前兆は酒と共に
こんばんは!今日もやって参りました、「のんべえフライデイ」のお時間です!
世知辛い世の中、様々な不満不平を抱えているのは市井を生きる者共通の悩み。それは例え華やかな世界に生きる有名人であれど同じ事。悩みなき人間は存在せず、それ故この番組は存在している。
番組協賛の酒場で、日々の愚痴を酒に乗せて吐き出してもらうのはこの二人のゲスト。
失点上等!超火力で相手をねじ伏せるプレイスタイルとその男より「男らしい」キャラクターで女性人気大沸騰中!江口セーラ!
第二の牌のお姉さんの生みの親はこの私だ!現代JKのカリスマの代名詞!岩館揺杏!
現プロ雀士とスタイリスト、違う世界に生きているかと思われがちなこの両者であるが、意外な過去の因縁も!?
それでは、のんべえフライデイ、始まります―――。
※
「あー、そっかアンタ有珠山のOGやったな。対戦したの覚えているで」
「いやあ、それはそれは光栄ですね。こっちは時々悪夢に出てくるってのに----」
「ええ、悪夢かいな?俺、そんなに酷い事した覚えないのになぁ」
「トラウマって、与える側は特に何も覚えてないみたいですからね」
「何や人聞きの悪い。記憶やとアンタに酷い目に遭わせたのはあのおもろウザい関西人やろ」
「いや、そりゃあ、まあそうですけど---。やっぱり、ねえ?もう蚊帳の外感が凄くて、こうプライドが滅多刺しになった気分でしたからねー」
「肩の力ぬきーや。愚痴の発表大会やろ、この番組?ま、まずは酒でも注文するか!俺はカシスウーロン行くわ。アンタは?」
「-----カシスミルクで」
そう。岩館揺杏は元北海道代表有珠山高校麻雀部であり、全国大会出場経験もある人間であったのだ。
個人戦で同卓した相手が、奇しくも江口セーラであった。その結果は先程の会話の通り、岩館の敗北という形で締めくくられた。
過去の因縁の相手。それ故に最初はそれとなく何となくぎこちなかった態度であったが、酒が入るとその何となしに緊張した空気は霧散していく。
「大体、頭おかしいっしょ。私のあの時の運のなさ!何でボロクソに負けた相手と二度もやんなきゃなんねーのよ!」
「まあまあええやん。あの時運が悪かった分、今向いてきたんやろ。あっはっは」
「笑いながら肩を叩いて同情すんじゃねー!ちっくしょ、思い出したくもない記憶が出てきちまったじゃねーか!」
「ほれほれ、まだまだじゃんじゃん飲むで!あ、あとで愛宕の色気の無い方の連絡先教えてやろうか?」
「いらねー!」
バシバシと背中を叩きながら、ついでに揺杏を弄りながら、時間は進んでいった。
別に楽しくない訳ではないが、何だか腹が立つのも致し方あるまい。揺杏は何かしら反撃の糸口が見つからないかと、虎視眈々とその時を狙っていた。
「アンタ、スタイリストやってなー。えらい評判やで」
「そう言えば、いっつもボーイッシュ系統の服しか着ないですよね、セーラ先輩。何でですか」
「いや、似合わんやろ。何言うてんねん」
「スタイリストの眼から見ても、普通にガーリッシュ系統の服もに合いますよ。先輩小柄だし、顔だってわりかし童顔に寄ってるし」
ここだ、と確信した。
反撃開始。
「いやいや、ほら、キャラだってあるやん?それに、俺の好みもあるし」
「先輩。男がコロリとひっくり返るのはいつだってギャップですよ。先輩のキャラで女らしくすることに意味があるんですって」
「------そうなん?」
―――む。
ここで、意外な反応が返って来た。否定の言葉が返ってくるかと思いきや、ここで言葉の掘り下げに来た。ギャップの部分に反応したのか。
くわ、っと目を見開いて、大きく口元を歪めてニヤケ面を作る。ここで、セーラは自らの失策を知った。
「―――興味、あるんですか。先輩?」
「いや、ちゃう。ちゃうわ。別に興味なんてあらへん。ほんまや。やからそんな顔近付けんといてくれや」
「ほほう―――おっちゃん、ビール二つ頼む。これはキリキリ吐かせなきゃなー」
セーラの顔が、真っ赤に染まる。きっとアルコールの効果だけではあるまい。これはこれは------。
「ほら、先輩酌してあげますからコップどーぞ。---ぶっちゃけ、気になる人できたんですか?」
「お、おらん。おらんわ。何言うてるんや」
「いやいや、別に否定する事ないじゃないですか―。先輩モテそうですし、気になるイケメン一人か二人、ねえ?」
「----俺がモテてんのは女に、や」
「----あー」
ここで、岩館揺杏も同調する。
そう、同性に人気が集まるのに反比例してか、あまり男っ気もないのが現状。
「ほら、俺元々女子高出身やし、大学行かずにプロに入ったし------ぶっちゃけ、男との距離の取り方解らへんねん」
「あー、解りますよー----」
「それに、ずっとこのキャラやったしなー。今更女らしくしても、アレやん?気持ち悪いやろ?俺がいきなり、どこぞの星からやって来たタレントみたいなぶりっこやってる姿」
「----見たい」
「おい、俺はみせもんやねーぞ!---と、とにかく、何もかんも解らへんねん。その、男との距離の取り方ってやつが」
「はあはあ」
ニヤニヤと笑う口元を隠しもせず、岩館揺杏は彼女の言葉を聞いていた。
「高校時代は、ちゃんと女物の制服着て試合してましたよね?」
「う-----あ、アレは他の連中にやれって言われたんや。今はもう特に何も言われんくなったから、着慣れてる服で打っとる」
「------成程。でもさっきの言葉に喰いついたって事は、心の何処かには、女らしくしてみたい気持ちもあるんですよね」
「いや、ちゃう。それはちゃうで-----!」
「という訳で―――おっしゃ。おーい、この番組、SNSと連動してんだよなー」
してますよー、というカメラの声が聞こえる。
「よっしゃ、この番組終わった後でアンケ取ろうぜー。セーラ先輩の女装姿、見たいか、見たくないか―、って」
「はぁ!?」
「アンケで上位取ったら、別の番組で女装会やったろーじゃん。私も協力するからさー」
「いや、待ってマジで何言うとんねん。え、マジでやんの?」
やります、と無慈悲なカンペが映り込む。絶句。
「待て、待つんや。マジで俺の女装何かの番組でやるんか?絶対断ったるからな絶対!絶対でーへんで!絶対嫌や!い――――や――――や――――!」
※
「あっはっはっは」
「笑いごとやない!マジでアカン、アカンって」
「今番組見終わった所ですよー、セーラさん。あ、ホントだ。SNSでアンケ取られてる。集計は三十分後------楽しみですね!」
何が楽しみやねん、という悲鳴じみた声が聞こえてくる。
―――須賀京太郎は笑いながらその声を携帯電話越しに聞いていた。
「よし------ポチッと」
「は?」
「俺もアンケ出しときました」
「は?どっちや?」
「そりゃあ勿論―――見たい、の方に」
「おう。今度面見せた時にぶっ飛ばしたるからな須賀ぁ!」
「いいじゃないですか。別に」
「お、お前も俺が羞恥プレイに悶えている姿を全国放送で見たい言うんか!この鬼畜、外道!」
「そんなんじゃないですって―――ぶっちゃけ、見てみたいです。先輩の女装」
「------」
「めちゃくちゃ可愛いと思いますよ。いや、マジで」
「-----もう知らん。知らん!」
ブツ、という音とツーツーという音。あーあ、機嫌損ねちゃったかなぁ。
けど、最後にちょっとだけ声が上擦っていた。嬉しそうに。案外あの人はチョロイのかもしれない、なんて思った。
そして―――集計が発表される。
「やっぱりな」
見たい、が90パーセント以上を占めていた。
―――江口セーラ乙女化計画、始動!