ロクでなし魔術講師と寡黙な義弟   作:ほにゃー

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第29話 主天使降臨

「アル……ト………?」

 

リィエルは突如現れたアルトに驚きを隠せずにいた。

 

兄に成りすましていたライネルの命令で、あの時リィエルは確かにアルトの心臓を突き刺した。

 

確かに殺したはずだった。

 

なのに、そのアルトが生きていた。

 

無論、アルベルトからアルトは死んだと聞かされていたグレンも驚いていた。

 

アルトはゆっくりと後ろを振り向く。

 

そして、振り向きながら右足を振り上げ、リィエルを蹴り飛ばす。

 

側頭部を蹴られたリィエルは、そのまま地面をバウントしながら部屋の隅へと追い遣られる。

 

「「「え?」」」

 

その行動にグレンとルミア、そしてライネルですら驚いた。

 

三人が驚いてる間に、アルトは素早くリィエルの処に移動し、リィエルを背にして立つ。

 

その姿は、まるでリィエルを守るために立っているようにも見える。

 

「部屋の隅の方が守りやすいからそこから動かないでよ。蹴り飛ばしたのは俺が連れて行くより早いから。あと、刺された分の借りを返しただけ」

 

背後のリィエルに語り掛けるようにそう言い、アルトはメイスを回転させ、構える。

 

「ど……どうして……?私は……貴方を……手にかけた。貴方だけじゃない。グレンも、ルミアにも。なのにどうして……?」

 

リィエルは訳が分からないと言いたげにアルトの背を見てそう言う。

 

「言ったじゃん。話したいことがあるって」

 

「……たった……それだけのことで?」

 

「それだけって言われても、俺にとっては割と重要なんだけど」

 

そんなことを話していると三体のリィエル・レプリカが一斉にアルトに攻撃を仕掛ける。

 

「アルト!来るぞ!」

 

グレンも慌ててアルトの処に行こうと走り出す。

 

「邪魔」

 

だが、アルトは襲い掛かってくる三体のリィエル・レプリカ相手に怯みもせず、メイスを一振りする。

 

それによって発生した突風に三体のリィエル・レプリカは吹き飛ばされる。

 

「グレン。少しの間でいいから、そいつら頼めない?ちょっとリィエルと話があるんだけど?」

 

「……ったっくよぉ、無茶な注文するんじゃねぇよ。五分だけだからな!」

 

そう言いグレンは嬉々とした顔でリィエル・レプリカ三体を引き付けた。

 

「それで、アンタ、一体何してんのさ?戦わないなら邪魔だよ」

 

「………私は自分がわからない。生まれた意味が分からない………記憶は私のじゃない、他人の物。私は兄さんの為だけに生きてきて………でも、その思いも私のじゃない。それに、兄さんは最初からいなくて……………もう、何のために生きればいいのか……!」

 

「これから見つければいいじゃん」

 

「え?」

 

「リィエルには今まで自分で決めることができなかった。そうする以外選択がなかった。それでしか自分の価値がない。そう思ってた。違う?」

 

アルトの言葉はまさにその通りだった。

 

兄さんを守ろうとしたイルシアの記憶を頼りにシオンに面影が似ているグレンを守ろうとした。

 

イルシアの過去の記憶に取り憑かれていたに過ぎなかった。

 

「俺もそうだった。外の世界を知らなかったから、あの人たちの……両親の言葉が俺にとっての全てだった。両親に言われ、殺し続けた。殺すことでしか自分の価値はない。そう思ってた」

 

リィエルとアルトは似ていた。

 

共に一つのことでしか価値を見出せなかったこと、選択肢がなかったこと。

 

似ているからこそ、アルトは過去の自分を見ている気分になり腹が立っていたのだった。

 

「でも、俺は変われた。グレンのお陰で、俺は今、自分の意志で自分の道を歩いてる。だから、リィエルもきっと変われる」

 

そう言いアルトはリィエルの方を向く。

 

「見つけようよ。生きる意味を。生きる理由を。なんだったら一緒に探してやるからさ。グレンが俺にしてくれた様に」

 

「……理由を……意味を……見つける……」

 

「まぁ、さすがにいきなりは難しいか。じゃあ、最初の選択肢を上げる」

 

そう言ってアルトは指を二本伸ばし、見せる。

 

「一つはこのまま何もせずただ黙って傍観する。そして、二つ目は俺たちと一緒に戦って全員で皆の所に帰る。どれがいい?」

 

リィエルの前に突き付けられた二つの選択肢。

 

「………わ、私は………」

 

「アルト!流石にもう限界だ!助けてくれ!」

 

グレンは三体のリィエル・レプリカ相手にうまく立ち回り攻撃を躱しながらカウンターで拳をぶつけたり、銃床で頭を殴りつけたり、背負い投げしたりとしていた。

 

「悪いけどもう行くよ。選択肢は与えたから。あとは、自分で決めなよ」

 

アルトはそう言い、メイスを手にグレンの援護に向かった。

 

その戦いを見ながらリィエルは思った。

 

生きる意味を失い、兄も失い、自分も失い、全ての拠り所を失った自分は何を生きる理由にすればいいのか?

 

虚空に一人ぽつんと浮かんでいる自分。

 

そんな自分の前に、アルトは立ち、選択肢を与えてくれた。

 

自分がどうしたいのか?何をしたいのか?

 

すると、リィエルの心に一つの答えが浮かんだ。

 

ルミアとシスティと一緒に居たい。

 

クラスの皆とまた一緒に遊びたい。

 

いつの間にか、リィエルにとってルミアとシスティの二人と居ることが楽しくて、嬉しかった。

 

いつの間にか、あのクラスの賑やかな空気が心地よく、温かかった。

 

暗闇の中で生きていたリィエルにとって魔術学院で過ごした日々は宝石よりも勝る輝きを持った掛け替えのない日々だった。

 

それなのに、自分はそんな日々に自ら背を向けてしまい、取り返しのつかないことをしてしまった。

 

そして、心から願った。

 

(こんなこと願うなんて都合がいいのは分かってる。でも、もし私に選ぶ権利があるのなら、私はもう一度あの日々を過ごしたい!ううん、例え一緒に過ごせなくてもいい!一緒に過ごせなくても、あの二人から笑顔が消えるよりは!あのクラスから賑やかな笑い声が消えるよりは!良い!)

 

リィエルは四肢に力を入れ立ち上がる。

 

その手には愛用の大剣が握りしめられていた。

 

そして、疾風の如く駆け出した。

 

その瞬間、三体のリィエル・レプリカは血華を盛大に咲かせ倒れた。

 

(ごめんなさい、私の妹たち。勝手だけど、貴女達の分まで生きるから………さようなら)

 

リィエルは目を閉じ、名も無き妹達に黙祷をささげた。

 

こうして長い夜は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、リィエル・レプリカを失ったライネルに為す術はなくあっさりグレンにやられた。

 

最初は魔術で対抗しようとしたが、グレンが既に〝愚者の世界”を発動していたため、何もできず銃を向けられた。

 

だが、グレンにはライネルを殺す気はなく、一発頬をぶん殴ってライネルを沈黙させた。

 

「ルミア、じっとしてて」

 

リィエルはルミアにそう言いルミアを拘束していた鎖を切り落とす。

 

「ルミア、ごめん。私、ルミアにもシスティーナにも酷い事をした……」

 

今にも泣きだしそうなリィエルが口を開く。

 

ルミアはその言葉をただ黙って聞いていた。

 

「私、もう二度と二人には、クラスの皆には会わない。すごく寂しいけど、何のために生きたらいいのか分からなくなるけど………でも、私なりに探してみるから………さようなら」

 

そう言い残し、リィエルはルミアに背を向けて去ろうとする。

 

「ん」

 

するとアルトがメイスをリィエルの足元に突き出し、リィエルを転ばせる。

 

「ふぎゅっ!?」

 

「何勝手に逃げようとするのさ?」

 

「……だって私はルミアに酷い事を……システィーナにだって………」

 

「だから居なくなるって?そんなの俺は認めないよ」

 

メイスを肩に担ぎ、アルトはため息交じりに言う。

 

「悪い事したらまずは謝る。すべてはそれからだよ」

 

「で、でも………」

 

「リィエル」

 

地面に倒れているリィエルにルミアが声をかける。

 

「ルミア………」

 

「リィエル、勝手にどっか行くなんて言わないでよ。私、凄く寂しいよ」

 

「でも……私、多分システィーナに………すごく嫌われてるし………」

 

「システィには事情を説明すればきっと許してくれるよ。昔、もっと酷い事した私の事も許してくれたんだもん。私も一緒に謝ってあげるから」

 

そう言って笑うルミアに、リィエルの頬が涙で濡れる。

 

「私……一緒に居てもいいの……?」

 

「今私が、こうしてるのが答えだよ」

 

「……ぅあ……ぐすっ……る、ルミアぁ……ひぐっ……えぐっ……!」

 

「よしよし、泣かないでリィエル」

 

ルミアは泣き出すリィエルを抱きしめ、慰める。

 

そんな二人を眺めながら、グレンは気絶させたライネルに亀甲縛りを施し、斬新な拘束をしていた。

 

「やれやれ、何はともあれ一件落着だな。アルト、お前もお疲れさん」

 

「グレンもお疲れ。それにしても、よく生きてたね」

 

「そりゃこっちのセリフだっつーの!お前、死んだって聞いたぞ。一体何があたんだよ?」

 

「俺もよくわかんない。気が付いたら傷は塞がってたし」

 

「なぁ?んだよ、ソレ」

 

アルトの言葉にグレンは思わず首を傾げ考える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「《雷を司る精霊よ・一条の光となりて・大地に降り注げ》」

 

突如、何処からか呪文の詠唱が聞こえた。

 

そして、部屋全体に雷が落ち、全員に直撃する。

 

「ぐっ!?こ、コレは………!」

 

「〝ライトニング………レイディアント”だと!?」

 

「る、ルミア……!」

 

「か、体が……痺れて……!」

 

四人が食らったのは黒魔〝ライトニング・レイディアント”と言い、広範囲に〝ショック・ボルト”に似た魔術を落とす術で、〝ショック・ボルト”よちも強力かつ効果時間も長い術だ。

 

動けなくなった四人の前に一人の青年が姿を表す。

 

白いローブを身に纏ったその青年は十字を切り、祈るように手を握る。

 

「神よ。あの夫妻の仇を討てることに感謝を捧げます。願わくば、悪魔の魂が浄化され、天へと導かれんことを」

 

そう言い手を下ろす。

 

「私の名はアイン。アイン=クレイド=フルフェンスティと申します。〝天の智慧研究会”第二団(アデプタス)地位(・オーダー)》にして、大導師様より〝ハシュマル”の名を与えられし魔術師です」

 

そして、手の甲に掘られた短剣に蛇が絡みついた紋章を掲げた。


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