それから、そこそこの月日が流れた。具体的に言えば、精々二か月程度。
何だか思い返せばよくよく糖分を摂取してきた日々だ。最近少し危機感を覚え、早朝のランニングを始めた。あの人はきっと自分の数倍は糖分を摂取しているはずなのだが、本当に何処にそのエネルギーは使われているのだろうか。プロの将棋士は一度の対局で膨大なカロリーを消費するというが、雀士もまた同じなのだろうか。それにしてもアレは異様だと思う。うん。
しかしまあ、二ヶ月もこんな風にお世話していれば解る事もある。
この人の凄さも、そしてどうしようもない部分も、そして―――この人が持つ凄まじい影響力も。
二ヵ月という月日彼女と過ごして、自分の周囲もすべからく変わっていった。
―――視線がちょっとずつ刺さる様になって、そしてちょっとずつひそひそ話が聞こえるようになった。それは、最初は共にいる宮永照へのものかと思っていたが、それは段々一人でいる時も同じように感覚に刺さる様になっていった。
今更になってだが、何だかとんでもない人に目を付けられたのかなぁ、などと感じてしまう。
何だか、とんでもないギャップを感じてしまう。
周りの眼から見られているあの人の姿と、こちら側から見えるあの人の姿と。
「-----はぁ」
特に―――大学では、あからさまに女子から距離を置かれている感覚がある。
こう、別に大学生活に特段夢を見ていた訳じゃあないが、流石にああもあからさまに異性から距離を取られていると哀しいものがある。
何故だろう、と考えると、まあいくらでも思いつくのだけれども。
「?」
眼前でチョコレートパフェを淡々と口に運ぶこの人が何故女子たちの羨望を集めているのか―――この場所に立つ自分からすれば不思議で不思議で仕方がない。
「どうかした?」
「いや------ちょっと、認識の齟齬を感じていた所です-------」
「?」
首をかしげる。もう動作そのものが何だか緩慢なレッサーパンダみたいだ。
もう何だかマスコットじみたかわいらしさがあるお人だけど、周囲の人はまるで護国の英雄の如くこれを取り扱っているという事実。そして、そう見ている人間からしてみれば、自分はとにかく空気の読めない無法者か何かなのだろう。おう、何故お前みたいな平平凡凡な男がその場所に立っているんじゃあワレェ、みたいな。自分としてはそんなつもりはないのだけど、そう見られている。
「認識の齟齬って?」
「いやぁ、照さんは大学の有名人で、とんでもなく人気のある人じゃないですか」
「そんなに人気なわけじゃない」
「あの騒がれっぷりで何を言いますか何を。-----それで、何で俺がこんな人と一緒にいるのかなぁ、と」
成り行きにしては長続きしすぎているし、咲という接点があるだけでは到底説明できない。何故なのかなぁ、と今更になって不思議に感じてしまうのだ。
そんな風な事を言うと、彼女はまたしても首をかしげる。
「友達って、そんな風に理由が必要なモノなの?」
「え?」
「気が合うから、でいいと思う。それ以上でも、それ以下でもない。少なくとも、私はそう思っているよ」
彼女はいつもの通り平坦な声でそう言った。いつも通りだからこそ、その言葉に嘘が無い事もよく解る。
「そうですか」
「うん」
「-----まあ、友達でいる事に理由付けるなんて嫌ですよねぇ」
「その通り」
「簡単な話ですね」
「うん―――という訳で、須賀君。このカップル限定バケツカフェがある所に案内して」
そう言うと彼女はふんす、とスマホをこちらに見せる。最近ようやくスマホの使い方が解り始めたのだという彼女の最近の悩みは、アプリ(スウィーツ紹介)の使い過ぎで制限がすぐかかってしまう事だという。知るか。
「ねぇ、照さん」
「うん?」
「友達はお世話係ではないという事も、そろそろ自覚してくれませんかね-----」
「?」
「首をかしげないでくれませんかね-----?」
という訳で。
今日も今日とて、またしても付き合う羽目になる。
※
そうして、商店街近くにある店で山盛りのバケツパフェをもくもくと食い続ける彼女を胸焼けに悩まされながら見るという時間を送っていた。
いつもの通りの時間を過ごしていたはずだったのだが、今日は少しだけ異変が生じる。
「あ、あの------宮永照さんですか?」
もくもくとバケツパフェを口に運ぶ彼女の横で、そう小声で呼びかける声がした。
そこには、大学生らしい装いに身を包んだ女の子。眼鏡をかけた、地味な印象ながら整った顔立ちの子だった。
その声に、応える。
「はい、そうですが-----」
「あ、すみません---!高校の時からずっとファンだったので、ついお声をかけさせて頂きました!」
「ああ、それはありがとうございます」
彼女は一瞬で営業スマイルに身を包み、にこやかに握手をした。声をかけた女の子はとても嬉しそうに目を綻ばせながら、そして視線は須賀京太郎へ向いていく。
げ、と思った。
「あの-----そちらの人は----」
「あ、こんにちわ------同じ大学の友人です----」
友人というフレーズに一度納得しかけたその女の子は、されど―――でかでかと「カップル限定」と書かれていたバケツパフェの看板の双方に目をやっていく。
何だか、こちらを見る眼が微妙に変化していく。ちょっと責める様な、そんな感じの。この手の視線は慣れたものだと思っていたが、いざ眼前でやられると結構心に来るものがある。
「-----お付き合いしているんですか?」
「いや-----あ、あはは-----」
さてどう誤魔化したものかと頭を捻らせると―――その瞬間、声が挟まれた。
「ううん、違うの。私がどうしてもこのパフェを食べたかったから、お願いして来てもらったの」
そう、にこやかな顔を崩さずしっかりと言った。
「そ、そうなんですか!そうですよね」
ぱぁ、と顔を輝かせて、そう言った。
「そうですよね。―――宮永さんは、
そう、多分悪意無く、言った。
まあ、そうだよな、須賀京太郎は思った。
彼女からすれば、須賀京太郎は何処までも平凡な大学生に見えるのだろう。染めた金髪(染めてないが)に、軽薄そうな雰囲気。多分、そういう普通の人と付き合う事は無いですよね、と彼女は言いたかったのだろう。
しかし、そんな思いとは裏腹に―――宮永照の顔が、変わった。
営業スマイルが一瞬で崩れ、―――まるで麻雀の時のような、鋭い視線を、彼女に向けていた。
「ねえ?」
「は、はい-----」
「そういう人、ってどういう人?」
その視線を受けて、明らかに彼女は狼狽していた。
悪意無く言った失言を、今になって思い返してしまったのだろう。
「須賀君―――この人はとてもいい人。こうやって我儘に付き合ってくれる、とてもいい人。貴方に、そんな風に言われる筋合いはない」
そう冷たく言い放つと、彼女は表情を崩しながらごめんなさい、と言い残し走り去る様に店から出ていった。
※
「ごめんなさい-----」
「いや、いいんです」
何とも微妙な空気だけが残された店の中、そう彼女は呟くように言った。
「でも、意外でした。照さんも、怒る時もあるんですね」
「------恥ずかしい所、見せたね」
「いえ―――正直言うと、嬉しかったですよ」
苦笑しながら、それでも須賀京太郎はそう伝えた。
実際に―――この人に、そういう風に認めてもらえているという事が、ちょっと嬉しい。何だかもの凄くカッコ悪いけれども、素直にそう思う。
「そうなの?」
「はい」
「なら、よかった」
そう彼女は安心したように言った。
―――そうか、とちょっとだけ納得してしまう。
彼女は、今、ちょっとだけ反抗期なのだ、と。
周りに期待される自分を演じてきて、その事に疑問を持ち始めて、そして―――今ぐらい好きにさせくれと。
だから、人間関係まで勝手に期待して来る人の言葉に、怒ってしまったのだろうと。
何だか、言っちゃ悪いけど。
「何だか照さん、可愛いですね」
そう何気なく声にした言葉は、その瞬間に思い返すととても歯が浮くようなセリフだった。
一瞬後悔しかけたが、
「------」
眼前にいる彼女が固まりつつ真っ赤に顔を赤らめている様を見て、言った甲斐があったなぁなんて思ってしまった。
本当に、色んな意味でチョロイお人だと思ってしまった。
どうでもいいんですけど、私の友人がヨーロッパに留学して人生で初めてできた白人の彼女が美人局だったらしいのです。そんな友人に私はどんな声をかけてあげればいいのでしょうか?現在お悩み中です。