この紅魔の職人に冒険を!   作:棘白猫

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第六話

「そうでしたか。街の近くへとやってきた魔物は魔王の幹部、それもデュラハン…で間違いは無さそうですね」

 

 次の日、身体の調子が少し戻った事を確認した自分は、早朝にギルドへと向かった自分は早速事の顛末をルナへと報告した。余り今回の報告で騒ぎになるのも困るので、敢えて人が少ない早朝に赴いたのだ。

 

 カズマ君が連絡してくれたのか、ギルドの方でもあの日自分がボロボロになって生還したと言う話を聞いていたらしく、自分の顔を見るなり身体はもう大丈夫なのかとかどこか痛まないのかとかこちらが恐縮する位身を案じてくれた…その心遣いが少し恥ずかしく思うと共に、有難く感じた。そんな過保護なルナは自分が持ってきたデュラハンの鎧片をしげしげと眺めていた。

 

「思った通りでしたね…実はデュラハンが魔王城を発って、何処かを目指して進軍しているという情報が少し前に入っていたのですよ。この街には来る事は無いと思ってましたが、ここ暫くの依頼の傾向を見ていると、嫌な感じはしてたのですが…」

 

 依頼が終わった後だから言える事だが、恐らくギルドの方では今回の件の黒幕はデュラハンであるとある程度目星を付けていたのだと思う。只、憶測だけでは今後の対応も捗らないので、周辺調査と言う形で裏付けをしたがってたのだろう。

 

「それにしても一人でよくあの武闘派で知られるデュラハンを相手に出来ましたね。頼んでいたのがぴたーさんじゃないと考えたら…ぞっとしますよ」

 

 それに関しては、自分で無かったら逆にあのデュラハンに襲われずに済んだのではないかと考えている。あのデュラハンは強者を相手にしたいと言っていたし、とある事情で魔法使いに並々ならぬ恨みを抱いていた。そして残念な事に、自分がその二つのカテゴリーに偶々加えられてしまったからこの様な事態になった訳だ。だが、あの妙に統率が取れていたアンデッドナイトの群れに対して、ここの街の冒険者が相手するとなると少し厳しい感じがする。結局の所自分が対応するのがベターだったという事であろう。

 

「では報酬をお渡ししますね。基本報酬に今回はデュラハンの進攻を防いで頂いた事を鑑みて、上乗せをして300万エリスご用意しました。どうぞ、お納め下さい」

 

 報酬が上乗せされるのは有難い…身体を張った甲斐があると言う物だ。カズマ君のパーティにも世話になったし、上乗せは彼らにも還元しないといけないな。

 

「後、王都からの部隊の件ですが…どうやら派兵は議会の承認、傭兵の徴収及び物資の準備により一月程かかるというらしいのです」

 

 一月か…表向きはそう言う話だが、大方貴族連中が派兵の為の金とか手柄を取る為の軋轢とかで思う様に動けて無いと言うのが正しい姿なのだろう。悲しいかな、権謀術数蠢く貴族同士の戦いが垣間見えた…封建社会まっただ中のこの世界はやはり、上に立つ人間の間にはマキャヴェリズムが浸透しきっている様だ。

 

 こちらも王都に戻り次第、傭兵として討伐隊には加わるつもりだ。だが、この調子だと果たしてデュラハンと再戦が出来るのだろうか…先行きが少し心配になる。

 

「迅速な依頼の遂行、感謝します。ですが暫くは安静になさってくださいね。ギルド職員としてだけではなく、友人の一人としても忠告しておきますよ」

 

 職務的なトーンでなく、ルナは自分に一人の友人として案ずるように語りかけた。そうするつもりだと答えたら、ルナの表情は少し和らいだように見えた。

 

 

 

 

 

 ギルドから離れ、ふらりふらりと街中を散歩する。この街には、後1~2日程滞在して王都に戻るつもりだ。だから今日は骨休めを兼ねて心身のリフレッシュに充てたいと思う。

 

 日もゆるやかに上り、朝の新鮮な空気を吸いながら市場を訪れる。どうやら朝市をやっているらしく、新鮮な野菜や果物が所狭しと陳列し、辺りには威勢の良い売り文句や値段を交渉する主婦の声が飛び交い活気にあふれている。果物を売っている店から赤々と瑞々しく熟れた林檎を何個か買い、それを齧り付きながら街の中央から正門の方へと続く道をあてどなく歩みを進める。口に広がる酸味と甘み、そして林檎の爽やかな香気が心地好い。

 

 暫く歩いていると、街の外へと続く道と大きな正門が見えて来た。ふらふらと散歩していたらこんな所まで歩き続けてたのか…。早朝から門を護っている衛兵達に挨拶をし、散歩のコースを変える為に街の側面をぐるりと囲む壁伝いの道へと足を踏み入れる…すると、正面の方角からこちらへと向かって歩いてくる二つの人影を目にした。昨日まで自分を看病してくれた冒険者達、カズマ君とめぐみんだ。不安そうに溜息を付くカズマ君に対し、めぐみんは心底ご機嫌な様子だ。そんな二人に自分は声をかけ、挨拶を交わす。

 

「おはようございます、ぴたー」

 

「よぉ、おはよう。身体の方はまだ本調子でないと思うが、早朝にどうしたんだ?」

 

 ギルドの方に依頼達成の報告をしてきた帰りと伝えた。今は癒して貰った身体を慣らす為、心のリフレッシュも兼ねた散歩の最中であるとも言っておく。そう言えば報酬をギルドから受け取ったが今渡そうかと尋ねたが、カズマ君は少し考え、後から渡して欲しいと告げた。

 

「まぁこれから何をするか…わかるだろ?」

 

 そう言ってカズマ君は徐に後ろを指さした。見るとそこには満面の笑みを浮かべながら杖を握り締めているめぐみんの姿があった。察するに昨日言っていた、爆裂魔法の撃ち方を始めるのだろう…あろうことか、その標的が魔王軍幹部の居城と知りながらの狼藉である。

 

「そうだ、ぴたーも私達に付いて来れば良いですよ。街の外を一緒に散歩しつつ、我が爆裂魔法をその目に焼き付けるのです」

 

「またお前は…だけど今日の所は俺からも頼みたい、付いて来てくれると助かる。アイツ、お前に爆裂魔法を見せてやりたいって前に出会った日から意気込んでてさ…」

 

「な、何を言いますかカズマ! 凄腕のぴたーと呼ばれる手合に爆裂魔法を見せて爆裂道に誘い込むチャンスなのですよ!」

 

「へー、故郷に居た時お世話になった近所のお姉ちゃんに、成長したと言う所を見せたいと言ったのは何処のどいつだっけ?」

 

「わーっ! ち、違いますからっ!」

 

 昨日と同じ様なじゃれ合いを見せる二人。どうやらカズマ君の言ってた事は本当の様で、めぐみんは顔を赤らめながら必死に発言を否定しようとしている。

 

 ともあれ、折角の御誘いだし付いて行きたいと二人に同行を願った。近所のお姉ちゃんとしてめぐみんの成長ぶりを見てみたいのはこちらとしても同じだからだ。カズマ君はホッとした表情になり、めぐみんは傍から見ても判る様に嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

「よし、そうと決まったら善は急げです! はやく古城へと向かいましょう!」

 

 見た目相応とも言える子供の様な活発さで、めぐみんは正門を抜け外へと駆け出していく。

 

「全くアイツは…」

 

 まるで保護者みたいだとカズマ君に言ったら、彼は少し顔を赤くした。年下の男子をからかうのは大人の特権だ、前にも同じ様な事を言った気がするが。

 

 取り敢えず、今回は何かあったら逃げる算段は整えるから心配はしなくていいと告げた。爆裂魔法を打つ前に前回の様な魔道具等の罠が無いか確認し、不味い事になりそうなら直ぐスクロールで逃走するのだ。スクロールは調査用で余ったものだから、バンバン使っても問題ない。

 

「助かるよ…、実を言うと、そういう手段を持ってそうなお前が来てくれるのを俺も期待してたんだ」

 

 顔にそう書いてあったから分かる。そう言いたいが、これ以上カズマ君を疲れさせるのも酷であるから黙っておいた。

 

「二人とも何をしてるのですか、早く行きますよー!」

 

 既にかなり離れた所から大声で呼びかけるめぐみん。自分とカズマ君は互いに苦笑いを浮かべながら、めぐみんの後に付いて行ったのだ…。

 

 

 

 

 

 街から離れ、坂道が少しずつ目立ち始めた丘を歩き続ける我々。三人とも先程買ってきた林檎を手にしながら散歩するかのように足を進めて行った。

 

 実に平和だ。空は快晴で、正に今日は行楽日和とでも言えようか。

 

「そうだな…この爆裂狂に付き合わなければ、ピクニック日和なんだけどなぁ」

 

 そう言ってカズマ君は溜息を付き、前方を一人でずんずんと進んでいくめぐみんを見やる。随分とご機嫌な様子で、鼻歌を歌いながら今にもスキップしそうな勢いで歩み続けている。

 

「全くアイツは…何かいつも以上に張り切っているなぁ」

 

 とは言え、心から楽しそうなパーティメンバーを見るとリーダーとしては思う所があるのだろう。街を出るまでは憂鬱な表情だったカズマ君は、街を出てから少し和らいだ感じになっていた。自分としても、あの様に心から楽しそうな表情をしているめぐみんを見るのは本当に久しぶりな感じがする。最も、最後に里で会ったのは三年ほど前の話になるので、そもそもめぐみんと会ったこと自体が久しぶりという事になるのだが。

 

「にしても、ぴたーって随分とめぐみんに慕われているんだな。爆裂魔法の件もそうだけど、お前が大怪我して宿屋に運ばれた時には率先して看病すると言い出したんだよ」

 

 最後の方はめぐみんに聞かれない様に、カズマ君は小声で耳打ちした。カズマ君達のパーティは少し前に結成したばかりらしく、お互いの事を余り知って無かった為か、めぐみんの事は我が道を行く唯我独尊タイプの子だと思っていたらしい。

 

「だけどさ、近所の姉に良い所を見せようと張り切っていたり、同族の危機に対し凄く心配をしていたりという所を見て、やっぱり年相応の面もあるんだなぁと思ったんだよ」

 

 そう言いながら何時の間にやら一人で遠くを歩いているめぐみんを見つめるカズマ君の顔は、満更でもなさそうな笑顔だった。恐らくこの時、自分も同じ様な面持ちでめぐみんを見ていたのだろう。慕われている…か。自分としては、とても嬉しい話である。

 

 近所付き合いもあったから、里に居た頃はめぐみんとは気心知れた仲であったと自負出来るが…恐らく決定的になったのは、あの話からだろうか。

 

「あの話ってなんだ?」

 

 聞きたいのかとカズマ君に問うと、是非もないと言わんばかりの顔で詳しくと告げて来た。恐らくはめぐみんの恥ずかしい昔話を聞いて、頃合いを見て弄ろうと言う算段なのだろう。

 

 とは言え今から話す事は別段めぐみんの恥ずかしい過去と言う訳ではない筈だ。ならば少し昔の話になるが…どうやら目的地まではもう少し歩く様だし、時間潰しを兼ねて自分は林檎を齧りながらカズマ君に里に居た頃の思い出話をぽつりぽつりと語った…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今から凡そ七年程前に遡る。

 

 自分はその頃、里の魔法学校でアークウィザードの道を歩み始めた位…魔法の修業を始めた辺りの時期であった。

 

 その時は学校の放課後とでも言えばいいだろうか、自分は学校指定の制服を着たまま、ふらふらと里を散歩するかのように歩いていたのだ。何時もならクラスメイトの友人と共に修行…と称した遊びに興じていたのだが、生憎と彼女は親の都合で下校の時間になった途端に早々に帰宅していたので、自分一人でノンビリとした時を楽しんでいた。

 

 辿り着いた場所は里の中央に鎮座する、鷲の翼と顔、そして獅子の下半身を持つ怪物グリフォンの像。何でも、生きたグリフォンを里の人間が魔法で石化させた代物だとか。その為なのか只の石像とは違う、まるで生きているかの様な脈動感溢れる佇まいを見せているのだ。

 

 風を斬る力強い翼、獲物に今や喰らい付かんとする鋭い嘴、百獣の王ですら一蹴してしまうであろう屈強な前足…当時の自分はこの像の虜になっていたのだ。誤解無きよう正確に言えば、モチーフとして創作意欲が沸くとでも言えば良いだろうか。アクセサリーのモチーフとして、こう言った生き物と言うのは格好の素材と言える。好みは分かれる所だが、好きな人には良く手に取って貰えるのだ…特にドラゴンをモチーフにしたアクセサリーとかは、同族の冒険者に良く売れている。

 

 自分は偶に暇を見つけては、いずれ生活の糧になるであろう魔道具のモチーフとして参考にする為、スケッチブック片手に写生を行っていたのだ。真白なスケッチブックのページに筆を走らせる…その日は主に、翼をメインにスケッチしていたと記憶している。

 

 黙々と自分なりに翼を表現していると、ふと視線を感じた。そして視線の先を見ると、自分よりも幼い女の子が居たのだ…そう、幼少時代のめぐみんである。

 

 自分が気付いた事を確認するとめぐみんはこちらの方へと向かって、とてとてと歩み寄ってきた。そして隣にちょこんと座り、スケッチブックの中をじっと見てきたのだ。

 

「なにを書いていたのですか、ぴたーお姉さん?」

 

 自分は目の前の像を指さした。めぐみんは手渡されたスケッチブックと石像を交互に見て、感心する様にへぇと呟いた。

 

「中々上手ですね。迫力があって良いと思います」

 

 そう言ってめぐみんはパラパラとスケッチブックを見るも、やがて飽きたのかパタンと閉じて自分の手元へと戻した。押し付ける様に返してくるスケッチブックを受け取り、再び自分はサラサラと筆を走らせる…傍らに座っているめぐみんは、そんな自分をしげしげと眺めていた。

 

「…ぴたーお姉さんは、将来は魔法使いを目指したりするのですか?」

 

 唐突に、めぐみんはぽつりと呟くように質問する。キリが良い所までサラリと筆を進め、スケッチブックを横に置いて自分はめぐみんの方を向いた。

 

「私は、将来は上級魔法を遥かに上回る魔法、爆裂魔法を操る大魔法使いになります」

 

 なりたい、ではなく大魔法使いになるときっぱり言い張るめぐみん。だがその自信たっぷりな言動とは裏腹に、その表情はどこか迷いを感じる。何かに恐れ、不安を感じている顔つきと言った所か。

 

「その為には大きくなる必要があるのです。魔力だけではありません、姿形も立派にならなければ…」

 

 例えるなら、私に爆裂魔法を教えてくれたあのお姉さんみたいに…と誰にも聞こえない位の小声でめぐみんは呟いたが、自分の耳にはっきりと届いた。そう言えば少し前に里で物凄い爆発があった事、そして里の者では無い見知らぬ女性を見かけたと言う噂があったので少し気になったのだが、めぐみんも無事であったし余り詮索するのは良くないなとこの時は聞かなかったフリをしていた筈だ。

 

 しかし姿形、か。何となくだが、めぐみんの言いたい事が分かった気がした。

 

 そう確信した自分は、おもむろに懐を探る。そして取り出したのは真新しい長方形の金属片、魔法修業を始める時に作ったばかりの冒険者カードだ。それをめぐみんに見せる…めぐみんはそのカードをじっくりと観察していた。その視線の先は一点に集中している。

 

「魔力値が高い…これ、里の大人と殆ど変わらない位の数字だと思いますよ!」

 

 驚いた表情でめぐみんは手にしたカードと、そのカードの主である自分を交互に見やる。これでもクラスでは1、2を争う魔力値だとめぐみんに少し得意げに告げる。因みにライバルとなる人物は先程ちらりと話題に出した、自分の友人である修行が趣味の子…因みに彼女は現在里で占い師をしている。非常に良く当たる占いをすると評判だ。

 

「そけっとお姉さんと同じ位の魔力なのですか…彼女なら何となく魔力が高そうに見えるのですが、まさかぴたーお姉さんもそんなに高いなんて…」

 

 それはどういう意味だと問い詰めると、どうやらめぐみんにとって自分は余り将来性が無い魔法使いに見えていたらしい。

 

「手先が器用なのは知っていましたが、魔法の才能もあるとは思いませんでした…こんなにちっちゃいのに」

 

 ちっちゃいとは御挨拶だなと自分より更にちっちゃいめぐみんの頭を少し乱暴に撫で回す。やめてくださいと抵抗をするも、めぐみんは満更でも無さそうな笑顔を浮かべていた。

 

 改めて話を聞くと、どうやらめぐみんは自分の小さな身体にコンプレックスを抱いている様だった。曰く、里の実力ある女魔法使いは巨乳な人が多いとか…言われてみると、確かにそういう気もしてきた。かつては自分も人並みの男故に女の胸には興味を抱いていたし、そう言えば死に別れる事となった妻も割と胸が大きかったなと一人回想するも、いざ女の身になると興味がとんと湧かなくなっていた。里の女の胸に対して特別な興味は抱いていなかったから、言われるまでその法則の様な物に気が付かなかったのだ。

 

「大魔法使いになる、だからこそ私は巨乳にならなければならないのです…ですが」

 

 そう言ってめぐみんは小さな手のひらを自らの胸に当てる…幼い身であるが故に膨らみすら無い胸部にめぐみんは絶望する。恐らくであるが、栄養的な面と遺伝的な面で望みが無いと考えていたのだろう。

 

 栄養的な面は自分の父親が猟師をやっている関係で時々近所のめぐみん宅へ御裾分けをしているのだが、それでも大変な食生活であると記憶している。めぐみんの父親は魔道具職人を営んでいるのだが、独創的過ぎる品しか作らない為収入が殆ど無いと言っても良い位だ。

 

 そして、めぐみんの母親は大変美しい女性なのだが、いかんせん胸が慎ましい方だったと記憶している。そう言った二重苦もあり、めぐみんは将来性が無い自らの身体的成長に嘆いているのだ。辛そうに吐いた溜息が、めぐみんの心情を物語っていた。

 

「私が巨乳になるのは夢のまた夢なのでしょうか、ぴたーお姉さん…?」

 

 ならば言わせて貰う、めぐみんが目指す大魔法使いとやらはそんな型に嵌る程のありふれた魔法使いなのか、と。

 

「…!?」

 

 ハッとした顔で自分を見つめるめぐみんを見て、自分はこの時ニコっと笑みを浮かべていたでだろう。

 

 めぐみんが覚えようとしている爆裂魔法…この時自分は魔法たる物を勉強し始めた身分故に、爆裂魔法とはどういう魔法なのか知らなかった。だが上級魔法より強い魔法と言うならば、恐らく魔法の常識を打ち破る様な凄まじい魔法である筈だ。

 

 そんな魔法を扱うとなれば、通常の域には収まらない位の型破りな魔法使いであるのが相応しい。巨乳だろうが貧乳だろうが関係無い、威風堂々とした佇まいで厳かに、そして大胆に魔法を行使する。それこそがめぐみんの目指すべき大魔法使いでは無いのだろうか?

 

「…そうですね。そんな事に気が付かなかったとは、私もまだまだ修行不足でした」

 

 何の修業をしていたのかは定かではないが、先程とは打って変わってスッキリとした面持ちになるめぐみんを見て、自分はホッと胸をなで下ろした。

 

「巨乳には今でも憧れます。ですが、たとえそうはならなくても私には爆裂魔法を操る最強の魔法使い…その肩書さえあれば十分です!」

 

 決意新たにぐっと拳を握るめぐみん。見下ろす様に我々を見ているグリフォン像も、きっと一皮剥けた魔法使いの卵の成長に喜んでいるだろう。

 

「きっと、魔力も身体の成長についても、ぴたーお姉さんを越えて見せますからね。覚悟して下さいよ!」

 

 何時もの少し勝気で元気なめぐみんが戻ってきて自分はクスリと笑みを零した。何故笑うのですかと問い詰めてくるめぐみんを適当にあしらい、自分は地面に置きっぱなしのスケッチブックを鞄に詰め、帰り支度を始めた。

 

 魔力はどうなるかは分からないが、身体の成長ならば間違いなく何時かはめぐみんの方が大きくなる。そう宣戦布告をされても、既に自分の負けは目に見えていたのだ。

 

 何故ならば、自分は半ば望んでこの身体になった…魔法使いとアクセサリー職人を営むに適した身体を、神に願ったのだ。

 

 魔法使いに必要な要素として膨大な知識を吸収出来る頭脳、そしてアクセサリー職人に必要な要素として細かい作業に適した細くて小さな手の平。それらを兼ね備えたのが今の自分の身体…10歳前後の幼子の身体と言う事だ。よもやこうなるとは夢にも思って無かったが、望んだ要素は満たされている訳だし不平不満は無い。

 

 そんな自分の独白はどうやらめぐみんの耳には届いてない様だ。自分の事よりも、めぐみんが目指す大魔法使いへの道に希望を見出しているからであろう。

 

 帰り支度も整い、忘れものが無い事を確認した後めぐみんに手を差し伸べる。そろそろ遅くなるし、一緒に帰ろうかと一言添えて。

 

「しょうがないですね…分かりました。一緒に帰りましょう」

 

 自分より小さなめぐみんの手を握り、二人手をつないで帰路へと着く。ちらりと見えためぐみんの横顔は、最早将来の悩みなど何も無い、晴れやかな笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とまぁこんな所である。中々良い話だと思うが、如何だっただろうか?

 

「いや、確かに良い話なんだけどさ…今のめぐみんを形成した原因って、爆裂魔法を教えたお姉さんという人物とぴたーの二人だという事を考えると、素直に感動出来ねぇんだよ」

 

 複雑そうな顔をするカズマ君は取り敢えず置いておこう。話し込んでいる内にどうやら目的地まで目と鼻の先の所まで来た様だ、めぐみんが向こうで手を振りながら二人とも遅いですよと声を上げている。

 

 待たせるのも良くないし、少し駆け足で向かう事にしようか。未だにその場で立ったままぶつくさ言っているカズマ君の背を押し、自分達も駆け足でめぐみんに追いつかんとした。

 

「…ところでぴたー、神に願ってその身体を手に入れたって、どういう事だ?」

 

 さて、どういう事だろうか。何か含みを持たせる秘密を一つ二つ持っている方が、人間と言う生き物は箔が付くという物だ。

 

「何だよそりゃ…まぁいいや、どうせ紅魔族的なアレだと思うし」

 

 

 

 

 

 そして長い散歩の末に辿り着いた先は、古びた古城が立つ丘が眼前に広がる場所。ここで毎日めぐみん達は、古城を標的として爆裂魔法を撃っているとの事だ。

 

 辺り一面を見渡してみたが、どうやらデュラハンの待ち伏せの様な物は見受けられない。デュラハンのベルディアは戦場以外での搦め手は余り好まない性格であるという話を聞いていたが、どうやら正しい情報である様だ。

 

 スクロールも何時でも使用できる状態。魔道具の妨害も感じられない…ならば、後は心置きなく彼女の成長とやらを見届けるとしよう。

 

 自分とカズマ君が頷くと、めぐみんは笑顔でそれに応える。

 

「それではカズマ、そしてぴたー、我が爆裂魔法をとくと見るが良いです!」

 

 そう言って、めぐみんは杖を仰々しく構えると途端に真面目な顔になった。そしてピリピリとした、大魔法を行使する時に感じられる魔力のうねりが肌で感じられるようになった。バサリバサリと魔力のうねりによってマントがたなびくその姿は、正に威風堂々とした大魔法使いの様。

 

「黒より黒く、闇より暗き漆黒に、我が深紅の混淆を望み給う」

 

 厳かに呟かれる詠唱。一言一言を紡ぐたびに、魔力のうねりが、杖から発せられる魔力が倍々になるかの様に増大していく。

 

「覚醒の時来たれり、無謬の境界に落ちし理」

 

 うねりが轟々と音として聞こえて来た。辺りには暴風の様な魔力の嵐が、めぐみんの杖を起点として渦を巻いている。

 

「無行の歪みとなりて現出せよ!」

 

 音が、風が、魔力の濃度が高くなる。そして杖の先のマナタイトが、燃え上がる様な輝きを放っている…ここに詠唱は完了し、魔法は完成した。後は杖に込められた抑えきれない魔力の塊を叩き込むのみ。そして…大胆とも言えるタイミングで魔力を解き放つ!

 

「『エクスプロージョン』ッ!」

 

 瞬間、杖の先に込められた魔力が光となって標的である古城へと向かって突き進む。

 

 眼前に広がるは燃え上がる様な赤、黒く染まった魔力の光、そして轟く轟音、突き抜ける様な衝撃波…破壊と言うには生温い、それは正に破滅とも呼ぶべき光景だった。

 

 成る程、人類が持ち得る中での最強の攻撃手段、とはよく言ったものだ…これをまだ10レベルを超えた位の魔法使いが行使しているのだから爆裂魔法というモノの威力、そしてそれを扱う若きアークウィザードの才気という物に自分は心底舌を巻いた。

 

「ふふふ…まだ見ぬ魔王軍の幹部よ…見ているか、これが爆裂魔法です…はう」

 

 満足そうに自分が放った爆裂魔法を見届けた後、めぐみんの身体は糸が切れた様にどさりと崩れ落ちた。膨大な魔力を根こそぎ消費し、さらに足りない分は自らの生命力を使う事でめぐみんは爆裂魔法を一日に一度だけ行使出来る…燃費の悪さと引き換えの超高威力、正に浪漫の塊と言えようか。

 

「どうでしたかぴたー…我が爆裂魔法は…?」

 

 地に伏せたままめぐみんが問いかける。少なくとも一発でこれだけの威力を叩きだせる魔法は自分の手持ちには存在しない。見事な物だったと素直に感想を述べると、めぐみんの顔は誇らしさと嬉しさが同居した笑顔を浮かべていた。

 

「それは良かったです。これでぴたーも爆裂道の素晴らしさに開眼出来たという訳ですね」

 

 其れに関しては今は少し言葉を濁しておく。流石に直ぐには覚えるつもりはないが、参考としては十分だ…爆裂魔法の凄まじさは確かに自分に伝わっただけでも、めぐみんの目的は達成されたと言えよう。めぐみんの言う爆裂道とやら、とくと堪能させて貰った。

 

「はいはい、今日もおつかれさん。張り切っていたせいもあってか、今日の爆裂魔法は悪くなかったぞ。特に風圧が心地よかった…85点だな」

 

 爆裂魔法の採点という、これまた随分と凄い特技を持っているカズマ君は慣れた手付きでめぐみんを抱え、そのまま背へと乗せる。しっかりとしがみついているめぐみんを見ると、やはりこの二人は信頼し合っているのだなと見ていて感じる。喧嘩するほど仲が良いと言う事か。

 

「出来れば100点の爆裂魔法を見せたかったのですが…仕方がありません、自己採点でも85点は妥当だと思いますし、ぴたーにはまた今度お見せしましょう」

 

「そうだな。巨乳になった辺りでまたやればいいんじゃないの?」

 

 からかう様に言い放つカズマ君に対し、めぐみんは顔を真っ赤にして上ずった声を上げる。

 

「な、何を突然言い出すのですかこの男は!」

 

「近所の優しいお姉ちゃんに聞いたぜ?昔は大魔法使いになる為に巨乳になる事を憧れていたってさ」

 

 ニヤニヤしながらそう言い張るカズマ君をジトッとした目で睨んだ後、めぐみんはその矛先を自分の方へと向けてきた。

 

「ぴたー!カズマに何を吹き込んだのですか!」

 

 吹き込んだも何も、ちょっと天気も良いし昔話に花を咲かせていただけである…特に恥ずかしい過去とかは話してないから安心して欲しいのだが、今のめぐみんは自分の言葉に聞く耳すら持たない。

 

「十分に恥ずかしい過去ですよ!何なのですか貴方は、ちょっとした弾みで昔話を語るとか、まるで近所の優しいお姉さんじゃなくて御近所の話好きのおばちゃんではないですか!」

 

 めぐみんの一言がやけに自分の心に突き刺さる。おばちゃん…か、中身としてはそう呼ばれても仕方が無い事は分かっているが些か響く言葉だ…。

 

「お、おい…大丈夫か?」

 

 割と心に致命傷を負った気がするが、大丈夫だと空返事を返す。取り敢えず、ここに長居をしても仕方が無いし、街へ帰ろうではないかと提案する。

 

「まぁ、確かにそうですね」

 

「一応魔王幹部が目と鼻の先に居るからな…とっとと退散するに限るな」

 

 二人の同意を得られた事だし、自分はスクロールの魔力を解放する…解放された魔力は光となって自分たち三人を包み込み、アクセルの街へと導いてくれた。

 

 

 

 

 

 この日の夜、勢いで購入した高めの酒と肴を手土産に友人が営む魔道具店を訪れて、年齢談義と言う傷の舐め合いをしたのはまた別の話である…。




 一週間に一話くらいの更新頻度で頑張りたいと言い張るも、早速それを成し遂げられなかった駄目な作者がいるらしい。はい、申し訳ありませんでした。すいません許して下さい何でもしませんから。

 今回はこのすばの華の一つ、爆裂魔法お披露目及び(捏造)過去回です。後ちょろっとぴたーの転生特典の一つについても言及。こんな感じでぴたーの特典は役に立つけど何らかの欠点・融通が利かない部分がある、という感じになります。後そけっとさんはここのお話ではぴたーと同じく19~20歳という設定にしました。サブキャラの年齢一覧とかどこかに纏めて無いのかな…?


そしてUA、及びお気に入り数が更に恐ろしい事になっている…本当に読んで下さる皆様へは足を向けて寝る事が出来ません。今後も更に努力したいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。


5/21 一部文章の表現を変更しました。

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