張って腕に付ける。
今日は珍しく早く寝てそのぶん長く寝たから、かなり身体が凝っていた。
関節が柔らかいこの男は、サラッとこう言うびっくり人間万国博覧会みたいなことをする。
「沢村、フォームが固まって何よりだが、まだスタート地点にすら立てていない。コントロールが散らばっているようだが、そこも直していけよ。あと、ストレートをちゃんと投げられるようになれ」
「勿論であります!」
ワインドアップは、球威の代わりに制球が定まり難い。
脚の向きを調節したり、プレートの立ち位置をずらしてみたりと世話を焼きながら、沢村のフォームは完成に近づきつつあった。
降谷暁も、東条秀明も、身体に合った完成したフォームを持っている。
沢村栄純だけが未だに完成していない。
狙ったところにボールがある程度行くようになって、この日の自主練習は終わった。
「あとはそこらへん走ってろ。二十周したら帰ってくるんだな」
「スタミナですか!」
「そう。エースは完投しなければな」
思想が古いなぁと思うが、完投能力があることは悪いことではないので御幸も特に何も言わない。
「では行ってまいります!」
「おう、行ってこいや」
と言っても、智巳も特にやることがあるわけでもない。
丹波・東条・降谷とスタメン軍団は練習試合に行ってしまったし、ここに居るのは沢村と川上の前回の練習試合で投げた二人と、御幸以外が受けると後逸祭りを起こすエースと突き指した正捕手。
あと、二軍のみ。
「暇だし、ウエイトしてくる」
「俺はあんま手を使いたくないから配球とか稲実の分析とかしてくるよ」
午前中を丸々筋トレに費やしたとはいえ、さんざん沢村を見てやったから、体力は回復している。
この後結局三時間ほど鍛えて、木製バットでの素振りを二百回やって、右手の関節や筋肉の一つ一つをリハビリ用のハンドグリップで鍛えたあと、風呂に入って飯食って、東条と共に右手を鍛えながら左手で本を読んだあと、寝た。
東条はもはやルーチンとなっている握力アップを利き手ではない左腕で本を読みながら右手でこなし、飯も左手で食って寝た。
御幸は遅くまでテレビを見ていた。
必要な事とはいえ、後者は迷惑な奴である。