雪ノ下陽乃は後輩教師に恋してる。   作:さくたろう

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雪ノ下陽乃は後輩教師に想われたい。

 昼休み。

 初夏の風が吹き抜けるベストプレイスで優雅に昼食をとる。

 今日の献立はカップラーメンと野菜ジュース。

 うん……。如何にも一人暮らしの男の昼食だ。

 

「たまには小町の手料理が食べてえなぁ……」

 

 少し伸びた麺を啜りながら、愛妹の手料理を思い出してそんなことをボヤいてると、

 

「うわー、シスコンだ。シスコンがいるー!」

 

 人を小馬鹿にするような声が聞こえてきた。

 振り向くと、人差し指をこちらに向けながらケラケラと笑っている陽乃さんが立っていた。

 風になびくサラサラとした髪が、日差しによってきらきらと輝く。

 その姿に見惚れていると、陽乃さんは笑みを浮かべながら軽快な足取りで俺の隣を陣取った。

 

「隣、いいかな?」

「駄目って言ったらどくんですか?」

「どくと思う?」

「思いませんね」

「じゃあ比企谷くんに残された返事は一つだね」

「はぁ。……どうぞ」

「うん、よろしい!」

 

 腰を下ろして、陽乃さんが体育座りを軽く崩したように座る。

 今日の服装がミニスカということもあって、太もものあたりの露出がいつもより高く、自然と視線がそこに集中してしまうのは男なら仕方ないわけで。

 つうか、これ絶対狙ってやってるだろ間違いないわ。そしてわかってても逆らえない俺がいる。

 

「で、どうしたんですか? こっちに来るとか珍しいですけど」

「んー? 可愛い後輩が昼食を一人ぼっちで食べるのは可哀想だと思ってね」

「や、一応好きでここにいるんですけど」

「なんで比企谷くんは、職員室で食べないの?」

「なんていうか、職員室のあの空気があんまり好きじゃないんで。昼休みくらいのんびりしたいでしょ」

 

 あそこにいると、先輩教師たちにいろいろと仕事押し付けられそうでメンドくさいんだよな。

 先輩教師と言っても、ここにいる陽乃さんは自分の仕事を俺に押し付けたりはしないが。

 ……代わりに毎回俺をからかって遊んでるけど。

 それに、俺はこの場所が気に入ってる。

 高校時代から慣れ親しんだこの場所が。

 

「ふーん、そっか……」

 

 答えに納得したのかしてないのか。

 なんとも微妙な反応を示しながら、陽乃さんの視線は俺の昼食の方に向けられて、

 

「いつもそんなの食べてるの?」

「一人暮らし男の財布事情はなにかとあれでしてね……」

「へぇー。あ、そうだ。私のお弁当分けてあげるよ」

「え?」

 

 と、どこから取り出したのか、女性用にしては少しばかり大きめの弁当箱が目の前に現れる。

 この人結構食べるんだな……。

 

「ほい、比企谷くん。好きなのどーぞ」

「え、本当にいいんですか?」

「いいのいいの。どうせ私一人じゃ食べきれない量だし」

 

 じゃあなんでこんな量作ったんだ? なんてことはとりあえず置いとくとして。

 陽乃さんが弁当の箱をとると、色鮮やかなおかずの品々が現れる。

 最近のほとんどを、コンビニ弁当ばかりで済ませてた俺にとっては、久しぶりの手作り料理が眩しすぎてやばい。つうか、本当に全部うまそう。なにこれ料理人が作ったの?

「……これ、雪ノ下さんが全部?」

「もちろんそうだよ。知ってるでしょ? 私が今ひとり暮らしなの」

「まぁそうですけど。なんつうか、ここまで来るとやっぱりさすがとしか言い様がないっすね……」

「そうでしょそうでしょ。ほら、食べてみて」

「んじゃ、お言葉に甘えて」

 

 弁当箱の中からおかずを一つ選び、口に運ぶ。

 ……うまっ。え、なにこれ? 弁当ってこんなレベル高いもんだったの?

「どう? 惚れ直した?」

 

 あまりのうまさに他のおかずにも手をつけて夢中になって食べていると、陽乃さんが自信ありげ聞いてくる。

 というかそこは『どう、美味しい?』とかじゃないんですかね? 

 

「なんで惚れてる前提なんですか……?」

「あれ違うの?」

 

 そういう純粋無垢な表情でこっち見るのやめてもらえませんか?

 本心を丸裸にされてるみたいでクッソ恥ずかしいんですけど。

 

「や、と、とにかくですね。料理はめちゃくちゃ美味かったです」

「そっかそっか。それじゃ明日からお姉さんが比企谷くんのためにお弁当作ってあげよっか?」

 

 どうやったらそれじゃからそうなるんですかね?

 そう言ってもらえるのは素直に嬉しいが……。

 

「さすがに悪いですよ……。雪ノ下さんだっていろいろと忙しいのに」

「別に、自分の分も作るついでだし」

 

 言って、先程まで食べていたカップラーメンを見ながら言葉を続ける。

 

「それに、そんなのばっかり食べて可愛い後輩が身体壊しちゃったら悲しいじゃない。あ、今のはるのん的にポイント高い!」

「そういうのは小町だけで間に合ってますからね?」

「冷たいなぁ」

 

 まぁ確かに、この昼食が身体に良いとはお世辞にも言えない。

 こんなんばっか食べてたら陽乃さんの言うとおり身体壊しても不思議ではないか……。

 でもなぁ……。

 

「今ならお弁当だけじゃなくて、朝昼晩作ってあげてもいいよ?」

「なんで増えてんですか」

「えー、じゃあ比企谷くんはなにが望みなの」

「や、望みもなにも……はぁ。そしたら弁当だけお願いします」

 

 ここまで来たらどうせ陽乃さんは引かないだろう。

 まぁ一応俺の身体を気にして言ってくれてることだし、ここは素直に陽乃さんのご好意に甘えるとするか……。

 

「最初からそう言えばいいんだよ? 明日のお昼、またここでね」

「うっす」

 

 少しばかり強引に話が進んだが、この美味い弁当をまた食べれるのは普通に楽しみだ。

 

「じゃあ私、先に戻るから。そのお弁当は全部食べちゃっていいよ」

「え? 雪ノ下さんは食べないんすか?」

「比企谷くんが美味しそうに食べてくれたから、私はなんか満足しちゃった」

 

 言うと、陽乃さんは立ち上がり、鼻歌交じりでベストプレイスをあとにした。

 満足しちゃったって……。それでいいんすか。

 急に静かになったベストプレイスに、空白ができたような寂しさを感じて。

 陽乃さんの去っていった方を眺めながら、おかずを口に含み、

 

「本当うまいなこれ……」

 

 小さく呟いた。

 

 

   *   *   *

 

 

 次の日の昼休み。

 

「比企谷せんせー」

「先生、ここ教えてください」

「や、お前ら少しは自分で考えて? 俺もいろいろと忙しいし、それに……」

 

 陽乃さんとの約束通りベストプレイスに行くための準備をしていると、生徒たちが俺に勉強でわからないことがあると訪ねてきた。

 昼休みに勉強とかこいつらやる気あるじゃん、なんて思っていた時期が最初の方はあったわけだが。

 わからないところを聞いてみると、実はちゃんと理解していたり、どこがわからないか忘れたりと、何しに来たのこの子達? や、ホントにね?

「…………」

 

 隣の席にいる陽乃さんから発せられる不機嫌オーラ。

 予定が狂わされてイライラしているんだろうか。

 この人にしては珍しいというか。これくらい軽く流してしまいそうな気がしないではないんだけどな。

 なんて、思っていると、

 

「君たち、それくらい自分たちで少しは考えてから来たらどうかな? それに、職員室であんまり騒いじゃ駄目だよ?」

 

 陽乃さんが表面上は優しい笑顔で生徒たちに注意する。内心どう思ってるかは俺にもわからないが。や、なんとなくわかるけどね……? 伊達に長い付き合いってわけじゃない。

 

「えー。あ、じゃあ比企谷せんせー、私たちと一緒にご飯食べましょうよー」

「あー、それいいね! 先生いこいこ!」

「お、おい」

 

 女生徒が俺の腕を掴み、一緒に行こうと促してくる。

 待て待て、今日は陽乃さんとの約束があってだな。

 ほらめっちゃ見てる! こっち見てるから!

「比企谷先生……?」

「は、ひゃい」

 

 何故か俺が陽乃さんに睨まれた。

 なんで俺が怒られるのかな? 八幡悪くないよ?

「先生、今日は大事な用があるんでしょ?」

 

 威圧感たっぷりの言葉。最後の方に『私との』とか入ってそう。

 こんなん怖くて無理超無理。

 

「そ、そうですね。うん、そうだ。そういうわけでお前らはもう戻れ。今度また聞いてやるから」

 

 女生徒たちはぶーぶーと文句を言いながらも、最終的には納得してくれたようで、そのまま職員室を後にした。

 ……で、俺はなんで睨まれたんですか? 

 

「いいねぇ、比企谷先生は、女・生・徒に人気で」

 

 陽乃さんからジーッと冷たい眼差しを向けられる。

 なんですかその目は……。

 

「や、別に……そんなことはないんじゃないですか? ていうか、雪ノ下先生の男子生徒の人気に比べたらちっぽけなもんでしょうが……」

「別に、あんなの生徒の心理を上手く掴めばどうってことないよ」

 

 さらっと凄いこと言うなこの人。

 まぁ確かに、ここに赴任してから男子生徒をまるで手駒のように動かす陽乃さんを、何度も見てきた身としては否定できないが。

 

「そんなことできるの雪ノ下先生くらいですけどね……」

「そう? 君もできてるでしょ? 君の場合計算じゃないけど」

「そりゃ計算は苦手なんで」

 

 学生時代から数学なんて消え去ればいいと思ってたからな!

 まぁ目の前にいるこの人のおかげで、今はある程度はできるわけだけど。

 

「そっちの方がタチが悪いんだけどね……」

 

 消えるような声で呟かれた言葉を聞き取れなくて、

 

「ん、なんですか?」

「ん~、なんでもなーい」

 

 陽乃さんが指を組んで腕を前に伸ばしながら答える。

 着崩したワイシャツから強調される陽乃さんの豊満な胸が、視線の先に猛アピールしてきて辛い。

 こんなん反則なんですけど……。

 

「はー、私も年かなぁ」

「急にどうしたんですか……」

「うーん……昔だったらこんな感情、簡単に抑えられてたのになぁって思ってね」

「はぁ」

「それもこれも比企谷先生のせいなんだよ?」

 

 わかってるの? とでも言いたげな表情を向けながら、両手を俺の方にもってきて――

「ひだい、ひだいでふかはっ」

「うりうりっ。あはは、へんなかおー!」

 

 頬をぎゅっとつねられた。

 パワハラですよパワハラ! やだもうおうち帰る!

 なんで俺ばっかり? なんて多少の不満はあるものの、先程までの不機嫌そうな表情が、俺を弄ってる間に笑顔に変わって。

 それが最高に幸せそうだったから、なんなら一生こうしていても構わない、なんて不覚にも思ってしまっていた。

 

「いこっか、比企谷くん」

「うっす」

「それじゃこれ、お弁当ね」

「あ、ありがとうございます」

 

 陽乃さんから昨日と同じサイズの弁当箱を渡されて、俺たちはベストプレイスに向かう。

 

 

 

 ベストプレイスに到着し、陽乃さんが先に位置を確保すると、ぽんぽんと隣を叩いた。

 これはあれだ。『ほら、ここおいで』てな合図だ。

 要求通り、俺は陽乃さんの隣に腰をおろして弁当箱を開ける。

 

「まじか……」

「ん、何か嫌いなものでも入ってた?」

「いえ、なんつうかその」

 

 昨日貰った弁当も十分すぎるほどに豪華だったんだが、今日はまた一段と凄い。

 もはやこれ高級料理店で出しても通用するレベル。

 ホントこの人には驚かされてばかりだな……。

 

「めちゃくちゃうまそうっす」

「私の愛情たっぷりのお弁当だからねぇ」

「なんというか、……ありがとうございます」

 

 陽乃さんの言葉に対して正直に感謝の気持ちを述べる。

 いくらこの人が高スペック人間だからといって、この弁当を簡単に作れるとは思えなかったから。

 すると、彼女にしては珍しく、とても間の抜けた表情をしていて、

 

「……雪ノ下さん?」

「な、なんでもないなんでもないよ? ひ、比企谷くんが素直にお礼言うなんて珍しいね……」

「俺だってそこまで捻くれてるわけじゃないんで」

「そ、そうだよねー。えっと、じゃあいただこうか」

「そうですね、いただきます」

 

 グラウンドから聞こえる声をBGMにしながら二人で昼食をとる。

 普段は一人での昼食を好む俺だが、こうして陽乃さんと何気ない談笑を交えながらする食事も案外いいもんだなぁ、なんて。

 

「ごちそうさまでした。ホントうまかったっす」

「お粗末さまでした。ふー、まだ次の時間まで結構時間あるねー」

「そっすね。んあっふわ~~」

 

 昼食をがっつり食べたせいか、少しばかし眠気が襲ってきて自然と欠伸をする。

 

「あはははっ。なにその欠伸! 変、すっごく変だよ」

 

 人の欠伸でそこまで笑えるのかってくらいに爆笑する陽乃さん。 

 ちょっと失礼すぎませんかねえ……。別にいいんだけど。

 なんていうかこの人の笑う姿を見るのは結構す、……いいと思うしなぁ。             

 

「比企谷くん、眠いなら寝てもいいよ。時間になったら起こしたげる」

「いいんですか?」

「うん、こっちおいで」

 

 陽乃さんが女の子座りになって自分の方に手招く。

 や、なんで? 昼寝からどうしてこの流れになったんだろうね俺わかんない。

 

「ほら、早くおいでよ。美人教師の膝枕だよ?」

「や、さすがにそれはまずいでしょ」

「生徒に見られたらきっと怒られるね」

「だったらなんで……」

「私がしてあげたいから。それじゃだめ?」

「――っ」

 

 その顔でそんな言葉を投げるのは反則だ。

 きっといつものようにこの人はもう引く気がない。

 だから――。

 それを言い訳にして俺は、吸い込まれるように陽乃さんの膝に頭を乗せた。

 頭に彼女の手がそっと触れると、そのまま優しく俺の頭を撫でて、

 

「おやすみ、比企谷くん」

 

 鼻腔をくすぐる柔らかな匂い。

 抱きしめられるような安心感に包まれて。

 夢見心地のようなとろけた声が、聞こえた。


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