-------おーしまーい。
「いやぁ、楽しかった楽しかった。いい気分やわ。大学ってこんな場所だったんや」
「------それは、何より」
ケラケラと笑う園城寺怜と対照的に、須賀京太郎はげっそりと憔悴していた。
本日、彼女と過ごして理解できたことがある。
------はい。自分は何処まで行ってもチキンで小心者です。
彼女を侍らせ、突き刺さる周囲の視線に一々身体をびくつかせる、肝の小さな駄目人間でございます。
大学キャンパス内を案内し終わり、園城寺怜は唐突に“食堂に行ってみたい”という要望を出したと同時、返事も待たず須賀京太郎の手を引き摺り強制連行。
学食の席に着くと、勝手に抹茶パフェを頼みパクつきながら、彼女は満足気な笑顔を浮かべていた。
「大学生活、楽しそうやなー。-----ウチも、プロの誘いが無かったらここにおったんやなー」
彼女は、そうしみじみと言葉を漏らした。
ちびちびと抹茶パフェを口に運ぶ彼女は、少しだけ物憂げな表情を浮かべていた。
「------なあ、京太郎?大学生活、楽しみ?」
「ええ、まあ------」
怜の言葉に、言葉が詰まる。
何があるのか、どういう場所なのか。大学という環境がどのように自分の生活を変えていくのか。京太郎は、まだまだはっきりと掴めていないのだ。
バラ色のキャンパスライフと、あの喧しい予備校のCMでよく叫ばれている言葉だが、何処に花があるのか京太郎にはいまいち理解しかねる所があった。
「なんや、冴えん返事やな」
「そりゃあ、まあ。今の所どう楽しめばいいか解らないですし」
「------そうなん?」
こてん、と頭を横に傾げながらそう怜は尋ねた。
------ロングのカツラと眼鏡が醸す知的な雰囲気と無邪気そうな仕草のギャップが、やけに可愛らしく見えた。
そのどぎまぎを誤魔化す様に、京太郎も言葉を紡いでいく。
「だったら、怜さんだったらどうやって楽しみますか?大学」
「うん?ウチやったら?------うーん」
彼女は顎に手を置き下を俯く。何と返事を返そうか、しっかりと悩んでくれている。
暫くそうして、結論が出たのだろう。うん、と一つ頷き京太郎の目を見る。
「とにかく―――色々な人にちょっかいを出していくかなー。それを楽しみにするやろな」
「へぇ」
「だって、何をするにせよ、一人じゃつまらんやん?前までウチは竜華にべったりやったけど、折角大学に入ったのなら今度は竜華と同じくらいの親友を作りたいやん」
まあ結局大学にはいかんかったけどさ、と彼女は呟きつつも、言葉を紡ぐ。
「なあ、京太郎。必要なのは一つ踏み出す事や。そんでもって、自分の心の声をしっかりと聞く事。その二つをしっかりと守って、大学生活を送ってみ?」
「心の声----ですか?」
「せや。―――もう、自分の事を誤魔化すの、嫌やろ?」
「-------」
ぐさり、と来た。
―――そうだ。自分は、色々な自分の感情を、心の声を、見て見ぬフリをし続けて今があるんだから。
「今ここには、アンタ一人や。高校時代の友達もチームメイトもここにいない。しがらみも過去も、ここにはあらへん。―――それら全部飲みこんで、開かれた新しい場所がそこにある」
真っ直ぐに、怜は京太郎を見ていた。
偽りの無い言葉を今吐いているぞ、とこちらに伝えているように。
「こんだけアホみたいに人がいるんや。きっと何かがあるはずや。それは本気で好きになれる人かもしれん。心の底から尊敬できる人間かもしれん。人じゃなくても、新しく見つけた目的かもしれん。将来の絵図かもしれん。―――折角、こんな素敵な場所があるんや。全部探索し尽さんと、勿体ないやん」
表情は笑んだまま。楽し気に、輝くような元気さで。
彼女は京太郎に嘘の無い言葉を。
------だから、京太郎も聞きたくなった。
「------怜さんは、プロの世界で何か見つかりました?」
聞きたい。
この人が命すらも削りながら生きているプロの世界。
そこで何を見つけたのか。
「見つかったで。―――ちょっと言葉にするには難しいけど、凄く素敵なものや。この前やなぁ。ようやく見つかったねん」
朗らかな笑顔。
―――と、その奥にある力強い意思。
その二つが自然に調和した彼女は、とても―――綺麗に、見えた。
「だから、何度でも言うで―――ありがとう、京太郎。本当に感謝しとるんやで?そうは見えんかもしれんけど」
「いえ―――ちゃんと、伝わってます」
「うん。ならよし。―――なあ、京太郎」
「はい」
「―――大学生活、楽しむんやで。彼女作るもよし、何処かで仲間を作って馬鹿をするもよし。何だってええねん。大丈夫や。京太郎になら出来る」
「-----」
思えば。
ここまで一人の女性に、自分の存在を肯定された事はなかったかもしれない。
ハンドボールという心の拠り所を失った自分は、知らず知らずの内に“前向きさ”までも無くしていたのかもしれない。
後ろ向きな自分。それをどうにかしようともがいて。
―――今、ようやく理解できた。
この人は、そんな自分の現状を理解して、一つの支えを作ろうとしているのだ。
後ろよりも、前へとその足を進められるように。
------きっと恥ずかしいだろうに。
ノリがよさそうに見えて、きっと恥ずかしいはずだろうに。彼女のフリをするのも、偽りの無い本心を伝える事も。
けれど―――そうしてでも、彼女は京太郎に自分自身の価値を思い知らせようとしているのだろう。
故に、思い知る。
そんな事を今更に気付いてしまう自分の思慮の浅さを。
「ほら、またそんな顔をする」
怜は、ペシっと京太郎の額にチョップを叩きこむ。
申し訳なさげに表情を沈めた変化に、目敏く気付いたのだろう。
「言ったやろ。京太郎。―――アンタが歩んできた道は、何も恥ずべきものじゃないんや」
「------」
「一番辛くて苦しい思いを知っているアンタの言葉は、きっと他の人が持っていない力があるはずやで。それで救われる人も、この先いくらでもいるはずや。救われたウチが保障してやる」
「-----何だか、さっきから保障してばかりですね」
「おう。何ならウチが全部保障してやる。―――だから、前を向け色男」
グッと拳を作り、京太郎の胸板にぐりぐりと押し込む。
前を向け。
後ろ向きだった過去を受け入れたのならば。
―――そういう、メッセージ。
言葉でなく、彼女の姿を通して―――伝わった気がした。
「―――いい顔をしてるやん。よかったよかった。これで、怜ちゃんの京太郎モテ男計画は一先ず終了や。予想以上に短かったなー」
ケラケラと笑って、彼女はそう言い切った。
「ウチは、その顔が見たかったんや」
※
「―――おお、もしもし。竜華やん。電話で話するのも久しぶりやな。どうした?」
「あ、怜。いや、大会出てないから暇やろなーって思って。今何をしてる?」
大学でひとしきり遊んだあと、怜は夜の帰り道を歩いている時、電話が鳴り響いた。
その相手は、清水谷竜華。
心配性な親友は、度々こうして電話を入れる事がある。今日もまた、そういう日だった。
「今久しぶりに出掛けててな。その帰り道や」
「へー。買い物?」
「うんにゃ。京太郎に会ってた」
「え。京太郎って―――須賀君に?」
「うん。入院中には色々と世話になったしなー。大学にまで突貫して、」
「え、え~!何で!というか、京太郎って-----!」
「------?どうしたんや、竜華?」
少し、親友の様子がおかしい。
明らかに狼狽している様子が、携帯越しにも伝わってくる。
明らかに、京太郎の話題が昇ってからだ。
ほほう、と怜は頷く。
「―――なあ、竜華?」
「な、なんや」
「------京太郎」
ボソリと呟く様な声で、そう呟いてみる。
「う----」
竜華は言葉が詰まっているようだ。
何だか面白くなって、もう一度声音を変えて言ってみよう。そうだな、今度は―――。
「京太郎♥」
「うわああああああああああああ!」
まるで恋人に囁きかけるように、今度は言葉を発してみる。
竜華はそれはそれは面白いような反応を返す。狼狽を通り越して、電気ショックでも与えられたかのようにけたたましい叫びをあげていた。
「はいごちそうさま。―――おやすみなー、竜華」
「え、ちょっと待って怜。どういう―――」
通話を無理矢理に断ち切る。
これでいい。
もう一度かかってきたら、今度こそ本気で追求すればいい。ここで終わっても、後日ネタにして弄ってやればいい。あの天然性の親友は、本当に弄り甲斐がある。止められない。
「------ほら見た事か。アンタ、しっかりモテとるやん」
呆れたように、されど楽しそうに―――園城寺怜はそう呟いた。
「これからも―――楽しくなりそうや」
半分の月が頭上に上っている。
雲に陰る事無く、満点の如き輝きを発しながら。
綺麗やな、と一つ呟き―――彼女は帰路を後にした。
fallout4買いました。
------実家に呼び出され、雑用させられ、出来なかった。畜生------。