ロクでなし魔術講師と寡黙な義弟   作:ほにゃー

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第6話 ほんの少しのやる気

「昨日は、すまんかった」

 

翌日、グレンは授業開始時間前に教室に来ると、システィに謝った。

 

「え?」

 

システィもあのグレンが急に謝ってきて驚いていた。

 

「俺の方も悪かった。ごめん」

 

そして、グレンの隣にいたアルトも頭を下げて謝ってきた。

 

「まぁ、その、なんだ………大事な物は人それぞれって言うか、俺は魔術は大嫌いだが、その………お前のことをどうこう言うのは筋が違うって言うか………やり過ぎたっつーか、大人げねえっつーか………結局、えっと、なんだ、あれだ………とにかく悪かった」

 

「魔術をロクでもないって言ったけど、結局は使う人次第なんじゃないかなって思った。だから、あんなこと言ってごめん」

 

「………はぁ?」

 

システィは二人がどういうつもりで謝ってきたのか分からず戸惑う。

 

グレンは謝り終えたつもりなのか、そのまま教卓へと向かい、教卓に立った瞬間、授業開始の鐘が鳴る。

 

「じゃ、授業を始める」

 

グレンの言葉にクラス全員がどよめいた。

 

どうせ、また寝るだけだろうと思っていたのに、ちゃんと授業開始と同時に授業を始めようとしてるグレンに誰もが驚きを隠せなかった。

 

「さてと、これが呪文学の教科……だったっけ?」

 

教科書を取り出すと、グレンはそれを―――――

 

「そぉい!」

 

アルトが事前に開けておいた窓から外へと投げた。

 

その行動に、生徒たちはいつものかっと失望し、溜息を吐いて自習をしようとする。

 

「さて、授業前にお前達に一言言いたいことがある。………お前ら、本当にバカだよな」

 

グレンの暴言に、自習をしようとしてた生徒たちの手が止まる。

 

「この十一日間、お前たちのこと見ててよーく分かった。お前達は魔術のこと何にも分かってない。でなきゃ、呪文の共通語訳を教えろなんて質問出てくるわけもねーし、魔術の勉強と称して魔術式の書き取りやるなんてアホな真似するわけもないもんな」

 

グレンの言い様にクラスの全員が殺気立ち始める。

 

それでもグレンはひょうひょうと授業を進める。

 

「じゃ、今日は〝ショック・ボルト”について話そうか。お前たちレベルには丁度いいだろ」

 

あまりにも酷い侮辱にクラスが騒然となる。

 

「〝ショック・ボルト”なんて初等呪文を説明されても」

 

「その程度、とっくに究めているのですが?」

 

クラス中がそういう中、グレンはそれを無視し黒板に〝ショック・ボルト”の呪文を書く。

 

「これが〝ショック・ボルト”の呪文だ。基本は三節詠唱。お前たちはコイツを省略し《雷精の紫電よ》の一節で使っている。ま、俺は略式詠唱のセンスが皆無だから、一節詠唱はできないんだがな」

 

グレンは魔術師であればだれもができる、〝ショック・ボルト”の一節詠唱ができないことを恥ずかしげもなく言う。

 

その瞬間、クラス中からクスクスと笑い声が聞こえる。

 

誰もが一節詠唱のできないグレンを馬鹿にしている。

 

「で、お前ら、さっき〝ショック・ボルト”程度って言ったよな。なら、問題だ」

 

そう言ってグレンは、黒板に書かれた〝ショック・ボルト”の詠唱、《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ》を《雷精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ》と三節から四節に呪文の節を切った。

 

「こう唱えたら、何が起こる?究めたっていうんなら、これぐらい分かるだろ?」

 

クラス中が沈黙する。

 

別に答えがわからないからではない。

 

なぜ、そんなことを聞くのかが分からないからだ。

 

「その呪文はまともに機能しませんよ。なんらかの形で失敗しますね」

 

そう言ったのはクラスでシスティに次ぐ成績の持ち主のギイブルだった。

 

ギイブルは当たり前だと言わんばかりにいう。

 

「そんなこと分かってんだよ。俺はそれがどういう形で失敗するか聞いてるんだ」

 

そう言われ、ギイブルは先ほどまでの余裕の笑みを消し、俯く。

 

「何が起きるかなんて分かるはずもありませんわ!結果はランダムに決まってます!」

 

ギイブルに続きて、ツインテールの少女、ウェンディも立ち上がって言う。

 

「ランダムぅ?お前、本気で言ってんのか?この術、究めたんじゃなかったのか?俺を笑い殺す気かよ?」

 

そう言ってグレンは大笑いをする。

 

この時点でクラス中の苛立ちは最高潮に達していた。

 

「じゃ、アルト。答えてみろ」

 

グレンに言われ、アルトは座ったまま答えた。

 

「答えは右に曲がるよ」

 

「その通り。正解だ」

 

グレンはにやっと笑い一番前の席まで移動し、黒板に向かって手を広げる。

 

「《雷精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ》」

 

四節で詠唱された〝ショック・ボルト”は黒板に向かって飛び、そして、黒板に当たる直前で、右に曲がった。

 

「嘘だ!?」

 

「あり得ませんわ!」

 

ギイブルとウェンディは立ち上がり、叫ぶ。

 

「まだあるぞ。コイツをこうするとどうなる、アルト?」

 

四節だった詠唱を、今度は《雷・精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ》と五節にする。

 

「射程が三分の一にまで落ちる」

 

「正解」

 

そして先ほど同様、詠唱すると射程が本当に三分の一にまで落ちた。

 

「で、今度はこうするとどうなる?」

 

今度は《雷精よ・紫電   以て・撃ち倒せ》と呪文の一部を消す。

 

「出力が凄く落ちる」

 

「お見事」

 

今度は生徒の一人に向かって術を撃つが、生徒は何も感じなかったかのように目を白黒させる。

 

「究めたっていうならこれぐらいできないとな」

 

グレンはチョークを指で回転させながらドヤ顔をする。

 

「魔術ってのは超高度な自己暗示だ。呪文を唱えるときに使うルーン語ってのは自己暗示(ソレ)を最も効率よく行える言語。人の深層意識を変革させ、世界の法則に結果として介入する」。お前らは、魔術は世界の真理を求める物なんていうけどな、そりゃ間違いだ」

 

そう言い、グレンは自分の胸を叩く。

 

「魔術ってのは人の心を突き詰めるもんなんだよ」

 

その言葉に誰もが信じられないといった表情をする。

 

「信じられないって顔だな。じゃあ、証拠を見せてやる。…………おい、白猫」

 

「し、白猫って私のこと!?私にはシスティーナって名前が「愛してるぞ」にゃっ!?」

 

突然のグレンからの告白に、システィは顔を真っ赤にする。

 

「はい、ご覧の通り、白猫は顔を真っ赤にしました。見事、言葉が意識に何らかの影響を与えた。制御できる表層意識でもこの様だ。理性のきかない深層意識なんてうおっ!あぶね!おい、物投げるな!アルトがいなきゃ、俺の顔に当たってたぞ、この馬鹿!」

 

「馬鹿はアンタよ!この馬鹿馬鹿馬鹿!」

 

システィはグレンの嘘の告白により恥ずかしくなって、持っていた教科書を投げた。

 

だが、もちろんそれはアルトが受け止めていた。

 

「まぁ、とにかくだ。魔術にも文法や公式があるわけだ。深層意識を望む形に変革させるためのな。要は連想ゲームだ。白猫と聞けば、猫を思い浮かべる様に、誰もが連想するように呪文と術式の関係も同じだ。つまり、呪文と術式に関する魔術則……文法と公式の算出方法こそが魔術師にとっては最重要なわけだ。なのに、お前らと来たら、この部分をすっ飛ばし、書き取りだの翻訳だの、覚えることばっか優先しやがって。教科書も『とにかく覚えろ』と言わんばかりの論調だしな。呪文や術式を分かりやすく翻訳して覚えやすくすること、これがお前らの受けてきた〝分かりやすい授業”であり、〝お勉強”だったってわけだ。……もうね、アホかと」

 

そう言い、グレンは鼻で笑う。

 

「でだ、その問題の魔術文法と魔術公式だが、全部理解しようとしたところで、寿命が足らん。だから、お前らには基礎中の基礎、ド基礎を教える。これを知らなきゃより上位の文法を公式は理解不能だからな。これから俺が説明することが出来れば……そうだな。こんなこともできる」

 

手のひらを横に向け、そして、グレンは言う。

 

「《まぁ・とにかく・痺れろ》」

 

三節の変な呪文を唱えた瞬間、〝ショック・ボルト”が放たれた。

 

その光景に、生徒たちは目を丸くした。

 

「あれ?思ったより威力が弱いな……まぁ、いい。こんな風に即興でこの程度の呪文なら改変することはできるようになるからな。大抵精度は落ちるからおすすめはしないがな」

 

ここに来て生徒たちのグレンを見る目が変わり始めていた。

 

グレンはと言うとそれを知ってか知らずか、笑って授業を進める。

 

「今のお前たちは単に魔術が使えるだけの魔術使いだ。魔術師を名乗りたければ、自分に何が足らんのか考えろ。じゃ、そのド基礎を今から教えてやるよ。興味ない奴は寝てな」


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