ギルガメッシュの体にある切断面―俺が切り落とした右腕があった場所―から聖杯の穴が現れ、奴の体を取り込もうとしていた。
しかしギルガメッシュは飲み込まれてたまるか!と俺の腕に鎖を伸ばし絡みつける。
「くそっ」
このままでは奴は取り込まれず、固有結界で魔力切れとなった俺は、助かったギルガメッシュに殺されるだろう。
そしてその後の未来がどうなるかなんて考えたくもない。
なら、
「ふざけるな、お前は―――――」
俺は絡みついている鎖を決して離れないようにつかみ、
「―――――2度とこの世に顔を出すんじゃねえ!」
「なっ!?」
聖杯の穴へ身を投じた。
「なあ、フィン。あの子の処遇についてなんやけど、」
ロキは自室の椅子に座り、窓から差し込む朝光から腕で目を守りながら、部屋に呼んでおいたレベル6の3人の内、ファミリアの団長、小人のフィンに尋ねる。
「そうだね、普通に考えれば、彼はギルドの保護下に置いてもらうべきだろう。」
「ま、そうやな、それが妥当な考えや。」
ロキは、フィンが思った通りの言葉を返したことに、つまらなさそうな表情を浮かべる。
まあ、当たり前と言えば当たり前か。
何せ、話題の「彼」は空間の歪みから突然、気絶した状態で現れたのだ。
これは一週間前のことだが、遠征も終え、ギルドから本拠地まで戻っている最中の精鋭部隊がでくわした出来事で、突然彼らの頭上の空間が歪み始めたらしいのだ。
もちろんロキはその場に居合わせなかったが、その場にいた彼らが言うには、空間の歪みが一瞬強くなった際、彼が気絶した状態で現れたらしい。
その後はとりあえず彼を本拠地まで連れて行き、ロキの指示のもと、ファミリア内での保護と言う名の監視をしながら、迷子として彼が探されていないか、ギルドに調査を頼んだ。
しかし、12歳くらいの年齢である人間、赤い髪と琥珀色の瞳、目を覚ました彼が口にした、「シロウ」と言う自分の名前や、「フユキ」と言う出身地、これら4つの情報に該当す
る迷子は1週間たった今も一人もいない。
おそらく、オラリオの外の人間が転移系の魔法を使い、それに失敗した結果、オラリオに転移させられたのだろう。
記憶が断片的にしかないとシロウが言っていたのも、魔法の失敗の結果であると説明がつく。
他にも原因は考えられるが、そんなのいくら考えてもきりがない。
そんな状況下にあるシロウを、いつまでも自分たちのファミリアで置いておくよりギルドの保護下に預けた方がいいと考えるのは、当たり前と言えば当たり前だ。
「でも、個人的な意見を言わせてもらえば、シロウにはうちのファミリアに入ってもらいたいと思っている。」
「それはどういうことや?」
フィンの口から出た意外な言葉に、ロキは面白そうな表情を浮かべる。
「親指だよ。僕が彼の処遇についていろいろ考えていると、ずっと親指が疼くんだ。“ある場合”を除いてね。」
フィンの親指は、危険を察知したり、選ぶべきではない選択を選ぼうとしたときに疼き、
この疼きによって、ロキファミリアは何度も窮地を救われている。
つまり、“ある場合”を選択しなければ、遠くない未来にロキファミリアにとって面白くないことが起こるといえよう。
「その、“ある場合”と言うのが、シロウが仲間に入った場合と言うのだな?」
副団長のハイエルフの王女、リヴェリアがフィンに確認する。
「そうだ。彼をうちのファミリアに入れようと思った時にだけ、親指のうずきが治まる。」
「がっはっはっは!なんじゃそれは?まるであの坊主がロキファミリアに入るために現れたようにも聞こえるな。」
フィンの言葉に、ドワーフのガレスが豪快に笑いながら言う。
その一方、ロキは考える。
シロウは現在、記憶も不確かで、どうすればよいのか自身では分からない状態だ。
ファミリアの一員として迎え入れるという選択は、決して悪いものではない。
シロウに関する情報が手に入るまでの間なら――――
「・・・・・・・フィン、シロウを呼んできい。本人の同意が確認できたら、うちのファミリアに入れるで。」
☆☆☆
本拠地の一室にいた(現在シロウに貸し与えられている部屋でもある)シロウをフィンに連れてこさせたロキは、「ステイタス」や「ファミリア」、「ダンジョン」などのことを教え、(シロウはどうやらこういった常識的なものの記憶も失くしているようで、説明に時間がかかった)最後に自分のファミリアに入らないか?と言う質問をした。
すると、
「それは構わない。けど、良いのか?素性の知れない俺を仲間にするなんて。」
こちらに気を使った言葉を返してきた。
「構へん構へん。自分のことさえようわかってへんのに、他人へ気遣い出来とる時点で人格に関しちゃあ問題ない。素性が分からんなんてのも、このオラリオじゃ、言うほど珍しゅうないしな。」
「それに、エルフである私が、シロウから邪なものを一切感じていない。」
ロキに続き、リヴェリアが言う。
リヴェリアはハイエルフ。
エルフは総じて貞操意識が高く、潔癖症とも取れる性格をしている。
それは気の許したものにしか、肌の接触を許さないほどだ。(例外的な者もいるが)
そんな彼女が邪なものを感じないと言った時点で、シロウの純朴さは保障されている
「・・・・?よく分からないけど、本当に良いんだな?」
「そういうこっちゃ。じゃあ早速ステイタス刻むために、上着脱いでもらうで。個人情報やから、フィン達はその間、部屋から出とき。あっでも、後で話するから廊下で待っとってや。」
ロキに指示されたフィン達は、神室から出て廊下に待ち、シロウは若干顔を赤らめながら上着を脱いで、寝台でうつ伏せになる。
「じゃあ、やるで」
ロキはシロウの背にまたがり、自分の指に針を刺す。
そして出てきた神血をシロウの背に注ぎ――――――
「できたで!これで契約完了や・・・ってどないしたん?」
ステイタスを刻んだロキは、うつ伏せのまま苦しそうな表情をし始めたシロウに声をかける。
「いや、ちょっとふらっとしただけだ。大丈夫」
「嘘やな」
ロキはすぐにシロウの嘘を見抜いた。
そもそも神は高次元の存在だ、つまり彼女に嘘はつけない。
「・・・・なんか、体が熱くてぼーっとする。それと頭の中に妙なスイッチみたいなものが出来た。けど、体が熱いのはすぐに治る気がする。」
力のない返答に嘘がないのを確認したロキは、とりあえず部屋にある非常時用のポーションをシロウに飲ませる。
しかしやはりと言うべきか、シロウの容態は良くならない。
神である自身の目をもってしても、原因が分からないのが悔やまれる。
ならば、
「リヴェリアたーんっ、ちょっと中に入ってきてくれるかー」
眷属に頼るだけだ。
リヴェリアは中に入るなり「どうした?」と聞いてくる。
「それが、ステイタスをシロウに刻んだ途端、体が熱うなったって、言い出してな。本人は大丈夫言うてんやけど、とりあえず回復魔法をかけて欲しいんや。」
「分かった。」
事情を理解したリヴェリアは回復魔法を詠唱、発動させる。
彼女はオラリオ1の魔法使い、何らかの変化は望めるはず。
そう期待したロキだが、
「・・・・・なんの変化もあらへんな。」
あまりの変化の無さに驚いた。いや、実際は良くなっている。しかしそれは、リヴェリアの詠唱に要した時間による、自然治癒のもので彼女の魔法によるものではない
「大丈夫か?」
心配したリヴェリアが、シロウに声をかける。
「あ、はい。大丈夫です。もうだいぶ楽になりましたから。」
「そうか。なら良いんだ」
リヴェリアはシロウが回復してきていることに安堵する。
「まあ、確かに顔色もようなってきよるしな。じゃあ、ステイタスを羊皮紙に写しとるで、リヴェリアたん、悪いけど、もう一回出てくれるか。」
「了解した」
言って扉の外に出ていった彼女を確認したロキは、羊皮紙を取り、うつ伏せのままのシロウの背中、そのステイタスを写し取ろうとして、体が固まった。
体調が悪くなったのを心配し、発現させるだけで見るのを後回しにしていたステイタスの内容、それがあまりにも規格外だったからだ。
その内容は、
シロウ
力:Ⅰ0 耐久:Ⅰ0 器用:Ⅰ0 敏捷:Ⅰ0 魔力:Ⅰ0
≪魔法≫
【■■の剣■】
・――――――――― ――――――――― ―――――――――――― ――――――――― ――――――――― ―――――――― ――――――― ―――――――――――――― ―――― ―――――――――――――
{投影魔術-剣}
・対象の偽物を創り出す。
・剣に近いほど、精度と成功確率が上がる。
詠唱式
【
{強化魔術-剣}
・対象の性能を上昇させる。
・剣に近いほど、能力上昇値と成功確率が上がる。
詠唱式
【
≪スキル≫
【
・誰かのために動く際、魔力以外の全能力上昇
【
・早熟する。
・英雄になるまで効果持続
・強迫観念の強さにより効果上昇。
(なんやこれ!?初めから魔法持ちな上、スキル2個持ちなんて聞いたことないで!)
普通契約したばかりの子供は、魔法もスキルも持っていないのが当たり前で、ダンジョンに潜り、経験値を貯め、レベルアップを行うことによって初めてスキルなり、魔法なりを得ていくのだ。
なので初めから魔法またはスキルを1個持っていれば、万々歳なのである。
しかしシロウは、初めから魔法を持ちスキルを2個持っている。
こんなこと、普通ありえない。
(魔法の表記も気になるけど、【
おそらくレアスキルであるのは確かだろう。
こんなスキル内容は聞いたことがない。
スキルや魔法の効果内容はかなり雑に説明表記されることが多いので、具体的なそれは分からない。
けれど、今ロキの頭の中に浮かんでいるモノが正しかった場合、それはもう大変なことになる。
具体的には、経験値取得量の上昇。
憶測の域を出ないが、これしか考えられるものは無い。
そしてこれを他の神達が知れば、いかにオラリオ最強の一角、ロキファミリアが相手でも何とかして引き抜こうとしてくるだろう。
神は娯楽に飢えている。
つまり面白そうな子供を放っておくわけがない。
引き抜かせるつもりは毛頭ないが、徒党を組むといった手段をとられた場合、絶対にシロウを守りきれる!というまでの自信はない。
流石にトリックスターと呼ばれた自分も、多対一での知略による戦いは、相当に堪えるだろう。
「ロキ、固まってどうかしたのか?」
だいぶ回復したものの、未だ体調の悪そうなのにこちらを心配するシロウを見る。
シロウはリヴェリアに身の危険の一切を感じさせないほどの純朴さを持った子供だ。
きっとステイタスをそのまま教えれば、絶対にその内容が他の神達にばれる。
シロウに「教えるな」といっても、悪知恵の働く神達はあらゆる手段を用いて、その内容を「教えてもらう」だろう。
だから、
「いや、大丈夫やで。」
初めから【
「ほい、出来たで。」
ロキはシロウの背中から羊皮紙に写し取る際、細工をしたそれを見せる。
シロウ
力:Ⅰ0 耐久:Ⅰ0 器用:Ⅰ0 敏捷:Ⅰ0 魔力:Ⅰ0
≪魔法≫
【■■の剣■】
・――――――――― ――――――――― ―――――――――――― ――――――――― ――――――――― ―――――――― ――――――― ―――――――――――――― ―――― ―――――――――――――
{投影魔術-剣}
・対象の偽物を創り出す。
・剣に近いほど、精度と成功確率が上がる。
詠唱式
【
{強化魔術-剣}
・対象の性能を上昇させる。
・剣に近いほど、能力上昇値と成功確率が上がる。
詠唱式
【
≪スキル≫
【
・誰かのために動く際、魔力以外の全能力上昇
【】
「・・・・?ロキ、この魔法の欄の表記がおかしいんじゃないか?」
シロウは見せられたステイタスの疑問を口にする。
ロキに説明された「ステイタス」とは表記方法が少々違うのだ。
「ああ、それな。それはうちにも分からん。」
「分からんって、・・・・」
あんまりな返答に、シロウはジト目でロキを見つめる。
「そ、そんな顔すんなや。うちやかて、こんな表記の仕方見たことないんや。」
「ふーん。ま、いっか。」
そういってシロウは、そのままじっくりとその内容を見る。
「と言うかシロウ、自分驚かんのか?初めから魔法もスキルも両方あるってすごいことなんやで?」
大して驚かないシロウに、ロキはどうしてや?と尋ねる。
するとシロウは、
「うーん・・・なんでだ?」
何故かこちらに聞き返すように答えた。
「・・・・自分でも分からへんのやな。」
「ああ。よく分からないけど、別にすごいだなんて思わなかった。」
「まあ、ええわ。じゃあシロウ、明日は冒険者登録に行くで。そのために、9時には本拠地の入り口の門で待っとってな。」
「分かった。」
「ええ子や。あと、今晩はファミリアでシロウの入団パーティーするからよろしゅうな」
「えっ?」
ロキからの急なパーティー開催発言に、シロウは驚く。
「そんな驚かんでええって。うちのファミリアは新しい眷属が入る度にやんりょるけん、別に大したことやないさかいに。」
「いや、でも、俺なんかのためにそんな事しなくても別に、」
「シロウ、ファミリアの連中は大抵騒がしいことが大好きや。これはシロウのパーティーやけど、そのパーティーで楽しめるのはファミリアみんななんや。それをシロウは嫌っていうんか?」
「それは・・・・・・・・・・分かった。ありがとうロキ。何から何まで、本当に感謝している。」
ロキが1週間の間に見抜いた“自分より他人”というシロウの性格をついた言葉に、結局シロウはパーティーを受け入れることにした。
「よし、じゃあシロウ、自分、本拠地の構造は分かるやろ?ラウルは自分の部屋におると思うから、そこまで行って眷属になったて今から言いに行きや。そしたらラウルが、今夜パーティーするってことをメンバー全員に伝えてくれるはずや。」
ラウルに言いに行った後は自由にしてええでと最後に付け加えたロキに、シロウは「分かった」といって、神室を出て行った。
未だ体調が悪くなった原因は分からないが、扉から出ていくシロウの顔は元通りだったから大丈夫だろう。
そして、シロウが出て行ったのと入れ替わるようにフィン達が中に入ってくる。
「ロキ、どうだった?ずいぶん長かったようだけど。」
フィンは、シロウのステータスはどういうものだったか聞いてくる。
「優秀やでシロウは。優秀にもほどがあるくらいや。」
「そんなに凄かったのかい?」
「そりゃあもう、魔法が実質的に2個にスキル2個っていう、最初からにしては反則じみたもんや」
「「「は?」」」
ロキの口から放たれた衝撃の事実に、3人は思わずな反応をしてしまう。
そしてロキは「やっぱそんな反応するか、」と少しニヤつきながら反応を楽しむ。
「でまあ、そのシロウなんやけど、・・・うちはシロウのステイタスを3人に教えたいと思う。」
続けて言い放たれた言葉に、今度は3人が皆、訝しげな表情を見せる。
当たり前だ。
個人情報たるステイタスは、例え相手が同じファミリアの人間であっても、見せない者は少なくない。
そのため、主神が他の眷属にそのステイタスを教えることも良しとされないことであり、それを教えるということは、相当な場合でなければ無い。
「何か特殊なモノが書いてあったのか?」
ガレスがそうであるのかと聞き返す。
「大当たりやガレス。とりあえずこれを見てや。」
ロキはシロウのステイタスを写し取った羊皮紙を取り出し、3人に見せる。
「----------やはりか。」
「確かに魔法の表記が妙だし、【
羊皮紙を見たガレスは、自分の予想した通り特殊であることを確認し、続けてフィンもガレス同様に特殊であると確認した。
一方リヴェリアは、眉間に皺を寄せ、
「ロキ、スキルは2個ではなかったのか?それにスキル欄に意図的に消したような跡があるぞ。」
疑問をロキに問いかける。
「ん?あー、それな。ちょっと待ち」
ロキは針を取り出し指先を傷つけ、そこから出た神血を羊皮紙にたらす。
すると羊皮紙は一瞬輝き、それが治まると、消されたようになっていた場所に、あるスキルが浮かび上がる。
それは
【
・早熟する。
・英雄になるまで効果持続
・強迫観念の強さにより効果上昇。
「これは・・・」
「実はそれな、シロウ本人に見せんために細工しとったんや。」
現れたスキルに驚くリヴェリアに、ロキが説明を加える。
「【
「他の神々に知れれば、間違いなく“引き抜き”をしようと動くものが現れる。シロウは純粋だから、自分のスキルを悪知恵の働く者にうっかりばれてしまう恐れがあり、伝えることが出来なかった。だよねロキ」
「・・・・・頭が回るのはええけど、あんまうちのセリフとらんとってや、フィン。・・・まあそういう訳や。きっとこれからシロウは、ものすごい速度で成長する。けど、成長の割に場数がない危ない子になるから、3人にはシロウをちょくちょく気にかけといて欲しいんや。」
「言われなくとも、こんなステイタスを見た後じゃ気にかけない方が難しいよ。」
「じゃな。」
ロキの頼みにフィンとガレスは当然だと受け入れる。
そしてリヴェリアは
「なら、しばらくのあいだ面倒を見てやろう。場数が少なくなるのなら、知識を詰め込めばいい。」
いかんなく母親気質を発揮した。
(((うわぁ、シロウ(坊主)可愛そう)))
この瞬間、3人の気持ちは一致した。
リヴェリアの教育は甘くない。
それを知っている3人は、シロウが無事であることを祈った。