瞬間最大風速   作:ROUTE

14 / 69
完勝

青道高校はかなりの当たりブロックに居る。

群雄割拠する東西東京地区で、最も恐ろしい稲実は調子を崩した成宮鳴を登板させずに市大三校に敗けた。

 

『さあ、この試合が終わればベスト8が揃うことになります』

 

後は、市大三校さえ倒せばほぼ次の相手は弱いから、ベスト4確定。即ち、関東大会に行く権利を得る。

 

『春季東京大会四回戦、西東京の両雄激突の模様をお伝え致します。

先攻め、市大三校の先発はエースの真中くん』

 

真中要。市大三校の三年生エース。丹波光一郎の親友にして、ライバル。高速スライダーの使い手。コントロールとスタミナをバランス良く揃えた好投手。

真中は春の甲子園を殆ど一人で投げ抜き、ベスト8まで行ってその名を知らしめた。

 

『マウンドに立ちます、後攻め・青道高校の先発はエースの斉藤くん』

 

春先から夏にかけての絶好調男、斉藤智巳。

入ったばかりの後輩と、控えの同学年、先輩たちが注ぐスタンドからの視線を受けて、智巳は深呼吸してロジンバックをマウンドに置いた。

 

「プレイ!」

 

審判がそう宣告し、試合がはじまった。

市大三校対青道高校。共に絶対的エースと怖い打線を抱えた強豪校。

 

グラウンドには魔物が住んでいると言われる、高校野球。

一球に泣き、一球に笑う。

 

誰もが見るまでは予測不可能な試合が、幕を開けた。

 

マウンド上は斉藤智巳。

彼が投じた最初の球は、ストレート。

 

145キロ。

 

ネット裏でスカウトの持つスピードガンは、一球目の球速を測っていた。

とても、そうは見えない。手元でのノビが著しく、150は超えているように見える。

 

(よしよし、相変わらず春先は調子いいな)

 

―――甲子園で投げる為に生まれてきたのか、或いはペナントレースで無双するために生まれてきたのか。

 

彼の絶頂期は、4月初頭から8月の終わりまで。今は、4月初頭。例年からすると問題はない。

 

(次、もう一球)

 

アウトロー。

 

指示した通りに、球が来た。

 

『空振り。ツーストライクです』

 

『今日の斉藤くんはいいですね。基本的に立ち上がりに不安はない投手ですが、これは真中くんの出来によっては投手戦となるでしょう』

 

実況と解説の声は、マウンドに居る選手には聞こえない。

しかし、誰もがそう思っていた。

 

―――真中要の出来に、この試合は賭かっている。

 

三球目、インハイのストレートで、見逃し三振。

オールストレートで三球勝負。力で捻じ伏せたと言っていい。

 

(よしよしよし、今回のストレートは見逃し三振取れるキレか。これは中途半端に曲がらせるより、ストレート主体の配球に変えていこう)

 

二番は、高原。一発は無い。一番と違って怖くないバッター。

 

慎重さはいらない。この球なら、威力で押し切れる。

二球目、ストレートでファーストゴロ。

 

「ツーアウト!」

 

立ち上がりは問題ないぞ。

 

暗にそう言ったキャプテンに、マウンド上の智巳は、無言で手を上げその言葉に応えた。

 

(次はどうすっかな)

 

三番星野。二年生ながら一発がある。

縦カーブから、ストレートで外野フライかセカンドフライ。それがベスト

 

長打警戒に守備シフトを変えさせ、御幸はアウトローにミットを構えた。

 

(外からカーブを落とせ)

 

(わかった)

 

一際目立つ細身の巨躯がゆっくりと動き、マウンドに長い脚を振り下ろす。

 

縦カーブ。僅かに曲がって、ストンと落ちる。

三番星野のバットが出かかり、止まった。

 

「ボール」

 

球審がそう言った。どうやら、ここはボールらしい。

 

(今日は、外が狭い感じか)

 

制球は素晴らしい。全く問題ない。前に受けていた投手が結構ガバガバだからそう感じるのかもしれないが。

 

その後、またストレートで空振りを取り、外から入るスライダーでカウントを増やし、外れ気味のアウトローで釣ってセカンドフライ。

 

スリーアウト、チェンジ。

 

「ナイスピッチング」

 

「打撃の方、頼みます。今回、かなり調子がいいので」

 

「任せろ」

 

ファーストの結城と言葉を交わし、智巳はベンチに戻った。

ベンチでは、これからはじまる攻撃に当たり、監督から檄が飛ばされる。

 

「敵エースの真中は、春の甲子園をほとんど一人で投げぬいた。かなりの疲れがたまっているだろう。

そこを逃さず、打ち崩せ。徹底的に立ち上がりを攻めろ」

 

片岡鉄心の静かな檄を受け、攻撃に移る打者たちに闘志が漲る。

 

―――一番ショート、倉持くん

 

呼び出されて、倉持が出た。

彼が出塁するか否かで、青道の攻撃力は結構変わってくる。

 

一方、防御面を支えるバッテリーはと言うと。

 

「御幸。実は新しい変化球を覚えた。高速スライダーだ」

 

「あー、このタイミングで言うってことは、アレか」

 

相当自信がある。

そして、敵エース真中の決め球に比べても遜色ない球なのだろう。

 

心を抉るレベルの変化球……なのかもしれない。

 

「今までは暴れ馬だったから言わなかったが、今回はかなり調子が良い。ここぞという時に要求してくれ」

 

そうこうしている内に、ベンチに倉持が帰還した。

 

「お、ホームランか」

 

「スコアの反映遅いな。故障か?」

 

「……お前ら、案外黒いよな」

 

現在、バッターボックスには二番の小湊亮介。

既に、フルカウント。カットに次ぐカットで、もう九球目になる。

 

因みに、倉持はファーストゴロ。セーフティーバント失敗、というやつだった。

 

「亮さん四球か。てことは伊佐敷さんはヒットかな」

 

「……何で?」

 

「いや、勘」

 

結果的に智巳の言う通り、伊佐敷は思い切りの良いバッティングとフルスイングからのポテンヒットで出塁。

 

ワンアウト、一二塁。

 

(どうするか)

 

結城哲也は、しっかりと内角ボール球を見送りながら思案する。

ホームラン、ツーベース、ヒット。どれを狙うべきか。

 

ネクストバッターズサークルに居る御幸を見て、結城はバットを短く持った。

 

『センター返し!』

 

美し当たりでピッチャーの頭上を越えてセンターの前へ。

二塁ランナーは意図を察して三塁でストップ。

 

これで、ワンアウト満塁で御幸に回る。

 

「タイムお願いします」

 

このピンチに、市大三校の捕手細山が動く。

タイムを取って、慌ててマウンド上の真中に駆け寄る。

 

「真中、二・三塁は無視して、一塁ランナーと打者でゲッツーを取るつもりで投げてみろ。相手は御幸だから最悪敬遠でも―――」

 

「いや、ここはゲッツーで切り抜ける」

 

そうしなければ、負ける。相手はそう何点も取れる相手ではないのだ。

 

だが、捕手の細山には懸念があった。御幸の調子はともかく、真中が絶不調だということである。

 

(今日は真中の調子が悪過ぎる。最悪ギリギリの球で歩かせよう)

 

押し出しでも、4点取られるよりはマシ。その考えは、シニア時代にもよくあった考えだった。

 

「1点か、4点か、選んできましたか?」

 

「…………」

 

「まあ、俺もあんまり気は長くないんで、早く決めてくださいね」

 

打者が捕手にささやき戦術をかけると言う、ちょっと無いようなシチュエーションにもめげず、細山はアウトローにミットを構えた。

 

「クサイ所を攻めて、最悪歩かせるって感じですか?」

 

アウトローのストレートを捕球したミットの位置を見て、御幸は言った。アウトローギリギリ。判定はボール。

 

次の球は、インローのフォーク。

 

「なるほど、自信があるわけですか」

 

満塁でフォークは肝が太い。

そう話しかける御幸を軽く睨み、細山は次のボールを要求した。

ボールゾーンに逃げるシュート。これを御幸は見逃した。これで、ワンストライクツーボール。

 

次のインハイのストレートを、空振り。

 

低めギリギリに決まる外から入るスライダーを見逃し、フルカウント。

 

(よし、これでアウトローのストレートで、併殺だ)

 

コースの変化についていけまい。

そう予想した球が、眼前から消える。

 

『外角打ったぁぁあ!』

 

マスクを外し、思わず立った。

 

どんどん流し方向に伸びていき、切れる。

 

「うーん……」

 

軽く素振りをして、御幸はバッターボックスに立ち直した。

 

(こいつ、やっぱり満塁時の集中力は尋常じゃない)

 

最悪の場合を想定する。それは、ホームランで4点入ること。

 

(外れてもいい。低めギリギリに決まる、内角を抉る、渾身の高速スライダー)

 

最高のコースに、最高の球を。

その選択は、悪くなかった。

 

だが、相手は恐怖の満塁男と呼ばれた男・御幸一也。

 

最高の球が、最高のコースで来る。

ここにきて調子を取り戻してきた真中の、最高のピッチング。

 

受け止めるはずだった球が、消えた。

 

左打席に立った御幸が、右手のみでバットを持っている。

それは、振り切ったということ。

 

打球は、高い弾道を維持したまま流し方向に伸びていく。

 

『伸びる伸びる、大きぞッ!』

 

レフトが追い、見上げる。

白球は無情にも、彼が届かぬ場所へポトリと落ちた。

 

『真中くん渾身の高速スライダーは、御幸くんが広角に捉えてスタンドへ―――』

 

0対4。

スコアが灯り、がっくりと真中が肩を落とした。

 

『推定130メートルはあるでしょうか。すごいところまで飛びました……』

 

「はい、援護」

 

「これは天才」

 

グランドスラムを打った五番打者をエースが出迎え、打席に入る。

サードで六番の増子に代わって樋笠が入っている為、打順が繰り上がっている。

 

一番から五番は変化なし、六番斉藤智、七番白洲、八番樋笠、九番坂井の打順。

 

結果、迎えるは六番・斉藤智巳。

まだ、ワンアウトである。

 

「どうしたらあそこまで流し方向に飛ばせるんや?」

 

「……得点圏にランナーが居れば、自然とできるんじゃない?」

 

増子の代わりにベンチに入っている典型的なプルヒッター・前園に問われ、御幸が答えた。

 

まるで参考にならないようだったが。

 

「お前、そんな適当な打撃理論があ―――お?」

 

真中の球を、また捉えた音がした。

 

フライ気味の打球がライト方向へ伸び、ポトン、と入る。

真中、屈辱の二連発。しかもいずれも打ちにくい広角に打たれているだけに、その屈辱もひとしおだった。

 

余程打った瞬間の具合が良かったのか、打った瞬間に弾道を見て歩かずに、智巳は立ち尽くした。

リストの柔らかさが活き、振り切ったバットが背中から後ろに落ちる。

 

『二者連続、文句なぁし!これで5点目が入ったぁ!』

 

少し審判に注意されながら、ベースランを早々に終わらせた智巳がホームを踏んだ。

 

「はい、天才」

 

「ありがとう」

 

立ち位置は変わったが、出迎え、帰ってきたメンバーは同じ。

どちらも活躍しただけあって、かなりウキウキである。

 

「お前ら仲ええなぁ」

 

「まあな」

 

「長い付き合いだからな」

 

その後白洲ヒット、樋笠三振、坂井セカンドゴロでチェンジ。

エースの真中がいきなりにして5点を失う大乱調で、一回は終わった。

 

「楽勝ムードか。素晴らしいことだ」

 

「こうなると、五回コールド狙える。きっちり締めていこうぜ」

 

わざと聴こえるように言い、わざと聴こえるように返す。

敵の反撃ムードを誘って、叩き潰す。そうすれば、楽に点が入ることを二人は経験から知っていた。

 

「任せろ」

 

市大三校の攻撃は、四番から。

だが兜の緒を締め直した斉藤智巳からヒットを打てず、ショートゴロ・センターフライ・ピッチャーフライで三者凡退。

 

「せっかく変化球覚えてくれたのに、使い時なさそうだな」

 

「まあ、それでもいい。勝つのが一番。他はいらん」

 

ここまで、斉藤智巳は十九球。

一方、真中要は三十球を超えている。

 

一瞬で攻めが終わり、守りに入った市大三校は、前の回二者連続三振のピッチングを見せた真中を続投。

 

しかし、これが裏目に出る。

 

倉持がしっかりサードの頭を越すヒットで出塁、盗塁。

小湊亮介が十球粘ってツーベースで返し、伊佐敷がヒットで小湊生還。

結城哲也の追撃の、或いはトドメのホームランで、真中要は力尽きた。

 

そして、御幸はお約束のように自動アウト製造機と化す。

 

「自分からは打ち出さない打点乞食の鏡だな、お前」

 

「4点取ったから許してくれよ」

 

ネクストバッターズサークルからひらひらと手を振る御幸を見てため息をつき、智巳は変わった投手を見た。

あくまで明るく、冗談や軽口が叩けるほどの余裕がある青道側と違い、向こうには余裕がない。この余裕の無さが作用すれば恐るるに足らないが、うまく作用すれば点を取られる恐れがある。

 

まだワンアウト。追加点は充分にある。

ここは、繋ぎたい。

 

内角高めには、手が出ない。

外角高めのストレートも、手が出なかった。

だが、フォークを見逃し、次の球。

 

低めに制球された、外へ逃げる横変化。

 

「そこは甘い」

 

片手でうまくバットに当て、センター返し。金属バット特有の当てるだけの打撃で、ヒット。

次の打者は、白洲健次郎。

 

(八、九番でチェンジだから、ここで点を取りたい)

 

白洲に合図を送り、智巳は二塁へ走った。

まさか投手が走ってくるとは思っていなかったのか、牽制もない。余裕で成功である。

 

「白洲、頼むぞ」

 

投手の立ち上がりを捉え、二盗を決めた智巳の熱意に応えるように、白洲はあっさりとライトへヒットを放つ。

 

三塁コーチャーの手が回った。

 

『白洲、タイムリーヒット。これで二塁ランナーの斉藤くんがホームに生還して1点追加、0対10。五回コールドも見えてきました』

 

そして、チェンジ。二塁に白洲が残塁したまま二回目の攻撃が終わった。

 

「すまん」

 

「まあ、大打者でも半分は打てないわけですから」

 

謝る坂井を軽く励まし、智巳はさっさとマウンドに上がる。

五回まで投げて、無失点。多分このまま行けばできるだろうと、誰もが思っていた。

 

だが斉藤、一番のショートフライを挟んで八番九番二番に三連打を浴び、ワンアウト満塁。

 

ここで、マウンドにタイムを取った御幸がニヤニヤしながら駆け寄る。

 

「相変わらずお前、下位打線に打たれるよな」

 

「完投目指すペースで投げてるからな」

 

「で、俺としては六球で終わらせて欲しいんだけど、どうよ?」

 

「敵は反撃ムード。続く打者は三・四番。ここで抑えられれば―――」

 

敵を、捻じ伏せることができる。

 

「それに、似たようなパターンだ。と言うか、打順以外は同じ状況だ。格の違いを見せつけてやれよ」

 

「お前のその敵への容赦の無さ、嫌いじゃない」

 

「即座に頷ける豪胆さを知ってるからな。捻じ伏せてやろうぜ」

 

ニヤリと笑って、別れた。

ワンアウト、満塁。

 

危機だが、転用すれば好機となり得る。

 

(さあ、叩きのめしてやるか)

 

(根こそぎ、攻めへの希望を摘んでやれ)

 

―――外角低め、ストレート。

 

糸を引くようにミットに収まり、ワンストライク。

 

(縦カーブ)

 

インロー、縦カーブ。

 

ボール球を、三番は振った。

打球は大きく逸れて、ファール。

 

ツーストライク、ノーボール。

 

『高速フォーク、空振り三振!』

 

最後の球は、高速フォーク。

 

146キロと、スピードガンは示していた。

 

(さあ、あと一人だ)

 

カットボールを、アウトハイに。

これに手を出させ詰まらせて、ボテボテのファール。

 

これが、142キロ。

 

127キロのチェンジアップで緩急を付け、最後はやはり高速フォーク。148キロ。

 

『これも三振!チャンスを活かすことができません!』

 

きっちりと荒れたマウンドを慣らしたあと、ロジンバックを起き直す。

悠々とマウンドを降り、ピンチを切り抜けた智巳はベンチに入った。

 

「ナイスピッチングだった。後は任せろ」

 

「はい、取れるだけ取ってきてください」

 

三回目の攻撃、

 

その後、市大三校は散発的に四安打するもスコアリングポジションにランナーを運べば三振、他ならばゲッツー、内野ゴロといった明らかに手の抜き方を心得たピッチングにしてやられ、0対17で大敗した。

 

青道高校、ベスト8進出。

この日最速は、真中の150キロのストレート。ついで斉藤智巳の148キロのフォーク。

 

被安打8、2四球、6奪三振、自責点0。まごうことなき完勝である。

 

「監督、今日は五回までだったので、次の試合も投げられますよ」

 

「いや、次の試合は川上を先発に回す。お前と丹波はリリーフに回ってくれ」

 

片岡監督、酷使はしない。先発に回したら取り敢えず休ませ、故障の可能性を極力抑える温情采配。

 

と言うことで、二日後の試合に智巳はリリーフとして御幸と共にベンチ待機。試合自体は先発に回った川上が7回5失点の好投。

中継ぎの槙原がホームランを三発喰らいながらも一回を4失点に抑える完璧なリリーフ。

抑えの智巳が一回を三奪三振に抑える良くも悪くもないピッチングで、青道はベスト4進出。

 

これで関東大会出場決定である。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。