競技祭の午前の部が終わり、アルトは昼食代わりのマフィンを食べていた。
本当はカッシュに一緒に食べようと誘われたのだが、他に居たカッシュの友達たちは何処か気まずそうな雰囲気を出していたので、アルトから断った。
アルトは人気のない学園の隅にあるベンチに座って、黙々とマフィンを食べ、家で淹れてきたコーヒーを飲む。
「相変わらず、甘いものが好きなのね」
するといつの間にか、背後にシンリィが現れる。
「シンリィ……なんでここに?」
「一応、この競技祭には軍の関係者も呼ばれるの。どう言う訳か、室長がちゃっかり私とドウェインの分の入場許可書を用意してたから、私とドウェインはあくまで軍の人間としてここにいる。ま、任務優先だけどね」
「ふーん。………一個食う?」
「もらう」
マフィンを受け取り、シンリィはアルトの隣でそれを食べる。
食べ終えると、シンリィはアルトの方を向き、口を開く。
「ねぇ、なんで軍を離れたの?」
シンリィは今までずっと聞きたかったことをアルトに尋ねた。
アルトが特務第二分室に配属された当初、シンリィはアルトの指導役として、行動を共にしていた。
アルトが執行官として一人前になった後も、よく二人で組んでは仕事をこなしていた。
「グレンが辞めたから俺も辞めた。俺を助けてくれたグレンに恩返しがしたくて、軍にいただけだし、そのグレンが軍を辞めるなら、俺もいる意味ないしね。それに、あの時のグレンを一人にしたくなかったし」
指についたマフィンの欠片を舐め取り、アルトは言う。
「グレン=レーダス…愚者のアイツか…………確かに、辞めた時のアイツの顔、今にも潰れそうだったわね。………今は元気そうだけど」
「うん。講師やり始めてからずいぶん変わったよ。本当によかった」
「………あのさ、軍に戻らない?」
突然、シンリィがそんなことを言い出し、アルトは隣を見る。
「グレンを一人にしたくなかったから軍を辞めたんでしょ?でも、もうグレンは一人でも大丈夫だし、だったら軍に戻ってもいいんじゃない?」
「……でも、俺学校があるし」
「学校に通いながらでもいいじゃない。何も今あるもの全部を捨てろって言わないわよ。室長も、アンタを必要としてるし、その程度の我儘ぐらい通してくれるわよ」
シンリィは立ち上がり、アルトの方を振り向く。
「別に今すぐ答えを出してなんて言わない。少し考えてみてよ。まぁ、私としては戻ってきてほしいけど」
シンリィはそう言って笑い、何処かへと去っていった。
「軍……か」
思ってもいなかったことにアルトは少しばかし困惑した。
確かに軍を辞めたのはグレンが軍を辞めたということと、グレンを一人にしては置けなかったからだ。
軍を辞めた理由のうち、一つはすでに解決している。
そして、アルトには選ぶ自由がある。
グレンにこのことを言えば、「お前が決めな」と言うだろう。
アルト自身、軍に戻ってもいいかもと思っていた。
学院を辞めずに済みそうだし、グレンももう大丈夫そう。
それに、軍に、特務第二分室に居た頃は楽しかったのを覚えてる。
多くはない仲間からて可愛がられ、時には厳しくもされた。
またシンリィと言うアルトの最初の友もいる。
戻ってもいいと思う。
でも、迷ってしまっている。
「あ……俺、また選んでる。………やっぱり、選択肢があるのっていいな」
そんな何気ないことに、アルトは笑みを浮かべ立ち上がる。
「ちょっと寝ようかな。どうせ、俺の出番はもう終わりだし」
そう言い、ベンチに横になり目を閉じる。
心地よい風と、風に揺れる木葉の音色を聞き、いつしかアルトは眠りについていた。
次回でヒロイン登場予定