また、今回から二章(銀綺覚醒)です。
1話
肌を刺すような7月の日差しは、放課後になっても衰える気配がない。昼間よりはいいかもしれないが。
比企谷と天霧は軽く汗を滲ませながら、木々の陰を縫うように中庭を駆けていた。
「やばいやばい、陽乃さんに怒られる……」
「比企谷がのんびりしてるからだろ……」
時間には厳しいユリスと陽乃の怒った顔が目に浮かぶ。
天霧は担任の匡子から雑用を押し付けられたことが遅刻する原因なので、事情を話せば何とかなるかもしれないが、比企谷はのんびりしてただけなので練習量が倍になるか罰ゲームを受けるだろう。
ユリスと天霧がタッグを組み、鳳凰星武祭へエントリーしてから2週間、およそ陽乃と比企谷は3週間。ユリス、天霧ペアと陽乃、比企谷ペアは毎日のように一緒に訓練していた。
なにしろ、この4人はタッグ戦を経験したことがないし、天霧と比企谷は星武祭のルールもまだほとんど分かっていない。覚えておかなければならないことややらなければならないことは山ほどある。
鳳凰星武祭まで残り1か月。時間に余裕なんてない。
「せめて近距離での連携くらいなんとかしないと、俺ごと焼かれかねな……」
「ちょっ……」
中庭を抜け、中等部校舎と大学部校舎を結んでいる渡り廊下を横切ろうとした時、天霧と比企谷は人の気配を感じた。
ちょうど死角になっていた柱の影から、1人の女の子が唐突に現れたのだ。
2人は慌てて速度を緩めるが、比企谷は別として天霧はとても間に合わない。
「っ!?」
一瞬遅れて女の子も気がついたようで、驚いた表情をこちらに向けている。
このままでは正面衝突は免れないだろう。
切羽詰まった天霧はかなり無理矢理に方向転換を試みた。
「ばっ!?」
しかし、無理矢理方向転換した先は比企谷の針路であった。それだけでなく、女の子もその針路に入っていた。
「えっ…」
「きゃっ……!」
流石に今度は3人で避けきれず、結局天霧と女の子は真正面から、比企谷はそれに追突する形で派手にぶつかってしまった。
幸い、走っていた2人はかなり減速していたが、天霧に比企谷がぶつかってしまったせいで、天霧は女の子を押し倒すような形で倒れてしまった。
比企谷はとっさに受け身をとってすぐに起き上がった。
天霧と女の子を心配しようとしたが……。
「天霧、そんなにその女の子に惚れたのか。いくらなんでも早すぎやしないか?」
「いやいや!違うから!そうじゃなくてキミ、大丈夫?怪我はない?」
「天霧よ、退いてからじゃないとそのセリフはあんまりだと思うが」
「だ、大丈夫……です」
小さな声で答えた女の子は、恥ずかしそうに微笑みを向けつつ目を逸らす。
「本当にごめん!」
天霧は素早く立ち上がり、深々と頭を下げた。
そして女の子は上半身を起こし、天霧を見やる。その天霧は傷らしきものはないことを確認し、ほっと胸を撫で下ろす。が、すぐに顔を赤くし、顔を逸らす。顔を逸らしたのは天霧だけでなく、比企谷もだった。
「天霧、ラッキースケベ多いな」
膝を立てているせいか、女の子のスカートが思いっきりめくれ、可愛らしいデザインの下着がしっかりと見えていた。
「はぅ……っ!」
それに気付いた女の子はわたわたと焦りつつもスカートを直し、縮こまるように両手でぎゅっと、自分の体を抱きしめた。
(何この子、小動物っぽくて可愛い)
比企谷はそんなことを思っていた……。
涙目で怯えるその様はかえって豊満な胸を強調してしまっていることには気づいていないらしい。
天霧と比企谷は余計に顔を赤くし、逸らした。
「えっと、その……と、とにかくごめんね。急いでるからって不注意だったよ」
「俺からもすまんな」
天霧が視線を逸らしたまま手を差しのべると、銀髪の美少女は戸惑うように天霧の手を見つめていたが、やがて、おずおずとそれを取った。
(天霧ってやっぱ誑し?俺には関係ないけど)
立ち上がった少女はスカートの埃を払うとぺこりとお辞儀する。
「い、いえ、わたしの方こそごめんなさいです。音を立てずに歩く癖が抜けなくて……」
言われて、はっとした。たしかにあの距離までまったく気配を感じ取れなかったことは比企谷以来なかった。
いや、それだけではないだろう。おそらくぶつかってしまったのは互いに身を躱そうとした結果だ。
しかし、この少女は天霧を避けようとはしたが、何故か比企谷の方へ避けた。やはり比企谷はなんらかの効果で気配がより薄くなっているのだろうか。
「比企谷?」
「あ?」
「どうしたんだい?」
「あぁ、考え事してた。ていうかさっきの娘は?」
「もう行ったけど……気付かなかったのかい?」
比企谷は何故天霧とさっきの少女がこちらに避けたのかを熟考した結果、ぼさっとしていたのだ。
「ひ、比企谷……」
「どうし……」
「さて、何か言いたいことはあるかな?」
「「申し訳ございませんでしたぁ!!」」
天霧と比企谷の2人は、今日の練習でみっちりと暗闇や閃光の中で搾られ焼かれた。