「本当に、よろしいのですか?」
「はい、ファミリアの方が教えてくれると言っているので、ギルドからのアドバイザーは構いません。気遣いありがとうございます。」
ギルドの職員さんの申し出をやんわりと断る。
駆け出しの冒険者にはその生存確率を上げるため、ギルドからのアドバイザーがつけられるらしい。
けれど、リヴェリアさんがここに来る道中「私がシロウの面倒を見てやるから、ギルドからのアドバイザーは断っておけ」とおっしゃっていたので、アドバイザーは自分には不要だ。
けれど、気持ちだけはありがたく受け取っておく。
「そうですか。・・・・では、これで手続きは終了です。」
俺は無事に冒険者登録を終え、受付の席から立ち上がり、待合室に向かう。
リヴェリアさんに、「用が済むまできっと長いから、その間、待合室にいろ。」との指示を受けているからだ。
一応どこにいるかは知らされてはいるが、そこに行くような真似はしない。
彼女を急かすようなことはしたくないのだ。
「あれか」
俺は誰も利用していない待合室を見つけると、本棚が設置されてある近くの椅子に座り、本棚から適当に一冊の本を手に取る。
長いと言っていたので、時間つぶしには良いだろう。そう思い本を開く。
「―――――――――――――――」
ちく、たく、ちく、たく。
壁に備え付けられた、大きな長方形をした時計の音が心地いい。
どこか機械的で、自分1人しかいないこの空間で本を読んでいると、何故か心がやすらいでくる。
「ここ、いいかしら。」
そうしていると、顔と体を灰色の外套で隠した女せ・・・いや、女神が訪ねてきた。
彼女が放つ超常の気配はロキと同じもので、疑いようがない。
その女神はどうやら、俺の隣の席に座りたいらしい。
本棚が近くにあるからだろうか?
「良いですよ」
断る理由もなくそういうと、女神は「ありがとう」といって、俺の隣の席に座る。
「ねえ、一つ聞いていいかしら?」
腰を落ち着けた女神は本を取るわけでもなく、そのまま俺に聞いてきた。
どうやら本を読みに来たわけではなさそうだ。
「構いませんが、どうしたんです女神様?」
「単刀直入に聞くけど、――――あなた、本当に私たちの子ども?」
女神はそう聞いてきた。
彼女がこの言葉に込めた意味は分からない。
けれど、たくさんの意味を込めたのは分かった。
「それは、どういう・・?」
彼女の言う私たちの子どもと言うのは、神々が下界にいる自身達の子どもたる、人間や亜人たちを指す総称であることは知っている。
けれど質問の仕方から考えるに、まるで俺は人間でないとでも言うようだ。
しかしそれはおかしい。
なぜなら、記憶がないとはいえ、俺は間違いなく人間でありそれに疑いはないからだ。
「・・・ごめんなさい、妙なことを聞いてしまって。」
彼女は謝罪して立ち上がり、さよならも言わずここから去ってしまった。
「・・・・・・なんだったんだ、あれ?」
意味不明だ。
彼女は何がしたかった?
どうして俺の隣に座った?
・・・・・・謎だ。
「またせたなシロウ。そろそろ帰るぞ・・・・って、どうした、考え事か?」
考え込んでいると、いつの間にかリヴェリアさんがこちらに来ていた。
用が済んだのだろう。
「いえ、なんでもないです。」
別に人に話すことでもない。
そう判断した俺は、ここであったことを隠すことにした。
「・・・まあいいか。それじゃあ、もう昼だしどこかに行って食事にしよう。」
俺が何か隠しているのを気づきながらも、それを見逃してくれたリヴェリアさんは、これから食事に行こうと誘ってくれた。
「・・・・あの、いいんですか?俺、お金持っていませんよ。」
普通に考えれば、俺は奢ってもらうことになるだろう。
しかし俺は、何から何まで迷惑をかけ過ぎている。
これ以上の好意を、俺が受け取っていいのだろうか?
「はあ、別に構わない。シロウは無一文、私が奢るのは当然だ。それで良心に痛むのなら、これから
「ありがとうございます!」
俺はリヴェリアさんの懐の深さに感動しながら、頭を下げた。
☆☆
「―――――凄い量だ」
目の前に積まれた武器の山。
ありとあらゆる武器が中庭に置かれていた。
ダンジョンに行かず本拠でゆっくりしている、ごく少数の人達は、何事かと塔の窓から、塔と塔をつなぐ落下防止の垣だけが付いた空中廊下からそれを見ている。
中庭にいるのは俺と、ポーチに何か入れて持っているロキ、団長とリヴェリアさん。
そして木の陰から俺を睨めつけるようにして見る、山吹色の髪をしたエルフの少女(俺より年上に違いないが)だ。
彼女はおそらくリヴェリアさんの言っていたレフィーヤというエルフだろう。
食事の際にリヴェリアさんは、「私にはレフィーヤと言う山吹色の髪をしたエルフの弟子がいるのだが、なにぶんシロウのことを警戒しているんだ。これから私は君の面倒も見るから、顔を合わせることは多くなると思う。彼女が君を邪険にすることもあるだろうが許してやってくれ」といっていた。
外見的にも、自分への警戒心のようなものを鑑みても、おそらく彼女がレフィーヤさんで合っているはずだ。
本当は少し話がしたいが、これから魔法の試しうちをするので後回しにする。
「やろ?うちのファミリアは、遠征で使わんかった予備の武器とか、何かしらの理由で要らんもん扱いされた武器を倉庫に山ほど入れとるんや。で、これがその武器たちで、シロウの魔法の実験材料っちゅうわけや。」
なるほど。
しかし
「なあロキ、なんで剣以外が入っているんだ?」
俺の魔法?・・・魔術?は方向性が剣のはずだ。
「ああ、それな。シロウって剣に近ければその効果が上昇するみたいやけど、別にそれ以外でも出来んとは書いてなかったやろ?やから剣以外はどうなるんか気になるんや。」
なるほど。
「失敗しても大丈夫や。これの中にいろんな回復薬入っとるから、緊急時にも対応できるで」
そう言って胸を張ってポーチを見せるロキ。
何のため持っているのかと思えば、そういうことらしい。
本当に良い神だ。
「そうか、ありがとう。」
これだけ保険をかけてくれているのだ。
魔力暴発しても大丈夫だろう。
「そんじゃあまず{投影魔術}やってみ、魔法の使い方は昨日説明しとるからわかるやろ?」
「ああ、」
俺の場合超短文詠唱だから、詠唱文を読むだけでいい。
俺は武器の山から一番質の良さそうな一振りの剣を右手に取り、その短い詠唱文を唱えようと、
「―――――?」
詠唱文を唱えようとして、俺の意志とは関係なく、体がそれを拒んだ。
違う。
足りない。
体がそう訴える。
そして昨日、突然頭の中にできたスイッチを押せと、そう訴えている。
頭のスイッチを押したがっている。
しかし、ロキの説明通りなら、体の意志は全くもっておかしなものだ。
けれど、
体が覚えているということは、かつて俺がやっていた証拠だ。
つまりその通りにすることこそが、正しい解答なのだろう。
記憶をなくす前の俺がやっていたことが出来るようになる、それは記憶を取り戻す上でも重要なことではないだろうか。
そう結論付けた俺は、体の意志に従うことにした。
「――――――」
自身の選んだ選択に緊張を覚えた心を、呼吸を整えて落ち着かせる。
そして―――――――
頭の中にあるスイッチを押す――訂正、撃鉄を落とす。
■■回路起動、本数27すべて正常に行使可能。
「――――!」
撃鉄を落とした瞬間、体中に謎の回路が起動した。
そして体に流れるモノの感覚―おそらく魔力か、が鮮明なまでに分かるようになり、体も熱くなる。
急激な変化に気持ち悪さを感じるが、それ以上に意識は透き通るようにはっきりとし、肉体の調子もすこぶる良い。
いける。
すべきことは肉体が指示してくれる。
あとは俺が、頭がそれを理解し実行するだけだ。
俺は手に取ってある剣を凝視し、詠唱文を唱える。
「投影、開始」
創造の理念を鑑定し、――――成功。
基本となる骨子を想定し、―――――成功。
構成された材質を複製し、―――――成功。
製作に及ぶ技術を模倣し、―――――成功。
成長に至る経験に共感し、―――――成功。
蓄積された年月を再現し―――――成功。
あらゆる工程を凌駕し尽くし――――成功。
ここに、幻想を結び剣と成す!
「・・・できた。」
一連の工程を終えるころには、左手には贋作が握られ、オリジナルと遜色のない出来になった。
創り手だから分かる。
この一連の工程において俺のやったことがいかなることかおおよそ理解した。
それにしても、この撃鉄を落とした状態は良い。
何もかもがすこぶる快調で、ずっとこうしていたいくらいだ。
投影魔術を使用する際、存在を確認した謎の回路―魔力が流れるこれの名称は分からないが、ひとまず魔術回路としておこう。
「え、剣が増えた?」「なあ、シロウがやったのかあれ?」「おお!」
そう決めていると、周りから歓声の声が上がった。
俺が創りだした贋作に驚いているのだろう。
隣にいるリヴェリアさんも、・・・・・?
「リヴェリアさん、なんで固まっているんです?」
「いや、自分が何をやったのか分かっていないのか?第2級武装の完全再現だぞ。」
リヴェリアさんはすこし震えながら言っている。
隠しているようだが、俺にでも分かるくらい動揺している
「なんか大変なことをしたんですか、俺?」
こういったらあれだが、同じ武器1つを創っただけだ。
別段、性能がオリジナルより勝ってるわけでもない。
すると団長がこっちにきた。
その表情は落ち着いているものの、額に少し、油汗が浮かんでいた。
「ああそうだ。シロウ、君はとんでもないことをしてしまった。リヴェリア、シロウの創った剣は消えないんだろう?」
団長はリヴェリアさんに聞く
すると彼女は首を縦に振り、
「ああ、間違いない。魔力で1から剣を編んでいたからな。その偽物は、完全に壊れるかシロウが消さないと永遠に残り続ける。」
そう言った。
「そうか。・・シロウ、君の創った左手の剣と、右手のオリジナルの剣。この二振りの剣の性能は互角なんだろう?」
「はい。けど、同じ能力の物が増えただけですよ。」
団長はそう聞いてくるので答えたが、能力が同じなら、創ったところで大した価値は無いと思う。
凌駕できて初めて本当の価値がある気がするのだ。
「ああそうだ、それが問題だ。シロウ、君はね、“鍛冶師の者が長い時間をかけて得た技術”と、“冒険者たちが命を懸けて得た素材”によって創られた結晶と呼ぶべきものを、少量の魔力で一瞬に創ってしまったんだ。本物を創った者たちが君の魔法を見れば、どんな風に見えるだろうね?」
「あ、」
ようやく意味が分かった。
本物を創った人達からすれば、俺のは投影魔術は、これまでの努力を嘲笑うような代物だ。
彼らにとって俺の魔法は悪夢足りえる。
俺の贋作の価値が問題ではなかったのだ。
「その様子だとようやく意味が分かったようだ。シロウ、それを他人に見せないよう気を付けるんだ。でないと見ず知らずの者から勝手に嫉妬を買うだろうからね。」
人にどう思われようと俺は構わないが、確かにそれで相手が傷つくのは嫌だ。
何の落ち度もない人の心が傷つくのは、良くないことだ。
「うちからもええか?」
すると、今まで黙っていたロキも口を開いた。
その表情は真剣そうで、いつものおちゃらけた雰囲気は一切ない。
「シロウ、自分が創った武器は絶対に売ったり、ファミリアの仲間以外にやったりしたらあかんで。これをするとオラリオの武器相場が滅茶苦茶になる。なんせタダであげたって、こっちは痛くもかゆくもないきんな。」
ロキの見せた真剣な表情に驚きながら、俺は彼女の言う言葉を聞き、納得する。
「肝に銘じておくよ、ロキ。」
言ってくれなかったら投影武器を誰これ構わず、人のためとポンポン渡していたであろう自分に恐れながら了解する。
「それから他のファミリアのモンにも極力見せたらあかんで。シロウの能力を知ればどこかのファミリアが目ぇつけてくるかもしれん。」
シロウ1人で武器の問題がだいぶ解消されるのだと、その理由を教えながら忠告してくれる。
「うちから言いたいことはもうこれくらいや。いろいろ言うて堪忍な?」
そう俺に言い終わると、ロキは表情を真剣なもののまま大きく息を吸い込み
「おおおい!ここを見よるやつ全員に命令や!今あったこと、今からここで起こることは他言無用や!同じファミリアの連中にも言うたらあかんで!ええなあ!」
そう大声で命令した。
眷属の方々は、しかしいつものおちゃらけた雰囲気で言っているのではなく、いたって真面目に真剣なものだと分かると、すぐに全員が了解の意志をそれぞれに示した。
「ほな、再開しよか。次は剣以外で頼むで」
大声で言い終わったロキは、俺にいつものような表情をみせ、そう言う。
そしてそれから、俺はそれぞれの一番性能の良い武器をすべて投影した。
剣、槍、斧、棒、杖、盾、弓、矢といったジャンルの中で一番良い武器を。
流石に剣ほど容易にはいかず、物によっては2~3倍の魔力が必要になったが、すべての完全再現に成功した。
途中魔力切れを起こしそうになったが、ロキが持ってきた回復薬の中に精神回復薬があったおかげで、なんとか魔力切れを起こさずに済んだ。
「ロキ、一通り済んだぞ。次は{強化魔術}k・・・・ロキ?」
ロキに次にすべきことの確認をしようとすると、ロキは頭を抱えてその場に座り込んでいた。
(やばいな、まさかシロウの投影魔術がここまでのモンやとは思わんかった。いずれシロウの魔術のことは他のファミリアにばれる。なら、いずればれることを前提にこれからのことを考えなアカンな)
「おーい、ロキ?」
「え?ああ悪い聞いとらんかったわ」
何か考え事でもしていたのだろうか?
まあそれよりも、
「俺は次なにすればいい?{強化魔術}か?」
「あ、ああそうやな・・・・・。じゃあ適当に剣選んで強化魔術使ってみ。うちの目をもってすれば、武器の性能が良くなったら一発で分かるけん。」
「わかった。」
俺は武器の山から適当に一振りの剣を手に取り、詠唱文を唱え―――
「やっぱり同じか」
唱えようとして、またしても強烈な違和感を覚えた。
きっと投影魔術と同じことだろうと思った俺は、また体に任せることにした。
するとやはり自分の全く知らない技術を体は覚えており、体の指示に従い、それを頭で理解しながら一連の工程が終えると、剣はその存在を強化された。
「なるほど、構成物質を強化した訳やな?武器の性能が滅茶苦茶上がっとるで。」
「それに効果も随分と長く続くように見える。」
ロキは俺が強化した剣を見ると、どうやって強化したかを言い当て、リヴェリアさんは持続時間が長いことを看破した。
流石、神とオラリオ1の魔法使いだ。
そう感心していると、
「――――――あれ?」
突然視界がぼやけ、危うく倒れそうになる。
そういえば、いつの間にか、撃鉄を落としてから調子の良かった肉体と意識もあまり良くなくなってきている。
気が付かなかったが、疲れも結構たまっていた。
熱くなった体が気持ち悪い。
この状態はあまり長続きさせてはならないのだろうか?
「疲れたのかい?」
「ああ、はい。」
団長の心配に、まだいける、と言おうとしたが、ロキがいるため諦めた。
神の目はごまかせない。
「そうか、確かにずっと魔法を使っていたからね、疲れるのも無理ないよ。じゃあそろそろ終わりにしようか。いいよねロキ」
「せやな。ステイタス刻んだばっかの人間にはもうきついか。魔力があっても、肉体がついてってないようやし。」
「だそうだ。じゃあ魔法の試しうちはもう終わりだ。シロウもどんな能力か理解しただろう?もう自分の部屋にいって休め」
確認する団長にロキが肯定し、リヴェリアさんが結論を言う。
「分かりました。」
俺は頷き、頭の撃鉄をもとに戻す。
すると意識も肉体にもどっと疲れがでてきた上、魔力の流れが急に落ちるが、熱くなった体は元に戻り、元の状態に戻ったおかげか、気持ち悪さもなくなった。
俺はだるい体を動かし、自分の部屋に向かった。
☆☆
「なんであんなものを平気で抱えていられるの?」
日は落ち、もう夜に差し掛かる頃。
バベル50階、最上階のプライベートルームの玉座に体を預けながら、フレイヤは悲しみに表情を歪め、今日出会った少年を思い出す。
今日はギルドの主神ウラノスからの極秘の呼び出しがあり、何かしら?と警戒しながらギルドへ足を運んでいた彼女だが、そこでたまたま見かけた少年を。
「なんであんなものを、私たちの子供が抱えられているの?」
彼女、フレイヤは魂の色を見ることが出来る。
魂にはどんな善人にも悪人にも少なからず“色”があり、輝きがある。
しかしその少年の魂は、その魂が映していたモノは、“色”ではなかった。
“色”ですらなかった。
その少年の魂が映していた物は
「赤い荒野に、墓標のごとく突き刺さる無限の剣。なにがあったら、あんな心象風景ができてしまうの?」
フレイヤは涙を流す。
少年がそうなってしまった過程を憐れんで。
フレイヤって独善的だけど、別に悪人じゃない・・・・・よね?