この紅魔の職人に冒険を!   作:棘白猫

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プロローグ

―――

 

 紅魔族、と言えば皆も存じているだろう。

 全てを包み込む闇の様な漆黒の髪、類稀なる魔の才、そして紅く禍々しい輝きを放つ双眸…。

 紅魔で生を受けた者は須らくその特徴を持つ。即ち生まれながらに皆魔法使いであるのだ。

 彼女もまた紅魔で生を受けた。そして皆と同じく、漆黒の髪、類稀なる魔力、そして紅い瞳を持っている。

 そして彼女も又、一介の魔法使いである。

 しかし、彼女は啓示を持って生まれて来たのだ。神の御告げを受け、神から授けられし力と神器を手にし、跳梁跋扈する魔の物を屠る為に。

 

 後の人は言う、彼女こそ神に愛されし戦乙女と

 

 

『紅魔英雄譚其の六・銀火紡ぎし戦乙女 ~著者・あるえ~ 序章より抜粋』

 

―――

 

 

 

 突如、自分の意識は覚醒した。

 

 ぬるま湯の様な心地好い空間をふわふわと浮かんでいる最中、徐々に何かに引っ張られある時を境に一気に上まで引き上げられた…そういう感じだったろうか。

 

 気が付くと意識の様な物がハッキリと、まるで朝に目覚めて眠い目を擦りつつ顔を洗い終わった後の様な、脳が一気に活性化した様だった。

 

 父に力強く撫でられた、母に優しく抱えられた記憶は幽かにある。自らが何を考え、どのように振舞いながら生きてきたのか、それも記憶として幽かにある。

 

 物心がつく、というのはこういう感じなのかと現状を理解し自ら一人納得した。

 

 

 

 紅魔族という種族特有の大げさな背景を作り出しているかと思われる事は重々承知している。だが、敢えて言わせて貰うと、自分は前世の記憶があるのだ。

 

 かつては一人の社会人として仕事をしてきた。平平凡凡とは言えないかもしれないが、仕事も私生活もそれなりに充実していたと自負は出来る。だが残念ながら我が身に降りかかったのは妻に薬を盛られて刺殺、という運命であった。お互い酒が入っての口論の末だったと記憶している。此方にも非がある話であるし、今更起きてしまった事についてあれこれ言うつもりは全くない。

 

 そして気が付いた時には自らを女神と名乗る水色の髪が目を惹く年若い少女がいた、暗くも厳かな場所だった。

 

 女神曰く、お前は妻によって既に殺された事。

 

 女神曰く、お前がこれから辿る道はつまらない天国で永遠の平穏を貪るか、若しくはもう一度人生を一からやり直すか。

 

 そして、もう一つの道として別の場所で生き、魔王と名乗る侵略者と戦う道を選ぶか。

 

 少し考えた結果、自分の選んだ道は最後に示された別の場所で生きて行く事だ。選んだ理由としては、単純に好奇心という物が勝っていたのだろう。

 

 そんな自分に女神が示した物は、何か特別な物、若しくは才を選ぶ事。即ち常人が魔王と言う超常的な物に立ち向かう為、武器を手に出来ると言う事だ。

 

 恥ずかしながら自分は余りこう言う話には明るくない。精々昔遊んだ勇者が攫われた姫を救い、世界征服を企む魔王を倒すストーリーのゲームしか記憶にない位だ。故に提示された品々を見ても、勇者が使う剣や物凄い魔法であることが分かっても具体的に何が凄いのかは今一つ掴み切れない訳である。

 

 あれこれ悩んでいる自分に対し、ゲームガールの様な携帯ゲーム機で暇を潰している女神が示したのは一つの力だ。

 

 それは数年に一つ、特別な力を授かる事が出来るという物。無論無制限では無く、生涯で5個だけという話だ。但しそれを受ける為には魔王が居る世界で生を受け直す事、赤子から人生をやり直すと言う話であった。

 

 そういう背景がある故、この能力を選ぶ者はほぼ居ないと言うらしい。大抵ここで品物を選ぶ人々は今の自分を保ったまま魔王に挑みたいと言う者が殆どである。恐らくは皆、魔王を倒した勇者として今の姿恰好のまま英雄として称えられたいのであろう。又、赤子からやり直すと言う事なら、魔王など居ない我々の世界で人生をやり直した方が良いという考えもある。故に今後この能力は特典ラインナップから外されるが、折角だしラインナップから無くなる前にどうか?という事だ。

 

 自分としては願ったり叶ったりであった。先ず、先達と比較すると自分はそういう世界、俗に言うファンタジー世界の勝手が分からない。あちらの住人として育つ事はファンタジー世界の常識を身体で覚える事が出来ると言う事だ。ならばファンタジー初心者といえる自分には赤子からのやり直しも利点になると言える。

 

 それにもう一つ、自分は割と欲張りである。

 この特典で得られる能力一つ一つは今提示されている品や能力には一歩劣るが、凄い力を秘めている物ばかりという。質より量、それにその量も有る程度の質が保証されているとなれば非常に魅力的と言えるのではないだろうか。使える物は多いに越した事は無い。ファンタジー初心者たる自分としては、それ位の補助があっても罰が当たらないだろう…罰を与える立場であろう女神が目の前に居るが。

 

 かくして自分の進路は確定した。そしてそれは即ち、長年共にしたこの身体とも別れる事という事だ。

 

 女神が何やら合図をすると、突如自分の足元に幾何学模様が描かれた魔法陣が出現した。そして、足元から眩い光が天へと突き上げるかの様に上って行った。それと同時に自らの身体がふわりと浮かぶ。天へと上る光に導かれるかのように身体が上昇を始め、地へと立ち事を見守る女神の姿もだんだんと小さくなっていく。

 

 次生まれる時はどうなるのだろうか。女神が言うには生まれも性別も確定は出来ないが、成るべく本人が有利になる様な計らいはしてくれているらしい。ならば今際の事は考えず、新しい世界の事を前向きに考えようじゃないか。そう考えている内に自分の身体も、心も、魂さえも光の奔流に飲まれ―今へと至る。

 

 

 

 

 

 手すりに掴まりたどたどしい足取りで階段を降りる。かつては悠々と上り下り出来る足があったが、今の自分は幼子の身…階段を使うだけでも一苦労である。

 

 降りた先のリビングでは焼きたてのパンと温かなスープが並ぶ食卓に着き、新聞の様な物に目を通す男性がいた。

 

「おぉ、おはようぴたー。朝ご飯が出来てるぞ」

 

 自分の姿に気づき、新聞を横に置いて朗らかに声をかける男性―この世界での父にあたる方だ。かつては冒険者を営んでたらしいが、今は引退しこの里で猟師と雑貨屋を営んでいる。

 

 そして台所から一人の女性―この世界での母にあたる方が姿を現した。手には焼きたての目玉焼きを乗せた皿を持っている。

 

「おはようぴたー、私が起こさなくてももう一人で起きられるの…偉いわ、流石私と貴方の子ね」

 

「そうだな。一人娘がこんなに賢く可愛く育ってくれて俺達も鼻が高いぜ」

 

 朝から見せつけるかのような夫婦漫才を尻目に自分も二人に挨拶を交わし、食卓に着く。そして何時もの様に食事をとり、食べ終わった後片づけを手伝う。

 

 手伝いが終わった後歯を磨く為洗面台へと向かい、姿見で自らの姿を確認する。

 

 肩までふわりと広がる黒の髪は少し寝癖が目立つので整えた。目じりがやや垂れがちな深紅の瞳は母親似だと父や近所の方々に褒められている事を記憶している。白いブラウスに黒のスカートを身に纏ったその姿は、どこからどう見ても幼い女の子。かつては成人男性だった自分…その面影など、何処にもない。

 

 これが今の自分、紅魔族随一の猟師兼雑貨屋である店主どどりきと、紅魔族随一の専業主婦(当然複数居る)であるふにーの娘。名をぴたーと言う。

 

 

 

 

 ハッキリと意識が覚醒してから少しの間、自分はこの世界の事について色々と調べる事にした。と言う事で今自分が居るのは紅魔族の族長の家、その書斎だ。里の学術施設に入学する前に世界の事について勉強したいと父にお願いしたら、族長の書斎に案内してくれたという訳だ。勉強熱心な娘にいたく感激した父と母は族長に相談し、その族長も幼いながら将来有望ではないかと二つ返事で快く書斎を開放してくれたという話である。

 

 かくして自分は学術施設に通う前、10歳になるまでは朝は父が経営する雑貨屋の簡単な手伝い、昼は子供らしく友人と遊び、夕方から夜は族長の書斎で勉強している。

 

 書斎の本は非常に興味深いものばかりである。この世界のあらましや神話について、王国と主要な国々、エリス教とアクシズ教、魔王とその配下、そして魔物という存在…。知らない知識を垣間見ると言うのは、やはり心躍る物がある。本の虫となった自分は、時間を忘れて様々な本を読み漁っていた。

 

 自分が特に気になるのはこの世界に存在する物質、即ち鉱石や魔の結晶と言った貴金属についての話だ。これに関して言えば、自分の生前の職…装飾品のクリエイター業を営んでいた部分が大いに影響していると言える。

 

 ただの金銀白金だけではない、魔法銀、緋緋色金、火水風土の四大元素の結晶体、竜の宝鱗に一角獣の涙石…そんな御伽噺に出てくる様な品々がこの世界にはあるという。

 

 これでリングやネックレス、イヤリング等を作ったらどうなのだろうか、どうデザインすれば映えるだろうか、加工するにはどうすればいいか…。金槌を叩き、鑢で磨き、糸鋸で削り、ケガキで彫る…今は手元に無い、工具の音が聞こえてくる気がする。仕事であり趣味でもある、かつての一時に想いを馳せていた。

 

 時の流れと共に風化し始めていた自分の前世、若輩なれど職人をしていた頃の気持ちが再び燃え上がり、その昂りは抑えられない。

 

 そんな風に本を齧り付く様に見ていると、族長夫妻がニコニコしながらやってきた。身重である奥方はわざわざジュースまで持って来てくれた。丁重に礼を言い、ジュースに口を付ける…個人的には読書の時にはコーヒーが良いのだがまだまだこの身は齢10にも満たない幼子、さもありなんか。でも林檎ジュースは美味である。

 

「成る程、そういう本を興味深く見ていると言う事は、ぴたーちゃんは魔道具の職人なんかに向いてるのかもしれないね」

 

 族長が自分の頭を撫でながら語りかけてきた。魔道具、とは?

 

「魔法を込めた道具のことよ。ポーションだったりアクセサリーだったり、はたまた武具だったりと色々な物があるのよ」

 

 そう言えば近所には魔道具職人が居た筈、たしかあそこの奥方も今現在身重だったなとふと思い出した。

 

 しかし魔道具、そして未知の素材か…将来父の様に冒険者となり旅に出る事になればこれらの品々を御目に掛ける事が出来るのだろうか。

 

「あぁ、勿論だとも。ぴたーちゃんはどどりき達の様な立派な冒険者になれるよ。その為には大きくなって、頑張って立派な魔法使いにならないとな」

 

「ぴたーちゃんならきっと良い冒険者、そして里の中でも凄腕のアークウィザードになれるわ。頑張ってね、私達も応援してるわ」

 

 勿論だ。快く自分の知見を深める為の機会を用意してくれている夫妻に改めて礼を言い、再び自分は書物と向き合い無言の時を過ごした…。

 

 

 




5/5 誤字修正しました。御指摘頂き有難うございました!

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