未来と影の守護者
では妙齢の皆々方。ここで女として生きる上での鉄則をお教えしましょう。
我々は常に勝たねばならない。
―――若いツバメを取る時も同じ事です。
男って奴は単純なモノなのよ。単純故に強固だともいえる。彼等は常に自身のプライドを優先させる。そのプライドを形成する要素はいくつもある。自身の経済力もあるだろう。―――そして無論、自分が手にした女も、彼等からすれば相当なプライドとなる。
美人な女。金持ちな女。―――そういう人間を自ら手にすれば、自分が同じランクにまで上がってくれると思ってくれるものなのよ?単純でしょう?
けどね、ここからが大事なの。
―――そこから、男の経済力という両翼を少しずつ、気付かぬうちに、折っていくの。
自分が持つお金は、湯水のように使わせてあげましょう。
男の思うがままに、使わせるのです。
男は単純というけどね、それはイコール相当な合理性を持っているとも言えるの。合理性という秤にかけてやれば、男はコロリと掌に転がっていくモノです。
自分が必死こいて働いた金額を、ちょっとねだるだけでまるで湧き出る泉の如く手に入る現実を前にすれば、彼等の弱々しい経済力なんて翼、自ら手折っていくのよ。
そうして、自身の両翼が折られたならば、一生籠の中で生きていく他ない。
さすれば、一匹の若いツバメの出来上がり。
―――のはずなのだが。
現在、中々捕まらない男がいる。
その男は、麻雀協会のバイトをしている大学生の男。がっしりした肉体に、染めていない生粋の金髪を持つ男の子。
バイトをしている彼に幾度アプローチをかけようと、すげなく逃げられていく。
まだまだ経済力すらまともに持っていない男のくせに。
―――ならば、いいわ。
女は、本日無理矢理彼と近場のバーに誘う事に成功していた。
その酒瓶に、透明な薬品を入れようとして―――。
「何をしているっすか?」
声が聞こえた。
思わず、背後を振り返る。
誰もいない。影も形も存在しない。ただ耳朶に残る声だけが残像の様にこびり付く。
「愉快な事をしているっすね。―――何をするつもりっすか?」
クスクス。クスクス。
まるで出来の悪いB級ホラー映画だ。だがあまりにも不出来な演出だが―――それでも、現実にそこにその現象が存在するという事実に、全身が硬直する。
「“未来”は正しかったみたいっすね。あの能力超便利っすね。―――それで、粉末睡眠導入剤を酒瓶に入れて、何するつもりだったっすかねー。こ―――た―――え―――ろ―――っす」
バリン、という酒瓶が割れる音。
恐怖のあまりその手から零れ落ちたそれは、アルコールの匂いを撒き散らしながら透明な液体を床にばら撒いた。
「----ゆ、幽霊?」
「酷い事言うもんじゃないっすよ。一度プロアマ交流戦で戦った仲じゃないっすか」
―――プロアマ交流戦。そうか、その時に声だけは聞いた。名前も、思い出した。
「東横桃子------!」
そう。この女は―――自分のキャリアの中ではじめてチョンボをやらかした試合の同席者だった。あの時に受けた屈辱を、しっかり脳内に刻み込んでいた。
「はいっす。久しぶりっすね、年増さん」
「誰が年増よ-----!」
「大学生眠らせてお持ち帰りしようなんて阿呆な女、そんな言葉で十分っす」
「何故-----何故ここが解った!?」
「アンタに言った所でどうせ解りはしないっす。―――未来視でここまで来たなんて言った所でどうせ信じないっすよね?」
「当たり前じゃない!ふざけないで----!」
「ふざけてるのはお前っす。―――解っているっすか?犯罪っすよ?」
「ふん。私を訴えることが出来るなら、やってみるがいいわ」
―――そうすれば、お前の人生もあの金髪大学生の人生も滅茶苦茶にしてあげるわ。そう眼前の女はいけしゃあしゃあと叫んだ。
「そうっすか-----」
東横桃子は、誰にも見れぬ影の中、ニヤリと笑った。
「その言葉、そっくりそのままお返しするっす------今、アンタの眼前に存在するオカルトが、何を意味するか解るっすか?」
「何よ----!」
「今ここでアンタを目視した瞬間より、これからずっとアンタを監視し続ける事が可能って事っすよ?それにお前の未来を見ることが出来るオカルト持ちの子も一緒に。例え汲み取り便所の底に隠れようが―――お前をずっと監視してやるっす。お前の人生を滅茶苦茶に出来る力を持っているのは、常にこちら側だと言う事を自覚する事っすね。―――今の犯行現場も、しっかり撮影させて頂いたっす」
「な-------貴様ぁ!」
「裁判?そんな生温い手段を使う訳ないじゃないっすか?アンタの人生が滅茶苦茶になっている姿を一目見たくてうずうずしているハイエナみたいな連中が、この世にごまんといるっすよ?使うならそいつ等に決まっているっすよね?わ―――か―――ってま―――っすか―――?」
闇の中で、声が聞こえてくる。声だけが聞こえてくる。底冷えする様な、恐ろしい声だ。
その声に、臓腑の底から冷たいモノがせり上がっていくような感覚が存在していた。
直感していた。
脅しではない。そう言う声ではない。
―――本当に、それを実行できる力が存在している。その純然たる事実がそこに存在している。
「------どうするっすか?」
クスクス。クスクス。
わざとらしいその声も、底冷えするような力を孕んでいる。
「あ、あ--------」
「―――一つ忠告っす」
ニコリと、嗤ったような感じがした。闇の中、解らなくとも―――それだけは理解できた。
「次、京さんに手を出そうとしたなら―――容赦なく地獄に叩き落とすっす♥」
※
「―――はい、もしもし。あ、モモ?どうした?え、今日予定があるかって?実はあるんだよなー、これが。以前、お前とやりあった女流雀士の人がいるだろ?あの人に二十歳祝いつって酒に誘われてんだよ。---は?熟女好き?馬鹿言ってんじゃねーよ。バイト付き合いじゃなきゃ飲みになんかいかねーよ。いや、美人だけどさ、目がぎらついててこえーの」
はあ、と須賀京太郎は溜息を吐く。
大学で知り合った、影の薄い系おもち女子大生、東横桃子に向けて。
「は?もしその予定がキャンセルになったら今夜付き合えって?何にだよ?代わりに一緒に酒を飲もうって?いや、まあそれは別に構わないんだけど、キャンセルなんて都合よく起こるかね?まあ、いいんだけど。---あ、怜さんもいるの?あの人酒飲んで大丈夫なの?まあ、別にいいけどさ。―――はいはい、解った解った。キャンセルならな。それじゃあ」
そう言って彼は携帯を切った。
憂鬱だなぁ、と思わず呟きながら。
―――その後、震え声でキャンセルを告げる雀士の声を聞く事になるとは、露とも思わず------。
※
「上手くいったやん」
「はいっす。上手くいったっす。ご協力ありがとうございます、園城寺先輩」
「ええんよ。部活の後輩守るんは先輩として当たり前や。―――まあ、一緒にじゃんじゃんお酒飲もうや」
「はいっす。―――それでも、やっぱりあのアルバイト危険っすね。今回みたいなの三度目っすよね?」
「あと二回程この先あるで。結構蓋然性の高い未来や。―――まあ、もう少しの辛抱や。二人協力体制で頑張るんやで」
「当然っす!―――京さんを、飢えたハイエナ共の餌食には絶対にさせないっす」
そう。彼女達は協力している。
―――飢えた女流雀士から、あの男を守るために。
愛想がよくて、そこそこ遊んでいそうな風貌なパッキン大学生。飢えた雀士からすれば垂涎物の存在だろう。その不吉な未来を園城寺怜が感じ取り、東横桃子と協力し彼を守るべくこのような体制をとったのである。
そう。これは―――人知れず、一人の男を守るべく戦う二人の奮闘記である。
多分続かない----。書いたらもうここに書けなくなるかもしれない。ワハハ----。