この紅魔の職人に冒険を!   作:棘白猫

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第七話

 

 視界を舞うは赤、青、緑の紙吹雪。時折混じる金銀の輝きが場の華やかさを演出する。

 

 耳に届くは多くの歓声。老若男女全てが自分を、そして中央に立つ少女を讃え、囃し立てる。

 

 少女の白魚の様な手に握られしは何の変哲もない扇子。それをぱさりと開く度に、視界を覆う紙吹雪が密度を増し、それと同時に清らかな水流が迸る。それと同時に段々と大きくなる、群衆の歓声と拍手の数々。

 

 そんな少女に促され、自分も手に握っている扇子を少し芝居がかった動きをしながら開く。少女が開いた扇子と同じ様に水が迸り…そして唐突に鮮やかな赤や黒に彩られた、鯉の様な大きな魚が突如として扇子から飛び出してくる!驚く観客と自分を尻目にぴしゃりと高らかに舞う鯉。さながら滝を遡り、龍に成らんとする様な堂々とした跳躍を披露した鯉は、そのまま対岸に居る少女が握る扇子の水流に導かれ…

 

「はいっ!」

 

 少女の掛け声と共に扇子がクルリと一回転し、ピシャリと閉じた。迸る水柱も、水柱に吸い込まれる様に誘われた鯉も、まるで夢幻の様に消え失せた…。

 

 途端に地を揺らさんが如く、大歓声と万雷の拍手がその場を包み込んだ。何時の間にやら水が収まった扇子を、中央に立つ主役の少女を立てる様に自分はヒラヒラと仰ぐ。そんな歓声に応えるかの様に、笑顔の少女は手にした扇子をヒラリヒラリと舞わせ、宝石の様な水の雫を作り出しては散らしていった。

 

 少女と共にそんな華やかな場に立っていた自分は、得も言えぬ充実感と同時にふと考えていた。

 

 なんで自分はこの場に立っているのだろうか…と。

 

 

 

 

「いやー、前々から少し大がかりな芸をやって見たいと思ってたけど、ウケて良かったわ! まぁ私の女神的なパワーにかかればこれ位ならお茶の子さいさいなんだけどね!」

 

 昼下がりの酒場にて、自分の対面で(自分が奢った)クリムゾンビアーのジョッキを呷っているのは水色の髪をした美しい少女、アクア様だ。

 

 アクセルに滞在して数日、身体の調子も戻ったのでそろそろ王都に戻ろうとする前に酒場に立ち寄ったら丁度一仕事始めようとするアクア様に出くわしたのだ。傷だらけの身体を癒して貰った件もある為、彼女に礼と街を離れる旨を伝えたのだが、そんな事よりちょっと新作の宴会芸に協力しなさいと言う申し出があったので軽い気持ちで承ったのが先程までの状況だ。

 

 正直、彼女の宴会芸とやらを舐めていた…魔法でも何でもない芸の数々に、間近で見ていた自分は度肝を抜かれたと言うべきか。無論、自分が手にした扇子から出てきた水は自分が行使した魔法や技術では無い。宴会芸の神様曰く、宴会芸スキルである花鳥風月のちょっとした応用との事らしい。

 

「おぅ姉ちゃん、さっきの芸本当に凄かったぜ!」

 

「本当だよ、一体どんなタネや仕掛けがあるんだよアレ。正直あんな凄い芸、一生に一度見れるかどうかって感じじゃないか?」

 

「お願いします、もう一度、もう一度だけあの芸を!」

 

 先程まで芸を堪能していた野次馬の面々がアクア様に声をかけていく。ちやほやされて凄くご機嫌な彼女はジョッキ片手にどーもどーもと笑顔で返礼していった。

 

「合法ロリの嬢ちゃんも良かったぜ!」

 

「平然と芸してると思ったら魚に驚いてたり、なんか可愛かったぜ。流石凄腕の合法ロリだよ!」

 

「凄腕の名は伊達じゃなかったな。昨日の夢での店主さんと合法ロリの嬢ちゃんのテクニックは凄かった…天にも昇る快感とは正にこの事かと思ったぞ」

 

 アシスタントを務めた自分にも野次馬は声をかけてきた。しかし、この街ではすっかり凄腕の合法ロリという呼称が根付いてしまった様だ…一部ではデュラハン殺しとかロリコンキラーとか、何処か尾鰭が付いた呼称も聞こえてくる。こう言う見た目である以上、奇異の目に晒されるのは慣れているが合法ロリと連呼される様な扱いは正直慣れて無い…不快と言う訳ではないが正直何とも言えない気持ちが勝るものだ。後最後の旦那、お前さんは一体何を言っているのだ?

 

「相変わらず何やってるんだお前は…」

 

 呆れた様な声を上げながら近づいて来たのはアクア様の飼い主と言うべき少年、すっかり顔馴染みとなったカズマ君だ。手にはネロイドが注がれたジョッキを持っており、どうやら先程のアクア様の芸を遠目から眺めていた様である。

 

「見て分からないの、宴会芸よ宴会芸。まぁ、万年ギャルゲーしかやってないカズマには私の崇高な芸の良さは分からないでしょうけど!」

 

「アホか。んなもん知りたくもねぇわ」

 

 無関心さに食ってかかるアクア様とそれを軽くあしらうカズマ君。めぐみんの時とは違う、どこか熟年の夫婦を思わせる様なやりとりを見せる二人を自分はこの時興味深そうに眺めていたのだろう。

 

「そんなカズマとは違って、本当にこの子は良い子だわ! 私の事敬ってくれるし、ノリも悪くないし…」

 

 突如背後から抱き締められる様な形で自分の背にのしかかってくるアクア様。耳元から吹きかけられる吐息は、僅かにクリムゾンビアーの香りがする以外に不快な要素は感じられない。最初にカズマ君をクエストに誘った時は妙に突っ掛かる感じがしたが、多少なりとも気前の良い所を見せたり宴会芸のアシストに付きあったお陰もあってか今は割と友好的に接してくれているのは有難い事である。

 

 特別に敬っている訳ではないが大怪我を早急に、且つ後遺症も残さず直してくれた訳だしアクア様には一定の敬意は払っているつもりだ…だが、この喜びようを見る限り、彼女は余り敬われる事が少ない様である。彼女の経緯を額面通りに受け取ればアクシズ教の御神体なのだ、さもありなんという感じもしなくもない。

 

「ねぇカズマさん、この子ウチで飼いましょうよ!」

 

「飼うってお前は一体何を言ってるんだ…ぴたーは確かに実力者だしウチのパーティに欲しいのは確かだが、やめといた方が無難だ。少し一緒にクエストしたりして人となりを見てみたけど、この子人畜無害そうな幼女のフリした狂犬だぞ…」

 

 幼女のフリをした狂犬とは随分な物言いだなと思いつつも、自分としては魔道具職人の仕事も有る故に冒険を専業には出来ないしするつもりもないのだ。なので、折角の申し出は有難いのだがアクア様には丁重に断りを入れた。

 

「むぅ…なら、たまに街に来た時は私の芸に付きあってくれない?」

 

 今日みたいな感じで手伝う位ならこちらとしては問題ないし、芸を間近で見れる特等席と考えれば良い話である。こういう芸能を見ることでモチーフのインスピレーションに繋がる事もあるだろうし、こちらとしても断る理由は無いだろう。

 

「それじゃあ、私を敬ってお酒を奉納するのは?」

 

 気を良くして畳み掛ける様に己の要求を突き付けるアクア様。敬うかどうかはさておき、たまにこうやって酒を奢る位なら容易い物だ。あくまでたまにである事と、こちらの気が乗った時に限ると釘を刺しておくがタダ酒にありつけると確信したアクア様の表情はぱぁと笑顔になる。

 

「それじゃあそれじゃあ、アクシズ教に入信するのは?」

 

 あ、それは結構ですとやんわりと断った。

 

「なんでよぉ! ここは喜んでアクア様と言う所でしょうが!」

 

 途端に涙目になるアクア様。肩をガクガクと揺さぶられるも、こちらにも譲れない物があると言うものだ。

 

 自分は特にアクシズ教を嫌っている訳ではない。確かに多少なり彼らの宣教活動を迷惑と思う事はあるが、基本的にノリと勢い任せで生きている彼らはそこまで嫌いではないのだ。特定の宗教に属さない理由は単純な事…仕事の幅を減らしたくない、そんな俗物的な理由なのだ。

 

 魔道具を作る際に、敬虔なエリス教徒やアクシズ教徒の方々からそれぞれの宗派を現すモチーフを加えて欲しいと言うオーダーを受ける事もままある。これでもし自分がエリス教なりアクシズ教に属する事になると、そう言った仕事が入り難くなる事が想定されるだろう。自分としてはそう言ったしがらみを持つのは好ましくない…誰であろうが自分の作品を求めてくれるなら、それに見合った最高の仕事をしたい。無論自分も商売人である為、商売のチャンスは手広く持ちたいという金銭的な理由も勿論あるのだが。

 

 そう説明すると、アクア様は残念な顔をしながらも諦めてくれた様だ。

 

「自分の技術に信念を持っているのは嫌いではない…というか寧ろ好ましい事だし、そこまで言われたら仕方が無いわね。貴方にはどこかアクシズ教徒的な何かを感じるのだけど、あー残念だわ」

 

 それは喜んで良いのか悲しむべきなのか、少し判断に迷う所だが…。

 

「一応アドバイスしておくけど、こいつの言う事は適当に聞き流しておいた方が良いぞ…ところで」

 

 話の流れを断ち切る様にカズマ君が話題を変える。どうやらアクア様に絡まれている自分に助け船を出してくれた様だ…確かにこのままずるずると話を続けると隙を見計らって強引にアクシズ教徒の末席に加えさせられる可能性もあった為、気付くかどうか分からないがカズマ君に助かったと目配せしておいた。

 

 そして恐らくカズマ君が切り出そうとした話…それはこの前の報酬を受け取りたいと言う事だろう、その旨を確認するとカズマ君はそうそうと頷いた。街を離れる訳だし忘れない内に渡しておきたいのはこちらも同じである。と言う事で報酬を渡す…前に、今回の仕事結果を改めてカズマ君とアクア様に報告した。

 

 既に何回か聞いた話になるだろうが、ギルドの目論見通り近辺に強力な敵が居た事の裏付けを取った事。そして強力な敵であるデュラハンの進攻を結果的にではあるが妨害、阻止した事。それらの成果から基本報酬に更なる上乗せがあった事を包み隠さず話し、自分は予め仕分けておいたカズマ君達のパーティに渡す報酬が入った革袋を二人の前に置いた。そしてカズマ君に目配せして中身を改めて欲しいと告げる。

 

「分かったよ。どれどれ…?」

 

 袋を開けて中に詰まった金貨を確認するカズマ君。アクア様も興味深げに横からその様子を見やっていた。

 

「ひぃ…ふぅ…みぃ…えっ、40万エリス!? 20万エリスも多いぞ!」

 

「えっ! そんなに貰えるの!?」

 

 依頼同行時に提示した額よりも遥かに多い金額にカズマ君は驚きの声を上げ、アクア様は思わぬ大金に嬉しそうな声を上げる。それについては先程説明した通りデュラハン進攻阻止でボーナスが付いたからカズマ君達にも還元している事、そして自分が倒れた間にカズマ君達のパーティ全員に世話になった為個人的な気持ちも入っている。こちらがカズマ君に依頼した訳だから先ずは代表でカズマ君が報酬を一括で受け取るとして、この40万エリスはどうかパーティの皆で分けて欲しいと告げた。

 

「そうか…分かった、それなら有難く受け取るよ」

 

 革袋をしっかりと懐に収め、カズマ君は嬉しそうに頬を緩める。

 

「カズマさんカズマさん、早速このお金で宴会しましょうよ! 私、今凄く気分良いから新作の宴会芸披露しても良いわよ!」

 

「お前何言ってるんだよ、この前言った通りこれは馬小屋脱出の資金だからな!」

 

「何よいいじゃない今日位はぱーっと宴会してもさ! ぴたーも皆で分けなさいって言ってたし、20万、早く私の取り分の20万エリス頂戴よ!」

 

「こいつは…臨時収入が入ったからって直ぐ調子に乗るし…。それに金はメンバーで均等に分けるからな。ほら、お前の取り分だ」

 

 深いため息をつきながらカズマ君は懐から再び革袋を取りだし、1万エリス金貨を10枚アクア様に手渡す。そしてそれを受け取ったアクア様は、正に満面の笑顔と言うべきか。

 

「いやっほぅ! さぁ今日は飲むわよ、ジャンジャン飲むわよ!」

 

 勢いに任せた妙なテンションになりつつ、アクア様は金貨をしっかりと握りしめて酒場のカウンターの方へ一目散とかけて行った。

 

「全くあの駄女神は…少しは計画性を持てよな」

 

 宵越しの銭は持たないと言わんばかりの勢いで早速頼んだ酒にありついているアクア様を遠目で見ながら、カズマ君はふぅとこの日何度目か分からない溜息をついた。

 

「でもまぁ、有難うなぴたー。何か凄く冒険した気分にもなれたし、良い儲け話だったよ」

 

 カズマ君が礼をするも、こちらとしても円滑にクエストを進められたのはカズマ君達のお陰であるし寧ろ自分が礼をするべきだろう。また優秀な索敵担当者が必要になった時は声をかけると言ったら、カズマ君は笑顔で返答してくれた。

 

「ぴたー、ちょっと来てくれなーい? また手伝って欲しいんですけどー」

 

 既に何杯目かのクリムゾンビアーを口にしながらアクア様が此方に向かって声をかけてくる。見ると何時の間にやらアクア様が野次馬に囲まれていた。各々が酒を手にしているのを見ると、どうやら手持ちの金は彼らの酒に消えてしまっている様だ。彼方此方から神様とかお大尽とかアクア様の気前の良さを称える野太い声が聞こえていたのだ。そんな様子を見てこれまた今日何度目か分からない、頭を抱えるカズマ君…正直、ご愁傷様としか言えない。

 

 とは言え、呼ばれた以上は向かう事にしよう。そう言うとカズマ君は程々になと力無き声で応えた…暫くはそっとしておこうか。

 

 

 

 

 

 あれから再び宴会芸のアシストに駆り出され、喧騒と喝采の坩堝の中、目くるめく花鳥風月の世界へと身を浸し…気が付いたら日も沈んだ夜。

 

 何とか折を見て、夜になって本領発揮だと言わんばかりに騒いでいる酒場から抜け出し、宿に戻り荷物を纏め、その足で門の前までやってきた。その間にルナやウィズ等の知己には挨拶を済ませ、一通りこの街でやるべき事は済ませたつもりだ。

 

 後はテレポートの魔法を使い、居を構えている王都まで帰還するだけ。

 

 しかし、改めて振り返ると今回この街に来て退屈はしなかった…何時も通りに依頼をこなし、少し知己と世間話をするつもりだけだと思ったが。

 

 カズマ君達のパーティと出会えたのは、今回一番の収穫と言えるだろう。まだ結成したばかりの若いパーティらしいが、きっと彼等は何か凄い事をやってのける…そんな予感がしてならない。どうやら自分は随分とカズマ君達のパーティを気に入ってしまったようだ。彼等パーティに対して一つ心残りなのは、ダクネスさんには救出に対するお礼を言う事が出来なかった事…どうやら一時自宅へと帰還しているらしいのであれから結局会えずじまいなのだ。彼女に対してはある程度の素性は知っているつもりなので別途礼を言う事も叶わないが、いずれどこかの機会で会う事があるだろう。その時には是非、直接本人に礼を言いたい。

 

 そして、このアクセルの街の雰囲気も自分は気に入ってしまったのだろう。以前自分がこの街で駆け出しとして修行をしていた時は、そこまで居心地の良さを感じる事が無かったのだが。

 

 酒を交わし、芸に目を奪われ、互いに騒ぎ、また酒を交わす。危機感が無い訳ではないがそれを感じさせず、辛い日々を笑い飛ばすかのような気風を見せるアクセルの街の冒険者達。少々騒がし過ぎるきらいもあるが、どこか緊張感が張り詰めている王都では先ずない明るい雰囲気。こういう雰囲気も悪くは無いと思わずにはいられない。

 

 そして自分はこう確信した。何だかんだで、この街とは暫く付き合いがありそうだな…と。

 

 そう確信した自分は、まだ登録先に空きがあるテレポートの転送先にこの地…アクセルの街を登録した。後はこの街に行きたいと念じれば、何時でもこの正門前まで行く事が出来る。

 

 ウィズの店に対する商品の流通や、意外と悪くない交通の便や物価の関係等もあり前々から登録しようかとは考えていたのだが、今回の件で踏ん切りが付いたというべきか。ウィズやルナ、そして新たに出来たカズマ君達のパーティといった友人に会う為の手段は持っておきたいという訳である。最もこの事は誰にも告げず、自分の胸の中に留めておくが。

 

 

 

 さて、明日には自分には自分の、彼らには彼らの生活が待っている。また彼らに会える事を確信しつつ自分はテレポートの魔法を行使した。

 

 僅かな名残惜しさを残し、自分の意識はアクセルの街から急速に離れていった…。

 




次回から王都編。更に独自色が強くなっていく…筈。
暫くはカズマ達の出番が作り難くなるのが辛いですが、あんなキャラやこんなキャラは出し易くなる…かも。


後ダクネスさんの出番が少ないと言う事で憤りを感じている全国のドSな皆様、誠に申し訳ありませんが今後ダクネスが活躍する話も予定してますので何卒御容赦を。

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