この紅魔の職人に冒険を!   作:棘白猫

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第五話

 

 手にも、足にも、何かの感触が伝わってくる。柔らかい布の様な感触…どうやらシーツの様だ。瞼が重たいが、何とかこじ開ける様に開く。少し視界がぼやけているが、辺り一面白い光とか黒い空間とかでは無い…どうやら、何とか生き長らえた様だ。

 

 目が覚めると、そこは宿の部屋。自分が泊まっている宿の一室だった。

 

 未だに頭がボーっとするが、そこは何とか堪えるしかない。身体の痛みは…想像以上に引いていた。間違いなく大怪我を負ったと記憶していたのだが…。手には包帯などが巻かれてあるが、僅かに痛みを感じる程度である。何時の間にやら衣服も普段着とコートではなく、自分が就寝する時に着ている上下黒色のパジャマになっている。誰かが怪我の介抱と共に、着せてくれたのだろうか。

 

 あの時…魔王の幹部から逃走する為に敢えて至近距離から炸裂魔法を放ち、魔道具の破壊及び爆風に乗ってスクロールが有効になる場所まで離れるという作戦をとった訳だが、当然そんな事をすれば自分の身も只では済まない。更にあの時はデュラハンの直撃を受けた後だから、只でさえ体力に乏しい自分からすれば正に命を賭したと言っても過言ではない。事実、吹き飛ばされた時には間違い無く腕や足があらぬ方向に曲がっていた…だが今その腕や足は先程述べた様に少し痛みを感じる程度で、折れた感触も関節が外れた感触も感じる事は無かった。

 

「あ…ぴたー! 目を覚ましたのですね!」

 

 声の方に目を向けると、そこにはソファーに座りながら心配そうな顔でこちらを見る紅魔族の少女…めぐみんが居た。

 

「あの後ボロボロになった貴方を、カズマとダクネスが担いでぴたーが泊まっている宿まで運んだのですよ。そしてアクアが治療して…とにかく良かったです。本当にあの時の怪我は目を背けたくなる程に酷かったので…」

 

 そう言って心底安心した様な表情を見せるめぐみん。彼女はきっと、傷が癒えても衰弱して寝ていた自分を心配して、ずっと看病してくれていたのだろう。

 

 心配をかけて済まなかった。そしてカズマ君達のパーティに助けられて、感謝するとめぐみんに伝えると少し嬉しそうに微笑んでくれた。

 

「それにしても、あの森の中で一体何が起きたのですか? 依頼の話は聞かせて貰いましたが、まさかとは思いますが何か強力な魔物が居たのでしょうか…?」

 

 めぐみんの質問に答えようとした矢先、部屋の扉がノックされる音が聞こえた。程無くして扉が開き、やってきたのはカズマ君だ。カズマ君は自分がベッドから身体を起こしている様子を見ると、心底ホッとした様な顔を浮かべた。

 

「ぴたー! 身体は大丈夫なのか!?」

 

 まだ身体は本調子とは言えないが、大丈夫である。カズマ君には予め救助者を街へと搬入した後にスクロールの帰還ポイントに待機する様言っていたが、その後の迅速な手当が無ければこんなに早く復帰は出来なかっただろう…。御蔭様でなんとか五体満足の身で生還出来た…カズマ君達には本当に感謝の念に堪えない。

 

「気にするなって、俺達も力になれて何よりだよ」

 

 話を聞くと助けた戦士と魔法使いの二人は無事街に戻る事が出来た様で、傷だらけの戦士は然るべき治療を受けて元気になったとか。こちらとしてはそちらが気掛かりだったからホッと一息付ける事が出来た。因みに、こちらもアクア様が治療をしてくれたらしい。

 

 さて、めぐみんにも問われた訳だし同行者のカズマ君も来たので、あの後自分に起こった事を二人に滔々と語った。アンデッドナイトの群れを一掃した事、そして今回の依頼が達成した事…即ち、ギルド側が予想していた強力な魔物が潜んでいた事を二人に告げた。

 

 そしてその相手は魔王の幹部、デュラハンだと言う事を…。

 

「で、デュラハンだって!?」

 

「デュラハンと言うと、闇の鎧に身を包み剣術と呪術に長けたアンデッドの騎士ですね。まさかそんな奴が潜んでいたとは…これは私の爆裂魔法の見せどころではないでしょうか!」

 

 驚くカズマ君に対し、妙なやる気を見せるめぐみん。思っていた通り、どうやらめぐみんは爆裂魔法を会得していた様である。デュラハンに爆裂魔法を覚えている人物に心当たりが無いか聞かれたが、黙秘を貫いて良かったと改めて思った。

 

「まさかあの後、デュラハンと一人で戦ったというのか!?」

 

 調査が目的の為本当は戦いたくなかったが、あちらが何故かやる気だったのと魔道具によってスクロールを用いての脱出が不可能だったから、止むを得ず対峙したのだ。相手は前衛、そしてこちらは後衛一人の為分が悪過ぎる…更にはあちらは神聖魔法すら防ぐ鎧で身を固めていた為、まともにやりあっては自分に勝ち目が無いのは明白であった。

 

 だが、機転を利かせて逃げる事は出来たのだ…ついでに置き土産としてあちらの鎧を破損させ、暫くは活動を封じた事も付け加えておきたい。そう言う意味では、戦果としては十分な物を得られたと言っても過言ではないと自画自賛してみる。

 

「戦果と言えば、そう言えばこんな物を見つけたのですが…ぴたーがしっかり握ってたので何なのかと思いましたが、今の話を聞く限りですともしかしてこれって…?」

 

 そう言ってめぐみんは大人の拳大程度の黒く鈍く光る物体…一つの金属片を見せる。これはデュラハンの鎧の破片…これこそが相手が魔王の幹部だったという証左になる訳だ。

 

「やはりそうでしたか。何やら妙な魔力を感じると思いましたが、そんな代物とは…」

 

 身体が落ち着いたら、これらの事をギルドに報告する予定である。尚、この破片はギルドに見せた後、研究の為色々と私的に調査して見るつもりだ。魔王の幹部が使っている鎧の材質とか、僅かに残っている魔力についてとか、興味が尽きる事が無い。個人的には、偶然ではあるがこの破片を得る事が出来ただけでも依頼を受けた価値があると言える。

 

「何と言うか、凄い笑顔だな…」

 

「余りぴたーってこんなに笑う人では無かったと記憶してますが」

 

 二人にそう言われるほど、どうやら今の自分の顔は喜びで綻んでいる様だ。思わぬ戦利品を得たのだ、こういう時は自分とて素直に喜んでおきたい。

 

「それにしても、後衛一人で魔王軍の幹部と戦うって…何と言うか、とんでもない事やって来たんだな」

 

 これで一人で幹部を倒せてたら武勇伝になるのだろうが、流石にそこまでの実力は自分には無い。痛み分けで終わるのが関の山なのだ。そして逃げ切れたのは、ひとえに不意を付けたのが大きかったと言えるだろう。結果論ではあるが至近距離に詰め寄る事が出来たので、魔道具の破壊を図る為、それが叶わずとも爆風を利用して脱出する為炸裂魔法を一発ぶちかましてやった訳だ。

 

「さ、炸裂魔法?」

 

「ほほぅ、ぴたーは炸裂魔法を使えるのですか。ならばいっそのこと、爆裂魔法も覚えて私と一緒に爆裂道を進みましょう! そうすればきっと魔王の幹部の一人や二人、消し飛ばす事も容易いですよ!」

 

 炸裂魔法という物騒な名前に訝しげな顔をするカズマ君に対し、めぐみんはキラキラと眼を輝かせていた。そしてしきりに爆裂魔法を勧め、爆裂道なる物へと自分を引き摺り込もうとしている…。

 

 爆裂魔法に関しては今は覚える気は無いが、冒険者カードを見ると自分にはどうやら爆裂魔法を覚える素質は備わっている様なのだ。現地点では覚える必要性は無いのだが、世界最高の攻撃魔法と名高い爆裂魔法…魔法を扱う者の端くれとしては興味が無い訳ではない。必要なスキルを覚え終わった後に折角なので覚えようかなとは密かに考えているのだ。そういう理由で習得はまだまだ先になりそうだが、習得した暁には是非爆裂道とやらを教えて欲しいとめぐみんに言うと勿論ですよと心底嬉しそうに応えた。

 

 そして炸裂魔法を知らないカズマ君には、どういう魔法なのか説明する。炸裂魔法とはその名の通り魔力の塊を凝縮し、一気に炸裂させる魔法である。その破壊力は強固な岩盤ですら楽々と砕く程であり、戦闘用ではあるもののどちらかと言うと採掘や発掘等の土木関係で見かける事が多い魔法だ。自分は仕事の関係で採掘等もちょくちょく行う故、岩盤を破壊する為炸裂魔法は覚えておきたかったという訳だ。無論、その威力故に火力としても使用できる…とは言え、魔力の消費が大きい為自分の身では一日に一回、魔力が全快であるという条件で二回しか使えない。

 

 因みに、先程のデュラハンとの戦いでは何発も中級、上級魔法を使った挙句に炸裂魔法まで放った為、魔力は殆ど無かった事も付け加えておきたい。即ち、あの時の賭けが上手くいかなかったら自分はこの場にはおらず、森の中に屍を晒していた可能性が高かっただろう…。

 

「成る程…とにかく爆裂魔法並に物騒な魔法だと言う事は分かった」

 

 紅魔族って皆こんな感じなのかとポツリと呟くカズマ君。流石に皆が皆そうではないと一応言っておく…それでも、日常茶飯事に上級魔法が飛び交うのだが。自分やめぐみんの故郷である紅魔の里に来たらきっと吃驚するだろう。

 

「上級魔法を当たり前の様に使って、更に炸裂魔法とやらも使えるのか…多彩な魔法を使えるってやっぱり凄いな、これが本当のアークウィザードって奴か」

 

 カズマ君がしみじみとした表情で呟く。上級魔法については、初撃のライト・オブ・セイバーは勿論、アンデッド達を吹き飛ばしたトルネードと追い撃ちのインフェルノを遠目から見ていたらしい。冒険者だから思わずカードを見てみると上級魔法の項目が見つかったとか…尚、習得の為のスキルボイントが膨大すぎて泣く泣く覚える事を断念した事を心底残念そうに言い放った。

 

「おい、本当のアークウィザードって事は本当ではないアークウィザードも居ると言う事ですね、その事に付いて詳しく聞こうではないか」

 

「いやー、爆裂魔法だけしか使えないアークウィザードに比べるとねぇ?どう見てもあっちの方がアークウィザードらしいじゃないか」

 

「この男は爆裂魔法までケチを付ける気ですか! 私に一番言ってはならない事を言いましたね? 宜しい、その喧嘩買いましょう!」

 

 そう言うが早く、めぐみんはカズマ君に飛びかかって絞め技を仕掛けようとしてきた。カズマ君はそんなめぐみんを引き剥がそうと必死に抵抗を始める。ギャアギャアと騒ぎながら取っ組み合いの喧嘩を始める二人を見て、まるで本当の兄妹を見てるかのような気分になり可笑しくなる。二人は本当に仲が良いのだな…個人的には里に居た頃の、どこか周りと比べて浮き気味だっためぐみんをずっと見てきた為、仲間と共にワイワイやっている光景は新鮮に思えると同時に姪っ子補正も絡み何か嬉しくなってくる。

 

「けどよ…冷静になって今の話を聞くと、あの古城ってデュラハンの棲家だったのか。なぁめぐみん、明日から何だけど」

 

「やめませんよ?」

 

 カズマ君が何かを提案しようとしたがあっさりとめぐみんが却下する。察するに爆裂魔法の標的の話だろう…やっぱりデュラハンの古城爆破事件の下手人はめぐみんだったか。

 

「あんな狙って下さいと言わんばかりの標的、爆裂魔法を撃ち込んでやらなければ失礼と言う物です」

 

「いやどう見ても失礼なのはお前の方だろうが!」

 

「それに魔王の幹部に爆裂魔法を叩きこめると言うのなら、これ以上ない機会です。奴らに我が爆裂魔法の恐ろしさを思い知らせてやりますよ!」

 

「恐ろしさ通り越して激おこだったらしいじゃないかその魔王の幹部ってのは!」

 

「ふっふっふっ…明日からも楽しみですね。俄然やる気が出たと言うものです」

 

「こいつは…おい、頼むからぴたーからも何か言ってやってくれ、頼むよ」

 

 魔王の幹部が潜んでいる根城へと爆裂魔法を叩き込む事に躍起になるめぐみんに対し、カズマ君は自分に説得する様助け船を求めて来た。ならば良く聞いて欲しい、めぐみんよ。そう言うとめぐみんは一旦はこちらの方を向いて来た。

 

 相手は手負いとは言え魔王の幹部だ。恐らく数日間は城に籠って自分が負わせた傷を癒す事に専念するだろうが、傷が癒えた後はどう行動するか分らない。今日遭遇した時に話していた事、そして動いている理由を考えるとデュラハンは遅かれ早かれ街へと進軍するだろう。

 

「む、それはそうでしょうけど…」

 

 ただ、相手は魔王の幹部なのだから、いずれは誰かが相手をする事になる。王都からの討伐隊が間に合えば良いのだが、間に合わない可能性が高いだろう。その時は対峙する覚悟を決めねばならない。だが相手が弱っており、傷を癒す為引き籠っているときにどう行動するかが極めて重要なのだ…。

 

 そう言って自分は親指を立てて、それを首に当てて掻き斬るジェスチャーをする。

 

 存分に恐怖を与えるのだ…めぐみん、やっちまえ。

 

「はい、任せて下さい!」

 

 とてもいい笑顔でめぐみんは応える。素直な子に育ってくれて、自分は嬉しいぞ。

 

「おい!説得を頼んだのに焚きつけてどうするんだよ!」

 

 そうは言うけどカズマ君、戦術的に心理性で優位に立つのも時には又必要であるのだ…。相手は間違いなく暫くは動けない訳だし、精神的に揺さぶりをかけるのも後々で効いてくる物がある。それに傷の治療と鎧の修復には、デュラハン自身の魔力が必要だ。そこに爆裂魔法を仕掛けてプレッシャーをかける事で治療を妨げる事になり、結果的にデュラハンの進行を遅らせる事も出来るのだ。全く意味が無い訳ではない、寧ろ戦略なのだよこれは。

 

「な、成る程…そういうものなの…か?」

 

 あとは…個人的にあのデュラハンには一度痛い目を見せるべきだと思うのだ。人様を幼女の皮を被ったナニか扱いした罪は重い…それに剣で殴られて凄く痛かったし、何か許せぬのだ。

 

「駄目だ…この幼女も激おこだった…」

 

 本来ならば自分もここに残って身体の回復を図りつつデュラハンとの再戦に臨むべきなのだが、残念ながら自分はこの後王都に戻らなければならない。冒険者であると同時に自分は王都に魔道具工房を持つ職人でもある…デュラハンの事は気になるが、店の事もある為止むを得ないのだ。

 

「そうか…元々ここに来たのは調査の仕事を受ける為だったよな」

 

 然りである。ただ、王都に戻ったらデュラハンの討伐隊を募っている筈なので、それに参加する予定だ。その時は是非カズマ君達、そしてアクセルの皆と協力して魔王の幹部を倒したい…心苦しいが、それまではデュラハンの進行には気を付けて欲しいと二人に言うと、二人は何も言わずにコクリと頷いてくれた。

 

 色々話している内に夜の闇も濃くなっていた様だ。遠くから梟の鳴き声も僅かに聞こえて来る…そろそろ二人も戻った方が良いだろう。

 

「その様ですね…ぴたーの方はどうやら大丈夫そうですし、私達もそろそろ帰りますか」

 

「そうだな。これ以上騒ぐのも宿の迷惑になるから良くないだろうし」

 

 散々取っ組み合いの騒ぎをしてただろうに…と思うものの自分も二人の微笑ましいやり取りを見るのに夢中になり騒ぎを黙認していたので、何も言わずに帰り支度を始める二人を見つめる。

 

「じゃあなぴたー、安静にしてろよ」

 

「おやすみなさい。良い夢を、ぴたー」

 

 退室する二人に対し改めて礼を言うと同時に、ここに居ないアクア様とダクネスさんにも宜しく伝えて欲しいとお願いした。手を振って見送り、そして程無くしてパタンとドアが閉まる音が響いた。部屋には今は、自分一人。カズマ君やめぐみんが居た先程とは打って変わって、部屋は静寂に包まれている…梟の鳴き声が人気のない部屋に響いて来た。

 

 二人が帰宅した途端、まだ身体が休息を求めているのか不意に身体が重く感じてきた…再びベッドのシーツに潜り込むと、自然と目蓋も重くなる。

 

 先ずは寝て、少しでも身体を休めないと…そして自分の意識は再び闇の底へと吸い込まれる様に失われて行き、ぷつりと途絶えた。

 




例え城に魔王の幹部が居ると分かっても、爆裂魔法を撃ち込む事を止めるわけにはいかない。と言う事で爆裂魔法を撃ち込むそれっぽい理由を持たせて見ましたが如何でしょうか。



UA10000越え、更にお気に入り900人以上…本当に有難い気持ちで一杯です。
頂いた感想見て思いましたが、ベルディアさんは何だかんだで愛されてますね…。

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