瞬間最大風速   作:ROUTE

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中継ぎ、炎属性に認定される

「あの後、うちを倒して全国に進んで、準優勝だっけ」

 

「はい。最後は北海道の藤巻シニアに敗けてしまったので、東京代表の五連覇は逃したんですけど」

 

丸亀シニア→大江戸シニア→大江戸シニア→大江戸シニアという順で、東京代表がシニア全国大会を制覇している。

 

シニアでも修羅の国な東京。それは高校野球に於いても何ら変わりなかった。

 

関東ナンバーワン左腕こと、現在スランプ中の成宮鳴。

世代最強右腕こと、消去法エースの斉藤智巳。

本来ならば甲子園の決勝であたってもおかしくないほどの実力者が、西東京に居る。

 

「藤巻ってことは、本郷正宗か」

 

「はい」

 

やっぱりな、と言いたげな御幸に反して、智巳の表情は暗い。

と言うより、少し憂鬱そうな面持ちである。

 

「なんか言ってたか、俺のこと」

 

「言及はしてませんけど、こっちを向いて『お前らじゃねぇ』って言ってました。多分これ、お二方のことですよね」

 

「どうなんだろうなぁ」

 

昨晩も話した、嫌われていることを思い出して智巳が話を振るも、御幸がはぐらかして切る。

 

「……まあ、それは置いておいて何対何で敗けたんだ?」

 

「2対0です。ノーノーを喰らってしまって」

 

「ほぉ……」

 

完全にリスペクトしてやがる。

御幸は思った。点差はともかく、ノーノーで決めるあたり根性がある。

恐らく、あの闘志を漲らせた瞳をやり切れない悔しさで満たして投げていたのだろう。

 

彼が求める敵はもう居ない。だが、年齢の都合上追いかけられるのは二年後。

北海道と東京なだけに、戦う機会も殆どない。

 

(いいぞいいぞ、この因縁。お互い切磋琢磨して、どんどんいい投手になってくれ)

 

一人では、野球はできない。それは強くなるにしても同じこと。ライバルが居て、鎬を削る相手が居て、はじめて得られる者もある。

 

成宮鳴と、本郷正宗。相手にとって不足はない。それで、もっと智巳は強くなる。

そして、それをリードできる。役どころが最高過ぎた。

 

「……御幸先輩、どうしたんですか?」

 

「思案に沈むのは発作みたいなもんだと諦めろ。放置しておけばいずれ現世に戻ってくる」

 

いきなり目を閉じてニヤニヤしだした御幸は、イケメンだから許されているが普通かそれ以下であれば通報されてもおかしくはない。

 

「あ、そうだ。俺達は左の二段ベッドを使うから、東条は右の二段ベッドの下を使うといい」

 

投手らしい長い手が、右を指す。

何故三人部屋なのに四人分のベットがあるのかと問うてみると、合宿時に通いの部員が追加で泊まるためらしい。

 

現に、前回の合宿時には結城哲也がここに泊まっていた。

 

「理由があるんですね?」

 

「ああ。単純なことなんだけど、俺達結構遅くまでテレビ見てたりするから、電気つけっぱなしなことがあるわけだ。そうすると寝にくいだろ?」

 

ここで言うテレビがアニメやバラエティだと判断する程、東条はおめでたい頭をしていない。

 

プロ野球の試合か、メジャーの試合か、ライバル校の試合か。配球か、対策かだろう。

 

「まあ、明日は適性テストだから早起きした方が良い。俺たちも今夜は外に出てくからさ」

 

ここで、話者が御幸にスイッチした。

どちらかが話す時は、どちらかが何かを飲んだり食ったりしている。

 

阿吽だなぁ、とくだらない部分に感心しながら、東条は少し緊張を感じた。

 

「適性テストって、どんな感じですか?」

 

「捕手はキャッチングかな。あとはリードは一打席とかで見れるもんでもないから」

 

「投手は制球重視のテストだった。変化球も見られるから、少しは投げておいた方がいいぞ」

 

言うまでもないが、この二人はそれぞれ最高得点を叩き出して一位で適性テストを終えている。

 

「球速とかは見られないんですか?」

 

「球速ってのは、必ずしも必要ってわけじゃない。今測っても、って感じだし、即戦力はやっぱコントロールが良い奴だな」

 

御幸、魂の叫び。別に叫んでいないが、そこはかとなく迫るものがある。

 

「制球には少し自信が有りますけど、必殺球が無いんですよね」

 

東条は、四球をあまり出さないタイプのピッチャー。ストレートとチェンジアップ、カーブなどの変化球を駆使して何となく抑える。

 

斉藤智巳にはフォークがあり、丹波光一郎にはそれしかないとはいえ縦カーブがある。

川上こと、ノリに似たタイプかもしれない。

 

「下方向とか、かなりオススメ。フォーク、スプリット、縦スラ。どれも空振り取りやすい、いい球だぜ」

 

「下方向マニアは放っといて、縦カーブはどうだ?」

 

「縦カーブですか」

 

そう言えば、智巳は中学時代はあまり高速フォークを投げなかった。

緩いカーブとストレート、チェンジアップ。この三球種で完封して、ここぞのフォーク。そんなピッチングだったのだ。

 

緩急を利かせる遅い球、それを一際輝かせる糸を引くようなストレート。速球中心のピッチングだった。

 

「そう。強打者へのカウント取りには有効だし、詰まらせることもできる。エースを目指すならかなり使える球であることは間違いない」

 

「どう投げるんですか?」

 

「こうだから、カーブと大して変わらない。ただ、手首を寝かせるように投げると巧くいくと思うけど……どうせなら丹波さんに教えてもらえ。俺も縦カーブの握りは、あの人から教えてもらったから」

 

縦カーブの握りを見て、持参したボールを使って真似てみる。

握りはカーブと同じ、手首を寝かせるように、軌道をイメージして投げる。人差し指と中指で切るように、ということらしい。

中学時代の雲の上のエースから、まさかこんなにも早く直々に教えてもらえるとは思っていなかった。

 

「いい人ですね」

 

「優しいよ、丹波さん。安定してイニング喰ってくれるし。ちょっと大人気ないけどな」

 

そのちょっとの大人気無さが自分に向けられることを、東条は知らない。

まあ、エースの座に対して真摯なのだろう。誰にでも本気。素晴らしいことである。

 

『見本見せてやれよ』と言う御幸のもっともな言葉に従い、少し外に出て実演してやると、智巳は改めて東条を見た。

 

「で、東条はどうカーブを投げてる?」

 

「へ?」

 

「あ、こいつのカーブ、曲がらねえんだよ。曲がりにくいというか、曲がり方がピンポン玉みたいな感じで、オーソドックスな曲がりじゃない」

 

鈍いカーブ、と言われているアレである。

遅いカーブは緩やかに曲がるが、普通のカーブが緩やかに曲がらない。曲がらないカーブ。速いスローボールと似た雰囲気があるが、現実として存在するという箇所がことなっている。

 

曲がらないカーブは他の人に投げられないらしいから強いが、普通のカーブも投げてほしいということは、御幸も思っている。

 

フォークが完全に変態のそれであるから、あまり期待はしていないが。

と言うか、オーソドックスなのはスローカーブとチェンジアップ、カットボールにスライダー。

主戦球はだいたい変態だった。

 

「握りは同じです。強いて言うなら少し人差し指を外側にしてるくらいですかね」

 

「うーむ」

 

「投げてみ」

 

投げると、あいも変わらず鈍い。

改善の余地がないのだろうかと思わせる程の変化の無さである。

 

何球か実演で見せてもらったあと、イメージをしっかり頭に入れる。

 

そして、意を決した。

フォークを見たい。あの、あまり投げなかったとはいえ、自分たちの一つ上の黄金世代の四番をキリキリ舞いにさせてたことで強烈に網膜に焼き付いたあの球を。

 

「あの、フォークを見せていただいてもいいですか?」

 

「ああ、いいよ」

 

軽い。

マウンドとは別人じゃないかと言うほどな気さくさと、柔らかさがある。

 

「どこで見る?」

 

「できれば、マウンド側で」

 

ベンチからは見た。

速球のように伸びて、はたき落とされたかのようにいきなり落ち始める球。

 

打てる気がしない、と言うのが感想だった。打者の心を折れる球、と言うのはあるのだと思った。

捩じ伏せる。この表現がしっくりくる威圧感とあいまって、一層その感想が深度を増したのだ。

 

「御幸、フォークな」

 

私服姿にマスク、プロテクターと言う奇妙な格好だが、この球を受ける以上はそうしなければ危険だというのが傍目から見てもわかる。

 

「よし、こい」

 

ミットを構え、片手を伸ばし、閉じる。

膝をついて、完全に捕球体勢に入っていた。

 

「握りは、こう」

 

スプリットとは違うことが、ひと目でわかる。スプリットはこんなに握り込まない。

一般的なフォークよりも、深く握り込んでいるのではないか。そう見て思うほどの握り方。

 

「で、こう投げる」

 

リリース直前まで行って、球を放たずに止まる。

参考になれば、ということらしい。

 

誰にも真似できないとはいえ、サービス精神の旺盛な男である。

 

「で、これから実演だ」

 

ミットがはまった左腕と球を持った右手を上に伸ばし、片脚で立つ。

くいっ、と持ち上げた側の脚が動き、そのまま風を切るように右腕が唸った。

 

一瞬の間があり、ミットが鳴る。

 

疾く打者に迫り、遅く、深く落ちる。

必殺球の名に相応しい、魔球というべき球だった。

 

「今は、真ん中からそのまま。次は、外角からそのまま」

 

その通りに投げ、その通りに落ちる。

何回か繰り返されてわかったが、制球の難しいフォークボールを、智巳は完全に支配していた。

 

「智、今日調子いいな」

 

「かなりいい。試合無いけれども」

 

実演が終わり、離れていた御幸がボールを持ちながら近寄ってくる。

終わり、ということらしい。

 

「明日、ベスト16決定の試合があるけど見に来るか?」

 

ボールを智巳に投げ渡し、マスクを外し終えた御幸は、思いついたようにそういった。

 

「いつからですか?」

 

「適性テスト終わって、午後からだな。俺は出ないけど」

 

「斉藤先輩は、いつ出られるんですか?」

 

「3日後の市大三校戦。春の甲子園の東京王者だから、侮れないってことで、俺が先発する」

 

じゃあ、どうせなら3日後に行きたい。だが、それを言うと角が立つ気もする。

 

「―――まあ、適性テストの後の自主練とかもあるから、やっぱ来ない方がいいかもな。同学年の知り合い作るチャンスだし」

 

空気を読んだ御幸がそう繋ぎ、空気を読んだことを察した智巳も頷く。

 

「ま、適性テスト頑張れ。うちは今リリーフ陣に水属性投手のが居ないから、安定していたらそれだけで関東大会出場あると思うぞ」

 

「え……」

 

「炎属性しか居ないよ、マジで。一回3失点が好投だから、一回1失点とかだったらそらもう救世主になる」

 

智巳、御幸の相次ぐ畜生発言に若干驚きながらも、東条は少し嬉しかった。

古豪なのに投手陣が薄いのはどうなのかと思うが、どうせなら一年から活躍したいと言う思いはある。

 

「頑張ります!」

 

「おう、がんばれ」

 

一瞬声色がマジになった御幸を少し省みて、東条は先輩二人と部屋へ戻った。

明日の適性テストが、高校野球の第一歩であることは間違いない。

 

全力を出し切ろうと、東条は決めていた。


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