瞬間最大風速   作:ROUTE

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大会前夜

時は、沢村ハードワーク防止事件の二週間後の午後練の後。

 

「東条!今日あの二人が自主練くらいなら見てくれるって言うけど、来るか?」

 

「いや、それを言ったのは俺……」

 

「あ、そうだったか?」

 

同室なんだから、自然と関わる機会も多い。今日はピッチング見てやるよとか、今日は受けてやるよとか、今日ちょっと投げてみろよとか、色々鍛えられている。

 

ピッチングを見られれば足りないところを痛感し、受けてみてもらえばまだまだ己が要求を満たせないことを感じ、投げてみろよと言われれば打たれる。

 

結構、東条はしごかれていた。精神的にボコボコにされていると言ってもいい。まあ、本人が望んでいることでもあるからたぶんイジメではないのだろう。

 

「そうだよ。俺はいつも見てもらってるから皆で見てもらえよって言ったろ?」

 

「あー、そうだった」

 

あっけらかんとして忘れていたことを思い出す沢村に、小湊春市がちょっとツッコミ気味に声をかけた。

 

「……栄純君、それくらいは覚えていようよ」

 

流石は貴重な常識人枠である。殆ど聖人とアレしか居ない青道高校一軍に加入した四人の内訳は、馬鹿(沢村)、天然(降谷)、常識人二人(東条&春市)。

 

伊佐敷・増子・白洲ら待望の常識人枠である。

特に白洲。誰かは言及しないが、残りの二年生スタメンがアレしかいないのだ。

 

歯に絹着せない奴、後輩には優しいが同期と先輩には厳しく、自分には更に厳しい奴、基本的には面倒見がいいが後輩に厳しい奴と、レパートリーに事欠かない。

 

「降谷は行くか?」

 

「……行きたいけど、ちょっと」

 

「え、なんで?」

 

「…………また負けたから」

 

またドーンされたのだろうと、小湊春市は察した。

実戦でも使えるようになった縦スライダーと、即戦力の直球。

 

それを木製バットで粉砕する智巳の野球センスは、ずば抜けている。安定感こそないけど。

結城哲也と御幸一也。この二人も木製を使えるが、まだ金属バットを使っている。

 

それは勝つ為であり、打者だからなのだろう。金属バットの方がよく飛ぶのは間違いがない。

勝つ為に貪欲なあのエースが木製を選ぶとすればそれは、打者としての自覚が薄いから。ただ、本当にそれだけなのだろうか。

 

なぜ、彼が木製を使うのか。

それが気になる。同じ木製バットの使い手として。

 

「栄純君、僕も行っていい?」

 

「春市、投手になるのか!?」

 

負けねーぞ!と気を燃やす沢村と、それに釣られたのか、あるいはまた負けたことを思い出して気を高ぶらせているのか、降谷からもオーラが漏れる。

 

「い、いや、ならないよ。だけど、興味はあるんだ」

 

何を思って使うのか。

自分は偉大な兄に少しでも追いつく為。木製バットを使いこなせば、少しでも近づけるはすだから。

 

兄に、そのバットを使いこなせるようになっていれば凄い打者になってるかもね、と言われたから。

 

その疑問を胸に、小湊春市は少し重い身体を引きずって行く。

 

「どうだったよ、基礎は」

 

「キソこそ物の上手なれというらしいですよ、チーフ!この沢村、弱音を上げる気はございません!」

 

「おー、立派立派。じゃあまあ、見てやるよ」

 

「へい!」

 

多分意味がわかっていない慣用句を使う沢村をヘンなペットか何かを見るような優しい目で見た智巳は、ネットの前に立てた九分割の的に向けて五球投げさせてその変化を見て取った。

 

「身体の軸ができてきてるな。球のブレが酷くなくなった」

 

「キソですか!」

 

「基礎のおかけだろう。コントロールも、思ったところに行くようになったようだし」

 

まあ、それでもストライクゾーンを四分割にしたくらいだろうけれども。

心の中で思ったことを口には出さない。分割出来ていなかった前より、遥かにマシになっている。

 

「あとは、球を散らばらせることだ。内角低め、外角低め。ここに狙って投げられるだけで、配球の組み立ては遥かに楽になる」

 

「今のままではまだまだ、と?」

 

「丁半博打のようなもんだ。今のままだとお前が投げて、それを御幸が受けているだけ。リードに応えられなければ、ピッチングは完成しない」

 

ネット前に立つ沢村と代わり、智巳はワインドアップモーションを取って一球投げた。

 

四角い的の中で一、と書かれた左端のパネルが硬球に押されて地面に転がる。

 

「ニ、三、四、五、六、七、八、九っと。まあ、これくらいできるようになるんだな」

 

言った数字と同じパネルが硬球に押されて落ち、ついには枠だけが残った。

今の沢村には、できないことである。

 

「ぐぬぬ……」

 

「まあ、本番では俺もこうもうまくいくことはない。打者が居るし、どちらかといえば球威で圧すタイプだからな。こうも丁寧に投げられるのは、七割程度の力でしか無理だ」

 

悪くはない、むしろ良い。しかしこれと言って誇れもしない。

向井太陽のコントロールより、自分のコントロールは遥かに低い。

 

「頑張りな、二年後のエース」

 

「いーや、引退する前にいただきます!」

 

「応援してるよ」

 

「むがー!」

 

完全に相手にされていないように感じる沢村だが、智巳は相手にしているつもりではある。

だからこそ、新たな武器として頭の片隅にほっぽっておいた高速スライダーを一日に数回投げるようにしていた。

 

(急に思いついて、一夜で習得した変化球だからなぁ)

 

まだ十五球も投げていない。

川上のシンカーは習得と使い物になるキレに一ヶ月かかって、それでも制球難に苦しんだと言う。

 

まだ慢心はしない。できれば、哲さん辺りに使ってみたいが、みっともない物は見せたくないという葛藤がある。

 

御幸にだけは捕らせておくか、と言う目算はあるが、今のところはまだ実行されていなかった。

 

「……先輩」

 

「おっ、どうした降谷」

 

「勝負を」

 

「関東大会で―――そうだな。2回に付き一個の四球で抑えたら三打席してやるよ」

 

「……四」

 

「駄目」

 

御幸相手に投げ込みをしている降谷をいなしつつ、智巳は一旦止まったのを見計らって相棒に声をかけた。

 

「受けてみて、どうよ」

 

「制球はマシになってるし、縦スラもいい。だけどまあ比較の問題だからな。あくまでも一巡専用って感じは否めない」

 

智巳以外が先発する時は先発は引っ張るが、それ以外は小刻みに継投をして、的を絞らせない。

リリーフと先発の役割が逆になっている気もするが、それが現状の投手力を一番活かせるであろう策だった。

 

「でも、一回を無失点に抑えられるならいい方だろ?」

 

「まあな。東条はあくまでも投球術ありきだから、対策されると打たれるけど、この二人に関しては1イニングなら本当に問題ないと思うぜ」

 

自滅する可能性もあるかもしれないが、最初から飛ばせば低めに集められなくもない。

勿論高めに浮く可能性も高いが、長いイニングを考えないならばここで全力を使わせればいいわけで、制球も多少はマシになる。

 

「そのこと、監督に言ってみたか?」

 

「東条は先発が崩れた時のロングリリーフも考えるってさ」

 

どうせ失点するなら、長いイニングを。普通の武器で躱すピッチングをしている東条と、オリジナルの武器で叩き伏せているこの二人とでは起用法が違う。

片岡監督も投手だっただけに、その辺りはよく見ているようだった。

 

「それにしても、東条にも欲しいよな」

 

―――決め球。

智巳が暗に匂わせたその案に、御幸は神妙に頷いた。

 

「躱せるのはせいぜい二軍まで。

それもあいつはわかってるさ。だから増子さんを相手にしなかったんだ」

 

そして、勝負して打たれた。強豪校の一軍の、中軸相手には打たれることを東条秀明は知っている。

 

「本人は?」

 

「最近握力鍛えてるみたいだけど」

 

「フォークかな。俺も投げる為にはかなり握力を鍛えたよ」

 

「最初の頃は力まなきゃ潰せなかった林檎を、最終的に力まずに右手で潰してたもんなぁ」

 

「力は込めたよ。一応言っとくけど」

 

最近では入学祝いをお隣さん同士でやったとき、一升瓶を中指と人差し指で挟んで御幸の父のグラスについだこともある身体能力お化けである。

その後、御幸に『ピッチャーが馬鹿なことすんな』と言われたことは言うまでもない。

 

「……先輩、いいですか」

 

「おお、ごめんな降谷。話し込んじまって」

 

「いえ」

 

降谷は、投げることに飢えている。

捕手としては投手のやる気は嬉しいから、できるだけ受けてやりたい。

勿論、オーバーワークは防ぐが。

 

「あ、智。後で新変化球について話があるから時間作ってくれよな」

 

「わかった。俺もお前には見せようと思っていたところだし、都合が良かった」

 

そう言葉を交わして、智巳は危ないネットスローの現場から離れる。

御幸が捕逸する可能性はないが、降谷の暴投が怖い。

 

自分で的を嵌め直して的当てを繰り返している沢村を横目で見ながら、智巳はもう一人に声をかけた。

 

「で、弟君。君は投手転向希望者ってわけじゃないだろ。何をしに来たんだ?」

 

「打撃についてお聴きしたいことがあります」


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