第15話 魔術競技祭
アルザーノ帝国学院は賑わっていた。
もうじき魔術競技祭が行われることもあり、競技祭には魔導省に勤める官僚や、帝国宮廷魔導師団の団員と言った方々が来賓として出席し、将来魔導省や軍に勤めたいと思ってる者には絶好のアピールの場でもある。
さらに今年は女王陛下〝アリシア七世”が御来賓し、競技祭で優勝したクラスには、女王陛下直々に勲章を賜る栄誉が与えられる。
だからこそ、どのクラスも活気にあふれていた
魔術学士二年次二組を除いて。
「『飛行競技』に出たい人、いませんかー?」
壇上に立ったシスティが教室を見渡して呼びかけるが、誰も反応しない。
「じゃあ、『変身』の種目に出たい人は?」
これにも誰もが反応しない。
「困ったなぁ……これじゃあ、いつまで経っても競技祭の参加メンバーが決まらない……」
「ねぇ、皆。折角グレン先生が私たちの好きなようにやっていいって言ったんだし、思い切って頑張ってみない?去年出れなかった人とかは絶好の機会だよ?」
ルミアもシスティの隣で、皆に呼びかけるがやはり誰も反応しない。
「無駄だよ、二人とも」
すると、眼鏡を掛けた男子、ギイブルが立ち上がる。
「他のクラスは例年通り、クラスの成績上位人で出場者を固めているんだ。最初から負けると分かっていながら誰が出場したがるっていうんだい?」
魔術競技祭には参加者の出場条件に付いて特に制約はない。
それを利用し、成績上位陣のみで出場者を固めて、優勝を狙いに行くというのは、学院では恒例だった。
「でも、勝ち負けだげが大切じゃないでしょ?参加することに意義があって……」
「本気で言ってるのかい?今回の競技祭には女王陛下が賓客として御来賓なされる。女王陛下の前で無様な様をさらしたくないのさ。足手まといにお情けの出番を与えるよりも、早く君や僕の様な成績優秀陣でメンバーを固める。それがクラスの為でもあるだろ」
そう言うギイブルにシスティは我慢ができず、怒声を上げようとする。
だが、次の瞬間、教室の扉が開く。
「話は聞かせてもらった!ここは俺、グレン=レーダス大先生に任せろ!」
講師用のローブを羽織ったグレンが突然現れた。
ちなみにその後ろにはアルトがひょっこりといた。
「白猫、競技種目のリストくれ。ルミアは俺が今からいう名前を競技の横に書いてくれ」
システィからリストを受け取ると、グレンは競技の内容を吟味する。
そんな中、システィは一人不満顔だった。
グレンのことだから、勝つつもりでメンバーを決める。
だからきっと、成績上位陣で固めてくる。
それが嫌だった。
システィ自身成績優秀であるため、一年の時から競技祭では殆どの種目に出ていた。
だが、システィはそれが楽しくないと感じていた。
だから、グレンに好きにやっていいと言われた時、全員を参加させれるのではと思い喜んでいた。
しかし、グレンはと言うと真剣にリストを見つめていた。
(今年も前と同じ競技祭か……)
はぁ、っと諦めたようにシスティは溜息を吐く。
だが、実際は違っていた。
グレンは生徒一人一人の特徴を考えた上で全員が参加できるようにしていた。
『決闘戦』ではシスティ、ギイブル、そしてカッシュの三人が選ばれた。
本来なら、一番配点の高い『決闘戦』に、成績上位三名を選ぶのが妥当だが、グレンはギイブルの次に成績の良いウェンディではなくカッシュを選んだ。
それに対してウェンディは抗議をしたが、グレンの言い分を聞き、納得して引き下がった。
その後もグレンは理由を述べた上で生徒たちを協議に振り分けていき、最後の競技の参加者を選んだ。
「あとは、『錬金術』か。これはアルトだな」
「ちょっと待ってください」
錬金術の競技に出るのがアルトだとグレンがはぴょうすると、ギイブルが立ち上がる。
「どうした、ギイブル?」
「どうしたもこうしたもありませんよ。『錬金術』には僕が出ます」
「出るったってお前はもう『決闘戦』への出場が決まってるだろ?」
「だから、両方に出るんですよ。『決闘戦』と『錬金術』の両方にね」
「(あれ?同一人物の複数種目への参加ってできるのか?)んなことしたら体がもたねぇぞ。『決闘戦』は魔術の打ち合いになるし、『錬金術』だって作るモンによっちゃ魔力の消費が高いんだ」
「だからなんです?クラスの優勝を考えるならそれが妥当です。そもそも、クラス全員を参加させようとすること自体ありえない。優勝を狙うなら、成績上位陣で全種目を固める。それがベストです」
眼鏡を上げそう言うギイブルにグレンは思わずにやりと笑う。
(そうか、そうか!さっきの言葉でもしやと思ったが、生徒を使いまわしてもいいんだ!へー、いいこと聞いたぜ!こうなりゃ、白猫とアルトを使いまわして、あとは成績上位陣をうまく使えば!)
グレンがゲスなことを考えていると、システィが声を上げる。
「何言ってるの、ギイブル!先生が皆の得手不得手を考えてくれた編成にケチをつけるの!皆も、先生がこんなにも考えてくれてるのに、しり込みするなんてそれこそ無様じゃない!」
システィのその発言を聞き、クラスの全員が乗り気になり、ギイブルまでも勝手にしろと言わんばかりに席におとなしくついた。
(ま、まずいぞ1このままじゃ優勝が!特別賞与がもらえなくなる!)
グレンが優勝に拘っていたのは今月の給料をギャンブルで使い果たしてしまい、すっからかんだったからだ。
そこで、学院長に給料の前借を頼みに行ったら、競技祭で優勝したクラスの担任には特別賞与が出るということで張り切っていたのだ。
グレンの考えた編成は全クラスが生徒全員を競技に参加させたことを前提に組まれており、他のクラスがすべての競技に成績優秀者を使いまわしていれば、勝ち目はなかった。
(そうだ、アルト!アルトなら、俺の心を理解して悟ってくれるはずだ!頼む、アルト!)
期待の眼差しをアルトに向け、グレンは席に座っているアルトを見る。
グレンに気付いたアルトは僅かにほほ笑んだ。
「大丈夫だよ。俺はグレンを信じてるから。グレンの考えた作戦なら絶対に勝てるよ。でしょ?」
グレンに対して純粋な信頼の眼差しをアルトは向けていた。
「当たり前だ!全員、黙って俺についてこい!(そんな目を俺に向けるなよ、アルト!)」
こうして優勝と特別賞与の文字が自分から遠ざかるのを感じたグレンだった。