雪ノ下陽乃は後輩教師に恋してる。   作:さくたろう

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雪ノ下陽乃は後輩教師を看病したい。

「ほら、比企谷くん、あーん」

「や、それくらい自分でできますから……」

「今更なに照れちゃってるの? 二人きりなのに?」

「そういうことじゃなくてですね……」

 

 陽乃さんの言うとおり、今この空間には俺と陽乃さんしかいない。

 なぜこんな状況なのかというと、それは少し前まで遡るのだが……。

 

 

   *   *   *

 

 

 普段なら、教壇に立って生徒たちに授業を行っているであろう平日の昼下がり。

 そんな中、俺は家の近所にある病院を訪れていた。

 というのも、朝目が覚めたら体調がすこぶる悪く、熱を測ってみたところ39℃。

 さすがにこれはまずいと思い、学校を休んで今に至るというわけなんだが……。

 

「インフルエンザですね」

「え……」

 

 医者からの一言。どうやらやらかしてしまったらしい。

 インフルエンザということは一週間は休みなわけで、そのぶん仕事も溜まっていくというね。

 新人教師の俺にとって長期離脱は正直かなり痛い。はぁ……どうしようまじで。

 

 そんな感じで不安になりながら家に帰ると、疲れがどっと出てきてすぐさま横になることにした。

 起きていてもマイナス思考になるだけだしな。こういう時はさっさと寝るに限ぎるわけだ。

 しかしあれだな……。一人暮らしで病気にかかると精神的に中々来るもんだな。

 実家にいた頃は小町が心配してくれたり、小町が看病してくれてたから不自由なかったが……ん? 小町しか俺の心配してくれてなくね?

 

「……はぁ」

 

 自分で言ってて虚しさしかないこの感じ。変なこと考えてないでさっさと寝るとしよう。

 今度こそと、考えるのをやめてゆっくりと瞼を閉じた。

 

 

   *   *   *

 

 

 インターホンの音で目が覚め、窓の外を見てみると既に空は暗くなっていた。

 結構寝てたみたいだな……。気づけば着ている服も汗でベタついている。

 シャワー浴びたい。つうかとりあえず着替えたい。ただそれ以上にだるいからなにもしたくない……。

 がしかし、そう思ってる間もインターホンはピンポンピンポンと鳴り続いていて。

 さすがにしつこすぎるだろ? これで勧誘だったりしたら温和な俺でも頭にくるものがあるんだが?

 誰だか知らんがとりあえずは文句を言ってやろうと思い、ゆっくりと身体を起こして玄関の方に向かう。

 

 中から鍵を開けると、ガチャっという音と同時に勢いよくドアが開かれた。

 

「ひゃっはろー、比企谷くん」

 

 訪問者の正体は俺の先輩教師である雪ノ下陽乃さんだった。

 小さく手を振って微笑みながらいつもの挨拶。

 

「ど、どうしたんですか雪ノ下さん」

「いやー比企谷くんがインフルエンザにかかったって聞いたからね。困ってると思ってお見舞いに来たよ」

 

 言うと、玄関から中に入り、スタスタとキッチンの方に向かう陽乃さん。その姿があまりに自然で、この部屋の住人のようだった。や、たまにうちで夕食とか作ってくれてるから慣れてるんだろうけどさ。それにしても俺より主っぽい振る舞いなんだけど?

「や、ちょっと、なに当たり前のように中に入ってるんですか」

「ん、なにか見られたくないものとかでもあるの?」

「そういうことじゃなくてですね……」

 

 大体、見られたくないものは全部パソコンか携帯の中なわけで、その辺はいつだれが部屋を漁ったとしても心配ないわけで。……つうかそもそもそんなものあったら今までここに来た時に陽乃さんなら見つけ出してるでしょうに。

 

「インフルエンザなんですよ? こんなところにいて雪ノ下さんまでなったらどうするんですか……」

「なぁに? 私の心配してくれてるの?」

「そりゃしますよ……」

 

 俺のせいで陽乃さんがインフルエンザになったりしたら申し訳ないし。それにこのタイミングで陽乃さんまでインフルエンザになったら間違いなく、先輩教師たちから非難殺到間違いなしだ。

 しかし、陽乃さんはそんなのお構いなしといった表情で微笑みながら口を開く。

 

「まぁ大丈夫だよ。ちゃんと予防接種してるし」

「や、だからって安心するのはどうなんですかね……」

 

 実際予防接種してたからといって一○○%かからないってわけじゃないだろうに。

 

「ほら、私の心配はいいから。病人の比企谷くんは素直に休んでおくこと。ご飯ができたら運んであげるから」

 

 言って俺の背中を押す陽乃さん。

 これはもう陽乃さんに従うしかないか……。じゃないと後が怖いし。

 仕方なく俺は、言われた通りベッドで横になり陽乃さんが作ってくれるご飯を待つことにした。

 

 

 しばらく横になっていると、扉が開き、小さな一人用の土鍋を持った陽乃さんがやってきた。

 というか、俺んちにあんな土鍋あっただろうか? もしかしてそれも買ってきてくれたとか……? だとしたら申し訳ないというか……。

 

「気にしなくていいよ。私が用意したくてしたんだし」

「え?」

 

 でた、でたよ。俺の心を簡単に読んじゃうやつ。もう慣れたけどな! この人の前じゃプライバシーもなにもあったもんじゃないわ。

 

「あの、人の心読むのはやめませんか?」

「比企谷くんがわかりやすすぎるからついね」

 

 そう言われてしまうとね。自分では結構謎っぽい感じだと思ってた俺にとっては結構ダメージを受けるんですよ。 

 

「そんなことより冷めないうちに食べよっか。どうせ今日ろくに食べてないんでしょ?」

「や、まぁそうなんですけど」

 

 陽乃さんは、そう言ってベッドの横までくると、土鍋の蓋をゆっくりと開ける。

 すると、ふわっとした、食欲のそそるいい香りが漂ってきた。

 

「なんというか、さすがですね」

「まぁこれくらいはね?」

 

 当然と言うように軽く微笑むと、湯気が立っているおかゆをレンゲで掬い俺の口元に運ぶ。

 

「ほら、比企谷くん、あーん」

「や、それくらい自分でできますから……」

「今更なに照れちゃってるの? 二人きりなのに?」

「そういうことじゃなくてですね……」

 

というか、その言い方だと二人きりの時は普通に「あーん」してるみたいなんですけど? や、確かに何回かしたことはあるけどさ。昼休みのベストプレイスとかこの部屋で夕食作ってもらった時とか……。うん、普通にしてるじゃん俺。……どうしよう、今凄く死にたい。誰か俺を殺してくれ……。

 

「じゃあどういうこと?」

 

 首を傾げ、俺をじっと見つめる陽乃さん。

 陽乃さんにそうやって見つめられると、俺の心が見透かされてしまうようで恥ずかしいわけなのだけど。……や、つうかさっきから見透かされてたわ。なんだよ、今更気にしても仕方ないじゃないですかー!

「ん、比企谷くん、さっきより顔赤くなってるよ?」

「や、これは……」

 

 あなたに見つめられてるからですよ。なんて本人に言えたらどれだけ楽なのだろうか。そんなこと絶対無理だけど。

 

「どれどれ……」

 

 言うと、陽乃さんは前髪を上げておでこをだす。そしてそのままゆっくりと陽乃さんの顔が俺に近づいてきて、お互いの吐息がかかるほどになり――

「ちょっと、比企谷くん! 凄い熱だよ!」

 

 お互いのおでこが合わさった瞬間、陽乃さんが慌てながらそう言った。

 知ってます。それ、大体というか、ほぼ陽乃さんのせいですからね? あんな至近距離にあなたの顔があってそうならないわけないでしょうが!

 あ、やばい、興奮したらクラクラしてきた……。

 

「ちょっと悪化したみたいっす……」

「ご飯はいいから、とりあえず横になって」

「はい、なんかすみません……」

「いいからいいから」

 

 陽乃さんに身体を支えてもらいながら横になる。

 今日は不甲斐ないとこを見られてばっかりだな本当……。や、それもいつも通りか……。

 

「それじゃ、私はいろいろと準備するから。比企谷くんはゆっくり休んでてね」

「さすがに悪いですよ。あとは自分でしますんで」

「そんな状態の後輩をほっとけるわけないでしょー。いいからお姉さんの言うこと聞く」

 

 俺の言葉にムッとした表情で答える陽乃さん。

 こう言われてしまうと俺的にはやはりどうしようもないわけで。

 なんというかホント、この人にはかなわないな……。

 

「……はい」

「よし、それじゃおやすみ、比企谷くん」

「おやすみなさい」

 

 部屋を後にする陽乃さんを見据えながら俺はゆっくりと瞼を閉じた。

 

 

 

 どれくらいの間眠っていただろうか。

 目を覚ますと、額には濡れタオルが乗せられていて。

 左腕に感触があってみてみると、陽乃さんがベッドにもたれて眠りながら、俺の手を握り締めてくれていた。

 

「もしかしてずっといてくれたのか……」

 

 眠っている陽乃さんがとても愛おしく思えて、彼女の頭にそっと手を添える。

 こんなこと柄にもないっていうのはわかってはいるが……。

 なんというか、無性に陽乃さんに触れていたくて。

 陽乃さんを起こさないように優しく撫でる。

 出会った頃よりも少し伸びた髪。さらさらとしていて触り心地が癖になる。

 

「ん……比……谷くん……」

「――っ!?」

 

 唐突に俺を呼ぶ陽乃さん。握っていた手にきゅっと力が入れられドキッとしてしまう。

 

「ん……」

「なんだ、寝言か……」

 

 こんなこと寝ているときくらいしかできないからな……。起きたらなにを言われるかわからないし。なにより俺が恥ずかしい。まぁこれも大分俺のキャパシティをオーバーしてるわけだけど。ホント、昔の俺がこの光景を見たらなんて言うだろうな。

 

「あれ……、比企谷くん、起きてたんだ」

「えっ、あ、ははい」

 

 危ねえ……。ちょうど撫でるのを止めてて助かった……。

 眠そうに瞼を擦る。この人も疲れてたんだろうな。それなのに俺のためにわざわざこうやってお見舞いに来てくれて……その上看病までしてくれるって。

 

「どう? 身体の調子は」

「おかげさまでだいぶよくなりました」

 

 ぐっすりと寝れたおかげか、熱も大分下がってくれたような気がする。

 

「ん、そっか。それじゃおかゆ食べる?」

「はい。あ、その前に着替えだけしてもいいですか? 結構汗かいたみたいで」

 

 気づけばさっきよりも身体がベタベタしていて。

 せっかく良くなって来たというのにこのままだとまだこれが原因でぶりかえしちゃいそうだからな。

 

「じゃあ、身体拭いてあげよっか?」

「へ?」

「汗かいたんなら拭かないと。身体ベタベタするでしょ?」

「や、まぁそうですけど……大丈夫ですから! シャワー浴びますから!」

 

 おでこくっつけられて熱が上がったっていうのに、そんな身体なんて拭いてもらったら今度は卒倒しちゃいますから! 勘弁してくださいマジで。

 

「熱があるときのシャワーは身体によくないんだよ? いいからほら、服脱いで」

 

 言いながらスムーズに俺の服を脱がせていく陽乃さん。

 

「えっと……」

「着替えはそこのタンスでいいのかな? タオル新しいの取ってくるから待ってて」

「あの……」

 

 俺の声は届かず、あっという間に服を脱がされ俺は上半身裸になりベッドの上で待機する形になった。もうこうなったら行くとこまで行くしかないのかもしれない。その結果たとえ俺が倒れることになろうとも……。

 

「お待たせ、じゃあ比企谷くん背中向けて」

「はい……」

 

 言われた通り陽乃さんに背中を向ける。

 すると、陽乃さんの指が俺の背中をゆっくりと走り、

 

「ひゃっ!?」

 

 くすぐったい衝動に駆られ思わず変な声をあげてしまう。

 

「あははっ」

「ちょっと! やめてくださいよ……」

 

 ホント心臓に悪いから。

 それでも陽乃さんは楽しそうに俺の身体をぺたぺたと触り続け、

 

「あの……なにしてるんですかね?」

「ん、いやね、比企谷くん意外と良い身体してるなぁと思って」

「……そりゃどうも」

 

 急になにを言い出すんだこの人は。そんなこと言われたらちょっと、というかかなり嬉しいというか。

 ただ、そうやって身体をペタペタ触るのは俺の精神がもたないので今すぐやめてください。頼みますから。

 

「こんな身体に抱きしめられたらグッときちゃうね……」

「えっ?」

 

 ボソっと呟いた言葉はあまりに小さく、上手く聞き取ることができなかった。

 

「ううん、なんでもない。ほら、身体拭くよー」

「はぁ……」

 

 

 

 陽乃さんはゆっくりと丁寧に俺の身体を拭いてくれた。

 少し、や、かなり気恥ずかしかったけれど、おかげで身体のべたつきは綺麗に取れて、なんというかさっぱりした。

 さすがにパンツの中まで拭こうとしたときは本気で抵抗したが……その時の陽乃さんが少し残念そうにしてたのがちょっと怖かった。

 あれ、この人本気で言ってたんだよな、たぶん。それはもうちょっとだけ待ってくださいお願いします。……もうちょっと待ってくれたら大丈夫なのか? あれ? ダメだ俺、病気で頭おかしくなってるんだわきっとそうだわ。

 

「おかゆ準備しちゃうから、ゆっくりしててね」

「あ、はい」

 

 片付けを済ませた陽乃さんがそう言って台所に向かっていった。

 時計を見てみると、針は二時を指していて――。

 

「は、陽乃さん」

「ん、どうしたの?」

 

 声をあげると、台所の方から陽乃さんがひょっこり顔をだす。

 

「時間が……もう深夜ですけど、帰らなくて大丈夫なんですか?」

「んー、どのみち電車ないし、今日はこのまま泊まっていくかな」

「や、さすがにそれはなんというか……」

「だめだった?」

「だめっていうか……若い男女が一つ部屋の下で一夜を過ごすのは……」

「比企谷くんが私を襲っちゃうってこと?」

 

 いきなり核心ついてこないでくださいよ。

 なんかニヤニヤしながらこっち見てるし……この人絶対わかって言ってるわ。だってそういう目だもんこれ。

 

「そうは言ってないですけど……」

「なら大丈夫でしょ?」

 

 言って、陽乃さんは再び台所に戻ってしまった。

 まさかこういう形で陽乃さんと二人きりで一夜を過ごすことになるとは思ってなくて……ほんと、何があるかわかんねぇな人生って。

 

「お待たせー」

「は、早いですね」

「さっき作ったのを温めなおしただけだからね」

 

 心の準備とかする時間がもうちょっとほしかったんですけど……。

 そんな俺の気なんてお構いなしに、陽乃さんはベッドに腰掛けると、先ほどのリピートと言わんばかりに、

 

「はいっ、あーん」

 

 言ってレンゲを俺の口元に運ぶ。

 

「……あーん」

 

 陽乃さんの嬉しそうな表情に観念して運ばれたおかゆを口にする。

 ゆっくりと味わうように食べてみたけれど、やっぱり緊張のせいもあってか味なんてわかるわけもなく、俺の思考はこれからのことでいっぱいだった。

 


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