瞬間最大風速   作:ROUTE

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継投策

四回表、一年生軍団の攻撃。

先頭打者は、四番の東条。

 

三球続けて縦のカーブを投げられるも、完全に崩れた体勢から片手一本でバットに当て、レフト前へ運ぶ。

カーブを多投する都合上、やはりウエストは少なくなる。

 

ワンストライクワンボールから走られた丹波ー小野バッテリー、ここでバントシフトを敷く。

 

結果、そこまでバントに自信がなかった岡はヒッティングに切り替え、三振。

続く狩場が前進守備の頭を越すヒットを放ち、ワンアウト一三塁とチャンスを広げ、七番金田の犠牲フライで東条が生還。

バックホームの間に狩場が二塁に進み、ツーアウトながらなおもチャンスが続く。

 

しかし、ピンチに弱い丹波がここは踏ん張った。

八番西川を三振に切って取り、チェンジ。

 

「今は勝ててるけど、正直これまでのピッチングは運だった。皆の守備と、情報。これで乗り越えてきた」

 

守りに入る前に、全員を集めて東条秀明はそう言った。

そんなことはないと、金丸は思う。情報とそれを活かしたピッチング、好守備。それが合わさって今まで耐えてこれたが、それはあくまで東条のピッチングだからこそなのだと。

 

「これからは、総力戦だ。ランナーガンガン出すけど、よろしくな」

 

少し笑った東条に応えるべく、八人が各ポジションに散っていく。

その通りなことに、東条はあっさりとヒットを打たれた。

 

ヒットを打ったのは、またも木島。

同じ二塁手として小湊の大車輪の活躍に触発されたのか、セカンドの頭を越す、綺麗なライト前ヒット。

 

牽制を入れ、相手は三番の田中。

ヒッティングだろうと、誰もが思っていたその初球。

 

(送りバント!?)

 

内野陣の誰もが驚いた。まさかそんなことをしてまで勝ちに来るとは、と。

 

サードの金丸が掴んでファーストに投げるも、ランナーは二塁に。

ここで、四番の増子に回る。

 

ここでやはり、東条秀明は敬遠した。

三巡目から勝負する。一塁を埋めた方が守りやすい訳であるし。

 

二打席連続敬遠で、五番との勝負を選択。

 

(悔しいだろうな。下級生に安牌と見られて、怒りがあるのかもしれない)

 

でも、だからこそ。

 

今まで投げていなかったスラーブを解禁。引っ掛けさせて、ショートの高津からセカンドの小湊、セカンドの小湊からファーストの西川へ。

 

「ゲッツー!」

 

ワンアウト一、二塁のピンチを切り抜けて、東条はあっさりとこの四回をしめた。

 

次の回は、六番から。油断をせずにスラーブを混ぜていく。

 

(高望みはしない。自分のやれることをやろう)

 

ブルペンにはあの二人が居る。自分にない武器を持ったあの二人が。

 

剛速球も、ムービングボールも自分にはない。

自分にあるのは、投球術と経験。スラーブとスライダー、縦のカーブ。これで敵の打線を凌ぐ。

 

かなり安定している丹波がこの回を三者凡退で切り抜け、五回の裏も東条はランナーを出すも凌いでみせた。

三巡目が、六回から始まる。

 

「この回で、俺は交代だ」

 

先輩二人と考えたプランとも合致している。

金丸、小湊、高津。この三人が実質的に一年生軍団の中軸。

 

その三人に言い含めて、東条はマウンドに立った。

 

二軍は九番丹波に代わり、代打前園。

 

「大振りな人を相手にすると、本当に疲れるよ……」

 

少し、東条の気が滅入りはじめている。

はじめて立った高校野球のマウンドで、援護点は二点。自分の出来次第で試合が決まる。

 

しかも、相手は甘く入れば危ない打線。

 

東条は、自分を高く見積もっていない。だから、六回で自分に見切りをつけた。

 

前園を得意なインコースからのアウトコースで三振に取り、打順は三巡目。

一番、中田。

 

まずは、アウトコース。

そう思って投げた球が甘く入る。

 

中田はツーベース。ワンアウト二塁。

次は、二打数二安打の木島。

 

厳しいところを攻めて、四球。

 

これで、ワンアウト一、二塁。

 

バッター、増子透。

 

「―――まあ、そう簡単には、逃げ切らせてはくれないよね」

 

二軍に紛れ込んだ、正真正銘の一軍の打者。満塁策もいいが、連打を浴びている現状はやりにくい。

 

それに、三打席連続敬遠は敵に勢いを与えかねない。

 

初球、ストレート。

外角低めギリギリに決まり、ワンストライク。

増子は、見送った。

 

初球ストライクを取れたことで、東条は少し安心する。

まだ、微妙な制球は効いていた。

 

二球目、スラーブ。

これは、空振り。空振りと言っても、空気を切り裂くようなスイングだった。当たれば間違いなくホームランだろう。

 

少し、蹴落とされるような気構えになるが、持ち直す。

怖くはあるが、恐ろしくはない。打者を打ち取るのが、投手の役割。

それをこなす。今までやってこれたことを、今もやる。

 

それだけだ。

 

投げた三球目は、ストライクゾーンからボールゾーンへ。空振りを取るための配球である。

 

勝つ為とは言え、東条にも投手の意地がある。

それを見て取って、増子は笑う。

 

敬遠されたことに恨みはない。今は、勝負をすることに喜びがある。

六回を投げて、今のところ無失点。二軍相手とは言え、素晴らしいピッチング。

 

相手にとって不足はない。

 

一球、カーブが外れてボール。

 

五球目のスラーブは、増子のスイングに捉えられた。

 

後ろを振り返らなくとも、それとわかる当たり。

 

(良い球だった)

 

打ち取ると言う気持ちが篭った、重い球。

それを打ち返した右腕を見て、増子はダイヤモンドを一周した。

 

「ごめん、打たれた!」

 

まだ、東条の気持ちは切れていない。

 

「続かせないように投げていくから、よろしく!」

 

つとめて明るく振る舞い、笑いながらバックに声をかけた。

 

「気にすんな!また援護してやるよ!」

 

「一点差くらいすぐに詰めてやる!」

 

バックの声を得て、打者へ向き直る。

三球でしめて、東条秀明はマウンドを降りた。

 

「ナイスピッチ、東条」

 

聴こえないだろうが、御幸一也はブルペンでそう呟いた。

冒険をせず、勝ちに徹する。勝つ為に投げていた彼も、最後の最後で欲が出た。

 

―――あそこまでいったのならば、増子さんとは勝負をするべきではなかった

 

徹底さが、足りなかった。

それがこのスリーランを生んだと言っていい。

 

七回表の攻撃は、

 

「降谷」

 

オーラで威圧をかけている降谷と、それを平然と受け流している智巳の方へ向いて、御幸は言った。

 

「2イニング、お前の全てを出してこい」

 

「……はい」

 

メラメラと、再びオーラが燃え上がる。

 

投球術を駆使して抑えてきた技巧派の東条から、いきなり速球派の降谷へスイッチするのだ。

150に届いていてもおかしくない降谷のストレート。二軍はたった一巡では対応するのは難しいだろう。

 

欲を言えば、圧倒して欲しい。長引かせないで欲しい。

 

(あんま長引くと、狩場が3イニング持たねぇかもしれないしな)

 

一年生軍団の攻撃は三番、クリーンナップから。

投手は代わって、斎藤になっている。

 

「この回、一、二点入るだろ」

 

「何で球が甘いところに全く行かなかった丹波さんに代打送ったのかわからんけど、そうだろうな」

 

「いやでも、逆転した後なんですよ、チーフ」

 

二年生(ブルペン支配人)の二人が正論を述べていると、まだ中継ぎの状況に疎い沢村が会話に割り込む。

 

「え、だから?」

 

「いや、普通はリードを守ろうとがんば―――」

 

智巳の疑問に、答えるまもなく。

ノーストライクツーボールからヒットで出塁した金丸を、東条が返した。

 

ホームランで。

 

「あ」

 

「丹波さんの勝ち星消えたな」

 

「先発の勝ち星が消えるなんて、いつものことだろ」

 

呆気にとられた沢村、勝ち星を気にする御幸、実体験として知っている智巳。

三人とも、感情を隠していない。包み隠さず、本音が漏れた形である。

 

「あの先輩―――」

 

マウンドで佇むピッチャーを指差して、沢村が絶句する。

智巳はチーフ、御幸は御幸と呼ばれているから、おそらく名前が知りたいのだろう。

そう判断の元、二人は恐らくは名前を知りたいのだろうと推察した。

 

「斎藤さんな」

 

「斎藤さんって、調子悪いんですか?」

 

沢村、優しい。

遠慮していると言うべきか。

降谷も、何かを察してオーラを収めている。

 

「ノースリーになってないのを見てないのか、沢村。すこぶる調子がいいだろ」

 

と、御幸。

 

「まだ2失点しかしてない。このくらい普通じゃないか」

 

と、智巳。

 

中継ぎの定義が壊れようとしている。今更言うべきことでもないが。

 

「……俺、あんまり詳しくないんですけど、中継ぎって一回に何失点してもいいんでしたったけ?」

 

「駄目だよ、ありゃ」

 

「勿論、失格だ」

 

一軍の最優秀バッテリーに口々に否定され、沢村は訳がわからなくなった。

じゃあ、アレは何だと言うのか。

 

「先発は2失点までなら許容されるけど、それは長いイニングくってるからだからな。丹波さんの六回2失点とは訳が違う」

 

「じゃあ、アレは何です?」

 

「どうしてもお金がない時に一枚だけ買った宝くじみたいなもんだよ。ほら、当たらなくても驚かないだろ?

当たったら逆に驚く。今はいつも通り、当たらなかっただけ」

 

御幸の説明に唖然とし、智巳を見る。

信頼度的に、智巳は沢村の中でかなり上位のヒエラルキーに居る。

因みに御幸は限りなく下である。言うまでもないが。

 

「いや、本当にそうだぞ。まともに抑えているところをついぞ見ていない。ピッチャーと言うより、投げる人と言ったほうが適切だ」

 

「じゃ、じゃあ、何故そんな人を使うんですか?」

 

「投手の駒が足りないからだよ。そもそも、足りていたら紅白戦などしていない。

でもまあ、ああして打てるのも一年生軍団のやる気ありきだけど」

 

世知辛い世の中である。


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