何も用が無くただただ自分と会いたいから衝動的に大学までやって来た美女が眼前にいるという事実に、須賀京太郎は様々な意味で頭を抱えていた。
どうしろと?
どう解釈しろと?
解釈なぞ不可能だ。
これを色恋だと解釈できるほどの自信は持っていない。だからといってこの人の思考回路は今の所意味不明すぎて理解できない。こんな状況の中で、正しい解釈を瞬時に導き出せる人間がいるのならば、きっと眼前の彼女と同類の人間に違いない。
とはいえ。自分のタイプどストライクな女性にそんな事を言われて嬉しくない訳もない。
「------えっと、迷惑かけてごめんな。用もないのにいきなり大学に押し掛けるなんて。非常識やったわ。本当に、何をやっとるんやろ------」
今更になって、自分の行動を客観視出来たのであろうか。喫茶店の中、彼女は机に肘をかけ両手で顔を覆い隠していた。
「いえ!迷惑なんてとんでもない!」
唐突過ぎて困惑はしているものの、この状況を喜ばない男なんていないだろう。恥ずかしがるのはまあ仕方が無いにせよ、迷惑をかけているなんて誤解は取り除かねばなるまい。
「ホンマ?-------よかったぁ」
その言葉に少しは落ち着いたのか、眼前のレモンティーのストローに口をつける。------何だか、あんな事をされるとちゅうちゅうと茶を啜るその仕草すらあざとく思えてしまう。
さて、と少々考える。
―――これからどうしようか。
このまま喫茶店で暫くのんべんだらりと過ごし、暫く時間を潰して、じゃあバイバイはあまりにもそっけなさすぎる。わざわざ自分に会いに来てくれたのだ。理由は解らないけれども、何らかの好意を持って大学まで来てくれたのだ。これでさっさと返すのは流石に男が廃る。何かしてあげたい、とは思う。
ならばどうしようか、と考える。
二つ上のお姉さん。それでいてプロ雀士。年齢も違えば住んでいる世界すら違う。こんな人が何処に行きたいかなんて解らない訳で。
こういう時は―――。
「あの、清水谷さん」
「ん?」
「この後、何処かに行きませんか?-----その、清水谷さんが行きたい所でいいので」
素直に聞くに限ると思うのです。
恋愛経験ゼロの童貞野郎には、この程度の言葉を吐き出すにも臓腑の底を吐き出す覚悟で言わなければならないのです。相手の願望を聞く事くらい許してほしい。誰に許しを乞うているのか解らんけど。
「え?ええの?」
彼女は困惑したようにえ、え、とブンブンと周囲を見回している。実に不思議な反応だったが、混乱しているようだ。
「あ、その迷惑だったら勿論いいんですよ」
「迷惑だなんてとんでもあらへん!行く、行くわ!」
彼女は腹をすかせた子犬の如く、京太郎の言葉に喰いついた。レスポンスの速さにこちらが面食らう程に、彼女は真剣な様相であった。
「だったら、何処に行きますか?」
「せやなぁ-----あ、だったら」
彼女は満面の笑みを浮かべて、その要望を言った。
※
「------ごめんな」
「いえ-----」
彼女の要望。それは―――。
「知らんかったんや。ネズミ―が東京やなくて千葉にあるなんて------」
「まあ、仕方ないですよねぇ」
何度も思うけれど千葉にあるにも関わらず東京の名を冠する矛盾をどう説明するのであろうか。千葉の人間はこの事をどう思っているのだろうか。------案外、どうでもいいと思っているのかもしれないなぁ。
二人は喫茶店から出ると、近くの地下鉄を経由し、直行バスで夢の国までやってきたのであった。
彼女の可愛らしい要望はネズミいっぱいの例の夢の国へ行きたいという事であった。
東京と名を冠しているのだから、当然ながら東京にあるだろう。そんな思いから発せられた言葉であったのだろう。
残念。千葉にあるのですよ。
とはいえ、小一時間程度で着く程度だから、別段遠くも無いのだが。
しかし、ここまで時間を取って遠くまで案内させてしまった事を、清水谷さんは存外に気にしているようである。
―――別に、気にする事はないのに。
「それじゃあ、入場しましょうか。折角来たんですから」
「------うん」
彼女はすぐに気を取り直し、眼前の夢の入場門を見上げた。
------余程楽しみにしていたのだろうか。
「えい」
「え?」
清水谷さんは、まるで我が子の手を取る様な自然さで、京太郎の手を取った。
「―――須賀君は、ここに来るのははじめて?」
「え、あ、はい」
あまりの出来事に思考が纏まらない中、彼は凹凸の無い声でそう答えた。
「―――やったら、はぐれんようにせんとなぁ。な?」
先程までの申し訳なさそうな風情は何処へやら。彼女は興奮混じりの笑顔でぐいぐいとこちらを引っ張って行く。
「げ、元気になりましたね」
「割り切ったんや。須賀君に迷惑をかけた分、きっちりその分楽しませなアカンて。―――だから、須賀君。しっかり楽しもうや」
そう言って、彼女はぐいぐいと引っ張って行く。何というか、散歩大好きな犬がリードを引っ張り上げて先を行くような、そんな様相で。
------成程なぁ、と思う。
大人っぽく見えて実は子供のような人なんだ。この人は。
―――そりゃあ、怜さんとは相性がいいはずだ。
あの人は、子供のようにみえて大人な側面が強い人だ。
互いが互い、表裏が反対というか。お互いがお互い、欠けたパズル同士と言うか。
「あ、グッズ屋や。場所覚えとこうな。怜に土産を買って帰らんと」
夢の国ではしゃぎまわる彼女の姿は、怜という人間を通すと、余計に魅力的に思えてしまった。
何だか、不思議な気分だった。
※
その後。
まるで垂直落下するコースターの如き時間が過ぎていった。
グッズ屋でネズミ耳カチューシャをノリで買ってきた彼女は、自分だけで飽き足らず京太郎の分まで手に取って来た。上目遣いで着けてくれと頼む彼女の意向を拒めるわけもなく、彼は泣く泣くカチューシャをつける事に。
一つのアトラクションを味わう毎に、彼女はその一つ一つに新鮮な反応を示し、はしゃぎ倒す。味わい尽くした後に、また京太郎の手を取りぐいぐいと引っ張って行く。
------何度も言うが、この人プロ雀士である。
テレビ越しにはまるで射殺さんばかりに牌を見つめる姿しか見えないこの人の自然な姿は、京太郎の眼からしてもとても新鮮な姿に見えた。
「あー、楽しかった!ちょっと休憩しようか、須賀君」
「はい----」
しかし、この貪欲さはまさしくプロ雀士と言った所か。
目に付くアトラクションと言うアトラクションを次々と踏破していった彼女は、まるでふと思い出したかのように、休憩という言葉を吐き出した。
近場の喫茶店の中に、二人して入る。
------ちなみにこの人は、現在特徴的な長髪を纏め上げ三つ編みにし、その眼には伊達のボストン眼鏡をつけている。髪型と目元を変えるだけでも、十分な変装になるという京太郎のアドバイスのもと、そのようにしたのであった。
とはいえ、美人と言う事実には何も変わらない訳で。
嫌でも周囲からの視線は集まってしまう。
一度そういう、他者からの視線が入ると、どうやら一度冷静な思考力が戻るようで。
「あ、あ~~~~」
自分がノリノリで疾風怒濤の時間を通りすぎていった事実に、彼女は頭を抱えていた。
二十歳も越えた女がノリノリでネズミ耳カチューシャを身につけているという事実。それが自分だという事実。そんな現実に打ちのめされているのだ。
もう二回目ともなれば慣れたもの。京太郎は茶を啜りながらゆっくりと自分のカチューシャを外そうとして―――
「-------」
テーブル越しに、その手を掴まれる。
「-----あの」
「ウチを一人で恥かかせんといて-----」
「外せばいいじゃないですか------」
「やだ」
いや。やだ、ってなんすか。やだ、って。
「何故ですか?」
「だって、ここで外したら負けた気がするんや----」
「俺は全くそんな気しませんが----」
「ウチがするんや!だから、須賀君もそのままや!」
無茶苦茶な理論を叩きつけると、彼女も周囲の視線に縮こまる様に下を俯き茶を啜っていた。
------これ、どうなるのだろう?
初恋ゾンビをネカフェで読みました。本当に面白かった。単行本買おうかなぁ。リリス君(ちゃん)本当にかわいい。