雀士咲く   作:丸米

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乙女の最小公倍数=愛宕洋榎②

愛宕家では、ある日女衆から一人抜け、リビングにて家族会議が行われていた。

愛宕雅枝及び、愛宕絹恵。この両者は実に深刻気な表情で互いを見ていた。

「なあ、絹。アンタ、洋榎の将来がどないなるか想像できるか?」

「想像もつかんわ、そんなの。ただ、プロにはなるやろな。それは確信しとる」

「そう、それが問題や。―――絹も、知っとるやろ?プロ雀士に蔓延する、負のジンクス」

「女性プロ雀士は結婚できひん、ってやつか。一部の例に当て嵌めて面白おかしく言ってるだけやろ、あんなの。現にオカンは結婚しとるやないか」

「-----あながち、ジンクスと吐き捨てる訳にはいかん因果が、そこにはあるかもしれへんで」

ふぅ、と一つ、愛宕雅枝は息を吐く。

「一つ教訓や、絹。人ってのはな、どう足掻いても自分が培った物以外を基準に他人を評価できひん存在なんや」

「ふむん?」

「今まで骨董品なんぞ見た事ない人間に、いくら古代の茶瓶の価値を説いた所で馬の耳に念仏や。それは人を評価する時も同じ。自分が知らない基準で、人を評価する事なんぞ出来ないんや」

「それが、どないしたん?」

「プロで長年ずーーっとトップを張り続けてきた人間はな、文字通り麻雀に全てを捧げた連中ばかりや。その上、まともに男と接する事無く生きてきた連中も多い。最悪、思春期に女子高に行って一切男から断絶された環境の中で暮らしてきた連中もいる。そんな連中が、食うか食われるかのプロの世界に入り込んでみぃ。麻雀以外、文字通り考える暇なんぞ無いんや。男を見る為の指標も、基準も、連中には持ち合わせておらん」

「------」

「正直、ウチだってそうやったで?毎日毎日、とんでもない化物共とやり合っている内に、それ以外の事がどうでもよくなってくんねん。色事に頭使う余裕もないねん。ウチは深みに嵌まる前にどうにかオトンと結婚できたけど、運悪くそういう風に立ち回れなかった連中の残骸が、あの哀しい怪物共や」

「―――恐ろしい世界やな」

「人ごとやあらへんで。洋榎はこのままやと―――間違いなく、あのアラフォー軍団百鬼夜行共の一員となる」

「------」

「結婚が女の幸せ、なんぞ私は言うつもりはあらへんよ。幸せの形は人それぞれやし、独身でも楽しい人生送れるんなら結婚なんかせーへんでいい。孫の顔見せろなんて圧力かけるつもりもあらへん。けどなぁ---多分、あの子、一人で物静かな生活送ってたら寂しくて死んでまうで。間違いない」

「ああ-----」

あの喧しい声に反応する声も無く、一人寂しく暮らしている姉を想像してみた。

周りの人間もそれぞれの道を歩みだし、もしかしたら妹まで家庭を持って別な人生を歩いているかもしれない。誰一人知り合いがいないままプロ活動を行い、誰もいない薄暗いマンションの一室で過ごす。声をあげても反応する事はなく、次第に無口になっていく。そんな姉の姿が、とても容易に想像できて―――。

「あかんな」

「あかんやろ」

二人はここで、見解の一致がとれた。

「ええか、絹。万が一、いや億が一にでも、あの子に意中の子が出来たなら―――全力で応援したれ。アホな男引っ掛けたらタマ蹴り潰したって構わんが、ちゃんとまともな子だったら、絶対逃がしちゃアカン」

「----解ったで、オカン」

こうして、人知れず愛宕親子との間で約定が交わされていた。

ただひたすらに、姉の幸せを祈って―――。

 

 

そして、本日。今度は愛宕姉妹の間で話し合いが行われている。

「まず、女らしさの演出やな」

物々しく、愛宕絹恵はそう切り出した。

―――女らしさとは何か。深く掘り下げれば哲学的論考にまで及ぶ程度には難しい話であるが、まず間違いなく言える事は、眼前の喧しい女にはこれっぽっちも存在しないという事だろう。

「懺悔しぃや、姉ちゃん。今までにその須賀君に何をやって来たのか?」

「-----ゲームと、ウチが机の上で寝ていた時に掛けてくれたジャケットを借りパクしてました」

「次」

「-----須賀の弁当、勝手に食べ続けて同じ奴を作ってもらってました」

「次」

「-----うう」

―――アカン、これはもう、何か色々と手遅れやないんやろうか。

「やばいな、姉ちゃん。もう女子力の時点で須賀君に負けとるで。話聞いとる限り、気遣い上手なええ子やんか」

「そうやろか-----」

「そら、気遣いのきの字も無いアンタからしてみれば解らんやろうけどな」

「絹が何だかウチに辛辣やぁ----」

「辛辣にもなるわ。許される事ならアンタの頭を地面に置いてフリーキックしたいところや」

「いややぁ-----」

「そもそも何で借りパクしてんねん」

「だって、須賀のやんか。返すのが勿体なくて-----」

―――オカン。これはもう駄目かも解らんわ。我が姉ながら、こういう状況じゃあポンコツもポンコツや。

だが、良くも悪くも物理的な関係性においては相当近い場所にいる事は間違いない。それはもう唯一といってもいい現状でのポジティブな要素である。

「―――ここは、荒療治するしかないかも解らんな。せや、姉ちゃん」

「何や?」

「明々後日、須賀君をデートに誘いーや」

 

 

無論、無策でこのような提案をしたわけではない。きっちりと絹恵の中では狙いがあった。

女らしさを演出するうえで、行動面から攻めていくのか、それとも感情面から攻めていくのか、という二種類の方法が存在する。

甲斐甲斐しく対象の為におしゃれをするなどして相手の気を引く。弁当などを作って家庭的な面をアピールする。そういった行動面から攻めていく方法。

もう一つは、単純に「自分は貴方に好意を持っている」とストレートに感情面から揺さぶりをかける方法である。

前者は相手に自身の魅力を伝える方法だとしたら、後者は自身が向けている感情のベクトルを相手に伝える方法である。

本来であるならば、前者の行動を積み重ねて後者へと向かうべきなのだろう。

だが残念。

前者はもう使えない。愚かしい行動の累積によって引きずり回された須賀の意識は、これから付け焼刃程度の行動でひっくり返るとは思えない。

だからこそ、もう後者の手法を取るしかない。

自分の感情のベクトルを伝える。その方法を取るほかない。

「そ、そんなん出来んわ!そんな恥ずい事できる訳あらへんやろ!」

「そう。それや!それこそ、アンタに残された最後の武器や!」

「何やて!?」

「男を一つデートに誘うにも恥ずいと言えるそのおぼこっぷり!ヘタレっぷり!しかし恥じらいの感情が未だ残っている事実に、きっと凄まじいまでのギャップを感じるはずや!」

「ひどい!けど事実や!」

「ええか。アンタに残された武器は数少ないんや。それこそ一発屋芸人連中と同じくらい引き出しが少ない。使えるもんはゴミでも使わなあかん」

「おおう!やっぱり傷つくなぁ!」

「ええか。これに関しては自然体でええわ。むしろアンタが演技しようとしてもボロが出るのなんざ目に見えとる。普通に、恥ずかしがりながら、密やかに、須賀君を誘えばええ」

「わ、解った」

「それと買い物や。デート用の服なんぞ持っていない事なんざ百も承知。一緒に買いに行くで」

「絹、奢ってくれるんか!」

「ボケんな。そしてたかるな」

「すまん-----」

「アンタだって腐っても鯛や。素材はいい。ちゃんと見てくれを整えるだけでも違う世界が開けるはずや。しっかりするんやで」

「お、おう。腐ってる-----」

「散々腐らしたんはアンタやからな。今更ショック受けんなや」

「いや―――!絹が冷たい―――!」

こうして、―――三日後、デートをする事に決まりましたとさ。まる。

まともなものになるかは、まだ解らない。


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