雀士咲く   作:丸米

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愛のしるし

その後、池田と共に福路美穂子は京太郎の下宿先をタクシーで去っていった。

何だかどっと疲れたけれど―――少しは心を開いてくれたのだろうか。

そうであってくれたらいいなぁ、と少し思う。

 

―――あの人が、何で片目を瞑ったまま過ごしているのか、少しだけ解った。

あの人は、自分を受け入れてもらいたいのだ。

本当は、その素の部分まで含めた自分を。

だけど、拒絶される事が怖くて、ああいう形に成ったのだ。

 

そう誰よりも強く思っているからこそ―――あの人は、誰よりも優しいのだと思う。

他者に受け入れられない苦痛を、誰よりも知っているから。

だから、あの人は誰であっても拒絶しないのだと思う。拒絶したくないと心から思っているのだと思う。

苦しみを知って、その苦しみを誰にも味わわせたくないと願う。

その在り方が―――優しさ以外の何と言うのだろうか。

「-------」

だからこそ、両目でこちらを見てくれた時―――嬉しかった。

それだけの信用をこちらに向けてくれたという事実が。

本当に、嬉しかった。

けれども、思う。

 

彼女は、あれだけいい人なのだ。

誰よりも人を思いやれる、優しい人だ。あの人をあの人のまま受け入れられない人なんて、そうそういない。

だから。

―――どうかあの人にはしっかりと両目を開いて、自分を表現する事を恐れずにいてもらいたい。

それが、心の底からの京太郎の願いだった。

 

自分だけに両目を開いてくれた、という事実は確かに嬉しい。嬉しいけれども―――そこで立ち止まってほしくない。

自分にそれを向けてくれるなら、きっと他の人にだって出来るはずだ。

自分の本当の姿を晒す事に、ずっと恐怖を抱きながら生きていってほしくない。

きっとできるはずなのだ。彼女が彼女として生きて、何も恐れずに両目で見る事が。

そう、須賀京太郎は信じている。

心の底から、願っている。

 

 

『きょうは、ありがとう、そしてごめんなさい。すがくん。いっぱい、めいわくをかけました。

らいんを、いぜん、ぶかつのどうかいせいのこに、いんすとーるしてもらいました。まだつかいかたが、あまりわか』

文章が途切れる。

何だこの下手なミステリみたいな文章の途切れ方は。

多分途中送信してしまったんだろうなぁ、とにこやかに思いながら次のメッセージを待っていたら、たっぷり四十分以上かかってメッセージが届けられた。

『ごめんなさい。とちゅうで、あぷりのこうしん?があって、とちゅうでおくってしまいました。

すまほは、まだわからないことだらけなので、つかいかた、おしえていただけると、うれしいです。

まだ、かぜはなおりませんが、いちにちでもはやくなおるように、あんせいにしておきますね。あらためて、ありがとう、すがくん。ふくじみほこ、でした』

うん。

取り敢えず―――漢字変換の方法位教えておいた方がいいだろうな、と思いました。

 

そんな微笑ましいやり取りを終えると、今度は奥田民生の「大迷惑」が着信音から鳴り響く。この着信音に設定している人は一人しかいない。

「何ですか池田さん」

受話器越しに、変わらぬ喧しい声が聞こえてくる。

同会生にして先輩。池田華菜であった。

「----露骨に疲れた声を出すなし」

いつもの通り、怒った声を投げかけてくる。うん、これは疲れても致し方あるまい。

「そりゃあ、先輩であり同会生である池田さん相手は、色々対応が面倒臭すぎて疲れますし」

「うるさい。そもそもだ、私だってな、やりようによってはダブらず大学に行けたし」

「へぇ、そうなんですかー。よかったですねー」

「流すなし!食いつけよ!何で浪人したんだって!」

「だって別に興味ないですし------」

「あたしはな、本当は麻雀で推薦来ていたんだし!」

「へぇ」

「けど、断った!」

「それで浪人?」

「そうだし!」

「あ、そうですか-------」

「何だし、その微妙な反応は-----」

「いや-----何と言うか、計画性が無いなぁ、と」

「くたばれ----というか、こんな下らない話をする為に電話をかけたんじゃないし!話を聞け!」

「先輩が流すな、聞けよって言ったからじゃないですか----聞きたくもないダブり談義を聞かされることになったのは」

「いいか、須賀。もうこれは命令だ。明日、キャプテンの見舞いに行くこと」

「見舞いですか-----いやいや、福路さん下宿で一人暮らしでしょう?男が行く訳にはいかないじゃないですか」

「あたしだってそう思う。本当はあたしが行ってやりたいんだ。―――けどさ、今キャプテンがいないからこそさ、今までキャプテンがやって来たことを、部で分担してやってやりたいんだ。お見舞いしたいけど、今はちょっとだけ手が離せん」

「------」

「ダウンしている今が、ある意味チャンスなんだ。もうああいう事になってほしくないし、かといってもキャプテン、麻雀部以外にあんまり知り合いいないし-----。消去法で、お前しかいないんだ」

「そう、ですか----」

「夜になったら、あたしが行く。それまではお前が行ってくれ。いいか?手を出したら殺す。泣かしても殺す。OK?」

「ひっでぇ言い草ですね。解った、解りましたから。だったら場所を教えてください―――」

 

こうして、須賀京太郎は実に唐突にお見舞いに行く事になりました。

明日の代講、誰に頼もうかなぁ―――少しだけ悩んだ京太郎であった。

 

 

とは言うものの。

須賀京太郎とてそれ程長居する訳にもいかないなぁ、とは思っている。

簡単なおじやのメニューとプリンやヨーグルト類をスーパーで買った後に、指定された住所まで歩いていく。

------なに緊張しているんだよ。

別に、何も恥じる事は無い。事前に連絡を入れてOKだって貰っているんだ。

とは言っても、一人暮らしの女性の看病なんて人生はじめての経験でもある訳で。

アパートの前で、一つ息を吐いて、チャイムを鳴らす。

パタパタと走って来る音が、玄関先まで聞こえてくる。

「いらっしゃい。須賀君。さあ、あがって」

ピンクのパジャマを着込んだ福路美穂子が―――何だかやたらと上機嫌にそう彼を迎えた。

「は、はい」

「あ―――ありがとう。色々、買ってきてくれたのね。お代はどれくらいかかった?」

「いえいえ、流石に看病の為に買ってきたものに請求はしません」

「駄目です。こういうお金関係の事は、ちゃんとしておかないと」

「------じゃあ、一つ、貸しという事で」

「貸し?」

「お金で返されるのも、何だか勿体ないので。俺が同じ様になったら、同じ様にしてくれれば」

「-----ふふ、解ったわ。須賀君が病気でダウンしたら、ちゃんとお返ししてあげる」

後に、この何気ないやり取りの所為でとんでもない事になったりするのだが―――それはまた、別のお話。

 

それから、つつがなく看病は開始された。

自分で作ると主張する彼女に、何の為の看病ですかと説得しベッドに押し込んで三十分ほど。それほど広い部屋でもなく、準備をしながら二人は色々な事を話した。

大学でのこと、友達の事、麻雀の事―――そして、今度は互いの高校時代について。

「須賀君、中学の頃はハンドボールをやっていたんですね」

「はい。その後、肩を怪我してその後は麻雀部に、って感じですね」

「スポーツマン、って感じですね。何だかカッコイイです。友達が多そうなのも頷けるわ----私は麻雀部以外にあまり友達がいなかったから、少し羨ましい」

「え?」

そう言えば、池田華菜もその事は言っていた。

あまり麻雀部の外に知り合いがいない、と。

何故だろう。この人を友達にしない理由がそもそも解らない、って位しっかりしてなおかつ優しい人なのに。控えめな性格を脇に置いていても、積極的に避けられるような人ではないのに。

その反応に、福路美穂子は少し自嘲気に京太郎に話す。

「その----私は、多分新しく関係を作るのが、ちょっと苦手なのかな、って思うの。部活の中で人間関係を作る事と、クラスや学校の中で一から関係を作る事って、やっぱり別なのかな、って思うの。

その分、物怖じしないで積極的に人と話す事が出来る須賀君が、ちょっぴり羨ましくて、そして凄いな、って思うの」

ああ、と少しばかり納得してしまった。

―――女子は、男子よりも精神的に円熟している分、少々打算的なのだ。

女子高の中にいて、確かに彼女のような存在は浮いてしまうかもしれない。何せ、打算が何一つないのだから。打算が見えない優しさは、受け取る側からしてみれば腹の底が読めない。麻雀部の主将でビジュアル的にも相当整っている彼女が、何の打算も無く優しく振る舞っているとは考えられないのだろう。周囲は、そもそも彼女の腹の底に何も持っていないという真実に、気付かないのだ。だからこそ、浮いてしまったのかもしれない。それは、大学でも同様だったのだろう。

「-----だから、その、ありがとうね。私と友達になってくれて」

「------」

何という、気恥ずかしい台詞なのだろう。今、おじやを作っていて心からよかったと思う。色々とダメージがでかい台詞だった。

「-----お、おじや、出来ました」

「わあ、ありがとう」

梅干しがちょこんと乗った皿を、ベッドの脇に持っていく。

両目をキラキラ輝かせながら、彼女はその中身を見る。

「おいしそう」

「その----さすがに福路さん程に上手くは出来ていないと思いますけど-----」

「ううん、そんな事ないわ。----あ、おいしい」

木製のスプーンで表面だけ掬って口に運ぶ。その表情は、とても嬉しそうだった。

「こうやって人に作ってもらったものを食べるのも、久しぶり。とっても嬉しいわ」

ニコニコ笑みを浮かべながら、彼女はおじやを口に運んでいく。取り敢えず、お気に召して頂けたようで一安心だった。

「しっかり食べないとね。一日でも早く、復帰したいし」

「その----」

「うん、大丈夫。今度は無理はしないから」

でもね、と彼女は続ける。

「でも-----やっぱり、誰かの為に何かをしていたいの。多分、それが私にとって一番嬉しい事だから。部の子たち、私は大好きだから」

それをはっきりと気付かせてくれたのは、貴方よ、と―――自然に、彼女は口に出していた。

-----やっぱり、反則だよなぁ。

おじやに夢中でパクついている彼女に気付かれないよう俯いた京太郎は、そんな事を思った。

そんな、ある日の昼下がりだった。




アルバイト先の店長が、唐突に私に裸族である事をカミングアウトしてきました。------何か、意味があるのでしょうか?私には未だ解らないのでした----。

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