瞬間最大風速   作:ROUTE

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沢村、生贄になる

「これで入部希望者は全員か?」

 

三十代とは思えないほどに威厳がある青道高校監督・片岡鉄心が、新入生の群れを見渡して問う。

 

一拍後に、『はい!』の大合唱。傍から見ている方としては、少し懐かしい気分になった。

 

「まずは全員、自己紹介をしてもらおうか」

 

その一言からはじまった自己紹介。

智巳としては、それを聴き耳を立てている。

同じ選手が好きな人は居ないのかな、と言うファンあるあるな心理である。

 

「お前、誰が好きなんだっけ」

 

「稼頭央さんに比べたら地味かも知れないけど、もう忘れるなよ」

 

「おう。で、誰?」

 

「川尻さん」

 

川尻哲郎。阪神暗黒期のエースで、ジャイロボーラーでもあるサイドスローの名投手。所謂軟投派で、典型的な本格派である智巳とはまるで違う。

 

しかも、智巳は完全にオーバースロー。川尻哲郎はサイドスロー。

 

「サイドスローにしようとか考えなかったのか?」

 

「バカがお前はオーバースローが似合う似合うとしつこかったから、こうなった」

 

「御幸がなぁ」

 

倉持洋一は、松井稼頭央が好きである。憧れている、と言っていい。

だから野球をはじめたし、だからスイッチヒッターになったし、だからショートを守っている。

 

「まあ、そのガタイでサイドスローってのはな」

 

「その頃は別段身長は高くはなかった」

 

「ほーん」

 

でも何だかんだ言って、御幸の投手を見る目は確かである。オーバースローにしようと言ったのなら、そうしたいだけの理由があったか、勘が囁いたのだろう。

最近、肩のケアとかマッサージとか、アイシングとかを学び始めているらしいし、そこらへんは余念がない。

 

「あ、バカだ」

 

「あ、沢村も居やがる。やっと起きたのか、あのねぼすけ」

 

横目で見てみると、メタクソに言われた御幸、現る。

隣には、沢村。ねぼすけと言っているということは、恐らく倉持と増子が出た時にまだグースカて寝ていたのであろう。

 

「こうして見るとあの二人、知り合いなんじゃないか?」

 

妙に打ち解けてるし、何やら話し込んでいる。

そこからと予想した倉持だったが、隣の智巳は証拠を聴いている。

 

「御幸と組んで東さんを三振にしたらしいぞ。俺は見てないけど」

 

「あ!?」

 

左隣から、凄みのある声。智巳の漏らした言葉に、伊佐敷純が反応した。

 

「東さんが三振させられたってのか?」

 

「ええ、御幸曰く」

 

伊佐敷は、東清国を慕っている。同じシニアだったとか、そういうことはないが、純粋にスラッガーとして尊敬しているのだ。

その尊敬の対象が、一年坊主に三振させられたというのは聞き捨てならないことだった。

 

「純さん、声デカイっすよ」

 

「……ヤベ」

 

いい加減、監督が黙ってない。

言外にそのことを匂わせて、倉持は伊座敷の声量を下げることに成功した。

 

「どういうことだよ」

 

「俺もよく知りません。丹波さんのところに行ってたんで。一緒に居たでしょう?」

 

「あー、あん時か」

 

あの時、スタメンは殆ど丹波の見舞いに行っていた。御幸は丹波に敬遠されているので行かなかったが、受ける相手も居なくて暇してたらしい。

 

結果、こうなったらしい。

 

「ノリは居たっぽいですけど、そっちに訊いたらどうすか?」

 

「だな」

 

倉持の助言に従い、伊佐敷はひとまず追求の矛を収めた。

で、御幸と沢村である。

 

「……あのバカ、沢村に気づかれないで合流する方法を教えてるっぽいな」

 

「ああー、前やってたもんな、あいつ」

 

位置としては、御幸と沢村が潜伏している位置は素晴らしい。

 

監督は新入生の正面に立っていて、当然ながら新入生の方を向いている。

三年・二年は、つまり自分たちは新入生たちの横姿を見ていて、御幸たちは新入生を挟んで逆側に居る。

 

つまり、監督が三年・二年の方向を向いた時こそが合流チャンスということになる。

 

「でもまあ、監督はよそ見はしないわけで、諦めんのかな。足掻きを見るのもそれはそれで楽しいからいいけどよ」

 

ヒャハハハ、と笑う倉持。態度が完全に悪役のそれである。

だが、ここで智巳は敢えて手伝うことを考えついた。

 

たぶん、沢村は捨て駒であろうと思われる。捨て駒を踏み台に、こちらに合流してくることだろう。

倉持は沢村と御幸が一緒に目的を達成しようと考えていると見ているが、それは甘いと言わざるを得ない。

 

(まあ、倉持も後輩を起こさずにおいてくるあたりハイランカーではあるが)

 

そんなことを思い、斉藤智巳は決意した。

 

「……よし、手伝ってやるか」

 

「え!?」

 

「勘違いするなよ。俺は詐欺師と化した腹黒打点乞食のことは正直どうでもいい。が、沢村は少し可哀想だろう。何か変な奴に騙されかけてるし」

 

かと言ってどうするのか。

少し考えて、智巳はある案を思いついた。

前列の挨拶が終わり、沢村がスタートした、その時。

 

「監督、新入生の挨拶の途中で申し訳ないのですが、よろしいですか?」

 

「……よかろう。なんだ」

 

「はい。今日実は御幸に言われてクリスさんと病院に行くのですが―――」

 

視線が、逸れる。

これによって、監督の視線は三年・二年の整列地点に固定された。

つまり、御幸が紛れ込もうとすれば一発で気づかれ、紛れ込むべきところから視線が外れた形になる沢村は紛れ込めるわけである。

 

さあ、どうする御幸。沢村が合流してしまえば、如何にお前といえども合流することはできまい。

 

そう思って話している途中にバレないようにちらりと視線をやる。

 

御幸は、笑っていた。なにか考えがあるかのような、不敵な笑み。

 

してやってり。そんな自信を打ち砕く一手が、御幸の口から放たれた。

 

「あーっ!こいつ、遅刻したのに列に紛れ込もうとしてるぞー!」

 

御幸は、監督がよそ見した隙にとか、博打のような甘いことは考えていない。前列の挨拶がすべて終わり、二列目の奥の奴が挨拶をはじめたとき、確実に沢村を生贄にこちらに合流する腹だった。

 

智巳は、甘さを痛感した。あいつの腹黒さを舐めたらヤバイと。あいつの天性のキャッチャー、天性の畜生。人を騙すために生まれてきたような男。三味線引きのプロ。相手取るには少し役者の格が足りなかったらしい。

 

まあ、御幸の予想通り、監督の視線は紛れ込もうとした沢村に向かい、他の部員の視線も沢村に向かう。

 

そして。

 

「おっ、あいつを見てると去年の俺を思い出すなぁ」

 

「何食わぬ顔して並んでんだ、お前は」

 

「まあまあまあ、そんなことはおっしゃらずに」

 

2番と言う選手、現れる。一応補足するが、2番は背番号であって打順のことではない。

 

2番と言う数字は、アマチュアの正捕手の証。

 

結局、この企みはバレた。

智巳の場合はアシストしようとしたのか、今日病院に向かう旨を改めて自分の口から伝えようとしたのかが曖昧であったため許されたが、倉持・増子・御幸・沢村が朝練中ずっと走り続けることになった。

 

「……バカだな、あいつ」

 

ポツリと呟いた智巳は、右手に外野手用のグラブを嵌めて監督のノックを受けている。

結構言われていることだが、今年のスタメンには穴がほぼほぼない。

強いて言うならばレフトのスタメンが固定できていないので、打てる投手である智巳を登板する時以外は外野に置いておきたい。

 

七番におかれている時点で察せられるが、智巳の長打力はかなり高い。打撃では智巳、堅実性では白洲、守備では坂井。

センターは強肩強打でそこそこ脚が速い伊佐敷で固定、ライトは安定感抜群でなんでも出来る白洲で固定。

守備がマシになれば、坂井と併用と言うのが監督の方針らしかった。

 

「お前は肩は言うまでもないし、脚も早いんだから、後は慣れだ。ひたすら練習あるのみ!」

 

そう言われて、今ノックを受けている。

目で追って、取る。打球の伸びを判断して追いかけなければならないので、正直かなり難しい。

 

今までやったことがあるのは、キャッチャーとファーストとピッチャー。打球を追った経験が、そもそもあまりない。

シニアでは投げない時はファーストをやっていたわけだが、ファーストには不動の四番が居る。

 

その後もノックとサードのカバーなどであちこち動き回り、何回か捕逸しながら二時間ほど守備練習をして、朝練は終わった。

 

「いやぁ、腹減ったな」

 

「……お前」

 

こうしてケロッと話しかけてくるあたり、全く反省していない。そして、ノリが軽い。だが、キッチリ先ほど監督に謝っていた。

なんとも世渡り上手な男である。

 

ドンブリ三杯と、ドンブリ五杯。

朝だと言うのにガッツリとしたカロリーを補給できるおかずと白米を共に食い終わり、御幸と智巳は少し休む。

 

入ったばかりの頃は二杯しか食えなかったが、御幸は三杯に、智巳は五杯に増えた。

身体が作られてきたということもあるし、慣れてきたということもある。

 

一方の新入生は、かなり苦戦していた。思いっきり動いた後に、すぐ飯。これは意外とキツイ。具体的に言うと吐きそうになる。

 

「あー、美味かった」

 

心の中で同意を返し、智巳はゆっくりと茶を啜った。

 

少しの苦味が心地良い。

午後からの試合に先発するならばこんな悠長にはしていられないが、どこかの誰かのせいで今日の午後はベンチにすら入れない。なので、心ゆくままに智巳はこの時間を楽しむ。

 

もちろん、御幸もそうなるだろうということは予想できていた。

 

少しして、太田部長が御幸らスタメンを呼びに来た。

青道高校にあるグラウンドのうちの一つであるAグラウンドでスタメンが最後のチェックに望み、Bグラウンドで新入生の適性テストが行われる。御幸が行くのはAグラウンド、東条・沢村が行くのはBグラウンドである。

 

「じゃまあ、勝ってくるわ」

 

「そこらへんは心配していない」

 

ただ、ベンチに入れないのが悔しい。消去法エースとはいえ、エースだというのに。

 

だがそれは、個人の感情だから表には出さない。

茶を飲み終わり、智巳はBグラウンドに顔を出した。

 

既に、結構時間が経っている。最初は投手のテストだから、遠投とかからはじめているのだろうか。

 

「……来たな」

 

「クリスさんもいらしてたんですか」

 

「御幸にしっかりと連れて行くようにと頼まれていてな。行動の先回りも兼ねて、今回の戦力チェックに来た」

 

今までは捕手として投手陣を鍛えていたと言っても範疇に収まるが、新入生のチェックとなると少し枠外にあるように思われる。

 

クリスは右肩の故障で、夏頃まで復帰できない。更に言えば、ブランクがあることも考えて片岡監督からマネージャーを兼ねたような役割を頼まれていたらしいが、どうやら本当らしい。

 

「試合、はじまりましたね」

 

監督はテストの最初にだけ眼を通し、後は太田部長と高島スカウトに任せている。

とうにスタメンとベンチ入りメンバーと共に球場に乗り込み、万全整えて敵チームと相対していることだろう。

 

「……やはり、登板はともかくとしてもベンチにすら入れないと不安か」

 

「まあ、怪我以外で入れなかったことがないので。クリスさんも、そのクチですよね?」

 

「……そうだな」

 

シニア時代の激闘を思い浮かべて少し笑い、クリスは頷いた。

 

基本的に、青道高校には即戦力は入ってこない。監督が育て、一流になっていく。

結城哲也がいい例だろう。彼は中学時代、シニアにすら所属していなかった。

 

勝負強さの片鱗は既に見せていたようだが、片岡監督のもとで育たなければ大した選手にはなっていないはずだ。

 

「これは、俺がチームを信じられてないってことなんですかね」

 

「……信じることと、心配することは両立する。お前はチームを信頼しているし、チームはお前を信頼しているさ」

 

いくぞ、と声をかけ、クリスはリハビリの為に病院に向かった。それに、智巳も追従する。

 

試合は最近調子を上げてきた丹波が7回まで2失点、8回に3失点するも好投と呼べるピッチングを見せ、川上憲史が五人でピシャリ。

 

中継ぎを使わなかっただけあり、試合は10対5で勝利した。


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